別館、身体論・武術・スポーツのお部屋

身体論・武術・スポーツ関係を分割してこちらで独立して書いてます 野球評論は辛辣に書いてますので苦手な方はご注意下さい

【雑誌】 月刊秘伝 2015年4月号

秘伝 2015年 04 月号/BABジャパン


 毎月一つずつ更新するはずだったのをすっかり忘れてました(笑)。というわけで久しぶりに更新。
 殺陣特集ですね。余り興味がある分野ではないので触れることはありませんが、ゴジラの中の人を演じていた、ゴジラ剣法という方の話が面白かったですね。叔父さんに剣を教わっていたが、その叔父さんは戦争に行かなかった。なぜならゴロツキを斬り殺してムショに入っていたからという時代と土地柄を象徴する話(^_^;)。示現流をいきなり習いに行った話とかも好きですね~。弓づくりの人の話がありますが、根性の悪い竹の方が作りにくい分、仕上がったあと質の良いものに出来上がるとか、つくり手ではないとわからない良い話ですね。

■ロシア伝統集団戦「ステンカ(壁)」
 多民族国家ロシアでは集団での抗争がよくあって、それを基に発展していった集団戦術という感じでしょうか。フックや回し蹴りはスペースを贅沢に使う技であり、そういう技術を使うことはない。自分の隣りにいる味方に当たってしまうから有効ではない、使えない技であるからそういう技を用いることはしないと。アッパーのようなたてに撃つ打ち方が主になる。また草刈りなど日常に使う動きと矛盾しないようになっていると。蹴りもタテに縦回転で鼠径部を踏みつけるように蹴ると。日本人のような引く身体の使い方ではなく押す使い方をするのも特徴。仲間が横にいることを前提としたような戦いをするようですが、写真にあるように同じタイミングで突き・蹴りを繰り出すのでしょうか?司令塔が号令出して戦うとか?同調の技術があるとかなんでしょうか?チームプレイを前提とした武術はあまりないのでそこら辺面白そうですね。*1

■マーシャルアーツに挑んだ日本武道家たち
池本淳一「明治大正 異種格闘決闘録」—
 日本VS西洋の初対決は相撲と西洋の格闘家。公式な記録としてははっきり残っていないが、どうも相撲取りが相手をねじ伏せたことだけは確からしいという話。植民地支配にボクシングが西洋人の優秀さを示すために用いられたというのは有名な話ですね。この初めての試合はボクサーかレスラーだったんですかね?相手の格闘家というのは。

太気拳 岩間統正「有形無形の武」—
 今の太気拳は本来の太気拳ではないと。こう来たら後という発想は太気流空手であって、太気拳ではない。あらゆる攻撃をあらゆる部位で滑らすのが「差手」。未経験者でも三年で錬士、現在錬士なら教士に。熱意とセンスがあれば二年でいけるかもしれないと。長年の経験から「最大効率の稽古」が出来るとのこと。
 随分、意気込んでらっしゃいますけど、どうなんでしょうか?今現在後進育成に成功されているのでしょうか?師がいくら達人で教え方がうまくても、弟子が育つとは限らないのが武道・武術界の常ですからね…。師一人、弟子一人と言われる世界ですからねぇ。

■高岡英夫の漢語由流体操「肩肋後回法5」—
 拘束背芯を形成するのが頚椎の七番から胸椎の三番。肩肋後回法でゆるめるのが肋骨の一番から五番までであり、完全に一致していないとはいえ多くの部分が重なっている。つまり拘束背芯を溶解するのに適している。拘束背芯を溶解させようとする時、肩肋後回法がベーシックな取り組みの三つのうちの一つとなる(残り二つは何なんでしょ?)
 呼吸が胸・前面に入る傾向がある。肺の上部に息を入れるには背骨と肋骨が動いて、そこに息が入るようにする必要がある。ということは肺の上部に息が入ると当然拘束背芯も解きほぐされることになる。
 野生動物は肩こりに悩む必要がないが、拘束背芯は存在する。運動性の高い柔らかな身のこなしをする動物ほど小さく弱い拘束となっている。草食動物のほうがどちらかと言えばより拘束背芯に近い拘束が見られ、実際の動きも乏しい傾向にある。イタチ科が哺乳類の中で最も拘束背芯が見られない。
 軸とは一本ではない。三本存在する。地球の重心と人間の重心を結んでいる垂軸(物理学では重心線)。常に変わらないのが垂軸、もし人間が寝たら身体と垂軸は直交することになる。このように垂直で変化しないから垂軸。人間の体に存在するのは体軸。概ね背骨に沿って形成されるもので、可変する。直体軸と曲体軸に分けることが出来て、陸上のクラウチングスタートの時のように背骨が曲がっているときには体軸も曲がって曲体軸となる。そして、直立していく時に形成されるであろう仮想の体軸が直体軸≒潜在体軸。
 第一段は稲穂振軸、垂体分離で行ったほうが容易なためにこちらからスタートする。人間の体軸がゆったり揺れる時、稲穂のようにゆれる。人間がリラックスしている時頭部はしなだれる稲穂のようになる。格闘技のように直立したまま体軸が前後左右に動くときは交感神経優位状態にある。舟漕ぎ運動では直立しているが、船を漕ぐ時多くの人が稲穂振りを連想するハズ。このイメージで行うと良い。
 第二段は垂体一致の前段階になる直線振軸。自然に動かすと稲穂振りになるように、体軸を直立させたまま行うのは想像以上に難しい。第三段は稲穂振軸縮幅化、第一段ではリラックスを念頭に大きく動いていいが、今度はその稲穂振りを小さくすることを追求する。第三段は鏡を見ながらチェックしてコントロールするのがベスト。振り幅を小さくすることで下の方から垂体一致していることが実感できる。「本当にのびのび気持ちよくなると、こんな動きになるんだ、あとはこの振軸を小さくしていけば良いんだな」という感じになる。
 第四段は直線振軸縮幅化、第二段と第三段を組み合わせたもの。(それぞれ一段と三段は曲体軸、第二段と第四段は直体軸)。そして第二項で垂体一致法、直立垂体一致軸という段階に入る。その名の通り、直立垂体一致軸のまま肩肋後回法を行う。言うまでもなく垂体一致しながら肩肋後回法を行うのは至難の業。見てきたとおり、進むに連れてコントロールの精度が高まっていく。二段からそうだが第二項に入ると脱力しながらかつ筋肉を締めるということをしなくてはいけない。軸を通しながら脱力し、かつ肩をキレイに大きく回すというという難しさがあると。

■システマ創始者アメリカツアー随行
 システマアメリセミナーの話ですね。システマアメリカでどういう風に受容されているのかという話です。

■徐谷鳴老師来日セミナー 心意六合拳の極意を示す
 心意六合拳って名前がかっこいいですよね。なのでずっと前から記憶に残っています。上海で有名だった綿拳と心意六合拳だった。戦うためだけを考える門派だから、門下生に犯罪者が多く出た。逆に太極拳はそうならなかったと。心意六合拳が一度途絶えたというのもそういう背景があるんでしょうかね。あと、徐老師が腕振りをする写真が何枚もあるのですが、その腕振りがとてもキレイで印象に残りましたね。

■霊術講座「精神作用を用いて身体を操る観念法」
 前回に続いた観念運動の話です。脊椎反射を意図的に起こすために観念運動を利用する話。手を握ろうとせずに思うだけで自然に体が動くようにする。これを利用したものが鉄身硬直術や柔軟不随術。硬くするものと軟らかくするもの。クラゲのように全身ぐにゃぐにゃに出来る。さらに進むと内臓のコントロールまで出来るとのこと。霊術の大家松本道別(ちわき)は弟子が修行の際、水月に突きを受けた影響で脱肛した時、観念で元に戻せると教えて実際にそれで治したというエピソードを挙げている。

■意識のホームポジション「知覚の反転」
 前回の続き。間接視でハンカチ抜き取りゲームをやるとうまくいく。間接視だと覚醒度が落ちる。最終的に間接視を行わなくても全体をつかめるようになるのが理想。
 「参照点」という話。立位体前屈をハンカチを持ちながら行うといつもより楽に身体が曲げられる。これは何かを持つ・触ることで崩れるバランスが整いやすくなるから。クラシックバレエでバーを頼りに片足を上げているが、バーをギュッと掴んで支えているのではなく、軽く触るだけでバランスが整うから、ああいう風に触りながらやっている。盗塁するランナーが手袋を握っているのも、不安定なスライディングという状況の中で参照点を確保することでバランスを保ちやすくなるから。試しに屈伸をタオルを片手に握ってやってみると動きの滑らかさがまるで違うことがわかる。
 何かを握る事ができる状況はそうそうないので、視点で参照点を確保するようにする。どこか自分の呼吸が楽なところか、身体が緊張しないところか探す。場所によって楽な所・辛い所を見つけること(実例では立位体前屈でボールを使って視点の参照点を探していました)。
 目の使い方でバランスが大きく変わる。視神経は脳幹・中脳につながっているのでそこに影響が出る。また目から後頭部・首・背中の緊張をもたらすと。
 また過去に交通事故にあった影響などで、空間認識に問題がある。その方向に緊張していることがある。過去のトラウマがもたらす影響、脳の空間認識パターンに問題があるケースなどもあると。
 ストレスに対する対処が上手い人は無意識に自分にいい反応をもたらす参照点を見つけてそこを見ている。逆もまた然り。下手な人はその逆の緊張する方向を見ていると。丹田を意識して、見る方向を変える。どこを見るとより丹田が実感できるかなどにも応用できると。

中島章夫 技アリの動作術
 踵に重心を置くのを後ろ重心、足裏均等(踵と趾均等)に重心を置く中心重心。前者よりも後者のほうが安定する。背中を押された反応を試してみれば一目瞭然。中間重心で腕を前に出すと自然に身体が傾いて足が一歩前に出る。これを受がいる状態で行うと、受が手を持つ・触ると身体が前に出ない。釣り合い反射で相手がこちらのバランスを取ってくれる(ただし積極的な動きを行う場合は別)。中間重心をキープしたまま歩むと、受・相手は釣り合いを取ろうとして後退し、最終的に倒れると。

 最後に読書レビューを読んで気になった本のタイトルをメモです。いつか読むかもしれません。
身体はどのように変わってきたか 〔16世紀から現代まで〕/藤原書店

声が変わると人生が変わる! : 声を良くする完全マニュアル55/春秋社

*1:どうでもいいことですが、ゴールデンカムイでスタンカ出てきてましたね。意外とロシア関係では有名なのかな?システマの次に注目されたりするのでしょうか

日本VSポーランド、ボール回しは卑怯?アンフェアなのか? 勿論No、あの戦術・選択を否定するのは愚か者。 問われるとすれば一位通過を狙わなかったこと

 サッカーについて何かを書くことは殆どないのですけど、久々に書きたくなったのでこの話を。ボクシングとか相撲とか、ホークスネタの続きとか、いろいろ放置したままで大して詳しくもないサッカーの話なんか書いてていいのかという話はありますが、気にしない。
 
 ワールドカップで昔チラホラ感想を書いた記憶があるのですけど、サッカーという競技のゲーム性の低さ(2014/07)―こんなものを書いたように、観ていて面白いと思わない・大して興味も持てなかったので、以後サッカーについて書くことはなくなりました。が、今回はまたしてもサッカー協会の機能不全・大事な本番の直前に監督解任など驚く暴挙があったので、それについてちょっと書きたいなとも思っていたのですが、時間がなくて取り上げることはありませんでした。でもまあ、今回のワールドカップで前述の昔書いたもので指摘した問題点がVARなどで色々改善されそうな要素もあり、オモシロイ取り組みだなと思うところもあったので、何かは書きたいと思っていました。それより何より、今回は日本代表のサッカーが確実に変わった、プラスの要素が見られたのでそれについて書きたいと思っていました。
 そんな時、ポーランド戦で物議を醸す戦術、約10分に及ぶボール回し・時間潰しという選択があったので、それについてとりあえず触れておきたい、コメントしておきたいと思いました。(これを書いていたときは4日前か5日前?ですぐ書き終わるはずだったのですが、他のボクシング関係の話を一度書いたのに消えるという通信エラーがあったのでやる気が消えて間延びしてしまいました…。あといつものように無駄に長くなって、久しぶりのタイムリーな記事にもなりえませんでした(´-ω-`) )

目次

 

パス回し・ボール回しは卑怯か?勿論そんなことはない。選択肢の一つ

 タイトル通り、結論から言うと、ポーランド戦で選択したボール回しという選択は卑怯でも何でもありません。あれを問題視するほうがおかしい(美しくない、見苦しいとは言えるでしょうけども)。決勝トーナメントに行くのは、予選4チームのうち勝ち点が多い2チーム。決勝トーナメントに勝ち上がるためには勝ち点で最低でも2番目に入る必要がある。ところが当然2位チームの勝ち点が並ぶことが多々ある。その時は勝ち点で並んだチームの直接対決での勝敗・得失点差(同数の場合総得点数の多い方)の順で勝ち上がる国を決めるようになっている。
 そして今回からは、イエローカードやレッドカードの枚数をポイントで換算して、そのポイントが低いほうがGL(グループリーグ、以下GL)を突破するという方式=「フェアプレー制度」が採用されることになっていた。で言わずもがなで、このフェアプレー制度に基づいて日本がGLを二位突破した。日本はファウルがセネガルよりも少ない、悪質なものが少なくより健全なプレーをしたと見做されたために、全く条件が並んだセネガルよりも決勝トーナメントに行くチームにふさわしいとして決勝トーナメントに勝ち進んだわけですね。
 残り時間が少なくなって行った段階で日本は、ポーランドに1点負けていたために、GL突破が危うい状況になっていました。このままポーランド戦で負けると、コロンビア=セネガルスコアレスドローで引き分けのママ終わると、日本は決勝トーナメントにいけなくなるという情勢でした。しかしコロンビアが1点を取ると状況は一変。日本はこのままポーランドに負けても決勝トーナメント突破という一転して有利な状況となりました。


GL突破という目的を達成するために全力をつくすことこそ本当のフェアプレー

 このまま「1点差」で負けるのならば、日本は決勝トーナメントへ行ける。決勝トーナメントへ進出するというGLの目的を達成することが出来る。GLの目的は、3試合で全部勝つことではない。勿論、そうすることが出来ればベストなのは言うまでもないが、最優先すべき最低限の条件は、必要な勝ち点を確保して決勝トーナメントへ進むこと。その目的・課題をこなすために、ベストな選択がこのまま1点差で負けることだった。であるならば、時間を潰して試合を進める無気力相撲ならぬ、無気力サッカーをすることは当然。それに一体何の問題があるのか?
 勝負とは勝つためにやる。「卑怯汚いは敗者のたわごと、やるからには絶対勝たなければならない。勝つために何でもやるのは当たり前。逆にそうしなければ失礼」―と、こち亀両さんが言っていたかどうか忘れましたが、そのとおり。最初に、GL突破の条件が示されて、ルールも事前に知らされてそのフェアな条件下で競い合っているのに、負けたあとでそれがフェアではないとか卑怯だというのは大馬鹿者以外の何者でもありません。これが仮に日本とセネガルの立場が逆であったとしても同じ、その時に「セネガル卑怯だぞ!最後まで攻めろ!」なんていう日本の世論があったら、全く同じ言葉を送っていたでしょう。
 自分たちが弱かったから負けたんだ、自分たちが勝利のための必要最低条件を満たせなかったんだ―この当然すぎる事実から目をそらして正当なルール内でプレーして勝った勝者を卑怯と貶めるなんてなんて汚いことを言うのだ、負けた自分たちの不明・蒙昧を反省するのではなく、相手の問題にすり替えるなど、一体どこのアメリカ人なんだ!恥を知れ!と厳しく非難したでしょう。

日本の選択を非難しているのは「素人」

 ポーランド戦の試合内容をサッカーの本場欧州メディアの一部が非難していました。敗北したセネガルではなく、本場の欧州が問題視しているではないか!という指摘も全く意味がありません。それはアイツラが馬鹿なだけです。いちいちすべてのメディアのコメントをチェックしたわけではありませんが、その日本の試合を否定的に見たメディアもコメンテーターもいたでしょうけど、少なからず日本の戦術・選択に理解を示す内容も見ました。
 どちらが多いかは知り得ねど、一つ言えるのは、我が国のスポーツ報道を見ればわかるように、あちらのスポーツ報道のレベルも同じように高くないということです。もしくは低劣・無知無教養層に売るために、質よりも売ることを目的とした程度の低いものがあるということですね。あちらのスポーツ報道・メディアではしっかりとした業界・報道人がある程度いる。そのレベルは我が国の比ではないということは知っていますが、それ以上に低劣・愚劣な報道もまた多いということでしょう。批判しているのは「素人」としたのは、西野監督がああいう決断を下した背景を理解していないからですね。サッカージャーナリストや代表選手・監督レベルで背景をよく理解していなければ「素人」と見なすのが適切でしょう。*1

批判根拠①スポーツマンシップに反する 否、対策をしないルール・統括委員会の問題 

 勿論、全く問題がないわけではありません。FIFAの規則や定款に勝利を目指してプレーをすることという一文がある。それに反するのではないか?という疑問が当然起こってきます。過去にバックパス禁止というルール改定がなされたことからもわかるように、消極的な試合運びは明らかにサッカーという競技の前提を崩す、競技・興行を崩壊させかねない要素を含むわけですね。これについてはどうなのか?
 まず、一つ。多くの人が連想した。そして批判する人間が論拠として用いたのは、ロンドン五輪の際の女子バドミントンが無気力試合・意図的な敗退行為だとして失格とされたケース。かのように、わざと負ける行為はスポーツマンシップに反するという論理ですね。
 これについてまず論じると、これはルールが悪い・大会の運営システムがそもそも間違っている。予選のリーグ方式がどうだったか忘れましたが、①もう決勝トーナメント(もしくはリーグ)、次のステップに進むことが決定している。②負けたほうがより次の試合で勝ち進む確率が上がる・有利になる。―という以上のような条件が成立するような方式を採用している方が悪い。運営が馬鹿なんです。
 昔どこかで書いた・指摘したと思うのですが、まずわざと負けることが八百長目的(当然片八百長も含む)である。自発的な敗退によって賭博などの目的・意図的な不正操作で掛け金・レートを操ることで利益を得るためにやっている。そういうことであれば明らかにアウトですが、当然そうではない。優勝や3位入賞などの目的、最終的な勝利・結果のために、一時的にわざと敗北したほうが次の戦いで有利に挑めるのならば、積極的に負けに行くに決まっているし、そうすることが本来の「フェアプレー」。
 確か女子サッカーの時にこれを書いたと思うのですが、予選突破が決定していて、次の試合で負けて2位通過したほうが有利な戦いができる。だったら全力で負けに行け!と監督が指示を出すのは当然。目的は全勝優勝、全試合100-0で無敵の最強ジャパン!と史上最強の強さを見せつけることではない。もちろんそう出来たらいいですし、するに越したことはないでしょうけど、いちばん大事なクリアすべきハードルは優勝をすること。そのハードルを超えるために出来ることは何でもするのが当たり前。むしろそこで負けに行かなければ、次の試合で勝つ確率が下がる・優勝の確率が下がるというのならば、それこそ「敗退行為」でしょう。
 戦術と戦略の違いなんて言うのが一時期話題になった気がしますが、局地戦で何百勝しようと大事な一戦で敗北をすれば、そのたった一敗で戦争に負けるということがある。大事なのは局地戦での勝利ではなく、「戦争での勝利」。全体での最終的な勝利。局地戦での勝利は手段であって目的ではない。たかが一つの局地戦、そこで全力を出して勝ちに行く必要がないとなれば、手を抜くのは当然。全体的な、トータルの見地から必要な勝利を目指す、戦場の急所・要所を抑えにいくのは当たり前。


見逃してはならないポーランドの試合目的の喪失

 日本にとって予選の最終試合は意味・価値がさほど高くなかった。であるからこそ、ああいう試合運びになった。そして見落としてはならないのは、対戦相手のポーランドも既に2敗していて、もう決勝トーナメントに出場不可能だった。試合自体をする意味・目的が消失していたということです。まるで日本の問題のように思われていますが、あの状況で積極的にボールを奪いに行かないポーランドサイドの問題でもあるのです。
 勿論、ポーランドは1-0でそのゲームに勝利していたので、無理して攻める必要性がない。故に8分間の奇妙なパス回しという絵面が成立してしまったわけです。日本の「勝ちさえすれば、結果さえ良ければ手段・内容などどうでも良いのだぁあ!」というカーズ・ディオ魂が批判されていますが、ポーランドが攻めなかったことがあったからこそ成立した珍現象であり、「敗北が確定したチーム」VS「試合内容次第で予選突破が決まるチーム」が対戦したからこそ起こるものだったという背景を見落としてはなりません。そしてそういう状況が成立した際にはこの現象は少ない確率であるとは言え、発生しうるわけですから、事前にこういう制度は拙いと対策を講じていなかったFIFA・ワールドカップが悪いのです。
 ゲームを実行する上でルールに不備があった、故にルールの不備を突かれて興行上失敗とも言える珍な現象が発生してしまったとなれば、それを総括して防止するルールや新制度でワールドカップを運営するのが筋。此れを以て日本が卑怯云々言うのは筋違いも甚だしいでしょう。ルール上こういうことが起こりうることは、事前に想像がつくことなのですからね。

今回のパス回しという珍現象が起こる確率はかなり低かった。しかしゼロではない以上、運営本部は対策を講じるべきだった。

 では、彼らは何故それを予測して新制度を導入しなかったのか?単純に馬鹿だからなのか?まあ馬鹿であるとは思うのですが、「少ない確率」と書いたように、実はこの珍現象が起こるのは非常に確率が低かった。ガチャでSSRやその上の最高レアリティを引くくらいの確率だったんですね、実は。
 というのも、この珍現象が発生するにはいくつもの条件が重なる必要性がある。
 ①「敗北が確定したチーム」VS「試合内容次第で予選突破が決まるチーム」が対戦すること
 ②「敗北が確定したチーム」が「試合内容次第で予選突破が決まるチーム」が対戦して、後者がゲームで負けていること
 ③後者が格下のチームで前者より弱く、攻めると予選突破の条件を満たせなくなる可能性が大きいこと
―という条件を満たさないと発生し得ないことだったので、なかなか起こることがない現象だったんですね。日本が予選を突破して決勝トーナメントに出ると誰も予想しなかったと言っていいくらい、他の3チームすべて日本よりも強い・格上のチームと思われていたわけですからね。そしてポーランドは既に敗北決定というような最悪な状態&最早試合をする意味がない状況で、本来は実力を発揮できないはず。日本に勝てないはずだったんですね。
 これは日本に限らず、GL内4チームで一番格下のチームが予選突破しそうな状況で2敗のチームと当たった場合でもまずそうなる。試合をする前から格下のチームの方が今回は勝つor引き分けるだろうと考えられるのです。
 というのも、いかに格下・四天王の中で最弱のチームでも、初戦に勝利してジャイアントキリング下剋上で勢いに乗っている&コンディションがいい状態であれば、格上と見做されても敗退が確定して目的のないチームに苦戦はしない。ポーランドはもう戦う意味がない。となれば、もう勝利を度外視して若手主体で未来への財産として経験を重視した戦いをするはず。若手の経験値のためにベテランを引っ込める。本来のベストな選手では来ない。事前想定上最高の布陣ではない選手を持ってきて戦う。となれば、勢いに乗った格下のチームが勝つ・有利に進めるのは当然。
 しかし、不思議なことに日本は負けることになりました。なぜかこれまで怪我で試合に出てこなかったレヴァンドフスキという中心選手が出てくるという展開。代表引退の最後の花道?もしくは次のW杯でも彼が中心となる予定だから?ポーランドの事情はわかりませぬが、ポーランドの状態が更に下がるということが起こらないという展開に。
 そして本来、日本もベストな布陣で挑めば、まずああいう結果にならなかった。6人もメンバーを入れずに戦っていれば、勝負事なので絶対はないでしょうけど、まずコロンビア戦・セネガル戦のようないい試合を展開していたでしょう。※なぜ6人も入れ替えて戦ったのかについては後述。

批判根拠②―サッカー界にも存在する美意識。それに反する

 次に美意識の問題があると思います。もし、同じような状況・条件が他の国同士で成立したとしても、今回の日本のように露骨にパス回しをする国は殆ど出なかったと考えられます。やるにしても最後の1~2分、どんなに多くても最後の4分位でしょう。一旦攻めて、パス回しして、また思い出したかのように攻めるという時間潰しを選択したでしょう。やるにしても今回の日本のように露骨にはやらない。それは世界的な評価を気にするため、そういうことは絶対にやらない・やってはいけないという価値観が根付いているから。
 パス回しはネガティブな選択であり、マイナスな評価をもたらす事がわかっているから以上に、「サッカーが弱い国がとる弱者の戦術」だから、そのような戦術を選択するのはプライドが許さないからですね。だからこそ、これまで他の国は露骨にここまですることはなかったわけですね。

相撲のように暗黙の了解・不文律を守らなくては勝っても叩かれる

 では、日本は史上稀に見るサッカーに弱い国だったのか?プライドがなかったのか?それほど予選突破が不可能になるリスクが大きかったのか?川島の致命的なセーブミスに代表されるように、それほど今回代表チームは問題を抱えていたということなのか?
 今回のことを反則ではないが、やってはいけないこととして、相撲の変化の例えを出している人がいましたが、まあある種それに近いものがありますよね。日本人だけが持つ独特な文化、独特の非論理性や美学・美意識を他者や異文化に強要する悪癖がある。そういう風に考える人が少なからずいるわけですが、そういう独特な非論理的な美学を用いて押し付けるというのは日本に限った話ではないという意味で非常に良い事例だったかと思います。横綱は胸を貸すのが当然であると考えられるように、小兵以外が変化をしてはいけないように、相撲というのはルール以外に破ってはいけない重要な前提・マナーが存在している。それを知らなければ・弁えていなければ野蛮人・お上りさん扱いされる、まあ当たると言えずとも遠からず。そういう要素があるのでしょう。
 それはそれとして、ルールとしてそれをきっちり取り締まればいいだけでは?ルールとして禁止しない限り同じことはまた起こるわけで、なんで規制をしないの?という提言は絶対しておくべきでしょう。

現今制度では負けて有利な場合にわざと大敗するリスクが有る

 何より問題なのは、今の方式だと今回のイングランド=ベルギーのように、無気力試合が発生すること。1位通過と2位通過で明らかに2位通過のほうが有利だ、好ましいということになればやはり、日本=ポーランド戦のような観ていて観客が「なにやっとんじゃい!」ということが起こる。日本=ポーランド戦はお互いの目的が勝利狙いで、日本が勝利/引き分け(/後に1点差以内での敗北)狙い。というような前提でしたが、イングランド=ベルギーはお互い敗北を争い合う事になりかねない条件でした。
 前述通り、プライドが存在するため、暗黙のルール・価値観を共有するために起こる確率はかなり小さいものとなっていますが、ゼロではないわけです。負けたほうが有利という状況を運営として絶対に生み出してはいけない。こういう制度・環境を生み出しているFIFAは怠慢と糾弾されてしかるべきでしょう。それこそ夏の甲子園方式のように、決勝トーナメント進出チームを決めたら、そこからもう一度くじ引きで次にどことどこが当たるかわからない方式にするなどにしないと、予選の最終試合で「負け合戦」が発生してしまう。それこそ2位通過すら危ないから全力で戦って、5-0で勝っていた。試合の途中経過で、2位通過を争うチームがボロ負けで通過は決定。しかし、このままだと1位通過してしまう。引き分けで2位通過したいとでもなれば、残り2~3分で一転監督の指示でオウンゴールの嵐で5-5の引き分けに…。といった試合展開も発生しうる。そういう事態になったらどうするのか?「90分までは史上稀に見る~~年代屈指のベストゲームだったが、ラスト2分で史上最低な試合になってしまった」ということが起こりうる。今のやり方は絶対変えなくてはならないでしょう。
 例えば、4チームの8GL方式から6チームの6GLに変更する。そして予選で強かった、素晴らしかったそれぞれ1チームにシード権で、突破に失敗したチームの中で得点を一番多く上げて面白い試合をしたチームに敗者復活的にシード国と当たる前の試合の枠を与えるとか、より予選で全力で試合をする・活躍することに意義がある制度に変えたほうがいいと思います。単なる思いつきなのであれなんですが、仮にこういう制度にすれば敗退が既に決まったポーランドもわずかの可能性を求めて全力で大量点を取りに積極的に攻めていきますからね。

FIFAの判断は問題なし。だが…

 FIFAは、今回のパス回しを受けてフェアプレー制度の見直しやルール規定を変えるつもりはないということでしたが、そんなことよりももっと大会の制度を根本から変えない限り、類似のもやもやした消化不良・塩試合は増えるでしょう。そしてルール変更をしないということ、終盤のパス回しに対する制約を設けないということでFIFAは特に問題がないと認めたということですね。ただし、全くの無罪放免・ルール上OKだとゴーサインを出したわけでもなく、ベルギー×日本戦の試合の審判にフェアプレー制度で涙を呑んだセネガルに選んだことで、こういう事をした場合同じようなことをするぞというチクリと来る制裁を加えたというか、暗黙のメッセージを送ったように見えましたね。


日本は暗黙の了解を踏みにじったのではなく、次戦で戦うためにパス回しをして選手を休ませなくてはならなかった

 日本が世界的に共有されている価値観・美意識を我関せずと踏みにじったのか?実はそうではないんですね。インタビューを聞いても選手の誰一人として「パス回しのどこが行けないんですか?ルールブックのどこにもそんな事書いてないでしょ?バカが難癖つけてるだけでしょ?」とは言ってないし、むしろ本来やってはいけない事という後ろ向きな感想が殆どでした。ドーハの悲劇のようなロスタイムでワールドカップ行きを逃すような故実があったが故に敗北(GL突破失敗)を異常に恐れてああいう選択に走ったのか?まあそういう要素がないにせよ、実は違うんですね。本当は西野監督の短い就任期間と次戦がベルギー&その次でブラジルという予定があったから起こったわけです。
 パス回しの話をする上で3つポイントが有って、これが最後のポイントになります。監督の就任期間の短さと主力の休養という要素ですね。先程後述すると書いた、6人入れ替えの話になるのですが、6人もメンバーを入れ替えさえしなければ、まず負けることはなかった。十分勝てたし引き分けに持ち込めた確率が高かった。何故西野監督はメンバーを入れ替えてしまったのか?それは主力を休ませなければ次の決勝トーナメントで戦うことが出来ないから。

ポイント③:ベルギーのような強国と戦うためにはベストコンディションを作らなければならない。そのための主力休養&最後のパス回し

 サッカーのことをよくわかりはしませんが、西野監督が「あのような選択をしたくはなかった。しかしあれで選手を休ませることが出来た」という説明をしていたので、ピンと来ました。次の戦いで選手のベストコンディションを整えるために、多くの選手を休ませる必要がある。また短期決戦でのセオリーである、ベンチ入りメンバー全員で戦うというセオリーを守るために、より多くの選手を試したい。今のコンディションの状態を確認しておきたかったんですね。
 ベルギーが9人入れ替えてイングランド戦に挑んだように、選手の休養と状態確認というのはGLでのセオリーの一つなのですね。「突破することが目的ではない、更に選手の状態確認・次戦、そのまた次戦を見据えて目先の勝利だけではなく、3戦先を見据えた采配をしなくてはならないのだ!キーになる選手を適宜休ませ、控え選手を起用する必要があるのだ!」というベルギーの監督の声が聞こえてくるような選手起用でした。GLをいかに上手く突破するか、戦力を温存して控え選手の状態ですら完璧に持っていくというのがワールドカップで優勝を狙うような国では当然のことなんでしょうね。

パス回しが成立する珍現象の要因④

 パス回しという珍現象が成立する前述の3条件に加えて、④日本は決勝トーナメントを見据えて主力を休ませる必要性があった。選手状態を見極める必要性があった
 ―という条件もあったんですね、実は。ここでベルギーのような優勝候補国のように、控え選手も主力と同じようなベストパフォーマンスを発揮して見事な試合を展開するということであればよかったのですが、結果は戦力がガクッと落ちる拙い試合展開。日本の選手層の薄さを露呈する結果となりました。あの試合展開を見て、決勝トーナメントに進出してもまずその次の試合・ベスト16どまりで終わるのだろうなという予感をさせる試合でしたね(まあ、個人的にはベルギーには勝つと思っていたし、そういう話を試合前に書くつもりでいたんですけどね。んで唯一人(かどうか知りませんが)ベルギーに勝つことを予言した神ブロガーとしてドヤるつもりだったんですが…想定外の敗北でかなり凹みましたね…)。
 本来、初戦で勝利をして1位か2位かなり高確率で通過するような状況にあるチームは控えも選手が揃っている。控えが出て来たとしても最終・3試合目でガクッと戦力が落ちて拙い試合展開になることが少ない。初戦でコロンビアを破るという大金星を上げ、同じく二戦目セネガルで引き分けたからこその試合展開だったんですね。殆ど予選通過は確定的。だからこそ次を見据えた主力の休養&控えのテスト。
 ―が、しかし、本来日本は格下のチームであり、ポーランドも主力を下げて次回のワールドカップ・育成に切り替えていくという姿勢を示さなかった。であれば、ポーランドが本来の実力を発揮するリスク及び、控えの選手が実力を発揮できない&実力負けするリスクを考えて、6人も下げずに2~3人程度でテストマッチにすべきだったのではないか?当然、そういう疑問が起こってきます。何故その選択をしなかったのか?

 西野監督が流石にそこまで拙い展開は起こらないという判断をしたこと、選手がやってくれるという信頼があったこと云々を置いといて、どうしても6人下げる必要性があったと見なすべきでしょう。それは次の対戦相手がベルギーorイングランドだったから。そして2位通過という場合、勝ち上がりでブラジルと対戦するから。強国と2連戦する際に、どうしても守備的に戦わざるをえない。90分フルに走り切る体力・スタミナが残っていることが勝つためには必要不可欠。そのためにこの試合で全力の勝負をすることが出来なかったんですね。
 もうGL突破の条件を満たした。であるならば、少しでも体力をロスすることを避けたい。そのためのボール回し、消極的・無気力試合だったわけですね。その結果、体力を温存することが出来た日本は続くベルギー戦でフルにプレッシャーをかける、ディフェンスを徹底してベルギー戦で想像以上に優勝候補の一角を苦しめるという好試合につながったんですね。
 まあ、ちょっと詳しい人なら当たり前のことでわざわざそんな当たり前すぎることをドヤって書かなくても…と言われることだと思うのですけど、気づいてしまったのでどうしても書きたくなりました。

ポーランド戦の失態とベルギー戦での好ゲームは表裏一体、コインの裏表である

 ですから、日本の消極的試合を「つまらない!何やってんだバカ野郎!勝ちさえすればどうでもええんか!」という主張とベルギー戦で「ナイスゲームだった!素晴らしいファンタスティックな内容だった!感動をありがとう!」という主張を同時に繰り広げることは出来ないのです。このクソ試合と今大会屈指のナイスゲームは一連の流れの中にある。そういう当たり前の論理もわからない人間がそもそもポーランド戦の最後のパス回しが!と云々することはおこがましいのですね。
 まあ、素人*2はそういう手のひらクルクルが仕事・本分のようなものでいいとして、信じられないのが代表監督を努めたような人間までがそのような発言をしていたという事実です。アイスランドだかアイルランドだったか忘れましたが、代表監督レベルの人間ですら消極的な戦いを批判していました*3
 もちろん、最後の最後まで、セネガルに追いつかれるリスクが有る。もしセネガルが最後の一分、十秒前にでも1点を取ればそれで敗退。そうなったらどうするのか?今流行りの言葉を使えば、他力本願で勝ち上がりを狙うなんて「どうなの!?」ということでしょう。

現代サッカーは戦略室から上がってくるデータで指揮を決める

 己も試合を見ながら、「あれ?攻めないのかもしセネガルが点をとったらどうするんだ…攻めろよ!」と思いました。しかし、現代サッカーは試合を映像で分析してそれを情報担当が徹底してデータ化する。そのデータを逐一現場の指揮官に上げるという分業が確立されているといいます。昨今話題の楽天の作戦指令室だったか、情報分析室だったか、そういう部署が研究をして結果あれこれ監督の采配に口を出すというのも、このサッカーの潮流・思想が大きく影響しているのでしょう。結果、現代サッカーはこの映像分析の結果、そこで上げられる情報をいかに活かして戦うかというものに変化している。いかにそのデータを上手く活用できるかが監督の指揮能力となっている。その都度その都度上がってくるデータを基にいかに上手く早く戦術・戦略を組み立て直すかというものに変わってきているわけですね。
 ―であるからこそ、西野監督は攻めることで失点する確率とセネガルが追いつく確率のデータを貰って、このままで行くのがベストという判断を下したわけです。責められるとしたらその上がってきたデータの分析が本当に的確だったかどうか、そしてその確率が実際は想像以上にセネガルが追いつく確率が高かったor日本の失点する確率が低かった場合に限ったことでしょう。セネガルが追いつく確率がおそらく5%もない。どう考えてももうセネガルは打つ手も使い切って、選手も疲れ切っていて、コロンビアのディフェンスを崩すことは出来ないという最終判断があったからこその決断だったはずです。である以上、あの決断を賭け・博打とみなすのは正しくない。それこそ30%近くセネガルが追いつく確率が残っていたとでも言うのでしたら問題になるのでしょうけどね。

検証すべきは、上がってきたデータが正確だったかどうか。我々の予想以上にセネガルが追いつく確率が高かったかどうか

 もし、西野監督の采配が間違っていたというのならば、その根拠を検証すべきなんですね。その根拠が正しくないとはっきりして初めて批判できること、そうでもないのに外野がアホみたいに叩くのは理解できない。また、前述通り次戦のベルギー戦でベストで挑まねばならないという前提がある以上、西野監督のパス回しという選択は正しかったわけです。ズバリハマっているわけです、あれをみてやはりポーランド戦でのパス回しは正しかったということにならなければ本来おかしいはず。その議論の修正がなされないのは個人的には謎ですね。
 そしてプラスおまけの要素として、代表監督としては2ヶ月という異例の短期間の時間しかなかった。ということは通常4年間近く選手とつきっきり(かどうかは知りませんが)で、選手のことを把握していて、このときはこうする・どうすると、万全の準備をして頭の中で何千・何万のシュミレーションをしているはずが、彼の場合はそうではないわけです。お家事情・ゴタゴタで急転直下国家のトップを任されたというビックリする事になっているわけです。そういう状況を鑑みれば、西野監督はあそこで攻めに行ってもどう考えても一点とられることは起こりえないから、攻めていいぞという計算をすることは難しいわけです。
 叩くならばこういう状況を作り出した、現場の監督・選手に万全の状態を作って送り出してあげられなかった協会をこそ叩くべきなのです。全然論点が違う。一体何をやってるんだろう…というのが正直な感想ですね。そういう状況を作り出した日本サッカー協会という腐朽組織に多大な貢献をした元協会会長が「なんというセコいことをしやがったんだ。監督のバカ野郎、世界に笑われる」なんて言っているくらいですからね、呆れてものが言えません。お前がそういう組織を作って今の状況を生み出したくせに一体何を言っているんだ…と心底呆れましたね。

個人的最重要疑問ポイント―それでもベルギー戦を避けるべきだったのではないか?ブラジル戦を避けてポーランド戦に全力で勝ちに行くべきだったのではないか?

 最後の最後はお決まりの日本サッカー協会批判でおしまい☆―と思っていたら、最後に書くべきはずだった大事なことを忘れていました。采配への疑問というか検証しなければならない重大なポイントとして、ベルギー戦を徹底して避けるべきではなかったのかということです。
 もちろん散々書いてきたとおり、あの状況では主力を休養させる6人交代策がベストな選択で間違いなかった。しかし、そのリスクを敢えて取ってでもポーランド戦で全力で勝ちに行って1位通過を狙うべきだったのではないか。1位通過のコロンビアはイングランドのあとはスイス×スウェーデンの勝者。イングランドとやるかどうかはベルギー×イングランド戦の結果次第なのでまだ決定はしていなかったわけですが、2位通過の場合次戦でベルギーかイングランドと当たって勝った場合、ブラジルと戦うことになる。前述通りたとえベルギーだろうと勝つことは可能。しかし次戦のブラジルでほぼ100%間違いなく負ける、それもボロ負けする可能性が高い。
 である以上、主力の休養も放棄してなんとしてでも勝ちにいく。1位通過を狙って何が何でもポーランドに勝つ選択をすべきではなかったのか。ベルギーがブラジル戦を嫌って、2位通過を選択する事も考えられた以上強くは言えないことですが、もしポーランド戦で勝利して1位通過すれば、よりやりやすいイングランドと戦うことが出来て、次はスイス×スウェーデンの勝者であり、ベスト4の可能性がある。
 そういう可能性ががより高い1位通過を狙って全力でポーランド戦に勝ちに行くべきではなかったのか?問われるべきはそのことであって、ボール回しではないはずなんですよね。まあ、ベルギー戦の結果を見てもわかるように、もし全力でポーランド戦に勝ちに行って結果うまく勝てたとしても、次戦のイングランド戦で全力で戦う体力が残っていないので負ける可能性は高くなっていたんでしょうけどね。結局、主力を揃えて全力で戦って、ポーランド戦で不測の事態が起こって負けてしまったら、&ベルギーが2位通過の道を選択したとしたら―という可能性を考慮すると、主力の休養で次戦に備えるという選択が最もリスクの少ないものだったのでしょうけどね。その背景・材料、決断に至る過程を事細かに聞いてみたいですね。

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*1:韓国の元代表選手が日本は卑怯に勝ち上がって韓国は美しく敗退したとかいつものアレがあったようですね。反応したら負けなところありますけど、ファウルだらけのラフプレー万歳のチームが言うことではないですよね(笑)。そもそも日韓ワールドカップの時八百長した自分たちの歴史をどう思ってるのか恥知らずという話ですし。まあスルースルーのスルーパスですね

*2:己が玄人という意味ではございません

*3:これだったかな?※参照―日本-ポーランド戦ラスト10分に海外も様々な反応 - 日本代表 : 日刊スポーツ

2018ホークスのチーム崩壊の話、崩壊はヴィジョン・育成・組織論理の欠如故の当然の帰結

書き溜まっていたホークスネタをやりたいと思います。去年のCS・日本シリーズいつになるかわかりませんが、それを放置して今シーズンのチーム崩壊の話をしたいと思います。
 
 全国1億3千万のホークスファンから絶大なアクセスと支持を頂いた(大嘘)前回の粛清の話*1の続編を書くべきなのでしょうが、前回くらいの時間がかかる話になるので、手っ取り早く消化できる今シーズンのリリーフ崩壊とチーム崩壊の話をしたいと思います。※半分くらいで終わるはずでしたが、また長くなったのでいずれ分割しようかと思います。

目次

投手陣の崩壊と繋がらない打線 

 リリーフ陣の崩壊、セットアッパー岩嵜とクローザーサファテの離脱に先発陣も軒並みダメ。先発ローテ陣は故障や不調の雨嵐。去年の出来から唯一安定してローテを守ってくれそうな東浜も不調&肩を痛めて(右肩関節機能不全)離脱、千賀も右肘の次は右前腕部の不調から離脱、バンデン・武田の不安定さは言わずもがな。今の所安定しているのは昨年定着した石川くらいと言って良い状況。先発&リリーフ=投手陣の壊滅という事態を招きました。
 これで打撃陣が絶好調で、打撃陣が得点力でチームを支えている間に故障離脱組が復帰するまで耐える。そんな展開になっていればまだなんとかなったのでしょうけど、ホークスは交流戦までここ4~5年くらいは毎年不調・低調とはいえ、今の状態は明らかに例年とは違った状態であると言えます。
 クリーンナップを任される軸である打者松田・デスパイネが去年の打率.260台であることからHRで決めることが役割であり、率をあまり残さないタイプと考えるべきだとしても、両方共.250台にも届かない(執筆時点でデスパイネは.233で松田は.212)。4番であり、チームの中心・柱である内川は故障で離脱(もう復帰しましたが)。今宮は肘を痛めてスタメンを外れ、守備の人であまり打たないとは言えここまで打率が松田と同じ.212。今年の最初の方で中村晃が右太ももを痛めて離脱していることからもわかるように、野手の方も不調・故障だらけの野戦病院状態。今絶好調でトリプルスリーを再び達成しようという柳田がいなくなれば完全にチームは崩壊するでしょうね。
 

優勝争いはチームを消耗させ翌年状態を落とす

 投打でどうしてここまで故障者・不調者が続出するのか?以前書いたように、基本的に優勝した翌年はチームが弱くなるからですね*2。一年間優勝争いをすると試合に出続けた野手は疲労しコンディションを落とすが故に不調になりやすくなる。そして何より怪我のリスクが上がり、ベテランレギュラーを中心に故障離脱ということが起こる。技術的な要因もさることながら体力的な問題があるために、何年も連続して3割など一定水準の数字をクリアし続けることは難しい。2013年優勝した楽天が翌年ボロボロになった例を見ればわかるように、2014年最後の最後まで優勝争いをしたオリックスが翌年ぼろぼろになった例を見てもわかるように、優勝争いをすると選手層がよほど厚くない限り、その翌年チームが崩壊するもの。
 参照リンク先で説いたように、楽天はレギュラー野手が軒並み前年よりも数字を落とし、打ってくれたのは銀次のみ。オリックス首位打者を取った糸井ががくっと数字を落として.331から.262となったのを筆頭に前年並み・それ以上の数字を残したのは.260から.280へと打率をあげたT岡田くらいでした。しかしそのT岡田もHRは24本から11本へと去年よりガクッと落ちました。連続して3割以上・HR30本前後打つのは本当に一流と呼ばれる一握りの選手だけ。その年だけシーズン単年で.360以上の数字を残しても以後はぱっとしない一発屋首位打者もいるくらいですからね。
 また昔書いたように、前年度優勝チームは相手チームが研究して対策してくる。攻め方が変わるので去年のようなバッティングが自ずとできなくなるという傾向があります。野手陣が優勝した翌年、パッタリ打てなくなるというのは珍しい話ではない。奇しくも去年優勝争いをして前半絶好調だった楽天が打撃低迷で苦しんでいますが、他チームから徹底的にマークされて分析・対策されたという要素は間違いなくあるでしょう。
 

野手の高齢化&若手の積極的な起用・抜擢の欠如

 しかしホークスは毎年優勝及び、優勝争いをしているではないか?どうして今年に限って絶不調・異常事態なのだ?なんだかんだ言って今年も夏以降から打線が例年通りに爆発してシーズンが終わればやっぱりホークス打線は打ちまくったということになるのでは?と思われる方も多いでしょう。もちろんその可能性はあることはあります。しかしそこはポイント・問題の本質ではない。問題は野手の高齢化というより若手台頭の欠如。そしてそれと共に主力の定期的な休養&コンディションの維持の欠如にあります。本来それをチームの基本としてやってこなければいけなかったのに、その権限を持つ監督がそれを怠ってきたことが問題の本質なのです。
 松田(83年生まれ、35歳)・内川(82年生まれ、35歳の今年36歳)・デスパイネ(86年生まれ、32歳)。35歳は一つの指標となる年齢ですが、そのラインを超えた主力二人がいる。前々から松田・内川の後釜が必要というチーム構成・事情だった。松田は数字が落ちてきているし、内川はフルシーズンスタメン出場が厳しくなってきた(去年の出場試合数は半分の73試合)。そういうチーム事情だから今年のドラフト1位は、清宮についで履正社の安田を指名したわけですね。ファーストは外国人大砲でなんとか賄えるとして、大きいのが打てるサードがホークスの大事な補強ポイントとしてあったわけですね。ついでにセカンドも固定できないので、セカンドも守れる西田をトレードで取ってきたのもとりあえず将来的に困る可能性のあるセカンド・サードを手厚くしたいということですね。

最近の松田の状態についての感想・一考察

 ※余談ですが、松田は豪快なフォームとその明るい豪放磊落な性格からHRか三振かの大雑把なバッターと思われがちですが、ゴールデングラブの常連であることからもわかるように守備がうまい。また、2012年と2014年に怪我の影響で全試合出場はならなかったものの3割超えの数字を残していることからもわかるように、率を残せる器用なバッターだったんですね。どんなコース・球種でも対応してくる非常に器用なバッターだったんですね。追い込まれてからバットを短く持って食らいついていこうとするのも対応能力を上げる工夫ですね。スコアラーと相談してどういう球を狙うかしっかり決めたり、準備を怠らない用意周到な一面も備えています。一時期ディレードスチールを多用していたように、非常にクレバーな性質を備えているのが松田という選手なんですね。
 2015年にテラスが導入されてバッティングが変化して一発狙いのバッティングが目立つようになりました。確か翌年からだったと思うのですが、苦手な外の出し入れ・外のスライダー攻めが基本となって、その対応に苦しむようになり、外のボールの対処により注意を払うようになりました。その外への意識のあまりか本来松田が仕留めるべきインコースの球や高めの抜け球・失投を捉えそこねる。空振りするようになったんですよね。門田博光氏が、オープンスタンスはボールが見えすぎるからダメだ。見えすぎると外のコースを追っかけすぎて手を出してしまう。まず、外を捨てて甘い球を確実に絞ってHRを打てるようにすべきという話をしていましたが、そのとおりだと思うんですよね。
 目の劣化・衰えなども考慮して外は捨てて甘い球・失投を確実に打てるようにすべきだと思うんですよね。一昨年くらいからエラーが目立ちだしましたが、確実に目の衰えがあると思います。目が衰えているから失投を打ち損じる・空振りする。失投して「あ、HR打たれる!」というコースのボールを仕留め損なえば、投手も高めの失投でもしっかり腕を振って球威があれば空振りをとれると考える。となれば、松田に対してピッチャーは恐怖を感じないでしょうからね。
 場面・状況に応じて外に張って打っていくことをしてもいいですが、それ以外基本的にアウトローは捨てて甘い球・高めの抜け球を待って確実に仕留めるスタイルにしないと今後厳しいと思うんですよね。彼に期待されるのは率よりもHR、そして出塁率でしょうからね。率を残せるバッターはまだいますので、松田はHRを増やすことを考えるべき。そしてその中でいかに意味のある凡退をするか。今の打率ならHRをもっと打ってもらわないと困る。リーグトップの山川穂高は18本で.276、柳田は16本で.343なのですからね。松田の出塁率.286はHRバッターとしては寂しすぎる数字なので、なんとかしてもらわないと困りますからね。
 

中心柳田以外の驚異的な打者がいない現状

 サード松田の不調に加え、内川の離脱。そしてデスパイネの不調。彼まだ32歳で衰えについて深刻に考える必要はない年齢です。デスパイネ出塁率をまだ残してくれているので、シーズン終わればやっぱり例年通りの数字を残してくれる期待することが可能です。ですが、キューバ派遣選手であり、一年中野球をしているという事情からシーズン丸々出続けることが難しい選手です。ロッテ時代からちょいちょい休みをとったように休養が必要な選手。基本的に守備ができないDH専としては少し物足りない感を覚える選手です。外国人大砲としては十分に基準以上の働きをしてくれているので、それ以上求めるのは贅沢な話になりますから、デスパイネ以上の選手を要求するのは酷でしょう。まあそれはそれとして今、率が落ちてるのがクリーンナップの迫力の欠如・打線の不調となっていることを頭の片隅においといてください。
 柳田の他に晃と上林が打っていて、チーム打率は.250台をクリアしているので打線事情はそこまで問題であるとは言えません。柳田と上林以外走っていない。西武の源田・金子・外崎を見ると相変わらずの拙い走塁事情で頭が痛いところですけどね。2014年の打率トップ10を独占していた頃と比べると繋がらないのは言うまでもないですね。誰も彼も打てという贅沢な要求はしないまでも、打てないなら打てないで送る・粘る・走ってかき回す・采配でエンドランで崩すなどという引き出しもなくなっていますから、今のホークスの打線の迫力の欠如は言うまでもないですね。それはそれとして打線はまだまだなんとかなっているといえる現状。問題は投手。
 

リリーフ崩壊は必然

 これまで何万回も言ってきましたが、リリーフを使いまくれば壊れるのは当然。だから決して特定個人の投手に過度に依存してはならない・必要以上に投げさせてはならない。必ず間を開けて連投させずに起用しなくてはならないと言い続けてきました。
 サファテ・岩嵜が故障離脱するのは十分予測範囲内の話。去年あんだけ投げさせれば壊れるに決まってます。岩嵜はようやく使えるようになった一昨年から「隙きあらば岩嵜」で先発・ロングリリーフ・セットアッパーと無茶苦茶な使い方をされていたので、個人的にはもう去年壊れると思ってみていました。むしろ今年までよく持ったなというのが正直な感想。
 あまりにも投手起用がイカれていて見るに堪えない。酷使破壊継投・起用で頭にくるので殆どペナントを見なくなっていましたが、見るのをやめるきっかけが去年の開幕戦でした。確かロッテだったと思いますが、2試合目に点差がついた9回、サファテの連投を避けるために岩嵜をクローザーとして起用したのですが、岩嵜がピリッとせずにランナーを貯めたところでサファテにスイッチ。この起用で「ああ、もう今年もだめだろうな」と見る気をなくしました。去年の反省からリリーフの負担を軽減するために岩嵜を9回に起用して明日のためにサファテを取っておく。そのための岩嵜のはずなのにまだ点差があって、せめてもう一人我慢しても良い状況でサファテにスイッチ。その挙げ句、翌日もサファテを使って開幕カードからいきなりサファテ3連投という継投を見てだめだこりゃと思いました。岩嵜を信用して仮に負けても将来の成長の糧にすればいい。序盤の一敗くらい大したことないと岩嵜に任せてやることも出来ない。序盤の目先の勝ち星よりも終盤のリリーフの安定を重視しなければ去年と同じ目に遭うというのに、何の学習もしていないことがわかって心底興ざめ・ドン引きしました。
 その後の試合をちらほら見ても、やはり岩嵜のボールは良くなかった。具体的に言うと球威はあってスピードは出るものの、アウトローのボールが要求されたコースに殆ど行かない。10球中1回・2回行くだけで全部高めに浮いてしまうという状況でした。前々からそういう投手であれば別ですが、去年の岩嵜はもっとアウトローにきっちり行くことが多かった。少なくとも毎回毎回高めに浮いて抜けてしまうという投手ではなかった。今年で壊れる・工藤と佐藤義に壊されるんだろうなぁと見ていました。去年の岩嵜の登板数は72でした。年間72試合ということは半分以上投げているわけですから、そこでCSと日本シリーズが加わればそら壊れるに決まってますよ。一昨年の「なんでもかんでも岩嵜」「とにかく岩嵜」継投・起用の蓄積を考えれば当たり前ですね。
 サファテも66試合に投げて54セーブ。明らかに登板過多です。他のリリーフ・クローザーを見れば65試合くらいは普通。特におかしくないのでは?と思われるかもしれませんが、彼はカミさんが病気で一時チームを離脱しています。その間確か15試合くらいチームにいなかったことを考えると、彼もまた年間半分以上のペースで投げたことがわかります。吉井がいた頃のように、決して3連投はさせない。ブルペンで肩を作らせず投げない日を設けて適宜休ませる。リリーフの事を通年・複数年考えて起用をして、疲労を残さないようにしていたならともかく、3連投・4連投をためらわない現代ペナントレースのセオリーを知らない無知・無能監督&コーチでしたから、サファテも登板過多であったことは言うまでもありません。というか万一に備えてブルペンで肩を作りまくっていたでしょうね。
 肩すら作らせず、ノースローで疲労をためない。大事な終盤及び来年・再来年という先を見据えた投手継投管理がまるで出来ない。そんな投手コーチと監督でしたから、今年リリーフ陣が崩壊するのは予定調和ですね。流石に序盤で勝ちパターン二枚の同時離脱は予想できませんでしたが、まあ最悪の事態、こういうことになってしまうのは何の違和感もないことです。

本当の地獄は来年・再来年

 というか、今の継投の方がよっぽど恐ろしい。トチ狂った継投をやっていますので、シーズン終盤や来年・再来年のことをファンはもっと憂えるべきでしょうね。一人一殺継投という馬鹿なことをやって、右左右などで1イニングにリリーフ3人つぎ込むというような狂ったことを平気でやらかしていますから、リリーフがどうなってしまうのかもう気が気じゃないですね。今年ようやく13年ドラ1の加治屋がモノになってきましたが「隙きあらば加治屋」で負けでも同点でも勝ちでもとにかく投げさせますからね。勝ちパ・負けパ・同点というケースによってリリーフの役割を分けて起用するという当たり前のことも理解できない狂人なのでしょうね。既に3連投四回(ウチ一つは移動日を挟んだ四連投)ですからね。今年は加治屋が岩嵜に変わって使い潰されるのでしょうね。ドラフトで即戦力大卒・社会人リリーフが補強できなければもっと深刻な中継ぎ崩壊に苦しむことになるでしょうね。
 

投手を育てられるが、酷使して壊すというのが工藤という指導者

 予想外の出来事と言えば先発陣の崩壊ですね。リリーフは想定内でしたがまさか先発陣がここまで軒並み絶不調とは予想外でした。武田・バンデンは個人的に予想内ですが、千賀と東浜に限って言えば想定外でしたね。去年無理したツケが今の千賀の故障離脱に繋がってるのでしょうね…。WBC・不慣れなあっちの球でいつもと違う状態になっているところで休養を挟まないとかありえませんからね。
 武田・バンデン・千賀は去年を考えてこうなることもさほどおかしくはないですが、一年初めてローテ投手の役割を全うしてチームで一番多い160イニングを投げた東浜が故障というのは想定外でしたね。彼と石川はまあまだ故障はしないと思っていましたから(去年の石川の使い方も隙きあらばで危ない感がありますが、彼は大卒5年目で下で体作り十分してきたはずなのでね)。東浜は工藤塾のハードトレーニングあっての成長ですが、登板日以外はトレーニング漬けというのがこういう結果をもたらしたのではないでしょうか?結局、投手育成に一家言あれど、投手の状態を把握して適切に休ませることが出来ないというのでは育成手腕があってもどうしようもない気がしますね。育てるけど壊すという悪癖・評価が定着した以上、彼を監督として招聘するチームはなさそうですね。
 

フロントは将来を見据えた選手起用を現場に的確に指示しなければならない

 同じく以前エース摂津と先発投手事情 で書いたように、将来を見据えて、必要なポジションの選手を起用して育てておかなくてはいけない。秋山監督が先発投手陣を育てるために下で将来的に頼りになりそうな若手を試してこなかった、抜擢をして試合を捨てて負け覚悟で若手を起用して育てることをしてこなかった。高卒ドラ1の斐紹なんか、3年間下で鍛えて3年目には一軍定着をさせるという明確なビジョンを持って起用しなくてはいけなかったのに、明らかに先発起用・出場試合数が少なかった。これは秋山監督自身の問題もあれど、何よりチーム組織としての問題・フロントの戦略・ビジョンがないということを意味します。フロントに長期的視野がないという事実の方が監督よりもよっぽど問題です。フロントが今年は○試合必ず出場させろという課題を監督に与えなくてはならない。フロントが将来を見据えた選手起用を要求しない・現場に明確な指示・指令を出さない。フロントが機能していないという組織上の大問題があります。
 しかもこれはホークスに限った話ではなく、球界に共通する問題に思えます。楽天梨田監督が辞任をしましたが、ここ数年の楽天の野手陣の成績をNPBサイトでチェックしてみると、明らかに若手の起用が少ない。①選手層が厚くて②選手が若く育成が急務でない、③不動のレギュラーが固定されていて④優勝争いを毎年している―というような条件が揃っているのならばわかりますが、そのどれでもないのに今年はこの選手を起用して将来的なレギュラーとして使うというビジョンが見えない。経験を積ませている、強化指定選手がオコエくらいしかいないのでは?というくらい若手の出場が少なく、起用が偏っているように見えました。
 落合中日も黄金時代レギュラーが固定されていました。それに伴い優勝争いを毎年しているから選手育成が二の次になったのは仕方ないという意見を見ましたが、はっきり言ってナンセンスですね。どう考えても高齢化したレギュラーを休養をかねて将来のレギュラー候補を起用するくらいは出来る。それすらしてこなかったのはどう考えても問題がある。
 誰だか忘れましたが、谷繁の後釜として取った大卒ドラ1をすぐクビにしていましたからね。そんな使えそうにない捕手をドラ1指名したのもさることながら、上で実戦機会を与えて育てるという明確な意志を見せなかったことも大問題でしょうね。一軍での実戦機会、最低限の出場機会を与えなければ育つはずがない。特に捕手というポジションにおいては言わずもがな。下で鍛えてものになる選手もいることはいますが、育てる・育成というものの王道は実戦で確実にキャリアを積ませること(そしてダメそうだとわかったらスパッと見切ること)。そのノウハウがなければ長期的に安定した強いチームなど作れるはずがない。
 日本ハムファイターズが育成の王道を行っていると言えますが、まあ、ハムさんは一定の年齢を超えた選手を殆ど「追放」していますからね。「育成」しているというよりも「追放」した穴埋めをしているというべきでしょう。育った選手をどんどん切っているいびつな姿勢はチーム作りに歪みをもたらすわけですが(だからこそあれほど素晴らしいチームでありながら毎年優勝争いが出来ずにチームが崩壊するシーズンが多いわけで)、それでもきっちり育て上げている姿勢はお見事。必ず使った選手が育つということはありえませんが、しっかりビジョンを持ってさえすれば、ある程度の質と量の選手は必ず育てることが出来る。日ハムほど「追放」すればポジションが空く、その分育てられるのは当たり前だと考えてやろうとしない球団が殆なのでしょうけど、育成システムを整備してベテランの休養と調整を考慮して若手を起用すれば必ず今以上に選手は育てられる。
 戦力があれば勝つことは当たり前。他のチームが戦力を整備できずに自チームだけが他より整備されていれば優勝するのは当たり前。大事なのは育てながら勝つこと&選手を疲労・故障させずに勝つこと。フロントの役目はそのやりくりのためのビジョンを描くこと。また監督もビジョンを描いて、育てることと休ませることと勝つことの3つのバランスを上手く満たして采配を取らなければならない
 

3つのバランスを無視した無意味な勝利至上主義

 監督采配にとって重要なのは育成・休養(調整)・勝利(優勝)の3つのバランスと論じましたが、では去年の工藤采配はどうだったか?言うまでもありませんよね。選手を壊すような無茶苦茶な投手起用・継投で若手を試して育成に当てることもしませんでしたから、はっきり言って采配としては最低のレベルです。現存の豊富な戦力を後ろ盾にただ勝ち星を積み上げるだけの何の戦略・ビジョンもない采配で見るに堪えませんでしたね。でしたので去年はもう殆ど試合自体観ませんでした。
 勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしとは言いますが、現在のチーム崩壊は何の不思議もありませんね。馬鹿みたいに休ませずに選手を使いまくってるんですから当たり前です。無駄に94勝もしてどうするんですか。去年のCSの話を「2017CS風物詩再び、悪夢の秋の風物詩発動。ホークスは短期決戦に弱い愚かなチームに戻った」的なタイトルで書こうと思っていたのですが、先にその話に踏み込んで語りますが、そりゃ負けるに決まってますよ。一番大事なポストシーズンに備えて選手を温存しておかないのですから、アホとしか言いようがない、アホもアホ・大アホでしょ。
 100勝しようが80勝だろうが優勝は優勝。1-0で勝とうが100-0で勝とうが、1勝は1勝の価値しかない。それが2勝・3勝としてカウントされることはありえない。優勝も同じ。ぶっちぎりだろうが僅差だろうがペナントレースを制したという事実に何ら違いはない。0.5ゲーム差でも上回ればそれで十分、ゲーム差なしでも勝率がわずかでも上回ればそれでいい*3
 優勝する最低ラインをクリアできそうとわかったのならば、あとは勝利よりも、休養や育成という他の2要素を重視して采配を切り替えていくもの。丁度3つの要素を頂点とした三角形があったとき、勝利が頂点の正三角形or二等辺三角形から、勝利の頂点が著しく下がるぺちゃんこな二等辺三角形に推移するようなものですね(図がないと分かりづらいかな、このたとえ(^ ^;) )。CSという制度が導入された以上、終盤の戦力維持というの最優先課題になっているのにそれを無視したような戦い方を繰り広げて選手を休ませなかった。その挙げ句柳田・モイネロなどの故障を招いて大丈夫か!?という事態を作りましたから、風物詩を自ら招く利敵行為と言われてもしょうがないでしょうね。
 短期決戦のこともわかっていなければ、長期決戦(と言っていいのか?)ペナントレースのこともわかっていない。一年をどういう風に戦えばいいのかという基本もわかっていない。一体今まで何を学んできたのか?監督をやろうというつもりがあったのならば、そういう準備・勉強をしてくるはず。ここ10年~20年のペナントレースを自分なりにまとめて監督とは~采配とは~という研究すらしてないでしょう。
 

2011・2015・2017それぞれぶっちぎり優勝の意味合いが違う

 ホークスはここ最近でぶっちぎりで優勝したシーズンが3シーズンほどあります。それぞれ88勝・90勝・94勝、17.5ゲーム差・12ゲーム差・13.5ゲーム差をつけての優勝でした。パに興味がない人、ホークスに興味がない人にとってはホークスって強いなぁ(小並感)くらいの感想しかないのでしょうけど、これらの年のぶっちぎり優勝は実は似て非なるものなのですね。正確には2011年と2017年は優勝の仕方が似ているが、2015年だけはぶっちぎり優勝の意味合いがまるで異なっていたんです。
 過去に何度も書いて力説したように、この年は吉井コーチがいたので投手起用・リリーフ陣の休養・状態の維持を念頭において継投が完璧にこなされていました。なのでシーズン終盤になればなるほど、他のチームとは違い789回に投げる投手の状態がいい・回を終えるごとにいい投手が出てきて点のとりようがないというプレッシャーを相手にかけていました。1点もやれないというプレッシャーからそれまでの疲労も相まって、相手チームのリリーフはボッコボコに打たれて面白いほど逆転勝ちをして、一体いつ負けるんだこのチームは?という快進撃を続けていました。オリックス相手に9回4点差をひっくり返してサヨナラという試合もありましたね。
  序盤になるべく投げさせずにリリーフ陣の足を最後までとっておく、そうすることで生まれるシーズン終盤の驚異的な強さはこの年を見ても明らか。その翌年2016年、吉井コーチが日ハムでリリーフ管理を仕切った上で、最終的に10ゲーム以上の大差を逆転したのもそうですね。何より、シーズン終盤にリリーフが計算できないと大逆転を食らうことがある。故に序盤~中盤は勝てそうだからといってリリーフを惜しみなく使ったりせずに戦う。終盤のために余力を残しておくのがセオリー。そういう昨今のペナントレース事情を知らない、昔の野となれ山となれ野球しか知らない古い時代の監督が我慢しきれずに馬鹿みたいにリリーフを注ぎ込むというのが他所の球団でも珍しくない。2016のペナントレースを見るに総括をきちんとしてさえいれば、そんな当たり前の教訓・結論が導き出されるはずですが、殆どの球団はそういうことをやっていない。野となれ山となれとしか考えていない。行き当たりばったりで球団経営をやっているということでしょうね。
 で、話を戻して、2015はリリーフ管理を完璧にしてコンディションを最後まで落とさなかった。3つのバランスの育成については疑問符がつくものの、そういうシーズンのこなし方だったわけです。今年優勝するために来年・再来年のことは知らない、どうでもいいという典型的な目先のことしか考えない采配とは一線を画していたわけですね。最低でも来年もリリーフ陣が働いてくれる。どんなに予測外の最悪の出来事が起こっても崩壊することはないと期待できるわけですね。しかし2011と2017ではそういうリリーフ陣の管理という概念・配慮すらなかった。2011はリリーフよりも先発の問題・来季以降の先発陣の整備が課題だったのですが、来年を見据えていた継投・投手起用とはいい難いものでした。なんとなく一年を戦い、負けてもいいから来年のために先発候補の育成のためにテストをするという要素は乏しかった。で案の定見事に翌年、先発ローテに苦しんでにっちもさっちもいかないという状況に陥いりました。そして2017はとにかく岩嵜・サファテで勝ちを拾うだけというパターン。とにかく特定の優れた選手の活躍に依存し、その選手が期待通り・それ以上の働きをしてくれるという前提の元・希望的観測で戦略を立てている。その前提が崩壊したらどうするのか?そういう万が一の際の配慮・危機管理の思想がない采配だった。
 今年優勝出来さえすればあとのことはどうでもいいという非常に拙い思想の上でペナントレースを戦っている。采配が行われている。こんなことで一体どうやって長期的に強いチーム足りえるのか?3年・5年・10年ずっと強い黄金時代を築けるというのか?ましてやホークスはV10を目標に掲げている球団。そんな球団が一体何をやっているのか?
 

NPBに蔓延する監督候補層の欠如と役割の履き違え

 そして、これは工藤公康一人の問題ではない。今現役の監督に将来の監督候補を含めても、そういう事がわかっている選手がどれくらいいるのかと言われればまずいないでしょう。いてもかなり少ない。つまり監督に向いている人材が球界には殆いないという恐るべき現実がそこにはある。ノムさんが著書でそんなことを書いていましたけど、はっきり言ってノムさんも同じ。違和感という報告をバカにして、出場できないという選手にダメ出しをする。コンディション管理を軽視する。そういう勝利・育成・休養の大事な3バランスの理解はない。若手が出場するために怪我を隠して無理やり試合に出るという行為を称賛するくらいですからね。同じく過去に書いたとおり落合氏にもそれがない。育成に大失敗した過去を見れば言わずもがな。
 昔、秋山辞任で新監督は古田・工藤・桑田の誰かがいいと書きました。ベストは古田氏でしたが、工藤監督就任でも肯定的に捉えていました。三人を次期監督に望んだ理由は頭がいいから、頭がいい監督なら理に則った適切な采配をしてくれるだろうと思っていましたが、頭がいいだけではダメだということが彼でよくわかりました。工藤監督が大外れだったことを考えれば一体何考えてたんだこの大馬鹿野郎といわれてもしょうがないですね、どこに目をつけているんでしょうかね?銀魂なら花野アナ・結野アナに続いて不死野アナとして登場するくらい、節穴ですね。頭がいい人間なら研究して、学習してきっちり結果を残してくれる、まともな采配をしてくれると考えていましたが、頭がいいだけでは無理だということがわかりました。というかもう元プロ野球選手・名選手はダメだということですね。
 投手出身で高卒、またキャリアの半分を遊び呆けていたなど人間性の問題という点もあるのでしょうけど、何より元名選手は基本的に適性がない。偉大な実績を残してきた元選手はそれを前提に考えてしまう。出来ない・弱いという拙い状況から、ではどうすれば出来るようになるか?強くすることが出来るかという試行錯誤ができない。名監督を望むなら、周囲の人間の話をちゃんと聞く謙虚な調整型の人間でないとまず無理。自分のやりたいことをゴリ押しする・自己主張を第一に押し付けるような人間にはまず無理。監督を選ぶ際にはそういうタイプの人間を絶対に選んではいけないということを工藤監督ということで学びました。ずいぶん高い授業料になりましたね。
 松中が引退会見で指導者で打者を育てたいということを言っていたように、元名選手は技術指導をしたがる。監督を目指すなら采配の勉強をしなければいけないのに、打撃や守備やら投球やら技術指導をしたがる。コーチとしてならそれでいいですが、監督はそれでは困る(というか名選手でなければなかなか高いレベルの技術指導は難しいでしょうから、コーチとしてはどんどん採用していただきたいところですね)。監督の仕事・役割を履き違えた選手(選手に限った話じゃないでしょうけど)があまりにも多い。
 

監督の仕事は選手の技術指導ではない。まっとうな監督育成制度を整えるべき

 監督の仕事は「勝利」「育成」「休養」そのためのフロントから二軍から、そしてもちろん一軍コーチも含めての、意志調整・意見交換。チームの全体を見据える大枠の作業が殆どで選手への技術指導など細かいを事を本来やってる暇はないはず。技術指導がやりたいならコーチになればいいだけの話。そして監督というチームにとって重要な仕事をしたいのなら、監督としての資質を備える修行・トレーニングをきちんと積んでこないといけない。
 サッカーなんかでは資格テストがあるといいますが、同じように監督資格制度を整備しなくてはならない。海外では記者など非選手出身の監督が珍しくないといいますし、そういう監督を採用するのも一つの手でしょうね。ホークスフロントは、OBでも外様でも監督にしたい人間に声をかけて授業を行う。ホークスはこういう人材を欲しい。こういう人間を監督にしたいと自分たちが望む監督像を明確にするべき。そして指導をして、テストやレポート・面談などでAランクからCランクまでのような格付けで資質を判定する。監督としての基準をより満たした人間から二軍監督や一軍監督補佐など現場に送り込んで、実戦テストを経て監督を選抜するようなシステムにしなくてはならない。そういう合理的な制度に変更しない限り、今回のような無能監督問題はいつまで経ってもつきまとうでしょう。
 一刻も早く監督資格制度を導入しなくてはならないですね、ホークスは(もちろん他球団もですが)。
 

名選手名監督ならず、名監督は無名に近い選手が好ましい。始めから監督という人材を育てるという意志が球団には必要

 名選手名監督ならずということで、名監督を作るためには初めから監督の教育・人材育成ルートを設定して、指導・育成を図らなくてはならない。これが今の所暫定的な結論なのですが、もう一つポイントとしてダメ選手というか二流・三流の選手でなければ名監督たりえないのではないかという気がします。かの名将阪急の上田利治監督*4や、広島の古葉竹識監督など初めから監督としての期待をされて育てられた人材。結果、見事に黄金時代を築いた名将となったわけですが、両者とも誰もが知る名選手ではないということ。特に上田監督は現役をたった3年で終えていますからね。古葉さんは簡単に二流・三流と見なすことが出来ない数字を残した選手です。盗塁王のタイトルも取ってますし、当時で15年近くプレーしてますしね。しかし誰もが名前を知っているクラスの名選手ではない。そういう選手としては名前がパッと出てこないくらいの人のほうが監督に向いている。また内野手・捕手は状況に応じてプレーが変わるので監督向きだと言われていますしね。
 もう一つ地味に面白いのが、二人共広島東洋カープから輩出された人材だということ。つまり、初めから監督を育てる重要性を理解していた人間が当時の広島のフロントにいたということですね。上田・古葉という見事な成功体験がありながら、何故にこの文化・伝統が滅んでしまったのか、他球団がそれを真似して導入しなかったのか非常に興味深いところです。「上田も古葉も育てたのは我が広島東洋カープじゃい!」とカープファンなら誇りそうなものですが、あまりそういう話を聞かない気がしますね。
 

選手としてダメでも監督として名前を残したいという心理

 名選手でない方が何故名監督になりやすいのか?というのは、名選手は選手としての名誉を極めたので、それ以上強烈な成功したい!という欲求がない。しかし、現役時代成功しなかった、中途半端なキャリアで終わってしまった人物は、強烈なプロ意識を持ってコーチや監督業に取り組もうとする。失敗や屈辱というコンプレックスを武器に努力をするからですね。それこそ鳴り物入りでプロに入ったものの、現役選手としてはパッとせずにバカにされ続けた斎藤佑樹投手のようなタイプが監督・コーチとして実績を残そうという動機を抱きやすいわけですね。絶対に成功してやる!見返してやるという強い動機を持った頭のいい人間、そういう人間を監督候補生・幹部候補生として教育して監督にするのがいいように思えます。そしてそのコースにあって現在監督として成功しているのが、現北海道日本ハムファイターズ栗山英樹監督でしょうね(球団による監督指導過程はありませんが)。個人的には名監督だと思っていませんが、世間的には十分評価される監督でしょうね。フロント主導で個人の裁量権がかなり限られた監督でしょうけども、監督の役割をきちんと果たしていると言えるでしょう。
 そういうロジックがあるので、今の楽天の平石監督代行なんかもキャリア的に期待できるものがあるので面白そうな気がします。楽天はフロント主導を履き違えて、全権監督ならぬ全権フロントのようなことをやっているので前途多難感が否めませんが今後どうなるか地味に気になっています。
 また、以前ロッテの京大君というのが話題になったことがありますが、最初彼を採った時に幹部候補生・監督候補として採ったのでは?上田監督のようにすぐ辞めて監督コースが有るのでは?と期待して見ていたのですが、結局三井物産に就職したようですね。ロッテも監督を育てるという新しい路線に転換していたら面白かったのですが…。
 そんな中、ファイターズが去年のドラフトで7位で東大の宮台を指名したのが栗山監督の後釜というのがありそうでワクワクしています。かつて糸井指名の際にお前の指名は半分は打者としてだからというのがありましたが、半分は監督としてだからという要素があれば面白い。フロントと現場の分業が唯一出来ている球団だけに監督育成に着手している可能性は十分あるので今後どうなるか面白そうです。
 

全権監督は組織を腐らせる。フロント(中枢)と現場(最前線)の明確な権限分化を図るべし

 全権監督というのはやってはいけないという話をしたのでついでに話をしますが、そもそもホークスは監督にすべてを任せすぎている。何でもかんでも監督に任せて、監督が完璧で何でもかんでも監督に任せておけば上手くいくというのならばそれでいいが、ここまでのホークスの過去を見てわかるようにそんなことはありえない。現場の采配を任せるのはいいが、「すべからず」の最低限のルールは決めておくべき。今の継投・リリーフ使いまくりでは数年後チームがにっちもさっちもいかなくなるリスクがある。そんなリスクを放置しておくなんて正気の沙汰ではない。「この選手を育てるから、この選手を今年は○試合使う&○打席立たせて場数を踏ませる」―などというような指示を出さないといけない。フロントがチームを中長期的にどうしていくかという方針を明確にしておかないといけない。
 毎年のように「フロントは監督の手腕を高く評価」という報道しか出てこない。優勝しても4位でも同じ。一体どんな評価基準・査定基準を以ってその年の監督の採点をしているのかと疑いたくなる愚かさ。フロントが始めからチーム作りや勝利の責任を放棄しているとしか思えない。フロントがしっかり責任を持ってチームを運営するべき。そして自分たちの理念・ビジョンに合う監督を育成して、その監督に任せるというやり方にしなければいけない。
 毎年毎年適当な選手を採ってくる・既に成功している選手を他球団から採ってくるだけでフロントがろくな仕事をしていない。これでは3連覇・5連覇なんて出来るはずがない。10連覇や世界一の球団という目標を掲げているのに、こんなことでどうやって世界一の球団を作るつもりなのか理解に苦しみますね。
 

今のホークスの弱い理由は補強の欠如&「育成」の軽視

 最後に今年のホークスの低調の原因を書いておきますと、そら当たり前ですよ。戦力の酷使と経年劣化による衰えがありながら、補強を怠っているんですから。補強しなければ弱くなるに決まってるじゃないですか。
 何故かここ最近は積極的に補強をしなくなりました。個人的に育成は最大限に、補強は最小限にというのが王道だと思っているので、補強をすることに肯定的ではないのですが、今のようなフロント・組織構造で補強をしなければ勝ち続けられるはずがない。ピッチャーで言えば野上・増井・平野・牧田、誰かを取らなくてはいけなかった。平野・牧田はメジャー志向なので無理だったでしょうが、増井は国内移籍を望んでいた。リリーフの補強は必要だった内野手と並んで重要な補強ポイントなはず。そこをどうして無視したのか?何より去年横浜から巨人に移籍した山口に声をかけなかったこと。これが本当に疑問。クローザー経験もあり、先発で150キロを出せる投手を何故採ろうとしなかったのか?巨人志向がそれほど強い投手だったからなのか?
 ホークスのリリーフの安定、7年間連続防御率1位(09~15)を達成した絶対的なリリーフ陣というのがホークスの強みだったわけですが、そのリリーフ陣を支えるためにドラフトからの新戦力や補強での獲得という要素が非常に大事だった。ドラフトで即戦力リリーフを取ってリリーフ陣の強化を図るのは当たり前として、メジャー帰りの岡島・五十嵐を採ってきたこと。当時はそこまでパッとしなかったサファテを西武から採ってきたこと。絶え間ない指名と補強によってリリーフ陣を安定させてきたわけですね。バリオススアレス・モイネロなんかもそうですね。リリーフ陣を安定させるために、余裕を持ってやりくりをして酷使を防ぐためにどうしても使える駒が必要。その駒を増やす補強をしてこなかった、特に去年・一昨年と社会人の即戦力リリーフを指名してこなかったことが最大の原因でしょうね、何考えてドラフトに望んだのか?アホですね。
 監督からしてリリーフを軽視して「投手は全員先発を目指してダメならリリーフ。ローテを6人固定してしまうと先発を目指す上でやる気が無くなってしまうから、5人で固めて残る1枠をリリーフをやりながら争わせる」というわけのわからないことを言っているくらいですからね。先発ができる力のある投手ならリリーフなんていつでも出来るだろというヨシコーチのようなリリーフ軽視の考えを持っている監督なので、先発育てといたらリリーフなんとでもなるやろという考えでドラフトに臨んだのでしょうね。そしてそのようなトンチンカンな思想を誰も止めなかった。フロントがその方針にストップを掛けて「この投手がリリーフで必要だからこの投手を即戦力リリーフで採るべきだ」―と主張して的確に即戦力リリーフを指名しなかった。それが今のホークス低迷の根幹ですね。フロントが狂気の監督に大きな権限を与え、なおかつその暴走を止めない。最低限の歯止めをかけずに放置する。仕事の放棄・責任の放棄ですね。まさに監督に対する最低限のストッパーが必要なわけですから、それがないからこそストッパーが居なくなってチームが大混乱するわけです(激ウマ)。
 ノムさんが捕手は自分が育てるからキャッチャーじゃなくてピッチャーを採ってくれと古田の獲得よりもピッチャーを優先しようとしたという話がありますが、ピッチャーは自分が育てるから野手採ってとでも言ったのでしょうか?あるいは即戦力よりも潜在能力の高い投手ですかね。将来的に楽しみな投手はたくさんいても、現在頼りになる投手がいなくて火の車になってるんですが、それは一体どうするんですかね…?前述通りピッチャー育てても結局壊すんだから意味ないでしょうに。育てては壊し、育てては壊すの「賽の河原監督」ですからね。
 補強よりも育成にシフトする。その心意気や良し。育成こそが王道ですから、その方針変更自体は大歓迎。しかし補強を封印したのならばそれ以上に明確なビジョンを持って選手を育てる、若手を積極的に起用して経験を積ませなければいけない。そういう状況にあるのにもかかわらず、去年から全然若手を抜擢していない。補強の封印をしたからには若手を積極的に起用して育成しなければチームの戦力は低下するなんて当たり前。どうしてこんな簡単なことがわからないのでしょうか?ホークスフロントはアホ・無能というのはここにあります。補強の封印をして、肝心要の育成までもついでに封印していくんですからね。その上首脳陣の人事育成、コーチ陣・監督の指導育成という幹部候補生の育成すら封印しているのが現状なので一刻も早くその封印を解き放ってほしいものです。最早呪いレベルですので、誰かホークスにかけられた呪いを解き放ってくれない限りは永遠にこのままでしょうね。今年・来年と一気に連続Bクラスという低迷を招いてもなんら不思議ではないでしょうね。
 
 ※おまけとして、では、工藤の次は誰がいいのか?という話を残しておきたいと思います。それは森脇さんでしょうね。いくらなんでもそうすぐには次期監督を育成できない。では誰でつなぐか?と言われたら、ホークス内で顔が効いて求心力もあるがゆえに監督に就任してもゴタツクことがまずない。他球団を渡り歩いて視野が広い・優秀なコーチを知っていて声をかけていろんな人材を招集できそうな森脇さんがベスト。内部昇格した元二軍監督の水上内野守備走塁コーチが現実的なんでしょうが、前述の条件を満たしている苦労人森脇さんが一番的確なのではないかと思います。まあ、ホークスは監督に名選手縛りをかけているのでハードルは高いでしょうけどね。ホークスフロントがまともな方向に向かうかどうか、一番始めに変化する方針と言えばこの名選手縛りでしょうからね。この縛りが解禁されるかどうかを強く・賢く・隙のない野球をするホークスを望むファンは注目してみるといいかと思います。

アイキャッチ用画像

*1:

*2:※参照―優勝候補オリックスという虚妄 

*3:実際はギリギリで逃げ切ることを前提に計算するのは不安要素がいくつかあって怖くてしょうがないので5ゲーム差位を基準に計算するでしょうけどね

*4:巨人・西武以外に唯一三連覇した阪急ブレーブスの黄金時代を築いた名将です。一応西鉄も三連覇していますが近代野球以前の草創期のことなので除外してます

佐藤義則・ヨシコーチは優秀なコーチではない。ド無能なドム脳コーチである

野球ネタが溜まってるんで、ボクシングの話を書き終える前に一つ二つ軽い野球ネタを挟みたいと思います。

 書きたいと思っていた佐藤義則ことヨシコーチは優秀・有能なコーチではない。無能・ド無能なドム脳コーチであるという話です。

 優秀な投手コーチと言えば誰という話題で、必ずと言っていいほど名前が上がるヨシコーチ。しかし、彼は優秀な投手コーチではありません。彼は現代野球のセオリーから逆行する古い価値観を持ったコーチ。先発至上主義という歪んだ価値観を持ったコーチであり、チーム・投手陣に負の影響をもたらす危険なコーチです。外から見ているウチはわからなかった、気づかなかったことなので、鷹ファン(?)としてペナントを見る・味方のコーチとして見た時に、つくづく最低のコーチだなと感じたので、そのことを記しておきたいと思いました。鷹派の人間がどういう風に彼を見たのかという視点がなにかしらの一助になれば、これ幸い。
 何故か鷹ファンでもヨシコーチがいなくなるのは痛いといったり、オリックスでとうとう藤井コーチについでヨシコーチが帰ってくるのか!みたいな声があるので、その人達にとっても参考になるかと。ヨシコーチ待望論みたいなことを書いてあるオリファンのブログも見ましたからね。ハッキリ言ってオリックスに来たら混乱するだけだと思います。今年の楽天の投手陣もダメになるんだろうなぁ…。いいリリーフを無理くり先発させてぐちゃぐちゃにさせるんだろうなぁと見てますから。楽天ファンでもヨシコーチの復帰に喜ぶ人半分、恐怖におののく人半分という感じですからね。
 結論を先に書いておくと、彼は①大エース育成をする。②その大エース頼みの、大エースありきの投手スケジューリングをする。結果、エース以外の投手を雑に投げさせて使い潰すというコーチです*1。①ありきの投手コーチなので、鷹での三年間のように大エース育成が出来なければ、どうした佐藤義!一体何のための前進守備大エース投手育成コーチだ!というオチになってしまうわけです。
 ホークスは過去に斉藤和巳という大エースが存在してその投手に頼り切って潰してしまうという過去・苦い教訓がありました。にもかかわらず大投手育成&投手酷使コーチを招聘して昨今の投手事情ですから、学習能力のかけらもない鶏頭フロントと糾弾されてもしょうがないでしょう。
 一年目は吉井コーチという酷使を許さない優れた投手コーチがいて、工藤監督とヨシコーチのクビにしっかりと首輪と鎖で繋いでコントロールしていてくれたのでなんとかなりました。後述する取扱説明書を見事に読んでいた優れたやり方と言えるでしょう。がしかし、吉井コーチという管理人・門番が追放されるとあとは言わずもがな。世紀末ケンシロウの世界のような荒野が広がる惨状になりました。長年パ・リーグトップを走り続けてきたリリーフ防御率の悪化に今年の岩嵜・サファテの離脱という見事な埋伏の毒コーチでしたね。

■名伯楽ヨシコーチ
 佐藤義則コーチと言えば、ダルビッシュ田中将大という日本を代表する投手を育て上げた名伯楽。故に彼を優秀なコーチと評価する声は球界でも数多い。しかし、実態はそうではありません。ちょっと詳しい人なら知っている当たり前の話ですが、偉大な投手2人がヨシコーチを素晴らしいコーチだと褒め上げる故、そういうヨシコーチ有能論とでもいうような勘違いした論説を多々目にするので一度書いておこうと思っていました。かくいう己もヨシコーチが来るときには!おおあのヨシコーチが来るのか!!となったくらいですから、実際目の当たりにしてみないとそういう錯覚を抱く人が多いのもむべなるかな(責任逃れ)。
 ダルビッシュが褒めた鶴岡にヨシコーチ、どちらも酷かったでしたね。ダルが褒めるからさぞかし良い捕手・コーチなんだろうと思っていましたが、ダルにとっては素晴らしくても他の選手にとってはそうではないということですね。ダルという唯一絶対の存在だからこそ当てはまる。ダルでなければ無意味という存在・理論、オリジナルならぬダルジナル理論はまだまだありそうな気がします。ダルの話は好きなんですけど、そういう要素を差し引かないといけないんだろうなと最近感じていますね。

■ヨシコーチがプラス効果を発揮するには条件がある
 より正確に言うと無能というよりも、彼が効果を発揮するケースは限られるコーチということですね。負の効果も大きいのでふぐの調理法のようにしっかりその毒抜きをしなければならないタイプであるということです。まず、彼がその真価を発揮するのはダルビッシュ田中のような大型長身右腕、甲子園でスターとなるような逸材・優秀な素材がいる時に限られます。そういう限られた天才・スーパースターとも言うような選手がいない限り、ハッキリ言って無意味。普通の凡百の投手は大エースだった彼のピッチング理論を吸収して育つことはない。指導が活きることはない。これまでの投手コーチ経歴を見るとそう考えるのが自然。
 松井裕樹は左腕でかつ体格がそれほど良くない。サイズが大きくないためにヨシコーチ理論がハマらなかった。また安楽は言わずとしれた甲子園での投げ過ぎで肩・肘に問題を抱えている。田中やダルに並ぶ優れた素材であっても故障を抱えているような投手に対しては有効な指導法がないことを意味していると考えます。まあ、安楽の場合は指導期間がもっとあれば変わったかもしれませんが、故障持ちの釜田などをお構いなしにかなり投げさせたこと、連投・疲労度なんのそのという投手状態考慮なしの中継ぎ投手起用などを見ると根本的にコンディショニングの概念がないと思わせますからね。

■ヨシコーチの真価を発揮させる取扱説明書
 故に、佐藤義則投手コーチ・ヨシコーチが効果を発揮するのは絶対的なエースを育てること以外ありえないのです。そしてそのヨシコーチが絶対的なエース投手を育てるには
 ①若くしてその名を知られる素材であること。それも球界を代表する投手になるような素材がチームにいること(ダルや田中クラスの超高校級の選手であること)
 ②壊れない頑丈な体を持っていること(もしくはコンディションの重要性を熟知しており壊れないケアが自分で出来るorサポート体制が十全に存在していること)
 ③絶対的な真っ直ぐを持ち、かつ決め球を持っていること(もしくはそれを補えるカウント球をいくつか持っている)
 ―という選手がいることが条件になってくるかと思います。菊池雄星を手がけることでもあれば、超大型左腕は不可能、右腕でなければ無理。右腕限定コーチということがはっきりするのでしょうけどね。そもそも超大型左腕(体格が良くて真っ直ぐが150を超える)というような投手は中々でてきませんからね。
 ※注③で書いたことは武田久か勝かが彼の影響で育った云々をちらっと見かけたのでその場合はまたちょっと変わってきます。具体的な話があればよかったのですが、ちょっとそういう記事が見当たらなかったのでその要素については保留します。この両者にヨシコーチ効果があればまた話は変わってくるので、その場合はまた追記したいと思います。
 個人的に投げ込み理論・投げ込み指導をする投手コーチというのは好きではないのですが、何故かと言うと、じゃあ投げ込み以外に何をどうするの?と言われた時、有効な指導法・別の引き出しを持たないように見えるからですね(逆に言うと投げ込みが適さないなと思ったら、違う指導法を示すことが出来る引き出しがあるコーチならば投げ込み理論コーチでも構わない・優秀なコーチだと考えるということですね)。
 いずれにせよ彼は選手に合わせて指導法を変えられるという豊富な引き出し・指導法を持つコーチではない。投手に合わせて指導を変えられる広く浅く教えられるタイプではなく、特定の投手にのみ指導が出来る狭く深く教えるタイプ。その狭く深い指導に適する素材がいるか、マッチするか事前に調べた上でないと何の意味もないコーチであるということですね。

■エース育成を期待して起用するならばその危険性を最小限にしなければならない
 また、ヨシコーチはファイターズ・イーグルスと渡り歩いた中、前身の日本ハム楽天で「一人の大エースを育てる代わりにその他大勢のピッチャーを壊しまくる」コーチという評判が定着していました。ベヘリットに生贄に捧げられたとか、SSRを強くするための強化合成の素材にされただとか、まあいろいろ言われるいわくつきのコーチ。
 ということは、あらゆる投手に応じて色んな引き出しを持っているタイプではなく、自分の理論・理想とする限られた投手にしか通用しない諸刃の剣指導・育成をする危険なタイプだというわけですね。ブルペンでも試合でも、とにかく本人の調子やタイプお構いなしに投げさせまくってしまう。その挙げ句多くの投手がその教えについていけずダメになる。指導と育成の両輪のバランスを取ってうまく自転車を走らせることが出来ない。選手を育てることと勝つこと、この二つを同時にこなすことが難しいことは言うまでもないですが、そういうやりくり・操縦が上手くないタイプ。昭和の古い時代の大エースで、その価値観を引きずっている。もしくは自分自身が無茶苦茶投げてきたから、自分くらいの大エースならこれくらい投げても平気やろ、と現代のセオリー・価値観を無視する。大エースとそれ以外の普通投手と別パターンにして指導法を分けられない。故に、全ての投手に大エース理論を当てはめるのでハマれば大エースを育ててくれるけど、外れれば壊してしまう。というか殆どのピッチャーを壊すリスクを孕んだまじんぎり使い・ダイジョーブ博士。当たればデカイが、外れれば大損害をもたらすリスクがあるコーチ。そういう背景を知れば、こういうコーチは怖くて普通投手陣を一任したり全面的に任せられないと思うのですけどね…。
 鷹・ホークスでの彼を見る限り彼を招聘したメリットはまるでない。中継ぎは先発ができない・先発失格の投手がやるという考えを持っていることからも分かる通り、リリーフのやりくりが下手くそ(というかその重要性すら理解していない可能性もあります)。またピンチでマウンドに行って有益なアドバイスを出来るわけでもないので、一軍ベンチにいてもしょうがない人材。なんで一軍ベンチを任されていたのかわからない理解に苦しむ配置・人事です。
 育成では球界を代表する投手を育てた実績があるので、二・三軍での育成を割り当てるべきタイプ、育成を重視した全ての投手に対してアドバイスをする巡回コーチ的なポストがベストなわけですが、どういう取扱説明書を受け取ったのでしょうか?フロントは。一軍と二軍は所詮役割が違うだけで、重要性は変わらない。優秀な選手を着実に下で育てることは場合によっては一軍よりも重要。そういうこともあまり理解していないのでしょうね、彼は。これは個人の問題と言うよりもチーム、球界全体の問題とも言えるでしょうけどね。また工藤監督同じく、「この俺が二軍などでやれるか!」という歪んだプライドを持っているということでもあるのでしょうけど。
 ハッキリ言って育成と管理を同時にこなす吉井コーチと比べると天と地ほどの差がある。彼のような投手を壊して当たり前のような起用・価値観を持ち、チームに害をもたらすタイプを優秀・有能という括りで吉井コーチと並べて論じるのは無理があるどころかハッキリ言って失礼、不愉快極まりないですよね。
 吉井コーチとヨシコーチは手腕はおろかタイプ的にも明らかに別物であるという当たり前のことを、重要なので今一度明確に記しておきたいと思います。

■ヨシコーチが鷹で育てた投手はいない、東浜・岩嵜・千賀・サファテは何の関係もない
 育成でなにがしかの貢献があればよかったのですが、ハッキリ言って鷹の三年での彼の功績はない。まだ未知数の要素が幾分かありますが、先にヨシコーチの指導のおかげだとする勘違いした言説の誤りを指摘しておきます。
 まず、東浜・岩嵜・千賀はヨシコーチとは関係がない。まったくプラス項がないとまではいいませんが、あったとしても微々たるレベルでしょう。東浜と岩嵜は工藤塾でフィジカルトレーニングを工藤が徹底させた成果ですし、千賀はそもそも元からあれくらい投げられる投手。
 千賀の場合は既にその前から下で倉野の体幹トレーニングで頭角を現して、何度も書いているように高山ピッチングコーチが酷使して故障離脱した。結果、一軍を拒否して下で体作りや投球フォームなど、イチから自分の信念を持って試行錯誤した。千賀自身の自助努力の成果ですね。そして2015シーズン終盤に出てきたときには殆ど先発投手として完成していた。素晴らしいボールを投げたのはCSや日本シリーズでのヤクルト戦を見れば言わずもがな。そもそも彼の存在が突出して凄かったのはデビューイヤーのオールスターで明らかでしたからね。
 もう一つついでに何故かサファテが2017シーズン、去年の劣化からさらに数字を落とすどころか数字を向上させた。キングオブクローザーとなったのをヨシコーチのおかげだという話が出てきたのですが、これも全く根拠が無い話。彼が良くなったのは、自分が7敗したことがチームが優勝を逃した原因だと、さらなる進化を求めてまたトレーニングを改善したからですね。そもそも彼は前任のファルケンボーグと違い、練習熱心・研究熱心なタイプで苦手なクイックにも取り組み、研究努力を怠らないタイプ。故にピークをすぎたはずの年齢でも進化したのですね。五十嵐からナックルカーブを学んだのもそうですし。
 サファテについて言うと、西武から移籍してきた時に守護神を任せてくれた秋山監督*2と、フォークを使うことを勧めてくれた広島のキャッチャー西山とそのフォークでストライクを取ること・カウント球として使うことを教えてくれた細川が大きかったと語っている記事を見たことはあっても、ヨシコーチが何かをしたから~という記事は見たことがありません。少なくとも今のサファテの進化は彼の自助努力・創意工夫によるものであり、ヨシコーチは関係がない。むしろ明確なソースもないのに、どうしてそういう話が出てくるのか疑問に思うくらいです。あったら必ず「ヨシコーチの指摘のおかげで困ったときでも簡単にストライクが取れるようになった~~」とか、サファテの性格から考えて必ず発言するでしょうからね。

■ただしこの先ヨシコーチの評価が覆る可能性はある
 ここまで見る限り、投手育成に何の実績もなかったわけですが、彼は何故か武田の育成を任されていました。また前述の条件に当てはまりそうな高橋純平と田中正義という存在がいますので(ジャスティスの田中の方はウィニングショットがなくて苦しんでいますが)、彼らが数年後に一軍で大活躍してそれこそ田中将大のように今の自分があるのはヨシコーチのおかげと言う可能性は勿論あります。その場合はヨシコーチ効果はそれ相応の代償を払いながらも十分にあった、見返りはあったという評価に当然変わることになります。
 しかしながら、現時点では特に記しておくべきヨシコーチ効果というものはない。期待された役割・投手それも大エース育成という働きは出来なかったというのが妥当などころでしょう。おそらくはその評価のまま変わらないと思いますが、数年後武田・高橋・田中らが飛躍的な成長を遂げてその評価を覆してくれることを願うばかりです。

■ドム脳ヨシコーチよりも深刻な球界のコーチ常識
 ドム脳ヨシコーチと書いたわけなのですが、言うまでもなく彼が他のコーチと比較して突出して無能・ダメコーチなわけではない。これはもうヨシコーチに始まった話ではないわけですね。高山コーチ然り、現監督の工藤然り、阪神からその手腕を買われて招聘された久保コーチ然り、中継ぎを酷使・ぶっ壊す投手コーチというのは枚挙にいとまがないわけです。その代償にリリーフ整備が上手い、大型長身右腕の再生が上手い、変化球を教えるのが上手いなどの諸条件・オプションが備わっているのならばむしろマシ。そのようなDVD購入特典もなく、むやみに投手を使い潰したり下手くそな指導で投手を混乱させるドム以下のザク・グフ・ズゴックコーチが粗製乱造されている、ガンガル投手コーチで球界は溢れかえっているのが現状なわけですね。せめてシャア専用ザクくらいのコーチが出てこないのか?と言いたくなる球界の現状・誤った常識こそ問題とすべきなわけです。
 まともな投手コーチと言われて、元横浜の権藤監督*3と何万回も書いているように吉井コーチくらいしかないのが現状。ヨシコーチが優秀無能以前にもっと日本球界の投手コーチのレベルが低すぎる、投手運用が下手くそすぎるということがもっと話題にならないといけない。Aコーチが優秀でBコーチが無能なんて言っている場合じゃない現実がある。そちらのほうがヨシコーチの実情よりもっと広まって欲しいところですね。
 ※追記、改めて振り返って読むと、タイトル的に釣り気味な卑怯なものになってしまいましたね。ドム脳とはいうものの、それでも結局ダルビッシュ田中将大という偉大な投手二人の育成に大きく貢献した・成果があったということからも、他の凡百の投手コーチと同一視することは出来ない。他のダメコーチらとは大きく異なる。指導方法・起用についていかに欠点・マイナス要素が大きくてもしっかりとした実績があるため、優秀・有能であるという部分までは消し去ることは出来ませんね。副作用があってリスクがあるので使用する際は医師の指示に従って、問題があった場合には直ちに服用を中止しなくてはならないということ。そういういわくつき・注意事項を無視して手放しで称賛してはいけないコーチだということ。そういうリスクがありながらも、偉大な投手を輩出した手腕は素晴らしいと称賛して終わることにしましょう。アッパレ佐藤義則・ヨシコーチ、グッバイヨシコーチ。フォーエバーヨシコーチ。

■補論、「エース」の話。プロ野球で「エース」に頼るべきではない
 既に書き終わった観がありますが、ちょっと書いていて余った話があるのでそれもおまけで書いておきます。エース重視、エースを主体とする投手起用の話です。
 昨シーズンから試合を殆ど見なくなったのですが、それは試合を見ていて毎回先発を降ろすのが早すぎるから。「こんなところで先発おろしていたら夏場以降リリーフ・中継ぎがへばるだろ。潰れるに決まってるだろう。学習能力ないのか!去年の大逆転・ドンデンをもう忘れたのか、サメ頭!!」とバカみたいな継投を繰り返すのでイライラして見られなかったんですね。
 で、毎回六回には先発を下ろすのですが、そんな中なぜか千賀だけ七回まで引っ張るケースがチラホラ見られました。あれ?なんで今日は千賀が七回・八回まで投げているんだろう?と不思議に思ったのですが、おそらく「エース理論」を採用しているからなんでしょうね、工藤監督とヨシコーチは。
 大投手・エースと呼ばれる超一流投手を柱にする。そのエースがイニングイーターとなってチームを勝たせる。エースの日にのみ限ってその日は中継ぎ投手を休ませる日と考える。エースの日に中継ぎを休ませられるから、その定休日を逆算してリリーフを酷使する。そういう発想を持っているんでしょうね、昭和の野球をして来た人達は。

 個人的に「エース」という言葉をあまり使わないのは、高校野球ならともかくプロ野球で「エース」なんて言うものは存在しないと考えているからです。ダルビッシュ田中将大のように完投をしまくり&イニング食いまくり、田中に至ってはシーズン無敗という大記録を成し遂げましたが、あれくらいの存在ならばエースがチームを勝たせる。チームにとって唯一無二の絶対的な存在・大事な存在というのもわかりますが、そういう存在が出るのは稀。昭和の古臭い時代ならともかく五十試合も先発する投手はいないわけです。「エース」が存在することは殆どありえない。であるならば、そのような「エース」がチームを優勝させるというような、絶対的な先発投手信仰とでも言うような思想を持つべきではない*4
 「エース」という価値観を過度に重視すべきではない。先発投手六枚+αに、リリーフ陣。それも七八九回を投げる勝ちパから負けパ、同点パターン、延長に敗戦処理に、左のワンポイントにロングリリーフ…といくらでも役割はあって、その役割をそれぞれこなしてくれる存在が大事なわけです(勿論敗戦処理が守護神より重要なわけはなく、役割の軽重は存在しますが)。投手陣全体の役割、バランスが大事に決まっている。そこに誰か1人大事な投手がいればいいという価値観が入り込む余地は微塵もない。去年・今年で言えば、千賀のような投手がいることは言うまでもなくありがたいですけどね。
 工藤・ヨシコーチは昭和の古臭い野球観を持っているので、通年単位でのスパン・複数年にまたがって投手陣を考える・コンディションを保つという発想を持ちません。その日その日の行き当たりばったりで後は野となれ山となれ、リリーフの誰かがなんとかしてくれる、岩嵜・モイネロ・サファテがなんとかしてくれるというバカみたいな考えで継投をしています。
 危機管理の発想のかけらもないので誰かが故障したら、状態を落としたらという考え・備えがありません。その時一番状態の良い投手の誰かに頼り切るだけですね。隙きあらば誰々継投になります。

 話を戻して、では千賀だけなぜ長く投げさせるのか?それはエースに頼り切るという古臭い価値観で動いているからですね。エース千賀にすべてを託す。後は野となれ山となれ。ですから千賀が駄目になったときなど、もうどうしようもないしどうすることもできないし、むしろどうしろと?という感じでパニックになります。
 去年なんかWBCの影響で必ずコンディションが落ちるということは分かっていたのですから、序盤に千賀を投げさせるべきではない。にもかかわらず平気で投げさせましたからね、無能極まりないです。それどころか投げられない、投げさせてはいけない状態でもお構いなしに投げさせましたから。
 千賀はWBCの影響から背中に張りを覚えて寝返りを打っただけで激痛が走り目が覚めてしまったといいます。そんなコンディションの状態の投手を先発させて、あまつさえ六回を投げて「もう一イニングいけるか?」と聞いてさらにもう一イニング行かせるのですから狂ってるとしか言いようがありません。前に書きましたが、投手はいけるかと聞かれたら絶対行くもの。頼られれば期待に応えようとするもの。コンディションを落としている選手にそんなことを聞くこと自体どうかしている。挙げ句、結局千賀はこのシーズン結構な期間離脱をすることになりましたから、何をか言わんや。
 投手を育てるというのは、その育てた投手・大成した投手を如何に長く活躍させるかということでもあります。いくら指導をして素晴らしい投手にしても、その優れた選手を短期間で故障させたら何の意味もない。斉藤和巳ほどの存在がいまいち投手として巷で名前が挙がらないのもその活動期間の短さとは無縁ではないですからね。いかに選手を守るか、輝く全盛期を長くするかということを現場・フロントは考えなくてはいけない。そういう発想がないフロント・コーチ・監督を優秀・有能とは評価できないわけです。*5
 困ったら特定の選手の高い能力に頼る、というより依存する。その選手が高いパフォーマンスを発揮してなんとかしてくれるといった特定の選手に甘える、その選手頼みの采配は最低です。というかそもそもそれを采配と言えるのか?そういう采配・価値観が大手を振ってまかり通ってしまう今のNPBの現状を見ると応援する、野球観戦を楽しむ気になれないのが正直なところですね。

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*1:まあ、エースの起用すらも雑で酷使すると言われればそうなのでしょうが

*2:余談ですが、その前からチームで好成績を残した五十嵐を守護神ではなく、サファテを守護神にしてしまうのはどうなのか?本人たちの意向がマッチした結果ならばいいが、そうでなくては五十嵐に失礼では?と疑問を呈したことがありました。こういう結果を見るに秋山監督の決断は正しかったわけですね。秋山采配に否定的な己ですが、この点に関しては流石秋山監督と称賛の声を送らせていただきます

*3:勿論コーチではありませんが、中日や代表で投手コーチやりましたけどね

*4:無論、前述通りダルや田中がチームに存在する場合はその限りではありません

*5:そうそう、そう言えば日本シリーズでの田中将大の160球投げた翌日の登板について、自分は投げたいと言ってないという後日談が出てきて、星野さんの殿堂入りパーティーで森山コーチやヨシコーチに騙されたという話が出ていましたね(【日本シリーズ回想】マー160球翌日連投Sで日本一 「志願」とだまされた星野監督― スポニチ Sponichi Annex 野球)。だから日本シリーズなどの短期決戦で弱いんだろうなぁと星野采配を当時批判しましたが、ヨシコーチあってのこの迷采配だったわけですね。田中で勝てるという算段が崩れてまさかの敗戦となった時に、160球投げた翌日でも平気でマウンドにあげるという狂った決断を指揮官に奨める。隙きあらば田中、後は野となれ山となれという深謀遠慮のかけらもない思考。こういうコーチ・腹心を信用して重用する将というのは、決して大事な場面で結果を残し続けることは出来ないでしょうね。情に厚いというのは美点でありますが、ムードに流されて不合理な決断をしてはいけない。選手・コーチとのコミュニケーション意思疎通という点からも大問題ですね。

【比嘉大吾体重超過事件】 無期限資格停止処分だと!ふざけるなJBC…ってあれ?JBCがまともだと…!?


前回からの続き*1です。比嘉非難がいかに無茶苦茶で理がないものか、具志堅氏が興行・選手指導・プロモートの「素人」であり危険な人物かという話をしました*2。前回からの続きで一番大事なポイント。選手にとって危険な試合を実行してはならないことの話をしたいと思います。そして本題のJBCの処分が意外とまともだったという話を。

■試合をしても比嘉にはメリットが皆無。そんな試合を何故強行したのか?
 また本郷陽一氏の記事*3に戻ります。
 <部分要約引用>具志堅会長が比嘉のことをもっと良く知っていればこの事態は避けられたかもしれない。また現役時代の価値観を今の時代のボクサーに重ね合わせたことで未来ある22歳のボクサーが犠牲になった。16連続KOの日本記録更新も無敗記録もなくなった。わざわざ負け覚悟で試合をやる意義は一体どこにあったのだろうか。<引用終わり>
 どこにあったのだろうか?ではなく、「意義なんてどこにもない。なんで試合を強行したんだバカ野郎」とどうして強く書かなかったのかはさておき、今回の事件で一番解せないのは。そもそもなんで試合をしたのか?ということです。
 体重超過をしてしまえば、もうどんな形で勝っても必ずケチがつく。勝つためにズルをしたクソ野郎と言われてしまう。今回のような試合をするのが無理なコンディションで仮に奇跡の逆転KOというようなことになれば、識者が「あのコンディションでも勝ってしまうなんて、比嘉は本当に凄い!」という評価を下したとしても、勝つために体重超過・インチキをしたんだろ?と絶対そういう風に悪く言われてしまう。日本新記録がかかっていたのならば尚更そう。記録更新したいがためにズルをしたと必ず勘ぐられて非難をする声が上がって、選手としてのイメージ・評判を下げることは避けられない。
 勝ったらケチを付けられ、負けたら記録も消えて無敗レコードも途切れて、選手としての価値を大きく下げてしまう。となれば、もう残された選択肢は「棄権する」の一択しかない。他にあるはずがない。何故試合をしたのか本当に理解できない。

●せっかく面白いスポーツと認知されたボクシング人気に冷水を浴びせる愚行
 前々回書きましたが、ネリケースでもないので体重超過というのはさほど問題にならない。問題なのは、そもそもコンディションを作れなかったということ。試合をできる万全な状態ではないことです。ボクシングはいかに戦うコンディションを作ってくるかということが大きな要素を占める競技です。昔書いたと思いますが、コンディション作り・減量に失敗した王者が見るも無残に敗れ去る試合を続けて見て、リングでの技量ではなく、結局試合前の体作り次第になっている。事前のコンディションで結果が決まってしまうボクシングってなんかつまんないスポーツ・格闘技だなぁと思っていました。一昔前はチャンピオンレベルの選手が大体4~5試合もすると、どこかで必ず調整に失敗してヘロヘロになって敗れるというパターンばかりでしたからね。チャンピオンになかなかなれないし、なってもすぐ負けて引退するボクサーが殆どでした。
 リングの上で面白い試合をする、高いレベルを見せるボクサーがいなければ、客は観に来ることはないしボクシング界が盛り上がることもない。技量がそもそも低い・下手くそというのならば、それが現実なのですから仕方ないにせよ、コンディションを作ってこれない、それで実力の半分も発揮できずに負けるなんていうのは論外。さんざん強い日本人王者!!と煽っておいてあっさりKO負けほど興ざめすることはないですから。
 前回書いたことですが、選手の健康面という視点からも、タイトな試合スケジューリングや過度な減量はNGなわけですが、もう一つボクシング人気を大きく下げてしまうという点・興行面からも論外なわけですね。

●取るべき手を何一つ取らなかった無責任具志堅
 比嘉の評価に加えてボクシングという競技の評価をも下げてしまう。二重の意味でもう試合をキャンセルするしか手は残されていない。対戦相手に失礼極まりないことですが、こういう事態になってしまったら試合をキャンセルして謝るしかない。キャンセル料・迷惑料をいくらか払って帰ってもらうしかない。
 下手したら試合不履行でベルト剥奪になるかもしれませんが、試合の一ヶ月前には判断が早すぎるにしても、一週間前からどんなに遅くても数日前にはこのペースだともう無理だということはわかるわけですから、その時点でもうキャンセルを申し出るべきだった。選手のことを考えたら、もうやれるわけないんですから、急激な減量及びその失敗で体調を崩したことを理由に、入院するほどの状態ではないにせよ、とにかく嘘でもいいから入院させて、キャンセルして処分を待つべきだった。もうここにきたらそうするしかない。何故そうせずに試合を実行したのか?
 試合不履行・興行キャンセルということになれば、具志堅ジムは処分を受ける。しかし、全責任は会長である私にあると言っている通り、氏が処分を受ければいいだけの話なぜ具志堅氏は自分が処分を受ける事件の顛末を選ばなかったのか?これがわからない。そうしていれば、体重超過ではなく、無理なスケジュールを組んだ&興行能力の欠如でボクシング界の信用を傷つけた云々の非難は具志堅氏に来ても、選手である比嘉には来なかったはず。
 無理な減量を会長に強要された選手として、比嘉を被害者として守り切ることが出来て、何らかの処分はあっても今回のような処分、無期限資格停止という重い処分だけは避けられたはず*4。事前に怪我や事故で興行をキャンセルというか延長するという事例はいくらでもありますから、スケジュールがタイトになっても延期してロサリオと再戦するとか、入院の結果、この階級ではもう無理とベルト返上の道を選ぶ(階級をあげる)とか、比嘉を守るためにいくらでも手を打つことは可能だったはずなんです。ですから一体何をやっているのか具志堅は!ということになって、具志堅氏は異常であると言わざるをえないわけです

●選手を守るためには、最悪体重超過という選択だってある(ない)
 選択肢として幾つものオプションを用意しておかなくてはいけない。それこそネリケースも一つの選択肢です。ネリがやったことは許すべからざる暴挙であることは確かですが、亀田大毅と試合をしたソリスが再計量でも1kgオーバーしたときのように、もうこれ以上体重を作れないとなったら自身の利益を守るために体重を意図的に作らないのも一つの手段。
 勿論、比嘉の階級では一つ上のロマゴンのファイトマネーが7000万行かないことを見ても、日本で記録を伸ばす・防衛回数を重ねる・スポンサー企業を探す、CMに出る・テレビ中継付きの試合をする…―ということのほうが遥かに稼げる。ロマゴンが目じゃないくらいのファイトマネーも手に入るので、日本市場での価値を暴落させるようなネリケースは比嘉にとっていかにボクサーの価値を高めるレコード更新をしても無意味です(例外はありますが)。
 ネリのように勝つために最善手を打つという意味以外にも、これ以上体重を落とすと試合をしても負けるだけor試合をキャンセルするしかないとなったら、殆どのボクサーは意図的に減量を放棄する。現在のボクシング界ではズルをした卑怯者が得をするようになっているのならば尚更です。相手に損失を与えても自分が損をしないようにするのは、こういう世界ならば当然。
 道徳・倫理的にも許しがたいことですが、それこそヒールとなって比嘉選手の利益を守ることも選択肢としてあることはある。悪のプロモーター具志堅を演じて、後々比嘉と袂を分かって、実は比嘉はイヤイヤ仕方なくやらされていたんだというような図式を作ってやるとか、一時的に比嘉を腐れネリ野郎としつつも、のちのちそういう風に救ってやるという絵だってある。
 エンターテイメント的には面白くて、見てみたいとは思いますが、そういうことを見事に演じる演技力も、ビジョンも、興行師としての腹芸をこなす実力もないでしょうから、まあ無理としても、何れにせよいくつもオプションを用意してどんなことがあっても比嘉が損をしない・選手としての評判・価値を守る事が出来る対策を事前に用意しておくべきだった。あらゆる不測の事態に応じて適切な対応が取れるように、策を練っておくべきだった。ところが彼には一つも危機管理としての体重を作れない場合のオプションがなかった。故にプロモーターとして失格なわけですね。最悪の場合、ネリのように体重オーバーしてボッコボコにしてヒールとなるという発想すらなかったと思いますからね。前述通り日本でそんなことやってはダメなことですが、そういう発想・対策を考えておくことはプロモーターとしての仕事・責務です。そういう事ができない以上、この仕事からは手を引くべきでしょう

●王者戴冠試合でのブーメラン発言「タイトルマッチできちんと体を作ってこられないなんてありえない」
 そもそも具志堅氏は比嘉がベルトを取った試合、記念すべき戴冠の試合で、王者サイドが体重超過でベルト剥奪という事態になった時「タイトルマッチでこんなことがあってはいけないよ!」と激怒した経緯を持った人です*5*6。ルールに厳しい・ルール遵守が当然と考えている人間ということは、当然そのルールを守るためのノウハウに熟知しているはずです。どうすればルールを守れるのか知り尽くしているのならば、どんな想定外の事態が起こってもまず体重リミットを守れるという自信がある。だからこその「体重超過許すまじ!」発言のはず。
 そう思わせておいてからの、今回の体重超過ですからそういう当たり前の事も知らない・出来ない無知無能ということですね。それとも気分次第で思いついたことをそのまま発言してしまう危険なタイプか…。どちらでもいいですが、何れにせよ責任ある立場を任せることは出来ません。舌の根も乾かぬうちにこういう失態を引き起こすべきですから、やはり責任をとってジム会長の職を退くべきでしょう。

●続、見えないガラスの天井の話―レジェンド闇協定
 本郷氏の文末には「本当の敗者は誰だったのだろう」とありますが、そんな回りくどい言い方をせずにハッキリ「本当の敗者は具志堅であり、比嘉ではない。比嘉を処分することはありえない。具志堅こそ処分すべき」と主張すべきだったでしょう。まあ、こういう書き方をするということは前回書いたように、そういうある種の抑圧・空気、見えないガラスの天井がボクシング界にあるのでしょうが。 
 下衆の勘繰りになりますし、本当にそうであるなんて微塵も思いませんが、それこそレジェンド級のボクサー達は自分たちの記録が破られないように、ボクシング界での地位を守るために協定・カルテルでも結んでいるとしか思えませんよね。野球でのO氏の圧力のようにG氏やH氏の圧力として、わざと新記録の実現が不可能なような展開に持っていっていると言われかねない出来事ですよね。仮にG氏とH氏の名前を取って、GH協定・カルテルとでもしましょうか。その見えない不文律が作動したと言われてもおかしくない立て続きの新記録樹立の失敗(というか失態)ですからね。
 山中が13試合目の防衛記録を達成してもそこで引退させるつもりだったというのも不自然と言われれば不自然ですからね。普通そこまで行ったらどんなに衰えても記録のチャレンジ自体だけは絶対させるものですからね。ありえない話ですが、浜田氏が危険な挑戦者・ネリを選んで具志堅氏の最多防衛記録を守った。その代償に具志堅氏はお返しとして比嘉をコンディション不良の状態に追い込んで、浜田氏の最多KO記録を破らせないように仕組んだという図式を想像してしまいます。GH取引ですね。
 まあ、流石にそんなことを本気で主張するはずもなく、結論は二人共ただのバカ・指導者やプロモーターとして異常に手腕・才覚がないだけの無能ゆえにもたらされた結果なのでしょうけどね。ボクシング界で責任あるウォッチャーの立場にある人達には、試論としてそれくらいのことは言ってほしいものです。ボクシング界に歪んだ構造・不健康な空気を許さないためにもね。

●比嘉処分前の思慮のない具志堅氏の放言
 具志堅氏はラジオ放送で処分前であるにもかかわらず次のようなことを放言していました。具志堅用高会長、比嘉大吾の計量失敗にラジオ生放送で「やっちゃいけないことをやっちゃった」と謝罪 : スポーツ報知
 引き続き部分要約しますが、曰く「本人に2度と起こらないように教育をしなくちゃいけない。試合に勝つ前に自分に勝たなきゃいけない。まだ22歳で、いきなりチャンピオンになってずっと走っちゃった。食べちゃいけないお菓子を食べちゃう」。
 何を吐かしてやがるんだ…てめえは…。まるで比嘉本人が思い上がっていたから失敗した。そしてその比嘉を教育できなかったことが今回の減量失敗であるかのように語っている…。もうこんなの完全にアウト・ダメでしょう、これは。教育されるのはあなたのほうであって、比嘉の方ではない。
 そもそも適切に試合中止の手続きを行えなかったことのほうが大問題で、それをしなかった・そういうことをどうやって行うか知らなかったあなたの手腕こそ教育されるべき領域にある。一体何を言ってるのか?まるで反省をしていない…。ぜんっぜんことの重大さと問題の本質を理解していないんですよ、この人は。
 フライ級でやらせたことが諸悪の根源、なのにもかかわらず期間が問題でフライ級でやれたと思うという発言を試合直後にしているように。恐ろしいほどの無知・無理解。こういう談話を見て分かる通り、彼は比嘉の転級を認めようとしない異常を通り越して最早危険人物といえる程の存在になった。この発言が処分前の期間であることを見れば、狂人性・危険性は言うまでもない。下手なことを喋れば、比嘉の処分に反映される。比嘉の処分を重くしてしまう悪影響を与えかねない時期にこの発言…。

●責任を取る&比嘉をかばうために辞職・処分をいち早く願い出るべきだった
 何よりも自分に責任があるというのならば、その責任を取るために自分からジムの会長を辞める・プロモート業から手を引く・ボクシング界から手を引くということを言い出さなくてはいけなかった。そうやって責任は自分が取るので比嘉の処分は無しにしてほしいと懇願しなくてはいけない。亀田大毅して…もとい、切腹してお家のお取り潰しを避けなくてはいけない。そういう事態なのに一体何をやっているのか…。言ってることとやってることがまるで違う。精神分裂病や虚言癖でなければ、もう根本的に分かってないとしか言いようがありませんね。

■比嘉再起のために配慮されたJBCの処分
 比嘉の再起は当たり前、被害者なんですから。むしろ手厚くケアしてやるべき。ただし、具志堅テメーはダメだという話なのに、問題の本質がまるで分かっていない人が多すぎですね。比嘉への重い処分で相撲協会は見習えなんていう意見もあったくらいですからね。JBCという組織を少しでも知っていればそんなセリフは絶対出てこないでしょうに。本当は加害者じゃないの?と疑いがある貴ノ岩のケア・配慮に同情的で、本当は被害者である比嘉に配慮・ケアが足りないぞ!と言うどころか、資格停止処分を見てよくやったなんて言っている世論の一つを見ると、ああやっぱり分かってない人って多いんだなぁという気持ちになりますね。

●比嘉を具志堅から守ろうとする配慮を含んだ処分
 見かけ上は無期限資格停止という重い処分に見えますが、今回の処分は比嘉に対する温情・救済処置が含まれた要素が
ある処分です。
 無期限停止処分も引退に揺れる元王者・比嘉大吾に異例の停止解除条項 | THE PAGE(ザ・ページ) ―また本郷氏の文章になります。比嘉がパニック状態に陥ったこと&入院。ボクシングをもう辞めると話していること。1年と期間を区切ってしまうと比嘉が無理してしまうので、健康状態を見ながら解除を決める温情措置だと指摘しています。そして本郷氏自身は比嘉への処分は最低でも1年は解けないだろうとしていますね。
 個人的には6ヶ月を過ぎて本人の体調や意志で処分は解けるんじゃないかなと思っています。JBCもうっすら具志堅がバカだというニュアンスをにおわせているので、半年だと流石に早すぎるので9ヶ月くらいで再起という感じがしますけどね。
 具志堅の異常性に気づいたJBCがとうとう直接動いて、比嘉という一選手をローカルコミッションが保護をするという英断を下した。もしJBCがこの処置を下さずに、一年後処分が解けて再起という事態になった時、この危険人物はよっぽどのことでもない限りフライ級での試合を強要したでしょうからね。JBCよくやった!と大いに褒めてやりたいところですね。
 前回論じたように、ライセンス制度の導入・指導者資格制度の導入で選手を守ることだったり、具志堅氏への追放や資格停止処分(ジム会長が選手に対して今回のようなパワハラをした場合の厳罰化&防止策も欲しいですね)。テレビ局や試合実施についての規制など全然十分なものとは言い難いですが、比嘉への配慮がある点では、今回のJBCの処分は70点くらいは与えてもいい処置ではないかと思います。どうせJBCのようなうんこ組織は、具志堅を処罰せずに、比嘉だけ処分するという凶行をやると思っていましたから。

●新ルール・階級上げ規定
 で、JBCはこういう体重超過への防止策として、階級上げ指令を盛り込むようにしたわけですね。比嘉は次からはフライ級禁止になりました。
 山中のところで書く予定だったんですが、そもそも無理やり10kgも12kgも落とすから失敗するんですよ。落とす体重量が少なければ少ないほど失敗する確率は下がりますからね。
 昔、そもそも普段から計量を義務付けて本来の体重から4~6kgまでと基準を作って過度な減量させるなと書いた覚えがありますが、そうすればいいだけなんです。それが無理だとしても、一度でも減量を失敗すれば次からはその階級ではやらせない。失敗するくらいの量を落としているから、そういうことになる。だからもうその階級での試合を禁止するというのは一番わかり易い罰則。これはいい処分だと思いましたね。
 また日頃からチェックして過度な減量をしているボクサーは健康診断などを受けさせて内臓や筋肉への負担を調べて赤信号が灯ったら禁止or強制転級させるべきでしょうね。普段のスパーなどで減量しないほうが明らかに動きが良いなら是正勧告を出すとかでも良いですね。まあ、でも興行の都合上見たいカード・面白い試合ビッグマッチというのはありますから、そのためには例外規定付き・厳重な監視のもとで結局減量しまくりでの試合が行われるんでしょうけどね。まあ少しでも無茶苦茶なケース・ルールの悪用をへらすためにいろいろ試行錯誤するしかないでしょうね。

●新基準で生まれる問題・疑問
 また、試合当日に前日より「12%以上の体重増」、または「8%以上の体重増が2回」があると、次戦で階級を上げるようにJBCが選手に命じるという新制度を導入するようですが、うーんこれはどうかなぁ?というところ。悪くはないんですけど、海外選手はどうするんでしょうか?日本の興行で日本の選手がこの規則をきっちり守ってくるのは問題ないでしょうけど、日本に来る選手はそんなこと知ったこっちゃないよという事態になりませんかね?JBCがそういう海外選手に対して要注意選手として、ネリのように追放処分にするというのならば、日本独自の新基準づくりという点でいいとは思いますが、世界基準に出来なければ日本の選手だけが不利益を被るということになりはしないでしょうか…。前日計量でその規定を守っても試合当日には結局+8kg・10kg~ということになるだけのような…?
 またそういう基準だと厳しいと日本人選手が日本を捨ててしまう危険性も考えておいたほうがいいと思いますが。まあ軽量級は心配ないですけどね。内山のようなスーパースター候補がフェザー・ライトで出てしまった時どうするのか?ちょっと不安がありますね。

●3%で中止ではなく、違反した選手の再増量禁止に、事前測定によるペナルティのほうが良いのでは?
 次に、体重超過があった場合、陣営間の合意での試合を認めてきたが、今後は前日計量で制限体重より3%以上重い場合、認めないようにすると。うーん、これはどうかな?という数字ですね。フライ級だと大体1.5キロオーバーでバンタム級だと大体1.6キロですからねぇ。件の山中ケースでは試合を認めてしまうことになる。こういう規定ではあまり意味がないと思います。むしろ体重超過の場合、そこからの増量を禁止する。減量を守ったほうが得をするように守った側より戻せる体重は-2kg=一階級分体重を少なくして試合に挑むとかそういう制度のほうがいいと思いますけどね。
 また、あまり論じられていはいないのですけど、両方とも体重を作ってこないというケースも当然考えられる。その時にどうするのか?フライ級の試合で双方ともバンタム級の体重だったらどうするか?お互い条件は変わらない、一応フェアだがそれはどうするのか?それでも試合を強制キャンセルするのか?
 1週間前・3日前に数字・基準を設けて、それをオーバーしたら、相手に不利益を与えないために守った方はリミットを500gオーバーしてもいいとか、ポイントで+1ポイント与えるとか、罰金とかそういうものの方が体重超過防止策として有効なのでは?と思いますね。

■具志堅がフライ級にこだわり続けた謎
 最後におまけとして、どうしてなんのメリットもないフライ級にこだわり続けたのか、具志堅がアホ以外に説明がつかなかったのですが、気がついたのでそんな話をして終わりたいと思います。
 具志堅が比嘉のフライ級にこだわり続けたのは、同じジムに江藤光喜*7選手が在籍しているからでしょうね。彼が一つ上のスーパーフライ級なんですね。世界を狙える選手がもうひとり具志堅ジムにいて、同じジムからもう一人世界チャンピオンを輩出できる可能性があったからなんでしょうね。「あれ?確か具志堅ジムでから、比嘉の前になんとか3兄弟の選手がチャンピオンになってなかったっけ?それで亀田と試合するとか言ってなかったっけ?」と思ったら、この江藤選手がフライでWBA暫定(JBC非公認)を取ったという話でしたね。
 で、その後江藤はスーパーフライに上げてクアドラスとのWBCタイトルに挑戦して敗れていて、そこから4連勝してもう一度返り咲きを狙っていると。そんな状況で比嘉がスーパーフライにあげてしまうと、間違いなく比嘉がタイトルを取って、残り3つのどれかを狙わなくてはいけないという非常に厳しいことになる。仮に江藤がタイトルを取れたとしたら、同じジムに同階級のチャンピオンが2人という異常事態になる。当然2人の統一戦ができないという問題が発生してくる。そういう背景があったんでしょうね。
 比嘉の体格・体重ではバンタムの方が良いんでしょうが、彼の場合身長・リーチがない。161センチと163センチの豆タンク体型。一個上のスーパーフライではロマゴンが階級の壁にあたって苦しんでいるように、比嘉もおそらくスーパーフライが限界(ちなみに比嘉を敗ったロサレスはロマゴンの遠い親戚)。比嘉のほうがロマゴンより体格・フィジカル的な強さがあるのでまあこの階級は大丈夫でしょう。更にバンタムに上げても国内での防衛戦限定でリーチのない相手を選ぶなど苦手なタイプを避ければ長くやれるかと思います。批判されるでしょうけどね。バンタムに階級上げで本来のパワーがさらに発揮!ということにでもなれば面白いんですけどね~。厳しいでしょうねぇ…。そうなってほしいんですけどね。ロマゴンの敗戦を見た具志堅は少しでもフライ級でやらせようとしたというところですかね。少しでも早くSフライにあげれば、自身の防衛記録を破ることもあり得る若さと強さなんですからそれでも理解できない暴挙ですけどね。
 それはさておき、Sフライ江藤&フライ比嘉というWチャンピオンで行きたいと欲張ったんでしょうね。比嘉をSフライにあげて、王者にしてすぐバンタムに上げて返上したタイトルを決定戦で江藤に取らせるとか出来ればそうしたんでしょうけど不可能ですからね。比嘉が絶対王者になれる階級(&バンタムでは不安要素が大きい)であるSフライで一試合して即転級は考えにくいですから。
 であることを考えると、Sフライに一つあげて返上した比嘉のタイトルを王座決定戦で江藤に取らせるでいいのでは?*8と思ったら、身長172センチのリーチ177センチか…。よくSフライで試合やってるなぁ…。手ながチャンピオン佐藤洋太と殆ど体格変わらないですね(佐藤はリーチ179センチですが)。しかし、いずれにせよこの体格でもSフライでチャンピオンになれないならおとなしく諦めて引退するかバンタムでやるしかない。こんなサイズの選手をフライ級でやらせていたっていったいどんだけ減量させていたんでしょうか…。
 明らかに体格差のあるクアドラスに4ポイント以上で判定負けならもう無理じゃないですかねぇ?比嘉が復帰する前になんとか王者になるか、そうでなければおとなしくあげる。そして比嘉がSフライでやり続けて5年位経っていよいよ返上バンタム戦線に殴り込み!というタイミングで王座決定戦で王者狙いしかないでしょうね。でも88年生まれの30歳だからそれは無理でしょうな…。もっと早いうちからバンタムでやっていれば良いんでしょうけど、いまさら体格的な優位があまりないバンタムに適応は出来ないんじゃないかなぁ?見たことないからわかりませんけど。引退前にジム移籍で最後の餞に比嘉に挑んで沖縄対決をやらせてあげたら良いんじゃないですかね?同郷対決で盛り上げれば面白い気がしますが。
 ああそうか、減量して無理やり本来の階級ではない下の階級で試合をしてるので、本来の階級でやる実力がない選手・卑怯な減量ボクサーかと思ったら、具志堅が強要している可能性もあるんですね…。フライ級なら世界戦を組むことはたやすい。が、しかしバンタムになると東南アジア以外の中南米系の選手が増えてくるので少しタイトルマッチを組むことが難しくなるという話を見かけました。もし、具志堅ジムが弱小で金もコネもない結果、バンタムで世界戦をそう簡単に組むことが出来ない結果が江藤の過度な減量であるのなら…。そして本来バンタムでこそ江藤の真の実力が発揮されるのだとしたら…。今回のルールにより江藤は多分Sフライでやり続けることは出来ないでしょう、体型的に再計量で大幅に身体を戻しているでしょうからね。今回の事件がきっかけでバンタムでの江藤の飛躍というものがあれば、また日本のジム制度の歪んだ面が暴かれるので面白いですね(江藤の写真を見たんですけど計量の後にしてもガリガリ過ぎますからね。バンタムで身体・フィジカルトレーニングを徹底して本来の実力が発揮されるパターンもあるかも)。というか、具志堅は日本人選手としては最高のボクサーと言われる一人なのに、金もコネもなくて世界戦を満足にできないような存在なのか…?
 いずれにせよジムに王者2人誕生させたい!と欲張った結果ということですね。なんでもかんでもほしがる欲張り王者のフルコースセット願望がもたらした悲劇ですね。これで今回の比嘉の体重超過事件の話はおしまい。かぶる話も多くて、編集の仕方が悪いですね。誰が読むんだって話(笑)。計画性もなくダラダラ書いてるからこのザマです(^ ^;)。

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*1:

*2:ちなみに具志堅氏が全くプラス要素がない、メリットのないダメ人間とまでは言えないことも確かです。なんといっても最多防衛記録を持っていて、天真爛漫な天然キャラでテレビに出続けて、元ボクサーとしては抜群の知名度を誇るからです。その氏の興行となれば当然メディアに取り上げられる機会が増えて、大衆の目に触れる確率がぐっと上がりますから、そういうメリットは勿論あります。前回書いたように長嶋監督のようなものですね。采配面ではマイナス要素があっても、興行面ではそれを遥かに上回るプラス要素・人気と集客、そしてそれに伴う興行収益をもたらしてくれるという性質がありますからね。

*3:“棄権”負け比嘉は当日計量後に体調が急変。試合は中止にすべきだった?! | THE PAGE(ザ・ページ)

*4:後述する通り重くならない、停止期間が長引かない可能性も勿論あります。問題になるのは、名目とは言え無期限資格停止という処分を受けたことで傷ついた比嘉の名声・評判面ですね

*5:ボクシング比嘉の相手再計量、3キロ戻した程度で具志堅会長もホッ― スポニチ Sponichi Annex 格闘技  この記事にある通り、相手は意図的な体重超過をして最強挑戦者比嘉を卑怯な手で返り討ちにしようとしたわけではなく、減量失敗。きちんとルールを守ろうとしたわけですね。
 というか意図的なら、あとちょっとの200gオーバーなんて半端な違反はしないでしょうからね。ここまできたらむしろ200g落としてベルトを守れる道を選ばないほうが逆に不自然な数値ですからね。相当きつかったんでしょう。そういうボクサーに対して怒りをぶちまけておきながらの今回の900gオーバーですから言い逃れできないでしょう。この時点で比嘉の完成度がそれほど高くなく、相手王者のほうが強いのでは?という戦前評を見れば尚更です。今回のロサレスのように自身が得をしておきながらこの発言ですからね…。何をか言わんや。
 それはそれとして、この記事でポイントは再計量でのリミットは+4.5kgまでということになってはいるものの、これも非公式な約束で拘束力はないというもの。問題になるのはここでしょうね。ネリ・山中戦で両者が共に試合当日で+7kgしていたように、リミットを守った選手でも違反しなくてもこれくらい増やしてしまうのが現状でしょうから、違反してなおかつ大幅な体重増を認めてはいけない。こういうことを体験していたのにもかかわらず、体重超過の場合は試合を中止する・興行を中止するための手段を確保しておかなかったことはありえないわけですね。+3kgだったから目くじら立てず、「よかった×2」で済む話ではなくて、それこそ8kgも10kgも大幅に増える可能性がある。その場合に備えて対策を打っておかなくてはいけない。負けた後に卑怯だなんて言っても試合が成立した後ではもう通りませんからね。
 そういうことを具志堅氏含めて日本のジム会長は誰もやっていないのが現状でしょう。問題視する所、本質はむしろそこにあるわけです。戦う前の戦術としてルール違反・反則を許さないという基本ができていないことこそが真の問題なのです。世界のボクシングの常識は勝つためにならば多少の反則・ダーティーな行為は許される―ということになっているのですから、その常識に則った適切な対応をとらなくてはならない。とって当たり前なのです。その当たり前のことがあまりにも出来ていなさすぎるんです。

*6:日本初汚点! 計量失格「比嘉大吾」の“嘲笑”ブーメラン | デイリー新潮 もう一つ、王者戴冠をした試合の件で指摘したいことがありました。この試合で体重超過王者を倒して比嘉は王者になったわけですが、比嘉はその王者と同じ結末を迎えることになりました。比嘉大吾は悪くない!と彼を支援する話を書いてきましたが、自身も減量がキツイ立場でありながら、こういう態度・発言。これは頂けない。こういう発言はしてはいけない。試合前の舌戦・煽りとかならまだしも後日談的に話すのはダメ。かなり時間が経ってから実はあの時~とネタとして話すのならばともかく、こういう話は本人の耳に入ったら傷つく類の話題でしょう。それこそ同じ立場で全身の毛を剃ってパンツも脱いでこない比嘉が言えたものではない。今後、アンチから「比嘉は自分がバカにしたエルナンデスよりもちんこがちっちゃくて恥ずかしいからパンツすら脱がなかったんだろう」―と通り名としてアンチから「比嘉<ちんこちっちゃい>大吾」と言われてもやむをえないでしょう。
 こういう軽率な発言が出てしまうのはそもそも比嘉本人にも危機感がない証拠。彼は彼でこういう劣悪環境から如何に脱するかを考慮して策を練らなくてはならなかったわけですからね。ボクサーがボクシングだけやってればいいという恵まれた環境にないわけです、今のボクシング界では。こういう状況下でいかにして自身や他のボクサーの権利を守るかしっかり考えないといけない立場。ボクサーとしての労働環境改善を、トップボクサーとして考えないといけない立場。それこそ村田・井上などに並ぶ存在になりかねない選手なのですから、そういう面での自覚が欲しいですね、彼には。

*7:江藤光喜 - Wikipedia

*8:もしかしたら有望な若手がいて、その選手がフライ級で世界タイトル狙えるくらいまで比嘉にタイトル守らせて、その時が来たら比嘉がSフライにあげて、その選手にタイトル禅譲させたかったのかもしれませんが

【比嘉大吾体重超過事件】 比嘉非難という暴論への反論と具志堅会長はプロモート業にふさわしくない狂人・「素人」であるという話

 前回*1具志堅氏の異常性について触れ忘れていた点、そもそも危険な試合をやってはいけなかったこと。試合後の放言、無責任きわまりない発言―の2点について書き忘れていたのですが、中途半端な長さで文章が終わったので、追記すると分割しなくちゃいけないので放置してました。キリよく分割できそうにないのでね。また正式な処分が出たらそれについても触れるつもりでしたし、それ書く時に構成含めて書く内容考えようかなと。今回の分を書き終わったら再編集し直すかもしれませんし。まあ、めんどくさくて多分放置するでしょうが。

■試合のできるコンディションでないのならば、そもそも試合をしてはいけなかったし、するメリットもなかった
 タイトル通り、個人的にまさかの意外な処分だったので今回はJBCの意外な処分内容についての話をしたいと思います。―と思っていたら。これだけでも尺が足りずに分割することにしました。本当はこの記事のタイトルは「無期限資格停止処分だと!ふざけるなJBC…ってあれ?JBCがまともだと…!?」になるはずでした。JBCの処分が実は結構まともで妥当という話は次に回します。まずは、前回の復習・具志堅氏の異常性・問題から。

比嘉大吾はまともに試合をできる状態ではなかった
 前回、誤読して解釈を謝ってしまった本郷陽一氏の別の文章です*2“棄権”負け比嘉は当日計量後に体調が急変。試合は中止にすべきだった?! | THE PAGE(ザ・ページ)―こちらからまた問題部分を引用します。
 <引用>「都内から横浜アリーナまで移動する長時間の車中で比嘉の体調が急変した。吐き気と体調不良を訴え、会場に到着して控え室に入るなりソファに横になったという。
 まったく動くことができずウォーミングアップにも入れない状況になった。昨年10月のV1戦前には計量後すぐに大量の食事を摂ったため、嘔吐して失神した。その反省を受けて計量後は時間をかけて水分、食事を取るように改善したらしいが、また、その時に似た症状に襲われたのかもしれない。ドクターチェックが行われ再度、試合の中止が検討され、ドタバタと関係者が走り回っていた。」
<引用終わり>
 そういうコンディションであったにもかかわらず、具志堅会長は、ストップを掛けるのではなく比嘉をリングに上げました!その理由はなんと本人が希望したから…。ここでポイントになるのは山中タオル事件で書いた通り、トレーナーの判断。しかしそのトレーナーの話が具志堅会長の口からは一ミリたりとも出てこない。トレーナーの判断をそもそも尊重するという姿勢がない。だから初めから野木トレーナーに相談や意見を聞くことすらしていないんでしょうね、言語道断というかもう呆れて言葉も出ないですね…。

●具志堅会長同様の思考をする、比嘉を非難する無知な狂人達
 ここで一旦、具志堅氏の異常性への指摘から離れて今回の件で比嘉を非難する意見があったのでそれについて反論を書いておこうと思います。こういう具志堅氏のような発想をする手合いは結構いるようで、比嘉選手が体重を作ってこれなかったこと=減量失敗について、プロ失格のようなコメントをする手合いをいくつか見ました。が、2ヶ月で12kg落とすなんて普通出来るわけ無いでしょうに*3。これまで減量経験がなく肉体的・精神的ダメージがないというのならばともかく、これまでにかかったプレッシャー・繰り返し行われてきた減量による肉体へのダメージを考えればなおさら。敵との戦いよりもむしろ減量のほうが彼にとってはきつかった。最大の敵であったと見做すべきでしょう。
 そもそも10kgも体重を落として試合をする時点で、水分をギリギリまで絞りだしてますから試合当日には水分だけでも簡単に4kgはリカバリーしてしまうもの*4。そして試合を終えた時点で2ヶ月後の試合が決まっているはずもないので、いつもと同じように食事をするに決まっている。そうすると短期間でもリカバリーは激しいし、試合後に+4kgは戻るものと考えるべき。そして今回の試合を決めた時点ではもう元に戻っていたとしてもなんらおかしくない話でしょう。一週間で元に戻るとは思わなかったなんて馬鹿なこと言ってますが、試合を決める前になぜ現在の体重を測っておいて、本人の体重を含めた健康状態・意志をトレーナーも交えて確認しておかなかったのか。独断で誰が見てもキツイと思われる日程で試合をスケジューリングした。この愚挙を見るにこの時点で最早失敗は約束された未来だったということでしょう。
 過酷な減量をすればするほどリバウンド度合いというのは高まっていくもの。まして肉体的な成長が続いている比嘉ならばなおさら過酷な環境に適応しようとして、身体は栄養を一気に貯め込むようになっていても何の違和感もないこと。今の比嘉の肉体・精神面はどうなっているか、医者や研究機関に所属する運動・アスリート研究の専門家に相談して短期間で試合をこなせるのか。またフライ級でやり続けることが可能なのか、そういう判断を専門家に仰ぐべきだった。当たり前にやるべきことを具志堅氏は何一つやっていない。個人的な発想・感覚ばかりで、他者の専門家の話が何一つ出てこない。この時点で指導者として失格の烙印を押されるべきものでしょう。

●筋違いな比嘉批判①―食べてはいけないものを食べた本人が悪い
 また、ジャンクフード好きだとか、お菓子が好きだとかそういう事を以ってしてプロ失格だといういう指摘もありましたが、これも筋違いでしょう。野木氏が「理想的な食生活を送っても、骨格・体格からもう限界が来ていた」と主張していたこともありましたが、その野木氏の言を待つまでもなく、食事は彼にとって大事なストレス発散法だったと見做すべきだからです。
 過酷な減量が常態化している選手。特に彼は「フライ級は今回が最後だ」と自分に言い聞かせることで自我を保っていた、健康面で明らかに変調をきたす症状を見せていた。死を予感してパニック症候群になった。であるならば、キツイ減量・試合から解放されたら、そのストレスを発散するために好物を摂取するのは当然でしょう。減量後に食べる好物が得も言われぬ美味さであり、天にも昇るような快感であるというボクサーは珍しくないわけです。壊れてもおかしくない精神を守るために、抑圧から解き放たれて好きなことをする・好きなものを思いっきり食べるのは当たり前でしょう。それを本人の自覚が足りない・ボクサーとして失格だなんて言うのは一体おまえは何様のつもりなんだとその人間の神経を疑います。およそ正常な人間の思考ではないでしょう。
 ストレスを発散しなければ、次の過酷な減量に耐えられない・自我を保てない。そういう厳しい環境に常に身をおいている比嘉の失敗を一体誰が責めることができようか。いやできない(反語)。比嘉くらい追い詰められた環境で必至に努力している人間ならばまだわかりますが、それでもそういう高みで努力をするような人間は失敗した人間にムチを打つようなことは言わないでしょう、普通は。
 ダイエットを失敗して、リバウンドするという現象は広く知られていますが、抑圧の反動で食べすぎてしまう&身体がエネルギーを溜め込んでしまうようになっているから起こるわけですね。減量・食事制限によるストレスとその発散がどういうものかこれだけでもわかるもの。それはそれとして、過酷な減量で肉体・精神をすり減らした彼の救いが試合後の好物を思いっきり食べること。そこで心身をリフレッシュしてまた次の試合に望むというサイクルが本人に出来上がっていたはずです。「短期間ですぐ次の試合なのだから好物を食うなよ、我慢しろ」なんていうのは、本人ならともかく他者が軽はずみに言って良いことではない。死ぬ寸前まで追い詰められてギリギリまで張り詰められた緊張の糸をほぐすことをしなかったらどうなるのか?前回は期間を十分にとっても、パニック症候群のような状態になったのですから。今度は最悪発狂状態・錯乱してしまうようなことになってしまうと容易に想像がつくではないですか。人を一体何だと思っているのか。具志堅もそういう意見をするものもふざけるなと言いたいですね。もう、ふんづけてやる!です。前述通り、過度な禁欲を強いられていた比嘉はストレス発散方法が他になかった、ボクシングマシーン状態*5。こんな環境にあった彼を責めて、非常識で劣悪な環境に追いやった具志堅を責めないなんてどうかしているとしか思えません。

●筋違いな比嘉批判②―「減量失敗はプロとして失格」(By内山高志)は比嘉には当てはまらない
 また、内山高志が減量失敗は完全に本人のミスであり、プロ失格という発言をしていたことを以って、比嘉はプロ失格だという馬鹿丸出しの事を言っている人も見ました。言及するのも馬鹿らしいのですが、己の尊敬する最高のボクサーをこんな事に巻き込まないでください。いい迷惑です。
 前述通り決定権・選択権のない比嘉は被害者であること、自分で選べない環境に置かれた比嘉の責任を指摘することは暴挙であるということの他に、そもそも二人はSフェザー級とフライ級と階級が違います。そして内山は減量をあまりしないボクサーなんです。あの内山でさえ、会長が無茶な要求をして本来自分の階級でない試合を強要されることはなかったんです。確かいつも4kgくらいしか落とさないので、減量苦というのは殆どなかったはずです*6。だからこそ安定した試合をこなすことが出来た絶対王者・ボクサーだったんです。そういう環境にあった内山のセリフを比嘉に適用するなんてナンセンス極まりないでしょう。
 4kgというのは最もフェアであるIBFの計量後の体重増は4kgまでというルールにピタリとハマる値であり、まさに自身の適性階級で試合をしていたと言えるでしょう。日頃の節制と鍛錬の成果ということでもありますが、本来の適性階級で試合をしていた内山と10kg以上毎回体重を落として階級をあげることを懇願していた比嘉とはケースがまるで違う。そんな両者を並べて論じることに一体何の意味があるのか。論ずるをまたないことでしょう。上の階級であればあるほど減量のリスクは比較的小さくなっていくもの。本来ヘビー級の100kg超の人間が10kg落としてクルーザー級に落とすことはキツイことに違いがないとは言え、それこそその半分くらいのリミット50kgのフライ級の人間が60kgから10kg落とすこととは話が違うわけです。身体が小さい人間が大きい人間と比べて体重を落とすことがどれだけキツくまた失敗しやすいかを考えれば、比嘉を簡単に責めることが出来るでしょうか?リスクが高く肉体的にも精神的にもキツイことを強要されたことに同情するのではなく、またそんな無茶な減量をそもそもさせるな!というのでもなく、落として当たり前という前提で話を進める手合いが信じられません。表面上の内山の言葉をかいつまんでドヤるような輩とは永遠に話が合わないでしょうね。

●選手を最高の状態でリングにあげるのがセコンドの仕事。セコンドとしての仕事放棄、選手のサポート失敗という大失態
 具志堅談話に話を戻します。ここからは部分要約して引用します。
 <引用>「公開スパーのときにまずいと思った。動きは良かったが、ウエイトが5、6キロ?オーバーしていた。でも選手・トレーナーのことを信じていた。
 転級のタイミングを見誤ったのではないかという質問に対し、「確かに厳しかったが、倒すのが早かったのであまり減量をしなくて済むと思った。でも体重が戻っていたので、それを落とすには時間と余裕が必要だった。でもフライ級ではできたと思う。それよりも最大の原因は期間。2か月ちょっとは今の若い子には無理。」<引用ここまで>
 後述(次回)しますが、氏は比嘉が体重を戻したことに言及して暗にそれが問題だと間接的に比嘉を責めています。自分の責任と言っておきながら、結局暗に比嘉に責任がある・体調管理ミスだと指摘するようなことを言っています。ハッキリ言って試合をプロモートするジム会長として論外でしょう。こういう発言、考え方をするというのは。
 「選手を信用していた」とありましたが、そういうのを「信用している」とは言わないんです。自分に都合のいいようにきれいな言葉を使わないでください。「どんな無茶な要求をしても、自分自身が仕事をしなくても自分の都合のいいように結果を出してくれる」と思っていたでしょう。トレーナーと選手は、もう無理ですと言っていたのに、話も聞かずにフライ級指令を押し付けて、その要求に応えてくれると思っていたなんて、どこのブラック企業なんですか?初めから無茶なノルマを設けて現場に押し付けておいて「信頼している」って無能極まりないでしょう。パワハラ丸出しですね。
 それこそ比嘉の減量状態について逐一記録して、このペースならこれ位の期間・階級で出来る。あるいはここが限界ラインでこれ以上は無理。本人の精神的負担を考えて、肉体負担の許容範囲内だが止めるべきだとか、普通陣営が考慮して然るべき視点・要素が全く出て来ていない。陣営・セコンドが選手のケアをするという思想がまったく見られない。これはもう陣営とすら呼べない。セコンドポストについているお人形さんレベルでしょう。いや、まとわりついている妖怪というべきか…。ボクシングにおけるセコンドという役割を理解していない・無視していると言っても言い過ぎではないでしょう
 修羅の門だったか、はじめの一歩だったか?「選手を万全の状態でリングにあげることが出来ないなんて、あんたはセコンド失格だな」と言うセリフがあったと思いますが、それがピタリと当てはまりますね。
 選手を支援・サポートするはずのセコンドが、敵となって選手の足を引っ張っている。こんな状態・環境ではいつ比嘉が敗北・失敗してもおかしくなかったと言えるでしょう。そして今回の事件でとうとうついにその狂った性質が露呈された、表面化したということですね。

「素人」がジム会長になれてしまう指導者ライセンス制度の欠如がもたらした必然的な不祥事
 また、恐るべきことに「今の若い子には無理」という無責任な発言をしています。今の若い子ってなんですか?古い子はどこにおられるのですか?今のボクシングをやっているのは古いお子様、大きな古いお友達なのですか?今ボクシングをしているのは若い子・比嘉選手じゃないですか。昔のボクシングから今のボクシングに、時代に伴って当然いろんなものが変わって、今のようなセオリー・価値観が形成されている。では、どうして現在このようなセオリーになっているのか、何故正確に把握していないのですか?そのセオリーが比嘉に限っては当てはまらないというのならば、その根拠は一体何だったのですか? 
 現代のボクシングセオリー・理論に熟知していないのならば、そもそも口を挟んではいけない。選手としては偉大な実績を残したボクサーだったかもしれませんが、選手を育てる指導者としては「素人」なんですね、つまるところは。「素人」が余計な口を挟んではいけない。専門家・プロであるコーチやトレーナーに任せるべき。専門スタッフはおそらく野木トレーナー以外ろくな専門家がいないんでしょう。だからこそジムを開設して世界チャンピオンが今まで一人も出てこなかったんだろうなぁと変な角度から納得、腑に落ちてしまいました。野球界もそうですけど、やはりサッカーのように指導者としてのライセンス制度を導入すべきでしょうね。偉大な選手をそのまま指導者にしてしまう、なれてしまうという歪な構造がもたらした不祥事といえるでしょうね、今回の事件は。
 今回のJBCの処分では具志堅氏の追放処分に加えて再発防止のための指導者ライセンス制度の導入が盛り込まれていません。そういう点では言うまでもなくまだまだボクシング界は前近代的な組織のままで変わることはないでしょうね。今回のような味方であるはずのジム会長が選手を殺すようなことをする悲劇はもう二度と見たくないので出来ればいち早くプロ資格を持つ
トレーナー・セコンドなどの雇用を義務付ける、選手が不利益を被ることがないシステムづくりを進めて欲しいですね*7

■危険な状態の選手をリングにあげる暴挙、これでもボクシング界から追放されないの?
 また、2、3ラウンドですぐに止める予定でいて、本人にもそう言ってあった。ラウンド毎に「ダメならダメと伝えろ」と言ったと。
 あのですね、選手は責任感からどんなに状態が悪くても絶対やると言うに決まっているんです。選手がやりたいと言っても、止めるのが当たり前なんです*8。試合をできるコンディションじゃないボクサーになんで試合をさせたのか?これがまるで理解できない。
 本人が投げたいと言ったから、いけるというから投げさせたというバカな投手コーチ・監督を連想しますよね。いけるかと言われていけませんというピッチャーはまずいない。投手という生き物は投げたいと思うに決まっている。頼りにされたらその期待に応えたいと責任感から無理するに決まっている。その投げたいという投手本能を抑えて、休ませてうまくリリーフをやりくりするのがお前たちの仕事だろうが、バカ佐藤義・バカ工藤(自主規制)。
 テレビ局も同じ。ウチが無理して試合をやってくれとお願いすることはない。JBCやジムに一切の判断をおまかせするという事を言ってましたが、極力中止を要請する以外ありえない。テレビ局とジムの力関係を考えれば、ジム会長や選手は「ここで試合をキャンセルすれば次の試合で放送してくれなくなるかもしれない…。絶対穴を開けられない!」と考えるものなのですから積極的にストップを掛けないといけない(これは前回の山中戦を放映した日本テレビも同様ですね)。
 「ウチとしてはどんな損失であっても、選手の健康・身体・生命には代えられない。万全の状態でないなら止めてくれ!試合をされたらウチが世間から叩かれてしまうんです。逆に困るんです!」と強くストップを掛けなければいけない。格闘技イベント・興行というのはテレビ局に強く依存している。テレビ局との関係を絶たれて崩壊したPRIDE然り、テレビ局の怒りを買うようなことを出来る格闘技イベント関係者はまずいないでしょう。
 前回書いた通りフジテレビはよくよく反省しなければならない失態と言えるでしょう。問題が起こった際強い力を持つ方、強い影響力を行使できるサイドは、決定権を持っているも同じなのですから、その点よくよく考えないといけないのです。しかし日本テレビだろうと、TBSだろうと、フジテレビだろうとこの点を理解しないしこういう責任ある行動を取らないでしょうね…。テレビ局とは、そういう風におまかせしていますで責任逃れをする体質がありますから*9。今回はここまで、JBCの処分が意外とまともという話に続きます。

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*1:前回の記事はこちらです

*2:前回は誤読して比嘉に責任がある派の文章と勘違いしていました。失礼しました

*3:残り900gだからもうちょっとうまくいけば、余計なもの食べなければと思う人もいるかも知れませんがそれは誤りです。仮に900g落としていても一緒です。試合が出来るコンディションじゃなかったら一緒。問題の本質は落とせなかったことではなく、試合ができないコンディションだったこと、及びそのような無茶なスケジューリングと階級を強要され続けたことですから

*4:普通は食事も摂らなくてはならないので水分を過剰に摂らないのでしょうが。まあ、でも10kg落として翌日には10kg戻すというボクサーもいるのでケースバイケースでしょう

*5:具志堅用高、愛弟子の世界チャンプ・比嘉大吾に“3つの掟” ボクシング界も恋愛禁止?(2017年12月31日)|ウーマンエキサイト 女遊び禁止、夜遊び禁止、特定の食事禁止・制限…。一体どこのプロテスタンティズムの精神なんだと言いたくなるような禁欲の嵐。さらにその抑圧からくるストレス・負担をカバーする工夫・努力もない。選手として比嘉は追い詰められる一方という環境にあったわけですね…。そりゃいつかはパンクする失敗して当然ですね。普通こんなキッチキチの奴隷労働のような環境に置かないでしょう。現役時代自分がそうだったからという理由で完全強制しているんでしょうかねぇ…。おそらくスーパーチャンピオンだった自分はこうだった。だからお前も当然俺と同じようにこうしろ。もしくは他のボクサーならともかく俺と同じスーパーチャンピオンである比嘉なら出来る。だから比嘉は禁欲生活も過酷な減量もこなせるものという考えなんでしょうね。何れにせよ体験論・経験論ばかりで指導者にはふさわしくないという結論に違いはありませんが

*6:気になってググったら5kg・6kgと試合毎にまちまちでした。キャリアの後半は肉体改造をしていて筋肉量も増えてフィジカル的に強くなっていきましたが、その頃の話だったかな?

*7:ちなみに亀田ジムのお取り潰しで話題になったように、ジムライセンス制度というのはあります。当然指導者やプロモーターとしての資格が備わっているかどうかということとは無縁ですね

*8:※追記―後から気づいたので追記します。本郷氏の文中で比嘉の苦境を知っている観客は精一杯の応援をしていたというような話がありましたが、そうでしたね。比嘉の応援団が沖縄から来ていたわけですね、そしてその応援してくれているファンのために彼は試合に出ない・止めるなんていう選択肢は初めからなかったわけですね。ボクシングはチケット手売り制(ファイトマネーが直接支払われるのではなく試合のチケットが渡される。売れなければ当然給与ゼロ)というわけのわからない制度を採用しているので、払い戻し・試合のキャンセルをすることがほぼ実現不可能な状態になっているわけですね…。世界チャンピオン&スーパースタークラスでも手売りをしているかどうかわかりませんが、ここまで来たら一生比嘉の応援をしようという私設応援団があって当たり前。そしてわざわざ沖縄から足を運んできてくれて、デビューしてまともに食えない頃からずっと自分を応援してくれて支えてきてくれた支援者が一人でもいたら、試合をキャンセルするボクサーなんてまずいないですよね…。そういう背景を知ると絶対キャンセルできない環境下において減量失敗があり得る状況に追い込んだ責任者への怒りが倍増しますね

*9:そう言えば危険な状態で試合をした宮崎選手は井岡とW世界戦かなんかで、TBSだったと記憶しています。日テレ・TBS・フジテレビと3つのテレビ局が見事に危険な行為をしでかしたわけですね。このリスク・異常さに気づいて、真っ当な対応をするテレビ局が今後出てくるでしょうか…?個人的にはどこも国やJBCの新ルールがなければやらないと思いますが、もしテレビ局独自で防止策の・ようなものを講じて選手を守る動きを撮ったのなら大いに褒めようと思います。まあ己が褒めたからなんだって話ですが

【比嘉大吾体重超過事件】 言語道断の失態、即刻ボクシング界から去るべき。勿論具志堅会長が

 ―という釣り気味のタイトルにしてみました。まだ山中の記事が書き終わっていないのに、こういう事件が起こってしまったので、先にこちらを書きたいと思います。まあ、そんな長い話でもないので。非常にシンプルな話、比嘉大吾選手本人に罪・責任はない。陣営、会長・トレーナーサイドに責任があり、罰せられるとしたらそちら。特に今回のケースでは強い決定権のあった具志堅会長の責任というだけの話なので(と思ったらまた無駄に長くなっていた…短く終わることはないな、もう(諦め) )。

■今回の事件で比嘉大吾の責任は極めて小さい、というより彼は犠牲者・被害者
 先にこちらを書きたくなったのは、何故か体重超過で比嘉を叩く意見がチラホラ見られたからです。個人的にそのような人間の主張がまるで理解できなかったので、その誤りを改めて指摘しておきたいと思いました。

●比嘉とネリは全くの別物、一見同じ体重超過でも加害性が違う
 比嘉大吾とネリを比べて、ネリを批判して比嘉を擁護するのはおかしいじゃないか!と言う人がいるが、限界まで絞った比嘉に対して、再計量で1kgも絞れてなお1kg以上オーバーしたネリ。そして試合で勝利した後お祭り騒ぎで謝罪も反省の弁もないネリと、それとは対照的にトップの具志堅が全責任を認めて謝罪し、頭を下げてわびた。彼我の差異は明確(比嘉だけにどやぁ…)。
 ―といったような意見を見かけたのですが、これは誤りですね。両者の違いは反省している・いないとか、態度の違いとかそういう領域の話ではないのです。ある特定のルール項目に違反した、表面上の「体重超過」というルール項目違反という点では同じですが、損得の方向性が真逆だから、ネリは大問題になって、比嘉はそこまで問題視される話ではないのです。
 ネリは意図的(ではない可能性も実は多少はあります)に体重超過をして、自分自身が得をしたんです。ズルをしてルールを破って自分が一方的に得をして、対戦相手である山中に損失を与えた。「加害者と被害者の図式」がそこに存在するから大問題なんです。
 対して比嘉はルールを守ろうとして極限まで体重を絞って結果半病人状態になった。試合に挑めない状態に陥った。今回の体重超過では比嘉自身が不利益を被った。ここが決定的に違うわけです。
 比嘉のルール違反・減量失敗は、闘うためのベストなコンディションを作ってこれないというもので、勿論結果も敗北という形で終わりました。相手選手ロサレスにとっては王座を楽にいただける美味しい展開。そこに相手サイドへの不利益・加害性は発生しない(勿論、最強王者をベストコンディションで破ってこそ高い評価が得られるので、そういう点や個人のプライドの問題などはあるでしょうが)*1
 ネリは真逆、減量をせずに戦いに挑む利点は言わずもがな。「減量したボクサーVS減量しなかったボクサー」というどう見てもアンフェアな図式が成立してしまったから大問題になったわけです。不利益を被ったのは山中であって、ネリではない。もし、比嘉が体重超過でコンディションは万全、動きもキレッキレで減量してきたロサレスを序盤でボッコボコにしたということになれば、「この腐れサボテンタコスポンチョ2世が!メキシコに帰れ!」と、ネリ野郎扱いされるのも妥当ですが、今回の試合結果を見てもわかるように当然そうではありませんでしたからね。

 ネリと比嘉のケースは全く異なる。その両者を同一視することは無理がある。

 当たり前すぎるほど当たり前の話ですがどうもわからない人がいるようなので一応改めて書いておきました。まあ、普段ボクシングを見ない、よく知らない人にはパッと見同じに見えてしまうでしょうからね。こう説明すれば伝わるでしょう。
 もっというと、交通事故でドライバー自身のミスで事故が起こりそうになった。このままではぶつかってしまう!というケースでハンドルを切って歩行者を轢かずに建物にぶつかって自分が重傷を負ったドライバーがいた・事故があった。それに対し同じケースで、自身の運転ミスにもかかわらず、このままだと人をハネてしまう!しかしハンドルを切って避けると自分が大怪我をするから、それくらいなら人を轢いてしまえ!と人をハネたドライバーがいた、事故があった。二つの事件は表面上「交通事故」では同じでも、その事件性・悪質性は明確に違いますよね?それと同じだと考えてもらえばわかるかと思います。

●比嘉の体重超過の問題は興行にダメージを与えたこと。ネリはそれに加えて相手選手にもダメージを与えた
 では、被害者がいない今回のケースでは、比嘉に問題はないのか?というと、まあ流石に全く問題ないとまでは言えないでしょうね。タイトルマッチで階級制を前提とするボクシングにおいてキッチリ仕上げてこないのは問題であることは言うまでもありません。しかし、このような体重が落ちない事自体は別にボクシング史上例のない話でも、異例の事態でもないのでそこまで問題視するような話ではないと言えるでしょう。チャンピオンサイドが体重を作ってこれなかったケースは日本人選手では初めてなので極めて異例な事態であることには違いありませんが。また、ネリケースのように、意図的に体重を無視して自分が得をしようというケースは頻発していてその場合は当然問題ですけどね。今回はそのケースとは違うのでまた別の話です。
 問題があるとするのならば、興行面。このようなスーパースター候補。スーパーボクサーになるのでは?という次代の新スーパーボクサーの試合は当然みんな、ワクワクして観に来る。それがこういう失態で万全のコンディションと程遠い試合で低いパフォーマンスをみせてしまえば、観に来た人はがっかりする。「あの比嘉が試合をするっていうから、わざわざお金を払って会場に足を運んだのに…。何このしょっぱい試合…。もうボクシング観に行くのやーめた」となったらどうなるか?言うまでもありませんからね。
 ネリのような事例は悪質なルール違反でボクシングという競技への信用性を低下させることに加えて、更に相手に損失を与えるのでそこにある犯罪性が違うわけです。ネリの場合遥かに悪質で犯罪でいうと犯罪ランクがぐっと上がるものに相当するわけですね。


■今回の体重超過事件の本質、失敗の原因は無理な試合を強行した具志堅会長とフジテレビにある
 今回の事件の問題はむしろ無茶な試合を強要した陣営やテレビ局であり、責任(=処罰対象)はそちらにある。こんな分かりきったことなのに対して、その指摘があまりにも少なすぎる。高田延彦氏が陣営の責任、比嘉本人が一番の犠牲者と指摘していましたがそのとおりでしょう*2*3

●何故か並列して問われる比嘉の責任
 階級変更を先送りにした陣営の罪は重いという記事*4もありましたが、それでも本人の責任という指摘が入れてあります。フライ級が限界であることは誰が見ても明らかであるのに、無茶な減量と階級での戦いであったのに、なぜ比嘉本人の責任という話になってくるのか全く理解できません。 
 こちらの記事*5は渋谷淳氏が書いている文章ですが、氏は
 ①前回の試合から2カ月強という短いスパンで試合を組んだこと。直近4試合の比嘉の試合間隔は3カ月半、5カ月、3カ月半。こうしたサイクルで、2カ月強では心身ともに十分な準備を整えられなかった。
 ②昨年5月の世界初挑戦前は、減量中にパニック障害を起こした。今年2月のV2戦ではサウナで脚のしびれが発生。このときは水分補給して、2日後の計量を何とかクリアした。
 ③理想的な食生活を送っても野木トレーナー曰く、「あれだけの筋肉量ではあと1試合、2試合がいいところ」。比嘉の肉体はフライ級では規格外で体重が20キロ重い、10階級上の村田諒太と胸囲がほとんど変わらない(97センチ)。
 ―と以上の3点をあげながらも何故か、帝拳の浜田氏の「体重は落として当たり前」という持論を背景に落とせなかった最終的な責任は本人にあるという浜田氏の意見が正しいとします。他の選手も苦しんだ、そして最終的には皆体重を落とした。だから本人の責任だと。落とせなかったということは、やはり危機感が足りなかったと言わざるを得ないとの一言で文章を結んでいます。

 もう一人違う方の意見を引用します。水野光博氏の文章です。比嘉大吾、帰ってこい。減量失敗の大罪を抱え、ふたたび立ち上がれ|格闘技|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva
 「ネリを罵倒しておきながら、適正階級で比嘉が再起してくれる日が1日でも早く訪れることを願うのは、ダブルスタンダードだと言われるだろう。それでもかまわない」―との最初の方の言葉でそもそも問題の本質をよく分かっていないと言えるのですが、本題ではないのでここではおいておきます。
 ④*6昨年5月の世界戦前、大きすぎるプレッシャーから深夜にパニック障害のような発作を起こした。突然の発作に、死すら感じた比嘉は救急車を呼ぼうとするが、救急車を呼んだことが知られると、世界戦が中止になってしまうのではないかと思い、野木トレーナーを呼ぶことで、対処した。
 水野氏も渋谷氏同様、短期間に試合をさせた具志堅会長の責任に触れながらも、陣営の責任を何よりも重いものだとしていません。一般的には試合の間隔を狭めたほうが、減量苦は軽減されると言われており、短期間での試合は諸刃の剣という要素がありながらも、このプランを実行したことは単純に陣営のミスだと責められないとします。
 以上の4点を見れば、誰が見てももうフライ級では無理だった。階級をあげるしかない。本人も階級を上げたいと直訴していた。その本人の要望を無視して短期間で試合を強行した具志堅会長は異常という結論以外ないでしょう。②と④を見れば健康上の問題が発生することすら考えられる。それでもフライ級でやらせようとするなんて狂ってるとしか思えません。どうしてこんな狂ったことを会長がやらせたのか、JBCは徹底的に調査&処罰を下すべきでしょう。

●ボクシング界には偉大な記録を抜く試合をする際には我々に見えない不文律が存在する?
 ものすごい違和感があった主張・指摘は、次のものです。「16試合連続KO勝利という日本新記録更新がかかっており、このタイミングで階級を上げるのはリスクが大きかった。さらには、もし階級を上げてノンタイトル戦を挟むことになれば、同じく沖縄出身であり、比嘉が尊敬する浜田剛史の記録をノンタイトル戦で塗り替えることになり、そこにためらいもあったのではないかと憶測ながらに思う。」
 この主張をすること自体がおかしいというのではなく、こういう発想は普通は出てこないもの。しかしこういう指摘がでてくるということは、16試合連続KOという大記録のためにはノンタイトル戦ではいけない。スーパーフライ級でのテストマッチで記録更新をしてはいけないという空気や価値観がボクシング界に存在している。ボクシング界にいる人間ならば当たり前のこととして認識し、その価値観を共有しているという可能性があることです。
 比嘉のパワーを考えれば一階級上げた程度でKO勝利が危うくなる可能性は限りなく小さい。仮にそうだとしたら転級後のテストマッチでそこまで強い相手・危険な相手を選ぶ必要はない。テストマッチなのだから記録更新のためのかませ犬戦になってしまっても何の問題もない。何よりこれからも記録を更新していく可能性が高い選手なのだから、通過点でどういう試合をしようが問題ない。それこそ陣営の自由意志に任されるべきもの。しかし自由に決めることができない空気がある、見えない不文律が存在する可能性があります。
 それこそボクシング界に「偉大な俺の記録をお前ごときがチンケな試合で抜こうというのか?世界戦で記録更新をしないというのか?あぁん!?」という見えないプレッシャーが存在するというのならば、そういう空気は害悪でしかない。もしそういう見えない不文律の存在があるとするのならば、マスコミはきっちり検証しなければならないでしょう。
 それでも、やはり偉大な記録・節目の記録はちゃんとした晴れ舞台で更新したいという主張・気持ちは十分わかります。その時はその時で、2ヶ月という短期間で試合をしなければよかったと言うだけになるので結局愚かな判断・決断だったということに違いはありませんけどね*7


■具志堅会長の責任が何よりも重い。そう明言できないのはボクシング界においてレジェンド批判がタブーだからなのか?それともウォッチャーがバカだからなのか、一体どちらなのか?
 「少なくとも今回の一連の騒動は、誰かひとりが悪かったと名指しできるほど単純な話ではないはずだ」と文章の最後の方でこのようなことを水野氏は書いていますが、大間違いです。物凄いシンプル・単純な話です。全ての責任=問題は具志堅会長にある。このような試合スケジュールを組んだ具志堅氏は異常です。即刻ボクシング界から追放されるべき大失態以外の何物でもありません。何故こういう結論、比嘉本人の責任が一番重いとか誰か特定の一人の責任ではないという主張になってしまうのか、個人的に全く理解出来ない主張です。

具志堅会長の問題点をさんざん上げながら比嘉本人の責任を並列する本郷陽一氏
 この記事*8でも、書き手の本郷陽一氏は比嘉本人の責任という指摘から文を始めています。*9
 しかし文中では、②や④の点について触れて、「この試合でフライ級は最後」と言い聞かせることでギリギリで計量をクリアしてリングに上がっていたという背景を指摘。そして、22歳の肉体は成長を続けており、今回の予備検診では胸囲が97センチもあって、もうフライ級は限界だった。だがしかし具志堅会長は階級を上げることに聞く耳を持たなかったと書いています。
 明らかに限界が来ていたのにもかかわらず転級を認めなかったという事実に触れながら、どうして比嘉本人の責任ということになるのか理解できません。言外に陣営の責任は重いと読み取れますが、そんな表現ではなく、明確に具志堅会長が時代錯誤の考えで考えられない過ちを犯したと書くべきでしょう。

●ボクシング界には健全な言論空間が存在していない。特定の人間を批判できないようになっている
 いい加減先にネタバラシ・結論を書きますと、これはもう具志堅や浜田・ファイティング原田といったようなボクシング界のレジェンド・一定以上の実績・記録保持者に対しては、ボクシング関係者は批判記事をかけないという縛りがあるとしか思えません。批判したら業界で生きていけなくなるという見えない空気が存在しているとしか考えられません。まるで薬害エイズ事件の官僚文書ですもの(薬害エイズ事件では、さんざん非加熱製剤の危険性を指摘しながら最後の末尾で急遽いきなり、しかしながらそれでもなんとかなるというぶん投げた文書で非加熱製剤に危険性はないというオチになっていました。下の者達が危険性・リスクに気づいていて、こんなことを認めてしまったら大変なことになると上司の方針に逆らって散々危険性を指摘した・忠告した文書を作ったのにもかかわらず、最終的に利権にころんだアホがそれでも大丈夫の言葉を盛り込んで認可を出した文書を作ったことがありました。そういう風に分かる人はわかってくれるという苦難の文書、旧共産圏のメッセージのような文書に見えますよね、これらは)。

 それこそ旧共産圏の文書、文脈から見えないメッセージを読み取って当たり前のようなものに見えてしまうのは、この記事ではもう十分すぎるほど具志堅会長が間違っていたという指摘がなされているからなんですよね。
 ○減量神話から脱却の流れがある中、フライ級に留まらせた具志堅会長の責任も重い。さらに前回の2月4日のV2戦から約2か月しかないという短期スパンでの試合。浜田代表は「2月の試合は1ラウンドで終わってダメージもなかったし4、5キロは増えただろうが、逆に2か月しかないので、そんなに増やさなくて、いいので(短期スパンは)いいのかなと思っていた」と見ていたと語り、おそらく具志堅会長も同じ考えだっただろうが、それは裏目に出た。
 ○減量も含めた過酷な準備は、試合が1ラウンドで終わろうが12ラウンドで終わろうが変わらない。心身の“休養”というメリハリがないまま、過酷な次の準備に入ったため、おそらく比嘉のメンタルも肉体も悲鳴を上げていた。
 ○おまけにバラエティ番組への出演などの練習外の仕事も目についた。
 ○WBCは30日前、7日前の事前計量を定めており、それはクリアしていたが、“落とすに落とせない”という危険信号が出ていたと聞く。
 ○最近、ほとんどのボクサーが取り入れているのが、直前に体内の水分を排出する“水抜き”という減量方法。計量直前に1キロから3キロほどを一気に落とす方法だが、それには塩分を先に排出しておくなどの準備が必要で体調の関係で失敗するボクサーが少なくない。比嘉のケースがまさにそれ
 ―こういう指摘を見れば、客観的に無理があったスケジューリングを組んだ具志堅会長の責任で話は済むはずなんですがね…。ところが文末に来るはずの「具志堅会長の責任は極めて重い。選手の健康を考えもしないこんな馬鹿なことをやらかすのならば、テレビやジムの仕事に専念して、試合を組むプロモーターの仕事から今後一切手を引くべきだろう」という本来書かれるべき当然の一文が出てきません…。
 またかつて亀田大毅の統一戦で、負けても王者のままというのが事前の説明と違うという理由で興行責任の放棄として、ジムライセンスが取り上げられた。ジムのお取り潰しという処分がありました。今回の事件も興行を失敗させるどころか選手を殺しかねない大失態。事前説明の放棄なんて目ではない暴挙なわけですから、「当然亀田ケース・前例に倣って具志堅ジムからライセンスを取り消すべきor具志堅会長の経営権やプロモート権限の剥奪をすべきだ」という主張がなされなければなりません。何故そういう当然の主張が出てこないのか理解に苦しみます。亀田はダメで、具志堅は良いと言うのは完全なダブルスタンダードで許されて良いことではないでしょう。

●時代錯誤の主張を臆面もなく唱える老害を追放せよ
 ○具志堅会長は、「私たちの時代は年に4試合は当たり前だった」という考え方を持つ。だが、ハングリーのない今の時代に過酷な減量負担のあるボクサーに対して昔のやり方は通用しない。
 ハングリー精神云々の根性論こそ、時代錯誤の愚論なのですが*10、それはそれとして、昔のやり方を主張して今の若者・選手に押し付けるのはまさに老害のそれ。
 「お前の時代の話など聞いてないし、知ったコッチャない。ボクシングは変わり続けていて、今と昔は全然違うんだ。今は平成が終わる頃なんだ。せめて平成の話をしてくれ。老害は黙っていてくれ」と誰かが手厳しくきっちり批判しないといけない。同じようにファイティング原田氏も体重を落として当たり前とコメントしていましたし、浜田氏も同じ。こういう老害達はボクシング界から排除しないといつまで経っても同じ問題が起こるとボクシング関係者なら正面切って正々堂々と批判すべき。何故それが出来ないのか?それが出来ないならマスコミなんて存在している意味がない。筆を折るべきでしょう。*11

■大失態を引き起こし続けるガバナンス概念なきJBC
で、次の問題としてまたJBCなどの管理体制の話になるわけですが、
 ○この日、ドクターは「試合を行うことに支障はない」と判断していたが、計量前に計った脈拍「84」、血圧「158/99」という数値も異常を訴えたものだった。
 ―というようなことになっているのに、どうして試合を認めたのか?こういう状態で試合を認めてはいけないでしょう。事前の予備検診云々があるのですが、それでストップがかかったということを聞いたことがない。今回の比嘉は試合ができないほどではないにせよ、明らかにリングにあげていいレベルではなかった。やれば確実に負けるというコンディションの選手をリングに上げるなんて考えられない。
 以前、たしか宮崎選手だったと記憶していますが、減量に失敗してフラフラの状態で試合をして見ていてかなり危険な状態で試合をしたケースがあったと思います。ああいうコンディションならば試合をさせてはいけない。一体何のための事前予備検診・チェックなのか理解できません。

●無理があるスケジュールで試合を要請したフジテレビの責任を軽視してはならない
 ○そもそも比嘉に“緊急登板指令”が巡ってきたのも、予定していた世界戦が白紙になったことでマッチメイクに困った放映局側が動いたという側面もある。
 具志堅会長が、断れば済む話だったのかもしれないが、昨年10月には一度、断っているという経緯や沖縄での単独防衛戦を放映してもらった恩などもあって断ることは難しかったのかもしれない。局側が「選手優先」を考えているのなら、そういうマッチメイクの打診もいかがなものか。
 ―とあるように、JBCの管理体制についで、テレビ局のスケジューリングもそう。普通は短期間で試合はまずできない。ボクシングについてちょっとでも知っている人ならば、つい最近試合をしたばかりのボクサーにそもそも「枠が空いてしまったんですけどやりませんか?」と打診すること自体がありえない。なぜこういうことになったのか?テレビ局側の人選がおかしいとしか思えない。これはテレビ局側のこのボクシング担当・責任者は一体誰なのか?一体誰がイケると判断してGoサインを出したのか?きっちり明らかにして検証すべき事案でしょう。つい最近フジテレビをばかにするんじゃねぇみたいなことが話題になりましたが、こういうふざけたことを実行するからこそ馬鹿にされるのではないでしょうか?こんな基本的なことも知らない、ちゃんと出来ないからこそ今の苦境があるんだろうなぁと容易に想像がつきますからね。

■最終的にOKを出した比嘉の責任?比嘉にそもそも拒否権・決定権はない
 で、ここまで読んできて、いくら具志堅会長がおかしい、テレビ局サイド・フジテレビがおかしくとも、結局その条件で比嘉本人がOKして、試合をすることに納得したんだから、どんなにきつい条件だと分かっていても、最終的にそれを受け入れた本人が悪い。
 ―そういう風に考えている人。そういう主張をする人が少なからずいると思うので、その批判に対してカウンターパート・反論を書いて終わりたいと思います。
 あのですね。ボクシング界というのはそもそもおかしい、異常な業界なんですね。選手が自己主張をしてそれがそのまま通ることは殆どないんです。日本の場合、ジム会長がプロモーターを兼務する構造になっていて、ジム会長の意見は殆ど絶対なんですよ。長谷川穂積くらいですかね?世界チャンピオンクラスでジムを移った選手は。そのケースもトレーナーが独立するからそれにスライドして移籍するというものでしたからね*12
 ジム会長に逆らってボクシングをやれる選手なんてまずいない。同じ沖縄出身で偉大なビッグネーム具志堅であれば尚更です。井岡が親父に逆らって、喧嘩した挙げ句にボクシングが出来なくなった。引退に追い込まれるしかなかった事例を見ればわかるように、選手の権利・主張というものが極めて小さい世界なんです(井上のように会長と選手の意向がはじめから基本的に一致していれば、意見が対立・衝突することもないんでしょうけどね。今思うと井上の「強いやつとしかやらない」という誓約書みたいなのは、マッチメイクについて井上&井上パパトレーナーの意向が最優先。もしくは会長と相談の結果でないがしろにされることはないという意味合いを持つものだったんでしょうね)。
 そんな世界で比嘉が「嫌です、やりたくありません」なんて言えると思うほうがどうかしている比嘉に決定権・拒否権はそもそもないんです。そういう状況で比嘉が悪いなんて考えるほうがどうかしている。
 こういう業界は旧体育会系の風土・流れを引きずっていて返事は「はい」と「YES」の二つしかないんです。「はい」なのか「YES」なのか、どっちかハッキリ返事しろ!と言われるような世界で比嘉本人の意志・選択がどの程度反映されていたのか聞く必要すらないでしょう。比嘉本人がやれます!やらせてください!とグイグイで決めて、会長が「それは無理だよぉ~。絶対出来ないから止めといたほうが良いよぉ~」とむしろ強く比嘉を止めていたとでもいうならば、その責任は本人にありますが、当然そうではない。具志堅会長が主体となって進めた話で、結果の大失態。関係者各位に迷惑・大損害を与えたという話ですから(というか次世代のスーパースター候補であった比嘉に再起が危うくなりかねない程のダーティなイメージを与えた。評価を傷つけた)、本人が責任をとって業界から足を洗うのが筋でしょう。
 なんというか本当この業界の人間に限ったことではないかもしれませんが、考えられない大失態をやらかす人というのは、本当に都合のいいことばっかり考えていますよね。最悪の事態が起こったらどうするかというリスクマネジメントの発想がないので、見ていてイライラどころか激怒状態になりますね。「何やってんだ一体!バカじゃないのか!」と怒鳴らずにはいられないですね。短期間の減量で体重が作れなかったら、体重を作れてもコンディションが最悪な状態に陥ったら、減量の過程で病気・怪我を引き起こしたら…。そういう最悪の事態を考えて逆算したら階級をあげるしかない。放映の権利や売り込む格好のチャンスなどでビジネス上、どうしてもやりたいというのならせめてスーパーフライにあげて試合をするでしょう、普通は。900gでヘロヘロ状態で失敗だというのなら2kg余裕があったスーパーフライならそれでもキツイとは言え試合自体はまず問題なく出来たでしょうにね。リスクマネジメントの概念がない人間は欲の皮をつっぱらせて目先の利益・利点しか見ない。元スーパースターほど成功・プラスの要素しか見ないということなのでしょうかねぇ…。
 どうもこういう簡単なことが分からずそういう主張や会長の処分をハッキリ言う人がいなかったのであえて書いておきました。おしまい。一応、次回リンクを貼っておきます アイキャッチ用画像

*1:※追記―ああそうそう、もう一つついでにロサレスが比嘉の体重超過について怒らずに同情を示したことで、スポーツマンシップに溢れた好青年でよかったor比嘉は相手に救われた―みたいなことを言っている人もいましたので、そういう意見・指摘についてコメントを。前述通り、そもそも今回の件はロサレスにプラスになってもマイナスにはならない話なんですからね。負ける可能性の高い強いチャンピオンとのタイトルマッチで、相手が調整失敗して勝利が転がり込んできたのですから、ラッキー以外の何物でもないですからね。それでいちいち怒るわけがないんです。日本は軽量級では大きな市場なのでそういう背景を考えれば尚更ですね。ヒールとして自身の市場価値を高めるという考えでもなければ無理に日本のファンに嫌われる可能性があるコメントをする必要もありませんからね。極めて自然な対応をとっただけでしょう。
 それと本人もコメントしていたのですが、ボクサーなら誰でも減量のきつさ・難しさは知っていると同情を示したのは、ロサレス自身もフライ級の体格ではない。実際10kg近く彼も落としてきたとありましたので、明日は我が身という立場からのコメントでしょう。ボクサーなら当たり前の感覚に基づいたモノ、極めて自然な発言ということですね。まあだからといって別に彼がナイスガイやスポーツマンシップを持ってない人間ではないということではありません、念の為。

*2:高田延彦、比嘉大吾の体重超過は「陣営のミス」「本人が一番の犠牲者」

*3:比嘉大吾の体重超過「陣営のミス」発言の高田延彦に“特大ブーメラン”!「おまえが言うか!」の大合唱に - 日刊サイゾー 特大ブーメランだ!お前が言うな!という指摘もありますが、そもそもこの文にある指摘はちょっと違う。大会を統括するプロデューサーと選手の管理を担う陣営の責任者では役割・仕事が違うので、それを高田の責任にするのは的はずれなんですよね。出てくれる目玉選手もろくにいないRIZINとボクシングではそもそも前提も違いますし。まあ、後半で選手のことを無視して延々しゃべるなど常識がないなどの指摘があるので問題があることはあるんでしょうけど、そういう自身の問題とは別でこの指摘は真っ当なものです。

*4:比嘉の失態、十分に予想できた…階級変更先送りし続けた陣営の責任重い― スポニチ Sponichi Annex 格闘技

*5:比嘉大吾の減量失敗はなぜ起きたか。「体重は落として当たり前」の声も。 - ボクシング - Number Web - ナンバー

*6:上の文章に引き続いて、これでもフライ級で試合をさせるか?普通…?というポイントなので、引き続いて④という番号を振ります

*7:後述しますが、何でもかんでも欲しがる欲まみれ精神がここには見えますね。フライ級でやりたい・世界戦でKO記録更新をしたい・短期間で試合をどんどんさせたい・テレビに露出を増やして知名度を高めたい・強い相手を倒して選手の価値を高めたい…。欲張ってなんでもかんでも手に入れようとして破滅するという典型的な元スーパースター選手監督の采配ですね、本当かの長嶋監督を連想しますからね、具志堅会長は

*8:最悪1年間出場停止処分も。比嘉の計量失格はなぜ起きた?責任は誰にある? | THE PAGE

*9:「第一」という言葉を、「一番の責任は~」という風に読み誤っていたので修正・訂正しました。

*10:個人的に一番大事とは言わずとも、「根性」という言葉・概念はかなり重視している要素です。が、「根性」という言葉が悪い人たちに悪い風に使われてしまって、悪用されすぎてなかなか気軽に使えない状態になっています。「根性」という言葉を使えなくした愚かな指導者世代の罪・責任は思いですね

*11:次で取り上げようと思いますが、本郷陽一氏はボクシング記者としては珍しく危険性に踏み込んで陣営を批判していますね。個人的には正面切って堂々と具志堅追放を論じてほしいものですが、この件に関しては一番マトモな記事を書いていたと言えますね。誤読していたので謹んでお詫びしますm(_ _)m

*12:※追記解説―ちょっと勘違いされかねないので補足して細かい話を。もちろん移籍が絶対できないわけではありません。前川四兄弟の前川龍斗選手が協栄からこの具志堅ジムに移籍したように、最近ではチラホラ移籍する選手を結構見かけます。無論、将来世界チャンピオンになっておかしくないクラスの選手であり、井上や比嘉クラスのスーパースター候補となるとまずない。前述通り長谷川穂積クラスの世界タイトルを取った選手であれば普通はまず不可能でしょう。亀田興毅&兄弟はTBS系列でごく自然に協栄に収まったという感じですしね。
 ポイントはもし比嘉がもうこのジムでやっていけない。移籍したい!となった時、受け入れるジムはまず存在しないだろうという点ですね。まあさすがにそういう事態になって揉めたとしたら帝拳や協栄や三迫などが移籍金出して引き取る(具志堅さんと関係が深い協栄あたりでしょうか?)という流れになるのでしょうけど、その交渉期間中は試合ができない。裁判で調停というケースは珍しいですが、昨今の流れを考えると法廷闘争になってもおかしくなく、下手したら二~三年以上かかってしまい長期間試合ができないということだってありうるわけですね。さらに最悪の事態を考えると、会長がへそ曲げてそれこそ井岡ケースのように事実上の引退に追い込まれることだってあり得るわけです。
 軽量級の選手だからそこまで大して金にならない。巨額のファイトマネーは発生しないからそこまで揉めることはないだろう。流石に移籍したいとなったら、すんなりとは行かなくても実現することはするのでは?と思う人もいるかも知れませんが、今スーパーフライ2というイベントが開催されたことからもわかるように、アメリカでビッグビジネスチャンスがスーパーフライでもある。このイベント自体はロマゴンの7000万円いかないファイトマネーからみてもそこまで旨味があるものとは言えませんが(最近、シーサケットに負けましたけどロマゴンというハードパンチャーがいることでこの当たりの階級への注目度もそこそこあがったわけですね)。一つ上の井上のいるバンタムではWBSSというトーナメントイベントの開催が予定されていて、優勝賞金が10億円・賞金総額50億円と桁違いなんですね。ということはスーパーフライ3・4・5~と数を重ねて行く中で名前を売っていって、将来的にバンタムにあげて、そこでこのイベントに参加することになれば…という絵が見える。比嘉の体格からするとバンタムでは少し厳しい気もしますが、考えられないことではない。いずれにせよそういう可能性がある以上、金の卵である彼の移籍のハードルはものすごく高くなるわけですね。
 試合ができなくなる&実戦感覚の問題に加えてボクサーの旬は短いですから、そういうリスクは誰も取りたくない。FA制度のように移籍を主張して古巣と揉めても間違いなく試合自体はスムーズに出来るということであればまだしも、実際移籍を主張した場合どういう風に話がすすむのか誰にもわからないわけですね。よっぽど強力な後ろ盾でもない限り、そういう主張をするボクサーはまずいない。ここがポイント。―となったらあとはもう言わずもがなですね。理不尽な命令でも嫌でも会長の言うことには逆らわずに従うしかないということになります。気になって野木トレーナーのWikiを見たら、なんと彼も元協栄の選手でジムの合併云々のいざこざで試合を組んでもらえずに干されたという経験の持ち主だったんですね…。3戦3勝のプロボクサーでありながら、ジムを移りたいという分裂騒動で10年以上試合が出来ずにそのまま引退…。このようなトレーナーが比嘉のために「こんな事やっていたら比嘉が潰れちゃいますよ!いい加減にしてください!」と具志堅会長の行いを正すために強く言うことが出来るかどうかは言うまでもありませんね…。