別館、身体論・武術・スポーツのお部屋

身体論・武術・スポーツ関係を分割してこちらで独立して書いてます 野球評論は辛辣に書いてますので苦手な方はご注意下さい。また基本長いので長文が無理な方はお気をつけ下さい

【雑誌】 月刊秘伝 2015年5月号

月刊 秘伝 2015年 05月号/BABジャパン

武術印のカラダ活法―療術特集ですね。
 碓井流活法の人の話が面白かったですね。右に一回転、左に一回転して深呼吸すると、宇宙のエネルギーと一体化して身体に軸ができてバランスが取れるようになると(前後左右から押してもらう。これをやったあともう一度同じように押してもらっても簡単に崩れなくなる。以前より丈夫になることがわかる。変化がわかるとのこと)。足裏の三点軸でバランスが取れるなど普通の教えもあります。色んな引き出しがある方みたいですね。
 
■システマ スティックコンディショニング
 スティック、鞭、ナイフを使って身体を調整する。痛みを伴い、体の自然な反応を引き出していくとか。快楽を基礎とする普通のマッサージやコンディショニングとは真逆の概念ですね。興味はありますが本当に痛そうなので実際に受けるとしたら、ためらいそうですね。

■特別企画・連載追悼 岡本正剛師範(大東流合気柔術六方会)武術史を変えた合気の“具現者”
 西田幸夫、小用茂夫、伊藤昇、そして光岡英稔などなど、武道界に与えた影響は計り知れない偉人ですね。他にも指導・稽古だったり、影響を受けた人は数多いでしょう。合気道系で塩田剛三と並んでその秘技・奥義を惜しまず積極的に公開をして普及をしようとした極めてリベラルでオープンな素晴らしい武術家・教育者・伝道者であったと思います。尊敬しない武道家・武術家がいるのか!?と言いたくなるようなレベルですからね。


ゆる体操には“裏”の存在があった!高岡英夫の漢語由流体操「肩肋後回法6」
 第二法は「四足動物伸緩法」。第一段は「脚支持後重心系伸緩法」です。主として脚で体重を支えて、後ろ重心系で行う伸緩法。縦系の一般的な伸び動作です。動物の気分になってやるのがひとつのコツ。身近に犬や猫がいるなら観察して、彼ら以上の深い動きを目指すこと。第二段は「腕支持前重心系伸緩法」。人類が進化する過程で、人が忘れ去って取り入れなかった伸び動作。*1
 これらの伸緩法を行う際は、第一段・第二段ともに、普段の伸び動作の際に自然に出てくる「うう〜ん」「ああ〜」といった声を出すように行う。どうやったらより気持ちが良くなる・効果が高まるのか発声の仕方を工夫して行うこと。やってみればわかるが、発声の仕方ひとつとっても、意外なほど工夫の余地がある。伸びの呻き声の出し方も、以前紹介した歩き方と同じように、厳密に判断すれば現代武道における、初段や二段レベルにとどまっている人がほとんど。しかし全くやったことがない人でも、すでに初段・二段レベ ルには達しているという点がじつに面白いところ。初学者にとっては、初段・二段というレベルは、はるか上の存在であるはずなのに、伸び動作の呻き声や、歩き方に関しては、誰もがズブの素人の域を.脱した初段・二段レベルに到達している。しかし当然それをさらに向上させていく、その伸び代はたっぷり残っている。
 第三段は「立位後支持系伸緩法」。これは立位で行う「人伸び動作法」。これは一般的な仮名ゆる体操の中の「伸びアーッ体操」として取り入れている伸緩法。ただの伸びともいえるが、わざわざ意図して体操法としてやれば、立派な体操法になる。伸びはあくまで、ほぼ無意識に行ってしまう自助運動であり、意図したものとは違う。意図して体操として行う伸び動作の方が、はるかに質の高い身体運動に上達し得る。こうしたところにも、自然に行っている自助運動を、科学化して体操法化していくことの意味を見出すことができるといえるとのこと。
 第四段は、「立位前重心系伸緩法」。一肩肋後回法をやりながら、肩がちょうど下から前方そして前上方に向い、頂点に達した付近で、「ううう〜」と呻きながら、一肩を少しづつ後ろに持っていって、身も心も崩れ落ちるがごとく「あぁ〜」と嘆息をつきながら、思い切り深くやれやれといった感じに下ろしていく。じつに素敵な過程(1・2段は四足動物の動きそのものだが、第三段の伸びは無関係のように思えるのだがどうして一緒のカテゴリなのだろうか?声、発声による効果の向上が四足動物系的なものがあるということなのか?第四段に至っては普通に肩肋後回法+発声・唸りや呻きという感じだし)。
 「ううう〜」と自然に言ってしまう、独特の身体運動を引き出すこと、深めることが身体開発上独特・重要ということなんだろうが、そのバックボーンがいまいちピンとこない。四足動物DNAにスイッチを入れて身体開発を進める上で有効・有益ということなのだろうけど。
 もし、「ううう〜」と呻くことに、どうしても抵抗があるなら、発声せずに内言の呻き声で効果が出るように工夫してみること。実際、自身も、外言・内言それぞれでやったり、色々なやり方を試したとのこと。どちらが効果があるとはっきり断言されてはいませんが多分、外言でしょうね。じゃなきゃ最初に呻き声云々の話をするわけはありませんし。ただ内言、口を閉じてちょっと「ううう」と人に聞こえない程度でやることにもそれなりの効果、違ったプラス効果などありそうなので両方やるべきでしょうか。
 第三法は「固定肋骨後回法」。 これは肋骨を固定土台として使って、 肩を回していく方法。 第一段は「脱力後回観察」です。 じつはすべての方法の第一段階は固定肋骨が前提となっている。すべてに「固定」といれると、名前がくどく長くなるので省略してある。肋骨が固定化されている=当然肩は脱力。だからわざわざ「脱力」の二文字を加えた。*2
 まずは観察法から入る。鏡を見ながら肩肋後回法を行って観察をする。コツは、はじめから鏡を見ないこと。まず鏡の前に横を向いて立つ。そのまま鏡を見ずに、何回か肩肋後回法をやって、自分の動きが定常化してきたら、あたかも他人を見るように、チラッと鏡に目をやること。つまり、動作する意識と観察する意識を別なものとして、意識分化する。人は鏡を見ながら、自分をどうこうするということに慣れ親しみすぎているので、鏡を見ながらやると、本当の自分の動きを観察することができなくなるから。ゆえに、鏡を見ずに肩を回して、定常化してきたら、その動きを少しも変えないようにしながら、チラッと鏡を見るようにする。そうすることで自分の動きを観察理解することが出来る。思ったほど、きれいな円運動は描けていないことがわかるはず。
 この意識分化による観察法は用途が広く、非常に有効な方法。こうした鏡の使い方も身につけておくと稽古にも大変役立つ。完全な意識分化による観察が出来るということも達人的な能力のひとつといえる。稽古の前の稽古というか、準備と言いますか、練習の効率・成果を上げる条件として自己観察というのも当然ポイントとしてあるわけで非常に重要なポイントですね。最近だとスマホで動画撮れば?と言われてしまうかもしれませんが、意識分化というのがポイントになるでしょうからね。
 第二段、「脱力後回修正」。鏡で観察&修正。鏡を見ながら修正し、次に鏡を見ないで修正、再度鏡で観察。すると新たな粗が見つかるので、再び修正―の繰り返し。鏡を見ない時が本当の姿なので鏡を見なくても出来るようになること。
 第三段以降は、この回転というものを、身体座標空間論を使って、 運動構造的に要素化する。第三段は、「脱力中位上昇下降」。 この「中位」とは、身体の前後の正しく中位の位置で、肩を完全に垂直に高く深く上昇・下降させるやり方です。 一見、簡単に思えるが大半の人は、肩を上昇させるときに力んでしまう。できるだけ脱力させたまま肩を高く上げることは修練がいるし、これがまた脱力のいいトレーニングになる。下げるときも、同じように大胸筋や広背筋を使わずに低く低く下げていく。また、自分の円運動の欠落している部分の解消にもなる。肩を回転させるとき、低いところは肩が通しにくく、ここで円が歪になり、ショートカットしているケースが多い(なで肩なので、肩をあげようとすると結構簡単に上がるが、下に下る範囲が殆ど無い…。固まっているということなのかこれが限界なのか…。キレイな正円にならないなぁ…)。
 第四段は、「脱力中位前後」。肩を中位の高さ、上げても下げてもいない高さ=「中位」で、肩を完全に水平に大きく前後させるやり方。こうした動きは、普段やらない分、上下の動きより難しいはず。しかも徹底的に力を抜いて、ダラ〜としながら行う。拳法や空手などでは、突きのときに、肩を前後に動かしているように思うかもしれないが、多くの場合、突き動作は、体幹部を体軸回りに回転させながら、腕の屈伸運動を行っているので、肩の出し入れをしているつもりでも、じつはそれほど肩を前後に動かしているわけではなかったりする。こうしたことに気が付くのも、この「脱力中位前後」の特徴。そして、この徹底脱力の完全水平中位で肩を十分に前後に動かす能力は、武道・武術に、高ければ高いほどメリットがある。例えば肩が動く分、体幹の動きも自在に調節することができると。
 第五段は、「脱力前位上昇下降」です。今度はちょっと難しくなる。身体を横から見たときに、肩を十分に前位に持っていく。完全にその位置のまま、完全に垂直に上昇・下降を繰り返す。やってみればわかるが、高く上昇・深く下降させると、肩は中位に戻ろうとする。そのやりにくい、「前上死点(前上の角)」と「前下死点(前下の角)」にきちんと肩を持っていけるようにすること。当然力まずにやるのがポイン卜。
 次が第六段の「脱力後位上昇下降」 です。これは第五段の反対で肩を後位に持っていき、そこで上昇・下降を繰り返す。
 第七段は「脱力上位前後」肩を上位の位置にして、大きく前後に動かし、高い位置のまま完全に水平移動させる。通常は肩を前に出しても、後ろに下げても、高さが低くなりがちだが、高度をキープしたまま、力まずやる。
 第八段は「脱力下位前後」。これも第五段の反対があったように、第七段の反対。肩を一番低い状態で、その高さを正確に維持したまま、肩を完全に水平に大きく前後に動かす(この第八段だけでも、「肩こりが解消しそうだ」と実感される人も多いでしょう―とあるが低い位置に肩がいかないからそんな感じが全くしないのだが…)。
 第九段「脱力後回正円法」で、第二法の最後となる。第一段から第八段までの鍛錬を活かして、肩で正しい円=正円を描く。前から上、上から後ろ、 後ろから下ときれいに大きく正円で回せるようになると。
 肩を一番持っていきづらいポジションは、当然最大可動範囲の頂点。上の後、下の後、下の前、上の前の四つ。四角いラインの角の部分、四つの死点。円だから四死点は無視するという姿勢でいると、本格的なトレーニングにはならない。一番持っていきづらい位置まできちっとトレーニングしておくことで、はじめて大きくきれいな円が描けるようになると。
 *3
 
 
■大宮司朗霊術講座「急所を突かれても利かない技」
 水月を撃たれても効かない、水月受身術の話です。

松原秀樹100%動き切るための調整術
 シソの実エキス、植物マグマがイイよ!という話がしてあります。アレルギーなので試してみたいのですが、あんまり大々的に流通してないみたいですね。ドラッグストアとか、沢山漢方とかサプリとか色んな健康食品的なものおいてあるところでも、なかなかおいてあるお店を見かけませんからね。前も書いたかもしれませんが、興味を持って氏のHPを覗いたら取扱停止になっています。何故なのか?
 *4

*1:第一段はヨガで言う猫の背伸びのポーズでいいのかな?それですね、で第二段がコブラのポーズ。両方共犬猫がよくやる伸び動作なのでそれを連想しますね

*2:文中でも肩を脱力して行うことが何度も書かれている。毎回のことだがそれくらい脱力を忘れやすい、ゆるむことは難しいということだろう

*3:最後に、人間の関節・骨格構造を考えてみると、いわゆる単関節につながっている一本の骨がレバー状に動くと、通常は円運動しかできない。しかし、肩まわりは違う。腕の骨と体幹の骨格が関節でつながっているのは鎖骨だけで、あとは筋肉でつながっている。さらに胸鎖関節の上台となっている部分も、肋骨と胸骨。
 前述のように、肩がスクエア状の角の死点を攻めていくように動かすということは、鎖骨のクランク運動の限界を超える必要がある。 したがってこの運動は、胸鎖関節を通して、肋骨や胸骨の動きを引き出す方法でもある。―という話があるのだが、肋骨・胸骨・鎖骨が連動して自在に動かせるようになることで関節の単純な円運動を超えることが出来る、精妙な動きが生まれるということでいいのかな?

*4:一応目次載っけときます
巻頭特集 武の先にある身体の理で“直す(ただす)”! 武術印のカラダ活法 東洋医学×西洋ボディワーク
旧・武術稽古研究会対談 日本活法整体 碓井流活法
インド伝統武術カラリパヤット
秘伝オイルマッサージ ロシア古武術ステマ スティックコンディショニング
コラム 川上 仁一 忍者に伝わる自己調整術
特別企画・連載 追悼 岡本正剛師範(大東流合気柔術六方会) 武術史を変えた合気の“具現者”
村祭りの余興、競技会有りきの伝承 朝鮮古来の武芸「テッキョン
新シリーズ! 護身術と武術の型に関するもう一つの私的な見解 平直行の「グレイシー護身術」武的考察
塩田国際合気道連盟(SIAF)・塩田泰久師範、ご子息の将大氏と登場 三代にわたる合気 塩田剛三の合気を伝えていく決意
ゆる体操には“裏”の存在があった! 高岡英夫の漢語由流体操「肩肋後回法6」
湯川進太郎 心理学から解く武道と日常構造「武道と健康」
空手の聖地沖縄で存在を示す中国武術家 天行健中国武術館 宮平保の中国武術戦闘理論
平上信行 武術秘伝書夢世界
ベテラン劇画作家は古流剣術の達人!? 漫画家とみ新蔵師インタビュー「剣の理を体現し、劇画に描く!」
黒田鉄山 鉄山に訊け「無足の動き」
時代考証の表裏 平上信行が“現代”日本武道を斬る「時代劇などにおける古流柔術
注目のガチバトル! 日本甲冑VS西洋甲冑 STEEL! 第2回リーグマッチレポート 第5回撃剣大会レビュー&誠斬会・籏谷嘉辰師範に訊く 研ぎ師・刀剣商・真剣試合……日本刀剣への熱き情熱!
宮司朗 霊術講座「急所を突かれても利かない技」
安田洋介 太極遊戯「陳氏太極拳における陰陽のバランス」
日野晃 武道者徒歩記
松原秀樹 100%動き切るための調整術
増田俊也「続・七帝柔道記」

【山中慎介VSルイス・ネリ戦解説⑤】 予見できた不正を防げなかったJBCと帝拳ジム。厳格な不正防止策を講じよ

 【山中慎介VSルイス・ネリ戦解説④】 ドーピングは体重超過よりはるかに悪質な問題―の続きです。この話分割なので、④書いた時点で殆ど書き終わっていたのに、比嘉大吾の記事を書いていて更新・公開忘れていました(^ ^;)。いつの話だよ、おいィィィイー、半年前の話じゃぁねーかァァアー!(銀魂)ってくらい前ですね。実際にこれ書いたのは4月でした…。まあ公開忘れるのは、いつものことですけどね。他の記事書いたり、調べたり、疲れてやる気なくして放置してたらこのザマよってパティーンです。疲れるとやる気と体力が回復するまで放置しないと書けなくなりましたね、ほんともう歳でブログ更新する気になれなくなりましたね。
 そんなことはさておいて、ボクシング関係の話。ボクシング記事は需要ないので基本的にどうでも良いですね。誰か注目して追っかけてる選手がいるわけでもないので、尚更です。そんな需要ないはずのボクシング記事なのに、何故か比嘉大吾の一件で書いた記事が無茶苦茶伸びました。情報・続報がないので皆さんググるんでしょうが、なぜグーグル先生が拙記事をWiki、公式ツイッターに続けて3番目に持ってきているのか…、謎であります。グーグル先生が拙記事を以って比嘉支援をしているということなのか(いや、チガウ)。
 そうじゃない、そんなどうでもいい話をしたいわけじゃあない。今回書きたいのは、こちらのブログの話・紹介。それを一度拙ブログ内で一度きっちりしておきたかった。俺が出版とかマジ無理じゃね?というブログがありまして、こちらのブログ、ボクシング解説が本当に面白かったので、一回そのことを書いておきたかったんですね。今後いつボクシング関係のこと書くかわかりませんし、今のうちに書いておかないと今後ボクシングの話題は二度とか書かないかもしれないので。
 多分、ボクシングヲタとかファンだったら常識なんでしょうけどね、こちらのサイトは。それくらいボクシング解説が的確で面白い。読んでいてためになることが多かった。書き手の視点が拙視点と重なるところが多いということよりも、書き方がフェアであるというか、わかっているなぁというポイントをきちんと抑えているんですよね。ああ、そこは自分とはチガウなという見方だった時でも(勿論己のほうが正しいという意味ではなくて)、まあそういう見方・視点もあるよねと納得できるし、読み手に対する配慮がある。巷に出て来るボクオタ批判・認識のおかしさの指摘とか、本当納得。話の持って行き方がいいんですよね。
 こんな書き方でこのサイトGoodやね!いいよね!という主張が伝わるかどうかアレですが、ずっと昔にこの記事→亀田兄弟がおもしろいこと始めたぞ!! JBCに6億6000万訴訟? 北村弁護士と強力タッグで損害賠償裁判スタート。日本のジム制度にも切りこむ「亀田兄弟の今後が見えた? これが亀田の進む道。日本ボクシング界の常識をひっくり返せ」―を読んで、面白いなと思ったことがあったんですね。前園が海外クラブからオファーを受けたが、これまで誰も海外移籍をしたことがなかったからどうすればいいかわからなかった。その状況と世界のトップクラスの選手が挑戦できない今のボクシング界は非常によく似ているという話がすごく印象に残っていた。
 だから読んでいて、ああこの記事書いた人かと、すぐに思い出したんですね。その時、何件か読んでそのままでしたが、今回山中慎介戦の試合解説でググって、亀田戦とか内山高志戦の解説とか、色々読んでものすごい参考になったんで、ぜひこのサイトが面白いよ!凄いよ!と書いておきたいなと思いました。内山高志の敗戦を解説した記事をいつか分割しようと思うも放置していましたが、こちらを読んで、ああそういうことだったのかという気づきがあったので、改めて加筆したいなと思いました。内山高志への特別な思い入れというのも、個人的に重なったので、ますます記事読んでいてこちらのボクシング解説・視点に夢中になりましたね。
 亀田1が、河野戦でいつものようにディフェンシブに戦わなかった理由とか、亀田2が2階級上の相手とまともに戦った。亀田家で一番才能があったという話とか本当に面白かったですね。ということで、万一知らない方がいらっしゃったら、こんな訳わかんないボクシング解説記事を読んでないで、こちらのサイトを参考になさることをオススメします。本当、そこから20件以上、気になった選手関係の記事読みましたから。読んでいて本当面白いですよ、このサイト。*1
 そんなことはおいといて、山中慎介のルイス・ネリ戦で語りきっていなかった話をしていきたいと思います。

⬛再戦での本田会長の問題            
 初戦の本田会長の問題を指摘した次、再戦での問題を指摘したいと思います。先に書いたようにそもそも再戦すること自体がおかしい。するならするで、再戦の条件を厳密に詰めておかなかったこともおかしい。厳しいハードルをクリアしない限り再戦を認めてはいけなかった、この時点ですでにネリの違反行為は見逃されたようなもの。この時点で今回のネリの暴挙を食い止められなかったのですから、もうアウトですね。
 「引退させるつもりだった」「やるならネリとの再戦しかない」など、なんで本人の意向を飛ばして会長が発言するのか?という疑問・違和感もありましたが、とにかく再戦をすることになりました。しかし、実のところ、この時点で山中が勝つという予想を立てた識者は殆どいなかったんですね。ネリが卑怯者・反則野郎という事実をおいといても、もう山中はネリには勝てないだろうというのが前提・常識としてあったのです。
 試合を迎えた時点で35歳という山中の年齢を考えると、まず勝てない。ネリ戦の前にすでにもうピークを過ぎた兆候は幾つも出ていて、防衛記録を作ることが目的になっていた。その目的のために最後の試合をするという流れが最初のネリ戦の時点ですでにあった。勝っても負けても引退という話が囁かれていたくらいですからね。ネリがドーピングをしていなくても、本当に山中が勝てただろうか?という事を言う人も出てくるくらいですから。*2

⬛再戦で敗れた側が勝つのは難しい        
 亀田和毅や山中自身のモレノ戦。そして内山のコラレスとの再戦などを見てもわかるように、再戦・ダイレクトリマッチで勝利するというのは非常に難しい。一度負けた相手と間を開けずにまたやって勝つというのは殆どありえない。そこに山中の衰えという要素を考慮すれば、山中サイドはマイナス要素が増す一方なのに対して、ネリサイドはプラス要素しかない。一回り若いネリは調整失敗以外は、練習して新しい技術を身につけて成長するプラス要素しかないですからね。
 内山戦の解説で書いたように、これまでのスタイルとは別の特別な戦法・技術やファイトスタイルの転換が求められる。そういう特別な対策・戦術でもない限り勝つ目はない。これまでしたことがないインファイト・接近戦の練習をしたと報道されたように、そういう認識はあったのでしょうけど、正直それくらいでは全然足りない。山中は本来右利きだが、左で箸を使う・文字を書くというような両利きと言っていい要素があって、それを活かすために両利きスタイル。サイドチェンジ・スイッチをする。また縦系のパンチ、ストレートが持ち味なわけですが、それを主体にするのではなく横の動きで回りながら戦うとか、根本的にこれまでやったことのないことをするしかない。*3
 辰吉がウィラポンと闘うには最初のエンジンがかかる前、早いラウンドで勝負をつけるしかないということを言っていたように、またガッツ石松だったか誰か忘れましたが(輪島だったかな?)、数少ないダイレクトリマッチ(もしくはリマッチ)での勝利の経験があったチャンピオンが語るには、「同じように戦ったら絶対負けるから、初めの数ラウンドで全力を出し切るくらいの勢いで行かないといけない」と語っていたように、負けた側は同じようにやったら絶対に負ける。電撃戦位の感覚で、最初の4R以内で必ずKOする。後のことは知らない。後は野となれ山となれくらいの大胆な戦術が必要となる。相手の強さは前回の試合で大体わかった。相手の癖・スタイルもわかったから、次はこうやれば勝てるなんて言うのは絶対やってはいけない態度。なぜなら相手もそれを踏まえてさらなる対策を練ってくるからその対策がハマることは考えにくいからです。この誤りを犯したのがまさに山中に返り討ちにあったモレノでしょうね*4
 まあ、そういうダイレクトリマッチの鉄則をおいといても、まず衰えた山中は勝てなかったと思います。山中は勝つことが目的ではなく、再戦すること自体が目的のように映りましたから。

⬛KOされた側はそのパンチを過剰に意識して劣勢になる
 本来、あそこで負けた時点でもう終わり。しかしドーピング疑惑が持ち上がったために、そういうケチがつく敗戦は認められない。だからもう一度やらない訳にはいかない。そういう動機からの敗戦濃厚でも試合に挑んだと類推出来るのですが、一度負けた相手というのはパンチの恐怖が染み付いてしまっているので無理があるのですね。どうしたってKOされたパンチを過度に意識して戦わなくてはいけない。
 内山のように見えなかったパンチをマークして、手数・パンチの種類を制限されたり、積極的に行くべきところをどうしてもディフェンス重視で前に出れなかったり、手が出せないということになってしまう。もらったパンチをあとから映像で再検証したりして、どうしても特定のパンチをマーク・過度に意識する。そうしなくては戦いにならない。勝利した側は相手がそういう風に意識してくれるのなら、その意識を利用して他のパンチを当てればいいので、戦いを有利に運べる。そういう図式が成立するので、敗者は勝負する前から不利なんですね。それこそ一ヶ月・二ヶ月位で間が空かずに再戦できればいいのでしょうけど、一年近く間が空いて対策をしっかり練れば練るほど警戒する意識は無意識レベルにまで染み込んで却って過剰反応を引き起こしてしまうでしょう。
 本能で闘うタイプ、学習などをあまり必要としない闘争本能全開で闘うタイプならその点問題ないのですが(学習能力が低くて試合ごとに相手への対策があまり上手く出来ないという問題点は別に存在しますが)、日本のボクサーは基本、アマ上がりの優等生タイプばかり。ボクシングではなく、殺し合い感覚で挑んで相手の耳を噛み付くようなタイプは滅多にいないので、まずダイレクトリマッチは無理だと考えたほうがいいでしょう。

⬛敗北必至の戦いに挑んだ山中の意識とは?     
 やっても勝つ目は殆ど無い。ではどうしてそんな無謀なダイレクトリマッチをやるのか?それは山中自身の個人的な思い入れ。彼のボクシング人生の集大成のため。キャリアの最後を飾る引退試合・節目としてでしょう。卑怯な行為で敗れたとしても、再戦をしない訳にはいかない。自分を破ったということは強いことには違いない。最後に満足行く強い相手は誰かと言えばネリだったということですね。負けた相手にやり返したいという動機もあるでしょうし。
 ※追記、てっきりそういう意識だと思っていたら、後日見た映像で、長谷川穂積元王者がスパーリングパートナーを買って出て、スパー後のインタビューで「今回の試合の勝率は5分5分だと思う」と言うワンシーンがありました。これを見て正直違和感しかありませんでした。まあ、これから試合をするという本人に向かって、「お前、絶対負けるぞ」なんて言えるわけ無いですから、リップサービスだとしても、勝つ確率は2:8、どんなに多くても3:7。普通に考えたらどんなに多くても、山中が勝つ確率は30%というところでしょう。敢えて多めに見積もって鼓舞したというよりも、その当たり前のことを、山中も長谷川も解っていなかったのでは…?という疑問があります。今回の事件で体重超過やネリという卑怯者が注目されたわけですが、実際体重超過をしなくともネリ優位は揺るがなかったでしょう。なんでそんなことをわざわざしたのかな?と逆に疑問が生まれるくらいです。
 前回はクスリの力があった。今回はクスリがつかえない。故にパワーで押しきれない危険性がある。だから体重超過で勝ちに行ったと考えられるわけですが、前述通り反則・ドーピング込みで戦ったという過程はどうあれ一度勝っている。そのイメージがある以上、年齢を加味してもネリの絶対的な優位は覆らない。山中がネリの踏み込んでからの右ストレート・右フックに対応できるとは思えない。
 そういう前提を考慮すると、帝拳サイドが対策を怠ったこと以上に、ネリサイドがそんな馬鹿なことをしたのはなぜなのか?ということになるわけですね。日本ボクシング界で有数の帝拳ジムに喧嘩を売る暴挙もそうですし、まず普通にやっても負けないでしょう。それほど山中のポテンシャル・スーパーというかスペシャルな世界王者としての底力を警戒していたということでしょうか?まあ単純に本人と陣営がバカなんでしょうけど、そういう卑怯な行為に出させた山中というのは老いたと言えども相手を恐れさせた、死せる孔明生ける仲達を走らす的な価値があったとも言えるでしょう。逆にネリが山中というボクサーを恐れた結果、最大限敬意を払ったとも見ることが可能なんですね(一応は)。

⬛大和氏をセコンドから外すという選択で結果は既に見えていた 
 話を戻して、山中と長谷川の認識の話。事前の認識・戦略が間違っていれば困難な試合に挑んで勝てるわけがない。そんな話は今更なのでどうでもいいとして、ポイントはセコンド・トレーナーを変更したこと。これですね。前回書いたように共に歩んできたパートナー、相棒を大事な最後の試合で見捨てたこと。これが本当に疑問というか、個人的には許すことの出来ない・看過できない決断でしたね。前回述べたように、世界中の誰がやれたと言ったとしても、セコンドの大和氏がダメだという判断を下したらもうアウト。そういう信頼関係のもとでボクサーとセコンドは成り立っているはず。戦う上で自分の拳以外、誰よりもナニよりも信頼して任せる大事なパートナーであるセコンドを信頼できない時点でもう無理。そういう基本が出来ていなかったこと。セコンドとの関係を築くという当たり前のことが出来ていなかった、この時点でああ、もう絶対無理だろうな、奇跡は起こらないだろうなと思いました。最後の最後に出る力というのはこれまでの積み重ね、それを直前で否定しているわけですから何をか言わんや。何より失礼でしょう、これまで共に歩んできた裏方に対して。失敗・敗北にはすべからく理由がある。故に個人的には何の違和感もない結果でしたね。

⬛図らずとも注目すべきリボリオ・ソリス体重超過事件   
 あと長谷川さんなのですが、体重超過でネリのことを批判していたんですが、亀田大毅の時は「負けても王座なら試合をする必要はない。JBCよ正しい道に導いてくれ」ということをブログに書いていましたよね?王座維持自体について疑問を唱えるのは良いですが、ソリスの体重超過&大幅増量という反則・卑怯な行為について言及せずというのはおかしい。それならば今回のネリを卑怯だ云々いうことは出来ないはず。ソリスは良くて、どうしてネリはだめなんでしょうか?ちょっと理解できないですね…。
 図らずとも今回のネリ事件で、亀田大毅のソリスの体重超過事件に再注目せざるを得なくなったわけですが、ソリスは1kgオーバーして当日更に6kg増量して、大毅とは3.5kg差あった…。大毅は2階級上の選手と試合したわけですね、これはヒドイ…。当時、「何だつまんねー試合しやがって、だめだこりゃ、将来性ないわ」とか思ってましたが、明確な体重差・パワー差があったわけですね。そりゃそうなるわ…。大毅くん、ボロカスに言ってごめんなさい(>人<)。IBFの立会人が、負けても王座という説明をしたのは、違反相手がIBF規定の4kgの枠を守った場合は負けて王座を失う。しかし、その規定を守れないのならば当然、負けても王座は維持されるという当たり前のルール上の規定だったのでは…?6kg増で二階級近い差がある選手に負けて王座剥奪は普通に考えて可愛そすぎるでしょう。まずありえない話ですよね…。というかよく試合をしましたよね、これ。体重差で二階級上の相手とやらせる決断を下したのは誰なのでしょうか?JBCの問題、亀田ジム承認取り消し云々以外にも、試合を強行した亀田ジムサイドも今回の帝拳ジム同じく、問題ありとして責任を問われるべき失態と言えますね。<まで追記終わり>

⬛勝てない試合≒引退興行をフイにした本田会長とJBC   
 追記して脱線した話を戻して、勝てないにせよ、そういう節目として試合をするということですから、最後の花道を飾る上でしっかり準備してやらないといけない。その準備をしっかりやらなかった。怠った本田会長には疑問しかありません。ドーピングをするような相手ですから、何をするかわからない。今回は試合前の検査でチェックはシロでした。しかし、体重超過という別の卑怯な手段に出てきた。
 ボクシングでは体重を作らないで失格・王座剥奪となっても試合をするというケースが頻発している。王座・タイトルを失格で失おうとも、自身の商品価値を下げないために減量をせずに、体重を超過して闘うというケースが多発している。直近だと亀田大毅の一戦で、負けても王者のまま騒動ですかね?亀田ジムが閉鎖に追い込まれたきっかけで、話題にもなったので記憶している方は多いでしょう(↑で追記したので話の流れがおかしくなってますが、スルーしてください)。
 全く前例のない行為ではなく、そういう可能性も十分にあるだろうなという予想範囲内の反則なんですね、ネリの体重超過は。ただ今回のネリほど体重を明らかにオーバーしてきたケースは珍しかった、非常に悪質なケースだったということに違いはないのですが、問題はそこではありません。
 問題は、このような反則行為・ルール違反が事前に十分想定出来たのにもかかわらず、きちんとした対策を本田会長及びJBCがとってこなかったことにあります。JBCは亀田サイドの説明不足云々などで負けても王座ということの責任を問うていましたが(正確には事前発表との結果の食い違いですが)、それはそれとして亀田大毅VSリボリオ・ソリス戦でそういった体重超過があったのですから、今回のような問題が発生することは十分に予見できた。にもかかわらずその防止・対策に取り込んでこなかったことを我々は決して見過ごしてはならないでしょう。
 海外ではこのような体重超過は危険であり、試合を開催するなんてありえないという指摘をしていた意見がありましたが、そのとおりでしょう。こんな危険な行為を認めるなんてどうかしているとしか思えません。岩佐選手がボクシングという競技への冒涜だと憤っていましたが、そのとおりでしょう。そしてこういう冒涜を認めてはならない。試合が開催されてはならないのです。帝拳ジムJBCはネリの共犯と言っても過言ではないでしょう。

⬛運営側には不正を許す余地を残していた・放置していた責任がある
 テレビ中継があるから、山中の最後の試合だから中止するわけにはいかなかったという言い訳は成立しません。むしろテレビ中継があるからこそ体重超過でも不成立・キャンセルになることはないと見込んだ犯罪者にその状況を悪用されるだけです。アメリカではキャンセルの際に発生する損失に対して保険をかけられるようになっているといいますし、そういった対策をきちんと模索して然るべき対策を講じておくべきでした。
 日本ではそういう保険契約が成立しない可能性はもちろんあるので、相手サイドに体重超過の際に重い罰則を課す、体重超過をしたら間違いなく負けるようなハンデを課すようにするなど。いくらでも対策は考えられたはずです。
 個人的に、犯罪者につけ入るスキを多分に残したガバガバ警備体制を取って、財宝を盗まれました!と文句をつけている様に映ります。そりゃ盗んだ泥棒が一番悪いに違いはありませんが、管理者・責任者として、泥棒に盗まれて当然の体制を敷いたトップの責任は大きい。この責任を追求しなければ何度でも泥棒に入られて財産を盗まれることになる。そうやって業界全体が腐敗して消えていくことは想像するに難くない。ボクシング界全体、WBCJBC、そして本田会長の責任は極めて重い
 そもそもなんですけど、ジムごとに放映局の縛りがあるような異常な状態をJBCが放置してきたからこそ、こういう馬鹿なことになる。放映権もそれこそ入札制度のようなものにして、試合の放映権を売ってJBCに収入が入って再配分するようなシステム、業界全体が潤うような体制を整備しておかなくてはいけなかった。そういう当然なされるべき改革を放棄し続けた結果が、今回の一方的な暴力に近い行為≒リンチに近い山中のKO負けという悲惨な事態があるのですから、JBCの機能不全は徹底的に叩かれるべきでしょう。
 放映権をその都度販売する形にすれば、たとえ今回のようなビッグマッチでキャンセルが発生しても、次のビッグマッチで優先的に放映を割り当てるということで補填できるのですからね。いずれにせよJBCの改革の放棄・組織の機能不全が一選手、レジェンド選手のリング禍を招きかねない失態を招いたことを我々はよく覚えておく必要があるでしょう。
 相撲協会が馬鹿みたいに叩かれていますが、JBCの機能不全というのは、ある意味相撲協会よりもひどいんです。内輪の元選手・関係者だけで閉鎖的に運営される組織というものは、ビジョンを持ち経営能力を持つ優秀なトップでも出て来ない限り、正常なものになることはない。優れた改革がなされて業界が健全に保たれることは考えにくい。こういう形態の組織は極めて不健全なものになりやすい。相撲協会JBCもいい加減外部から優秀な人材を連れて来るでもしないともうダメなんですよ

⬛商品価値を高めるためにボクサーは不正を厭わない    
 で、体重超過対策なんですが、リンクにあるようにボクシング界では団体・階級が乱立して、世界王者・チャンピオンというタイトルの価値が低くなった。静岡県で鈴木さんと呼びかけたら、3人に1人が振り返るように、ベガスでハイ!チャンピオン!ハイ、シリ!オッケーグーグル!で呼びかければ何十人(下手したら元王者込みで百人位)も振り返るように、タイトル一つだけでは何ら意味がなくなったわけです。
 なのでボクサーとしての商品価値を高めるために、団体統一チャンピオンや三階級制覇など、少しでも自分の価値を高めようとするわけです。複数階級制覇した王者も統一チャンピオンも今や珍しくない時代。当然それでも突出した価値にはならない。
 現在一番商品価値を高めるのに有力な方法は、KO勝利率を極めて高くしておくこと&無敗をキープすること。そういうレコードを維持しながら、人気選手・商品価値の高い選手と戦って勝つことですね。デビュー戦がメイウェザーというマクレガーのようなことは起こりえないので、ビッグマッチが組めるようになるまで高KO率&無敗は重要なファクターになるわけですね(例外としてオリンピックメダリストというのもありますが、まあ今回は関係ないので置いときます)。
 というわけで、殆どのボクサーは自身の商品価値を高めるためにというより、商品価値を失わないように体重超過で試合に挑むことをためらわないわけですね。プロモーターやテレビ制作者が体重超過の試合は参考にしない、そういうボクサーの試合を組みたがらないという暗黙の了解・ルールを作らない限りはこの傾向は消えないでしょう。
 リンク*5にあるように、当然想定されるのは罰金の高額化・出場停止の長期間化の2つでしょう。それでも世界戦だったり、注目されるビッグマッチ以外はその傾向が進むことはなく、世界戦よりも前の段階で体重超過の不正状況が減ることは考えづらいでしょうね。

⬛体重超過・違反者に有利にならない措置を採るべき    
 で、またそもそも論なんですけど、体重超過クソ野郎と試合をするのならば、今回の再戦のような58kg契約にしてはダメなんですよ。山中が以後の体重管理・食事などは自由でOKにさせておく一方、ネリについては以後医者の指導の元、必要最小限の水分・食事以外は許さない。山中が58kgなら、ネリは54kg前後のフラフラ状態で試合をさせなければ意味がない。何度でもいいますが、なんで体重を作ってこなかった方が損をするのか、契約を守れないどころか意図的に契約破りをするようなクズが得をするようなバカなシステムを採用しているのか理解できません。
 健康状態に問題がでてきてしまう。それこそ山中が半病人のような状態の選手を一方的に殴りつける行為を好まない。後味の悪い思いをしたくないというのもあるでしょう。また、それこそ防衛記録など何らかのレコード記録更新がかかっていた試合だったら、後日必ずケチが付きますからね。記録更新は偉大だけど、相手がリミットオーバーでボーナスゲームのような状態だった試合で新記録達成して果たしてどれくらい価値があるのか?と言われてしまいますからね…。それこそ亀田の防衛記録のように弱いやつとばっかりやって、防衛回数伸ばしても…ということになってしまいますから。そういうことを言われたくない以上、相手の実力を必要以上に制限するようなハンデキャップマッチは被害者側も嫌がるという性質もある。自分のパンチで相手に怪我や障害を与えかねないという競技の性質を考えると尚更ですね。
 グローブを大きくするなどの対策もありますが、そこまで意味を持つか疑問ですので、リストやアンクルに重りを付けて動きを制限するというのも考えられるでしょうか?まあ、実際やってみてもらわないとどれくらい有効かわかりません。一番いいのは被害者側がヘッドギアやボディへの防具・プロテクター着用でしょうか?相手の能力を削ぐのに効果的な方法があまり見当たらないですからね。それこそ逆ドーピングで運動能力を落とすクスリを服用させるというのも倫理的にも健康的にも問題でしょうから。
 今回バンタム級でリミットオーバーを犯したので、バンタム級以下では以後戦えないというルールが最も好ましいでしょうね。一度でもリミットを作れなければ、以後その階級での試合禁止となれば罰則としてかなり効果的になるかと思います。ウェイトを作ってこれないということはそもそもその階級でやれる身体ではないということですからね。*6

⬛ボクシングを体重増やし・戻しゲームにするな
 昔書いたんですけど、そもそも体重制がフェアといえるものなのかどうか疑問が残る。身長はまだいいとして、リーチがものを言う競技で、なんでリーチ差は許されるのか?明らかに体格の違う選手が試合することがたまに見られるが、それはいいのか?そういう疑問が必ず出てくる。
 身長もリーチも調整しようがないから、体重で階級を分けることが一番簡易。やりやすいしわかりやすいということでそれはそれでいいかと思います。しかし、計量後の明らかに度を超えた増量は問題がある。我々はネリの体重超過で忘れていることがあるのですが、山中の試合当日の体重は59.2kgで、ネリが60.1kg。その差が900gしかなかった云々という見当はずれの指摘もありましたが*7、ポイントはそこではなく、この二人の試合直前の体重は4階級上のライト級に相当します。「じゃあさ、二人共ライト級でやれよ」という話になるでしょう、普通は。
 もちろん、ライト級のリミットではないのでスーパーフェザーが適正になるのでしょうが。計量後に8kg近く増量して試合に挑むというのはやはり違和感がある。ひどい場合には10kg近く増量してくる、別人になって出てくるという話もあるくらいです。テレビで亀田和毅が「あれ、誰こいつ?お兄さんかお父さんが間違って出てきたのかな?」と冗談を言ってましたが、一回りどころか二回り大きくなって別人のようなボクサーの絵が紹介されていたので上の階級に行けば、それこそ15kg再増量して試合をする選手もザラにいるのでしょう。*8
 こういった前日計量をパスしさえすれば、あとはやりたい放題という状況はやはりおかしいでしょう。ボクシングの勝負・技量勝負というより、体重増やしゲーム・内臓頑丈勝負になってしまっている。ある程度そういう要素が入ってくるのは競技の性質上仕方ないにせよ、これでは体重増やし大食いゲーム大会要素が強すぎる。IBFが再増量は4kgまで、つまり二階級上までというルールを採用していますが、これを見ると4団体の中で一番フェアだと言えるでしょう。しかしこれでは十分とは言えない。ボクシングの現状を考えて過度の減量&再増量は禁止すべき、統一ルールを作るべきですね。別に下限がいくらでもいいと思うんですが、4kg以上の減量が禁止というリミットが出来れば、今回のような騒動はそもそも起こりえないわけですからね。ボクシングは減量・再増量のリミットを設けよ、これが結論ですね。健康面の問題も考慮して、一体どのくらいの数字が適正なのか、試行錯誤して基準を設けてルール化すべきでしょう。

 関係する話のリンクを下に貼っときます。デイリーの記事にあるように、帝拳ジムが再戦ビジネスの利権に目がくらんだと言われてもしょうがない失態ですよね、今回の事件は。
 どうでもいいことですが、リンクにも貼ったこの記事のサムネ。

       f:id:drkinokoru:20180921210856p:plain

この山中の手を掲げているネリがポプテピのこの絵のポプ子と被ってしょうがない(笑)。「私のために、争わないで~」と言ってるように見えてしまう(笑)。そんなどうでもいいことを最後に書いて、この話おしまいです。

*1:ただコメント欄がないんですよね、ここのサイト。亀田和毅が身長157センチという?なものがあったので、コメントで教えてあげたいと思ったんですけど、出来ませんでした。167センチをタイプミスしたのか?175センチと思いこんでいたのを逆に書いてしまったのか?どうなんでしょうか。Wikiだと亀田和毅は170センチでしたね、もっとあると思っていたらそんなサイズだったんですね、3男は。

*2:ドーピングなし=パワーダウンしていた時点でどのくらいの差が生まれるのかわかりませんが、試合を決定づけたネリの左にスイッチしての右ストレート・右フックの対処が出来たとは思えませんからね、事前にその対策を十分にしていないかぎりまず対処不可能だと思いますからね

*3:個人的にストレート=縦系のパンチ、フック=横系のパンチという分類をしています

*4:また逆に勝つために、ダイレクトリマッチのセオリー通りに、より積極的に打って出ていって、その分返り討ちにあったと考えることも出来ますね

*5:山中×ネリ戦の教訓。ふざけた体重超過ボクサーを、どう懲らしめるか

*6:ーということを考えていたら、【比嘉大吾体重超過事件】 無期限資格停止処分だと!ふざけるなJBC…ってあれ?JBCがまともだと…!? で書いたように、JBCは強制転級措置を設けましたね。ひとまずこれで落ち着くと思いますが、海外選手はどうなるかと言われると…。まあ世界中のコミッションに働きかけて似たようなルールを採用してもらうしかないでしょうね

*7:一旦体重を落としきった選手とそうでない選手ではコンディションがまるで異なる。長谷川も言ってましたが、当日の体重差が900gしかなかったので両者のコンディションにそこまで違いはないという見当違いな記事があったんですね。→さらば山中慎介、「夢以上」のキャリアと日本ボクシング界に残したテーマ 。パワーではなく見えなかったから聞いたという主張から山中の過度な神格化は危険だという指摘があります。それも一理あるのですが、試合前に既に山中は平常心ではなかった。技術以前の体格差≒コンディションの違いによるパワー差を過度に恐れていたように見えました。事実最初の立ち上がりで一発もらったことで怖気づいたように見え、対照的にネリは山中のパンチにパワーを感じないことでイケると余裕を持って詰めに行ったように見えましたからね。「見えなかった」理由は視力の衰えなんかあったとしても間違いなくパワー差による相手のパンチを警戒した上で、カバーしきれない種類や角度のパンチを貰ったということでしょうから

*8:昔、はじめの一歩で鷹村が初世界戦でヘビー級からジュニアミドル級まで6階級落とすというストーリーで感動したものですが、現今ボクシング事情を知るとむしろ超卑怯者に映りますね…。20kg以上試合後に増やして、どう少なく見積もっても10kg近い体重差で自分より小さい人間を一方的にフルボッコにしたということですからね…。近い将来、あれ?鷹村って超卑怯者じゃね?とネタにされるでしょうねぇ…(もうなってるかもしれませんが)。

続、大谷翔平のポスティング移籍の話

長くなったので分割しました、前回*1の続きです。分割したら全体としての話がよくわからなくなるのでは…。というかそもそもこんなクソ長いの読む人いるのでしょうか(笑)。もうタイトルも適当です。まあ興味のある箇所でも拾い読みで来る人がいれば拾い読みしていただければ。しかし書いているうちに色々思い出したり、思いついたりで倍くらいに文量が増えましたね。それくらい大谷関係で話したいことがあったんですなぁ。

※補論、大谷のメジャーでの活躍はNPBに適応しなかったが故  
 忘れていたので追記をしますが、今大谷はメジャーでそこそこ活躍をしています。一流と言える数字ではないものの渡米一年目としては十分。文句のつけようがない数字であることは言うまでもありません。どうして大谷がここまでメジャーに「適応」*2して活躍できているのか?それは当然、大谷の身体能力、適応・対処能力が優れているということもありますが、そもそも彼はNPB流・NPBで最大限数字を残すためのNPBモードと言える身体作りやフォームづくりをしなかったから。
  日本のプロで求められる能力とメジャーで求められる能力、また技術は前提が違う故に異なる。NPB出身の選手がMLBで活躍するためにはそのモデルチェンジが必要不可欠であるという話をリンク先で昔しましたが、NPBでのキャリアが異常に浅いがゆえに彼はそのモデルチェンジがそもそも必要ないんですね。ダルでさえ一年目の「適応」・修正に散々苦しんだことを見てわかるように、NPBでの技術を磨けば磨くほど、その環境に順応すればするほど、モデルチェンジは大変になる。大谷が今活躍できているとすれば、それはNPBで実績を残さずにいち早く渡米したという背景が一因としてあると言えるでしょう。となれば、言わずもがなで誰も彼もがいち早くメジャーに行きたいとなって、NPBの構造が壊れてしまう危険性が高まるわけですね。故に今回の大谷ケースは「ズル」に値すると言えるわけです。
 また、最終シーズンでろくに働かなかったのにポスティングという事態で考えられることは今シーズンろくに働けない見通しが立っていたという線ですよね。どうせ今年もろくにプレーできない。だったら居ても居なくてもおんなじだから、その分いち早く向こうで準備・適応のために権利を認めた。そういう筋書きだったらやはりまだ納得する余地はあったものの、今回の大谷の活躍でその線もなくなった。故に大谷の活躍・プレーを見て非常に複雑な気持ちを抱くことになるわけですね。

大谷の無知・ワガママは周囲に良き助言者がいなければ当然   
 彼がNPB・日本野球の長い歴史・背景を知らない現代っ子ということなんでしょうね、こういう価値観・行動をするのは。だからといって、個人的に「大谷!てめえ!何考えてんだバカ野郎!!」と言う気になれないのは、大谷翔平の年齢・高卒6年目の24~25歳なら、まあそういうものだろうなと思うからです。
 野球漬けの人間が高い知識・教養、深い知見を持ち、プロ野球の歴史に精通していることなんてまずない。野球選手としてだけでなく人間としても素晴らしい!なんてことあるはずもない。他人から言われたことをそのまま鵜呑みにしてしまうだろうなと思うからです。まず、本人の何が何でも「メジャーに行きたい!」という思いがあって、それに寄り添う人間の佞言。「こうやれば最もリスクが少なくメジャーへ行けるよ」という甘い囁きにコロッと参ってしまうのは自明の理だと思いますから。*3
 せめてもう一年残留すべきだった。また一年残留するつもりだったが、ファイターズ・球団から要らないと言われた云々の経緯が欲しかった。ファイターズサイドも何の説明もなく5年経ったからポスティングという態度は非常に疑問に思えます。そして5年でポスティングという蛮行に何の問題視もしなかった、新たな年数・実績条件付をしようとしないNPBは大問題だと考えます。
 大谷が一昔前のポスティング制度のように100億円近い値がついて、球団に資金がはいるとでも言うのならばまだ選手を育てて撃ってその資金で更にいい選手を調達する。より安定して強いチームを作り続ける・戦力を維持するという経営なのでわかりますが、今はもう20億円が天井でそこまで旨みがない。ファイターズがやっているのは悪く言えば、メジャーのための育成の肩代わり・下請けと言ってもいい。そんなメジャーの下部機構のようなことを許容していいのか?NPBは野球リーグとしてのプライドはないのか?

追記2、ファイターズの戦略について             
 ファイターズにとって大谷の育成は損、メリットがない。大谷が所属したことで広告・PR、球団のブランド価値の向上という要素があれど、それを補って余りある対価が得られたとは到底考えられない。しかし、当然そこにはファイターズにメリットがあったと考えるべきでしょう。彼らには大谷放出に見合った長期的視点・戦略があったように思えます。
 まず、大谷育成によるレジェンド戦略。大谷というプレーヤーが今後メジャーで大活躍してイチロー並みのレジェンドになる可能性は十分にある。投手としてルーズショルダーで選手寿命が10年ほどなのではないかという話もありますが、投手として100勝ほどしてから打者に専念したとしても、両方の成績で二刀流のパイオニアとして素晴らしい数字を残すと考えられます。そうなるとつい最近までのON=王・長嶋と言った球界のカリスマのような存在、次世代のカリスマとなる可能性が高いわけですね。イチローやダル・田中に次いで、将来元レジェンド・スーパースターとして球界のカリスマとなって君臨することは想像するに難くない。そういうカリスマをバックに球界での発言権を増やす。大谷がGMや監督となった時、大谷さんの下で野球がやりたいという有望選手を指名・FAでの獲得などもありえるでしょう。そのようなレジェンド・カリスマ戦略が一つ。
 次に、メジャーの下請けから始まって、この業務を着実にこなすことで米でもファイターズブランドを確立するという戦略(現にレンジャーズやパドレスと業務提携してますからね)。ダルに引き続いて大谷を送り出した、次は清宮になるのかどうかわかりませんが、今後もメジャーへドンドンスーパースターを送り出すことで、日本ハムファイターズ知名度を米でも確立する。あちらでの影響力を増すことで色んなビジネス展開があるでしょう。それはまあどうなるか未知数な点が大きいので置いといて、ポイントはマイナー非経由選手の育成。
 向こうのドラフト一位のような有望選手、特に二刀流志望の選手を獲得して育成するという戦略が考えられます。過酷なマイナーよりも5年くらい日本でゆったりやって下地を作って、それからメジャーに逆輸入というルートを選ぶ人間が出てきてもちっともおかしくない。全米ドラ一候補をファイターズの手で作ったり、スーパースター候補を育成して将来の彼らのビジネス・マネジメントに食い込むという戦略。日本のファン・日本ビジネス開拓だったり、より安定した環境・コーチングなどの下育成を受けたい、野球がしてみたいと考える米・中南米の選手が出てきて来日しても全然おかしくない。二刀流志望者ならノウハウがあるファイターズで学んでみたいと思うでしょうからね。おそらくファイターズにはそういう戦略があるのだと思えます。
 そう言えば昔、イチローの影響からか日本の安定した環境を選んで来日したマイナー選手がいましたね(マイナー行く前に先に日本に来て何年か二軍に居たんだったかどうだったか?)。その後どうなったか忘れましたが、大して話題になっていないところからすると余り成功しなかったのでしょう。それはオリックスという環境だったことと、日本のコーチング環境・コーチ陣の質は当たり外れが大きいこと。またメジャー環境と日本の環境は異なり、その違いを念頭に育成・指導ができる優秀なコーチが現在のNPBにおいてさえ殆どいないこと。当たり前ですがNPBで数字を残すためのコーチングが仕事なわけで、MLBで活躍するための技術を考える・教える必要性がそもそもないですからね。ファイターズはその場合、NPBで通用する選手よりも、MLBで通用する・MLB技術をも同時に教えなくてはならないので、より優れた指導技術を持ったコーチにその理解のあるフロント人材。指導論・指導ノウハウが必要になってくることになります。
 投手に限って言うと、日本のボールが小さい・操りやすいという点から、実戦積ませるだけでほっとけば経験値が溜まって成長することが可能という背景があります(本人の資質に左右されますが)。また、日本人投手が優秀なためにアメリカを経験した元メジャー経験投手コーチも珍しくない故に彼らから有益なアドバイスをいくらでも受けられるでしょう。しかし対照的に打者はそうではない。優秀な元メジャー経験打者で指導力も備えているとなると、青木だったりW松井くらいだったり自ずと限られてしまう。イチローが帰ってこなければ尚更ですね。まあ松井もヤンキース重視で帰ってくる可能性が殆ど無いようですが。その点をどうするかでしょうね。ものすごい先の話になりますが、そういう時大谷・清宮がファイターズの財産になることは想像するに難くありませんね。ファイターズはメジャーを利用して、阪神や巨人と言った球団をカリスマ・選手指導実績で乗り越えて「球界の盟主」になろうと考えているかもしれませんね(ちょっと球界の盟主というのは違うかな?)。
 またまた思い出しましたが、そう言えばレンジャーズ以前にパドレスと太いパイプを築いていて、てっきり大谷はパドレスに行くものだと思いこんでいましたが、エンゼルスに落ち着いたんですよね、大谷は*4パドレス日本ハムを通じて囲い込んでいたと言えたのに、エンゼルスを選んだ。それは年俸・金額の理由がない以上、条件面での優遇以外ありえない。パドレスの出した条件以上の二刀流起用、投手としても打者としても大谷に配慮するという条件を提案したはずです。くわしいことはわかりませんが、成長段階・過渡期にある大谷に最大限配慮した内容になっていることは間違いないでしょう。一選手のわがままをそこまで聞き入れるとなると相当負担になりそうなものですがエンゼルスはそんな条件をよく呑んだものだと思います。ほぼパドレスで決まっていたようなものをひっくり返すほどの条項・契約内容とは一体どんなものだったのでしょうか?いずれ明らかになるんでしょうけど、気になりますね。パドレスエンゼルスでどれだけ開きがあったのか。

禁断の扉を開いた大谷とファイターズ             
 今後は大谷ケースが続発する。5年でポスティングを認めてほしいという選手が我も我もと出るでしょう。その時に一体どうするのか?ポスティング制度自体がなくなるという話がありますが、そうならずに今後も存続し続けるということで決着した場合、どうするのか?表面上の数字では大谷と遜色ない数字を残す選手は今後も沢山出てくるでしょうからね。ファイターズは5年なのに、なぜうちは7年なのか?それどころかうちはポスティング自体認めていないなんてそんな事おかしい!フェアじゃない!ということに必ずなってきますし。ドラフト上位の有望選手は事前にその条件詰めがなされることになるでしょう。巨人のような球団はそれが故に特定選手から事前に指名を断られるケースもでてくるでしょう。
 また、よくあるケースですが、プロ入りで急成長した場合どうするのか?大谷のような前評判のない高卒選手が大谷並の実績を残した時、成長してメジャーでもやれる選手になったからポスティングさせてと言い出すこともあるでしょう。「どうして大谷は5年で俺はダメなんだ!」ということになってくることもあるでしょう。その時どうするのか?大谷の場合は入団前にそういう交渉をしたから認めた、君は違うからダメということが通るでしょうか?正直、糸井のほうが二刀流の制限がない分ファイターズに貢献をしていた。その糸井はゴネたことで追放され、大谷はポスティングというのはおかしくはないでしょうか?
 大谷は投手、そして安打や本塁打で評価された選手なわけですが、走塁で突出した場合はどうするのでしょうか?年間盗塁で80・90といった異次元の数字を叩き出す選手がいて(Rヘンダーソンの130盗塁が年間最高っぽいので140くらいにしときましょうか)、安打はNPBでも普通レベルだが、嫌らしい小技がうまくて粘って四球を稼ぐのが上手い。打率260~270の微妙な選手だが、選球眼で出塁率4割以上をマークする。守備がうまくてどこでも守れるユーティリティで守備・走塁で間違いなくメジャーでもトップクラスという場合どうするのか?160キロ投げてないから160メートル特大弾のパワーを持ってないからダメという理屈が通るでしょうか?大谷のようなスーパースター以外に、野球では1点を取り、守るためのプレーヤーが非常に重要であり、重視される。長打はなくとも出塁率が高く、ほぼ間違いなく二塁を陥れる選手がいればそれは超重要な選手。世間が球速だHRだという派手な数字に幻惑されやすい傾向がある中、ちゃんとその重要性を理解してそういう場合も、大谷並に特別扱いするのか?
 また、ゴネた糸井で思い出しましたが、大谷の年俸が安すぎるのではないか?という話がありました。正直、通年の数字を見ればそんなに大したことではないので給料として適正、むしろ高いと思いました。大谷というキャラクターがもたらす付加価値・集客&グッズおよび宣伝効果など考慮するともっともらってもという声が上がるのは当然かもしれません。しかし大谷は一切文句をつけなかった。それが5年でメジャーという契約があったからだとするとどうでしょうか?メジャーに最短で行かせてくれるのならば給料は安くていいor最短で行かせてあげるから安年俸で働いてねという取り決めがあったとしたら?これもまた調査・解明されるべきことではないでしょうか?
 
NPBはポスティング制度を明確にルール化せよ         
 とにかく、1選手と1球団で恣意的に決めていいことではないはず。特定球団で自由にしていい、裁量があっていい事項ではない。ポスティングについてはNPBが実績基準を作り、それらに応じて個々のケースで判断するとか、それをクリアしたら選手は球団にポスティングを無条件に要求できるなどといった制度にすべき。球団ごとに裁量権をもたせるとするならば、事前に球団のポスティングに至る条件を明瞭にさせる。また特別な選手、それこそ大谷のような存在が出てきたらNPBが預かる。NPB預かりとして球団の意志にかかわらずメジャーへ行かせることを可能にする制度の導入、特例として対処することも考えるべき。またドラフトではなく、育成環境・方針の話し合いで特権的に所属球団をNPB立ち会いのもと委ねるという方式だって採用してもいいでしょう。なんでもいいですが、とにかくもっとNPBが介在することでルール化・公平性を保つやり方にすることは可能なはずです。
 ダルや田中が巨人・阪神だったら球団がポスティング行使を容認せず、球団と選手が衝突するという事態も起こるわけですから*5。そう言うケースが有りうる以上、本来NPBMLBというステップでいいと考える選手でさえ、そういう球団に指名されたためやはりMLB一本でという誰も得しないケースだって生まれてしまう。また大谷は指名拒否で強行指名でファイターズ説得できたからいいものの、失敗したらどうするのか?第二第三の大谷ケースが発生しないわけではないのに、というか今後も発生する確率は高いのに無為無策でありすぎる。
 
問題・責任の所在はNPBにある。見解をきっちり示せ      
 たまに勘違いする人がいるので*6あえてわざわざ書いておきますが、別に大谷が卑怯者のクズ野郎だという主張がしたいわけではありません。あくまで現今制度と慣習を考えると大谷のやったことはルール違反になるはず。そのルールや制度自体に疑問や違和感があるにせよ、それならばそのルール違反を許すことはおかしいし、疑問の声が上がらなければならない。ところが大谷ケースはNPBにとって重要な判例になるはずなのに何もしないし、今後のためのルール作りもしない。大谷という選手任せ、ファイターズという球団任せ、その都度その都度の場当たり対応、なんだこれは?こんな馬鹿なことやっていていいのか?ということなのです。一機構としてこんな場当たり的な対応が許されるのか?何がセーフで何がアウトなのか?どこまでが許されてどこまでが許されないのか?全くわからない。大谷が5年で渡米した。第二の2nd大谷が大卒・社会人で出てきて今度は大谷並の実績をフルシーズン出場を達成して3年で残したら3年でのポスティングすら許容範囲なのか?
 もうNPBがキッチリルールを作って統一的なルールを設けなくてはいけない。そういう時代になった。いい加減NPBがなんとかするべき。アマチュアとの二元機構状態を解消して、統一的な野球機構を形成して、アマチュア選手の保護・強化育成を考えるべきだし、海外市場を見据えたマーケティング。韓国・中国・台湾・オーストラリア…などを視野に入れて海外選手枠の受け入れ拡大や、球団の増加、移籍活性化のためのレンタル移籍制度などなどやるべきことはいくらでもある山積み状態なのに何ら改革を行おうとしない現状は見ていてクレイジーとしか言いようがない。停滞・衰退する腐朽組織の様相を呈している。せめてポスティングのことくらいちゃんとやりましょうとなぜならないのか不思議でしょうがない。
 
NPBは何もしない。死んでいるのと同じ。いち早く再生せよ   
 そもそもNPBという機構が決定権を持つコミッショナーの下で、一元的にプロ興行を発展させていこうという当たり前の経営が実現できないようになっている。規則はあっても実際は実現不可能なように手足を縛られ、経営が事実上死んだようになっている。この異常事態をいい加減なんとかしようとメディアが指摘しないのは異常でしょう。*7
 今の状況だと、その都度の選手や球団の対応というケースバイケースで行き当たりばったりになる。というかもうなっている。そんなことでいいわけがない。ガバナンスなき組織機構がどうなるか?待っているのは衰退と破滅、ただでさえ野球人口・日本の人口が減ってシュリンクしているのにどうするのか?座して死ぬのを待つのか?日本野球機構。変化・改革をせよ。心あるものは動け、魂あるならば感じ取れ。そんな訳のわからない警鐘の一文を最後に書いて今回はおしまい。

追記3、田澤ルールについて
 分割したのでちょっと文量バランスがおかしくなったのでおまけでこんな話を。田澤がマイナー落ちして、NPB復帰も選択肢の一つではないかという話が持ち上がった時、こんな記事(今こそ田澤ルールを見直すべきではないか?(菊地慶剛) )が出てきました。ツイッターなどで反応を見てもそれに賛同する意見ばかりでした。こういった主張・流れも個人的に疑問に思うところです。まだNPBは改革の端緒もつけていない。スタート地点にすら立っていない。改革が完成してもはや規制も必要なくなった。そういった時点で初めて、体制に逆らったいわば「咎人」への「恩赦」も実行すべきでは?という話になってくるはず。時代も変わったのだし、もういいでしょう、そろそろ許してあげましょうという話になるはず(ですからなによりもまず先に、NPBガバナンス改革を訴えないといけないですね)。
 ルール破りについての感覚がおかしいのではないでしょうか?あえて罪人みたいな書き方をしていますが、そういう思いがあるからそうしろというのではなく、球界のためのルール・規制なわけですよね。だったら、そのルールを破った以上、罰則を受けるのは当然でしょう。
 形式論理上というか、球界の構造・ルールを考えた場合、そういう罰則が下って当然。むしろ個人的に2年というのは短いし、罰則として非常に弱い。MLB行きの抑止力としては非常に弱いと感じます。本来の保護規制としての意味合いを考えるならば、黒い霧のように球界追放&プロアマ日本野球全体からの追放というのが筋ではないでしょうか?そうでなければ抑止力として成立しない。罰則が弱すぎるなら何のためのルール・規制なのかイマイチわからないでしょう、何なんでしょうかこの中途半端なルールは。
 無論、前述通り、このような歪な状態を許していいわけではなく、ルール破りには厳しい処置を設ける一方、改革を進めて実力あるものなら誰でも一早く行かせて大丈夫な球界になるようにすべきだし、海外FAの短縮・平等化ということも進めるべきなのでしょうが。本来すべき改革が全く進まない以上=片手落ちである以上、こういう中途半端な規制になるのも致し方ないということでしょうか…。
 そりゃ選手一個人のことを考えれば、田澤選手がNPB復帰したいというのであれば認めてあげたいとは思いますが、では今後田澤選手のようにポンポン有望な選手があちらに行ってしまったらどうするのでしょうね?その事をちゃんと考えて、NPBの空洞化問題を本当に踏まえて田澤ルール撤廃を主張しているのでしょうか?撤廃論者の人たちは?
 あと、田澤ルールは田澤選手のあとに出来たので、本人には適用されない云々という話もあって、色々面白そうなところなのですが、結局はNPBの裁量次第ということになりそうです。仮にOKを出したとしてもあえて火中の栗を拾うように獲得に手を挙げる球団があるかと言われるとどうでしょうか?個人的見解ですが、田澤選手自体は多分、ルールを破って渡米した以上、覚悟を決めていると思いますけどね。どうであれNPBを蹴って渡米した・MLBの道を選んだからには、ここで骨を埋める。そういう覚悟を持ってやっていると思うので、本人の意志表示もないうちに撤廃云々という話をしても迷惑になるだけではないでしょうか?
 中には変なのが、「あれだけワガママ言っておいて悪くなったら日本に帰りたいだとふざけるな!!」なんて言って因縁つけるでしょうからね。アマ関係はわかりませんが、大学・社会人の関係者に迷惑がかかったでしょうし(ググったら高校→社会人なんで大学はないですね)、それこそ星野仙一のような大物が「わしが関係者に話しつけてやるから帰ってこい!わしが全部面倒見てやるから気にするな!」とでも言ってプロ・アマ各関係者全方位に話をつけでもしないとNPB復帰は無理ではないかと思いますね。
アイキャッチ用画像

*1:

*2:「適応」という重大な概念については過去に解説したのでこちらを参照下さい―メジャー移籍する選手の「通用」する・しないは、「活躍」の間違い 

*3:大谷が良い人に恵まれていないんだろうなと思わせる要素はいくつかあって、こういうメジャー移籍の決断を止める人が居なかったこと。そしてメジャーで一時故障離脱した時、個人として専属トレーナーを雇っていなかったということ。
 あれ程の選手であればお金に困ることはないはず。あっても将来の投資として絶対自身の体のケアのために専属トレーナー・コンディション維持のための身体調整の専門家を雇うべき。無論、天才・達人的な専門家が急遽専属として渡米してついてきてくれるということは考えづらい。しからば5年契約くらいで色々な専門家を複数人雇うことで専属チーム、チーム大谷を形成する。チーム大谷で情報を共有して、交渉連絡役が国内のコーチ・トレーナーと連絡を取り、必要に応じて来てもらったりオフに日本で調整をしたりする。そういった高度なバックアップ体制・専門家集団を形成するはず。単身渡米は必ず失敗する。優れたバックアッパーの存在が成功には欠かせない。身体ができあがってなく、未知の二刀流で故障リスクが大きい彼ならば尚更。野球に専念するために通訳・調理師・メディア対応などをこなす存在が彼には不可欠。そのためにチーム大谷を形成するのが当然だと思っていたので、専属トレーナーすら居ないというのは非常に驚きましたね。今後も大谷はちょいちょい故障する、予想外の事態に躓くことが考えられますね、こういう事前対応の準備ができてないことを考えると。

*4:大谷とパドレスを繋ぐラインは非常に豊富で、まずパドレスだと思われていました。以下その材料です。ググれば簡単に探せる話ですが、一応。大谷を追っていたドジャーススカウトが買収云々騒動でパドレス入りしていた。旧ドジャースでアジア担当を務めていたエーシー興梠氏とスカウト部長のローガン・ホワイト氏、この二人が大谷を追っていた。旧ドジャース元オーナーもフロントに入ってドジャース日本人コネ野茂・斉藤・石井をパドレスに繋いだ。そして野茂と斉藤は実際にパドレスのフロント入り(野茂の長男は日ハムの通訳)。パドレスSAランディ・スミスが日ハムのスカウトディレクターを兼業。パドレスのグリーン監督は元日本ハム選手。地元放送局解説者が元日本ハムのスウィーニー。元日本ハム中嶋聡や金子打撃コーチがパドレスにコーチ留学。コンディショニングコーチ中垣征一郎もパドレスに移籍。移籍を想定して、パドレスは6人ローテやベタンコートという選手に二刀流をやらせる。言うまでもなくアメリカでのキャンプ地がパドレスだったことなどなど。

*5:ダルや田中クラスの選手を巨人・阪神で育てられるはずないだろ!というのはまた別次元の話、可能性の話ですからツッコまないように

*6:というか、そういう文章を読めないバカに限って、いちいち書かなくてもいいクソコメをつけてくるので、毎回わざわざこういうことを書いておかないといけないのですが(怒)

*7:このような状態、NPBが頭としての経営機能が死んでオーナー集団の寄り合い・友愛団体、仲良しクラブのような存在になっているのはプロ野球がつい最近までビジネスとして殆成立しなかったからという背景があります。パ・リーグの試合は観客より選手・関係者のほうが多かったという時代がつい最近までありました。高校・大学野球こそ野球でプロが二次・三次の存在であった時代ですらあったといいますし、巨人を中心とした試合しか興行として成り立っていなかった歪な時代が長かったのですね。ところが今は新規参入の球団を中心にビジネスとして成立する横並びの時代が来ました。巨人と阪神、そしてせいぜい中日くらいの時代から、今や人気ご当地球団は多数。巨人抜きにプロ野球は成り立たないという時代から確実に変化するようになったんですね。その先に考えられるのは、さらなる球団拡大・新規参入による黒字ご当地球団が誕生することで既存システム維持派と変革派の図式・パワーバランスが変わる。巨人や阪神といった守旧勢力は発言権を失い一人気球団としてしか存在し得なくなる。究極的には不健全な報道関係会社の追放ということすらありえる。それによってNPBの健全化が図られることになるので、球団拡大・新規参入というのは非常に重要なポイントなんですね。NPBの将来・滅亡と繁栄をわけかねない一大分岐点と行ってもおかしくないテーマなんですね、実は。

大谷翔平のMLB移籍はルール違反であるはず…。少なくともマナー違反。問われるNPBのガバナンス、いち早い野球界全体の機構・体制刷新を

 どうでもいいと言われるとどうでもいい話ですが、個人的に違和感満載で引っかかってしょうがないこの話をサクッと書いておきたいと思います。大谷翔平MLB移籍は本来ありえない異常な出来事であるという話。(おかしい、この半分くらいの分量で終わるはずだったのに、こんな量になってる…。もうサクッと書くとかありえないと思おう…_(:3 」∠ )_)。

初めに:本文の要点
 大谷が5年でポスティングはおかしいというのが今回の主旨ですが、だからといってメジャーに行くな&行かせるなということではありません。というのも普段は論ずるに値しない張本氏が「こんなことを許していては、プロ野球が衰退しますよ」と珍しくまともなことを言っていたことからもわかるように、メジャー移籍への制限・規制というのは、NPBを守るためにあるわけですね。ところがそのそもそも・前提があまりよく理解されていない・認識されていないように思えました。何故田澤ルールのようなもので罰則が存在するのか、海外FAというものがあるのかと言えば、そうしないとNPBが空洞化して衰退するリスクがあるからですね。
 ①まずNPBは今後シュリンクする。日本の人口減・少子化・競技人口低下でまずそうなっていく。②構造改革のためには球団の増加が必要となっている。③球団増=プロ選手の増加でますます選手の全体的なレベルは落ちていく。④海外枠の拡大・撤廃などで選手の質の維持を図るという対策が必然的に予想されるが、メジャーとの競争に負けるなどで上手くいかない・失敗することもありうる。⑤そうなるとNPBというものが衰退、最悪消滅することもありうる。*1
 まあ、消滅などは早々考えにくいですが、人気低迷でビジネス的に厳しくなるということは十分ありうる。日本プロ野球界においては、こんな事は言わなくても当たり前の長期的展望だと思っていたのですが、ひょっとして今プロ野球見ているプロ野球ファンたちはそういう当たり前の事をあまり認識していないのかも…?(ファイターズファンの移籍への肯定的な声や、田澤がマイナー落ちした時話題になった、田澤ルールについての否定的なコメントの数々を見てそう思いました。逆の声は殆ど見かけませんでしたからね)
 NPBには生き残り戦略、大胆な変革が必要とされている。MLBに負けるとも劣らない魅力的なプロリーグを作っていくというビジョン・戦略・経営が要求されている。MLB>>>NPBという図式のままでは、いずれ立ち行かなくなる。今はMLBに負けない独自の魅力を打ち出し戦っている最中。自由競争したら殆ど確実にNPBMLBに負ける。故にNPB・国内リーグを守るために保護規制が存在する。その大事な保護規制に今回の大谷のポスティング移籍は抵触する。ルール違反であるはず。*2
 本文では、それゆえに大谷のポスティングがいかにおかしいものかという指摘で占められていますが、言うまでもなく、MLBに行くのならNPB経由が絶対条件で、NPBをスルーすることは許されない!もしNPBをスルーした場合は、日本の野球機構プロアマ両面から永久追放すべし!という極端なことをいいたいわけではありません。NPBMLBかどちらかしか許さない。100か0か、という極端な選択を現状のプロ志望選手に押し付けたいわけではありません。あくまで今の体制ではNPBを規制によって保護しなければならない。そしてその上で成長戦略によって変革、保護が必要のない新NPBを作り上げる。結果、プロ志望選手がNPBでもMLBでもいろんなルート・キャリアプランを自由に選択出来るようにする。様々なオプションを設けることがするように改革を進めていくべきということが自論ですね。故に、オチはNPBは魅力ある球界改革と、まっとうな機構としてきちんと機能せよ!経営・ガバナンスをしっかりしろ!というオチになっております。長々書いているうちに論点が分かりづらくなってオチもいまいちよいものにならなかったので、あえて初めにまとめることにしました。そんなもので良ければ以下ご一読どうぞ。*3 


メジャー移籍で上がらないポスティング行使への批判の声    
 大谷翔平MLBエンゼルスに移籍するという話が持ち上がって、世間の耳目を集めたのは去年オフ(一体いつの話題だって話ですが、思い出したので今更書いています(^ ^;) )。この時、まるで大谷のMLB移籍は当然の出来事であり、異議を唱える人が少ないというかまるでいなかったので、この移籍について非常に疑問に思いました。*4
 疑問を呈したのは確か、広岡氏くらいだったと記憶しています(張本さんのような人物は参考に値しないので排除しています)。他にもいたかもしれませんがいちいちチェックしていませんのでその辺りはご容赦を。問題の所在は、大々的に「何考えてるんだ、それはおかしい!ルール違反だろう!!」という声が上がらなかったことなので。
 
ポスティングを利用すること自体は問題ない。問題は年数    
 MLBでプレーすることがさも当たり前、移籍することが喜ばしいことかのような姿勢・風潮自体がおかしいのですが、それはさておいて、大谷翔平がメジャーに移籍するにはポスティングしかない大谷翔平は入団以前に強いメジャー願望を抱いていて、ドラフト指名を拒否した出来事からもわかるように、いち早い渡米を望んでいた。現今制度の海外FAでは10年かかる(9シーズンプレーすることが条件となる)。これではマイナーぐらしという劣悪な環境や、怪我などによって挫折する。プロ野球選手としては再起不能・キャリア失敗というリスクを背負っても、ドラフト・プロ指名を蹴って即メジャーへという選択をする選手が出てきても不思議ではない。故に、大谷も当初この道を選択しようとしていた。
 即MLBで渡米した場合、活躍するまでのハードルが高く、失敗した時の救済もない。NPB・日本でプレーして実績を積んでからであれば、故障リスクは減り(所属先や条件云々によるが)、国内での実績・収入をバックにメジャー移籍のコストがグッと減る。万一あちらで失敗しても、またNPBでやり直せる。しかし、NPBを経ずに米に直接行くルートを選択すると、具体例がないので断言できないものの、まずそこで野球人としてのキャリアは終わる。メジャーリーグビジネスに携われない限りは、セカンドキャリアにプロ野球関係の仕事に就く道はまずない(アマチュア関係でコネがあって、そのコネで高校や大学・社会人野球に携わることは可能かもしれないが)。何れにせよ経歴に傷がつく、脛に傷持ちの存在となって野球関係の職に就くハードルがぐっと上がる。
 現今制度では日本人選手がNPBを経由せずに直接メジャーリーグでプレーしようとした場合は、一か八かの性質が非常に強い。しかし実際メジャーでプレーするまでにどんなに最短でも9シーズンかかるため、相当時間がかかるとメジャー志望の選手は捉える。故にその折衷案としてポスティングという選択肢がある。ここまではOK。ポスティングでメジャー移籍は何ら問題ない。問題は所属年数・実働。
 
5年在籍しただけでポスティングは早すぎる           
 問題になるのは大谷の所属年数。5年・5シーズンプレーしただけで、ポスティングの行使とエンゼルスに移籍をしたこと。これはどう考えてもおかしい。実際これはありえない選択・行動でしょう。所属先の日本ハムの視点から言うと、「ウチはそんなことにこだわらない。5年居てくれるだけで全然いい。十分元は取れた」ということかもしれません。それは球団・ファイターズのフロントの方針・思想上の話。その判断自体は構いませんが、ポスティング制度を5年在籍しただけで行使するというのはこれまでの前例にない。明らかに権利を与える期間として短すぎる。こんな事をして良いのか?これはルール違反ではないのか?ということがもっと大々的に問われるべき。正直、最初にその一報を聞いた時「え?大谷メジャー?なんで?まだ5年でしょ?バカじゃないの」でしたから。どう考えてもありえない暴挙でしょう。フロントと大谷本人は一体何を考えていたんでしょうか?
 どうして5年ではダメなのか?過去にこんな記事(2016パ・リーグMVP大谷選出への疑問)を書きましたが、大谷という選手は規定に達していないというか、フルシーズン働いた経験がないんですね。投手として0.7、打者として0.6働いた、足して1.3人分だからOKなんていう計算をしている人もいるかも知れませんが、少なくとも「打者大谷」・「投手大谷」としてカウントした時、普通のレギュラー選手として通年での成績を残したことがない。つまりまだ未完成の選手・プレーヤー。「二刀流大谷」という視点で見れば唯一無二のスーパースター・ビッグプレイヤーであることに異論はありませんが、問題は選手としてどれくらい一年間勝利に貢献をしたか?選手の評価・査定はそれで決まるもの。彼はワンプレー・ワンプレーでスーパープレーを見せて観客を魅了しても、一年間通じてエースと言われる中心投手・チームの一番手投手として、また主力打者として四番打者のようなチームの中心打者・顔として、チームの勝利に貢献してはいない(もちろん主力戦力の一人としてカウントされる活躍はしてきましたが、甲子園などの活躍で誰もが「名」を知る選手ではあっても、リーグを代表するほど長年活躍して実績でリーグや球団の「顔」と呼べるほどの存在ではない)。
 
実働が短いがゆえに一流選手としての数字を残していない    
 彼はまだまだ完成途上の選手。「打者大谷」・「投手大谷」としてどちらもまだまだ一流選手としては不適格。通年で数字を残して初めて一流ですから(また更に一年間素晴らしい成績でタイトルを取ったとしても、三年は安定して打撃や投手10傑に名を連ねないと一流選手とは言い難いでしょう。ぶっちぎりのすごい数字を残さなくてもプロで一流として認められる選手というのは長年安定して数字を残し続けることですからね。たまに隔年プレーヤーというのもいますけど、それでも長年やって実働でのトータルの数字で名選手として評価されることもありますし、単年では大したことなくても長くやることでトータルで数字を残して一流として認知される選手は数多いです。)。故に言わずもがなで「二刀流大谷」も全然完成していないわけです。
 過去にファイターズのフロント・球団の代表か誰かが10勝・10本で「二刀流成功したでしょ?ちゃんと書いてよ」みたいなことを言ってましたが、10勝なんて先発投手の指標としてはイニング数と防御率に比べれば優先度は落ちるものですし、10本打つ野手が毎年何人いるかと言われれば言わずもがなでしょう。そんな事をもって二刀流の成功になるわけないじゃないですか。まるで理解できない発言でした。二刀流の成功はどちらも一流の数字を残して通年プレーした時に決まっているではないですか(無論、誰もやっていないことを現代プロ野球で達成した事自体は快挙であり、素晴らしいことであり拍手喝采したいところですが、まだまだ通過点にすぎない出来事でしょう)。そういう選手として完成していない、発展途上の段階の選手がポスティングを行使してメジャーへ行くということを認めていいのか?
 
前例と比較しても十分な数字を残したとは到底言えない     
 過去、日本のスーパースターがポスティングでメジャーへ移籍した実例を見ると、イチローは9年、951試合で日本で1278本ヒットを打っています。対して大谷は5年で403試合で296本のヒット。イチローの場合は、彼自身がポスティング制度というものを作り出したパイオニア的存在ですので、指標・比較対象としては少し材料として弱い存在・事例になります。また大谷の場合HRがあるのでそこでも少し違った評価がされる存在ですし、今回の話では余り参考にならないかと思います。そのため日本の二大投手ダル・田中と比較するのが最適になるかと思います(他にも岩隈・前田などの事例がありますが、最短での行使ではないので比較対象としては除外しています)。

 ダルビッシュ   7年167登板164先発93勝1268イニング防御率1.99
 田中将大    7年175登板172先発99勝1315イニング防御率2.30
 大谷翔平   5年85登板82先発42勝543イニング防御率2.52


 比較してみると一目瞭然で分かる通り、大谷は偉大な日本人投手の先例、2ケースと比較してかなり劣った存在。NPBでスターだった、大活躍したとは言い難い存在。故に必然的に、そんな選手にポスティングを容認するというのはいかがなものか?ということになってくるわけです。大谷が打者をやっていたために登板機会が少なくなるという理由は言い訳にはならず、投手として明らかに前二者と劣っているのにもかかわらず、メジャー移籍について優遇されたことになります。果たしてこれはフェアと言えるのでしょうか?個人的には明らかにアンフェアであると考えます。後述しますが、実働で見ると大体彼は実質3年半くらいしかプレーしていないわけです。実際前二人と比べて半分くらいの数字であることが示唆するように、5年NPBでやったとはいっても、残した成績は彼らの半分程度でしかないわけです。だからこそ大谷のポスティングはおかしいと思うのです(打者として大体400試合、300安打・50本くらいの数字を残していますが、これが先発50勝、700~800イニングに相当するものかと問われれば言わずもがなですからね)。
 
ポスティング(※早期行使)とは超一流選手に与えられる特権   
 ポスティング制度というものをどう捉えるか、人によっていろいろな考え方・主張はあると思いますが、日本球界で突出した存在。そういう特別な選手に対して例外的に海外FA前にいち早いメジャー移籍権利・プレー権利を与えるものだと解しています。故にポスティング費用の分、給料も自ずと通常より割安の契約になる。そういう趣旨のものであるのに、選手が移籍を望んでいるからという理由でホイホイポスティングを容認するというのは制度のあり方と外れる・間違っているものだと考えます。勿論大谷は突出した存在であり、同じ期間プレーすれば素晴らしい数字を残すことがほぼ間違いないと見込まれる選手です。ただし、実際にプレーしてきちんと数字を残していない以上、その権利を与えるのはおかしいはずです。
 海外FAで9シーズン、ポスティングで7年というのはメジャー移籍願望が強い選手にとって条件として厳しすぎる。という論理・見方は個人的にも同意するものです。しかし、現今制度では残念ながらそういう制度になってしまっている。ポスティングにルールとしての年数規制がないとはいえ、NPBで一流選手と言える数字・実績を残していない大谷がポスティングを行使するのは許されるべきではない。大谷がいくら凄い選手とは言え、ダルビッシュ・田中の二人を大きく凌駕する程の選手ではない。二人は7年間プレーしてから所属球団を後にした。文句のつけようがない実績を持って海を渡った。この二人よりも優遇される理由がない。ハッキリ言ってズルであり、アンフェアであると思います。先輩の菊池雄星が同じ強いメジャー志望を持ちながら日本球界で未だにプレーしていることをどう思っているのでしょうか?

菊池ケースと比較すると大谷はやはりアンフェア        
 この話をすると、菊池雄星はメジャーよりもNPB入りを選択した。結局最終的には日本球界を選んだ。しかし大谷翔平は初めから指名を拒否した。日本球界よりもメジャーを選んだ。そういう違いがあると主張する人もいると思います。日本ハムファイターズに入団する以前に、本当に入団するかどうか話題になったくらいですからね。大谷は厳しいマイナーの環境・異なるアメリカという異国の地、茨の道を選択するつもりだった。そこにファイターズが横槍を入れて説得をする形だったのでケースとして異なる。そう捉える人ももちろんいるでしょう。
 確かに菊池ケースと大谷ケースはその点異なるわけです。しかし、大谷は事前に「プロ志望届」を提出しているわけです。この「プロ志望届」を提出しない以上、アマチュア選手はプロから指名を受けられない。初めから提出しなければ、そもそも日本ハムファイターズに指名をされることもなく、何の問題もなくメジャーに行くことが出来た。ではどうしてそうしなかったかと言われれば、田澤ルールと呼ばれる規定・NPB復帰に制限がかかるから。やっぱり日本に帰りたいとなったとき、3年間はプレーできないということになる。しかしプロ志望届を提出して、指名されなかったということになればこの規定の適応外となる。故に大谷はプロ志望届を出しながら、会見で各球団に指名をしないでというお願いを表明したわけです。
 以上のような経緯を見ると、ハッキリ言って虫が良すぎる。メジャーには行きたい。しかし、失敗した際のリスクも減らしておきたい・NPB復帰の道も残しておきたい。そんな虫のいい話が許されるわけがない。だったら何のための田澤ルールなのかわからない。田澤ルールがどうして設けられたかと言えば、制度の成立端緒を見れば一目瞭然。米日での年俸競争だったり、日本の人材流出を避けるため。その流出阻止の抑止力として設けられたルールなのに志望届を出して指名されなかったからセーフなんてことがあるはずがない。*5
 また、菊池雄星は現在才能が開花して素晴らしい投手として活躍をしているものの、プロでは苦しんだ。大谷はそうではない。抜群の対応力・潜在能力を見せた。スーパープレーを魅せた。ゆえに優遇されて当然という論理も当然通りません。大谷は先発として3年&打者として1年レギュラーとして十分な仕事をしただけに過ぎないのです。計4年とカウントしていいかは疑問ですが、その程度の貢献でメジャーに行けるのならば、菊池だって投手として4~5年活躍すればメジャー移籍・ポスティングしていなければおかしい。実績を考慮すれば去年のオフには行けて当然の数字だったことになる。何故自分だけ特権を享受しようと思ったのか、してもいいと思ったのか?これがわからない。
 常々、他人が得をしたからと言ってそれをズルい!卑怯だ!なんてい言ってはいけない。チートでもない他人が上手く立ち回ったり、偶然で得た利益を自分も得られて当然だーなんて考えることは歪んでいる。他人がたまたま手に出来た利益をズルいなんて妬むのは自身の努力や成長を放棄した歪んだ証と、他人を妬む愚かな行為を非難してきました。ブログで書いた覚えはあんまりありませんが。他人が気づいて得たものを自分が気づかなかったからズルいなんて言い出すのは小学生・知能が低い証です。調べない・知らない、そしてその上で気づくことが出来なかった自分が悪い。それを他者や環境のせいにするなんて愚かですし、それこそそんな発想の方が卑怯千万。
 しかし、大谷のこの行為は制度をうまく利用したとか立ち回ったという次元の範囲ではないのです。制度・慣行を考えればこれはチートに相当する行為なはずです。*6
 
渡米直近のシーズンでろくにプレーせずにポスティング…?   
 そして今回のポスティング行使ですが、5年が短すぎるということ以前にそもそも最期のシーズン・5年目にろくにプレーをしていない。怪我で殆ど一軍にいなかった。5試合先発して、65試合打者として試合に出た。つまりシーズンの半分ほどしか一軍にいなかった。主力選手としてチームにまるで貢献できない数字・シーズンだった。そんな状態でNPBから卒業してさらなるステップアップとしてメジャーにという道を選択していいのでしょうか?
 大谷の入団以前に、日本ハムファイターズは「最短5年でメジャー行きを認める。投手だけでなく打者もやらせる。二刀流を考えている」そんな報道が出てきて、二刀流プランに「流石日ハム!俺たちには出来ないことを平然とやってのける(ry」とワクワクしたものでした。しかし同時に「二刀流をやることで選手としての成長・完成が一般的な成長路線を辿ることはなくなる。投手としても打者としても普通の選手よりも大成するのに時間がかかる。必ず遅くなる。必然的に5シーズンフルで活躍する可能性は低いから、最短5年でメジャーに行くのは難しいだろうな。結局、ダルや田中と同じ7年位になるし、ポスティング制度の見直しの絡みで6年になることもあるかもしれないな」と当時思ったくらいです。*7
 実際、彼の二刀流は観ていて非常に面白く、エキサイティングなプレーヤーが出てきたなと注目していましたが、二刀流をやることで使う監督・首脳陣サイドは未知のことに取り組むことで非常に大変だったし、起用法で他の選手に割りを食わせた。負担も大きくその分怪我で離脱も頻繁にありましたしね。球団に一定の貢献もありながら、同時に通常の選手よりも起用法などで大変負担が大きかった、迷惑をかけたわけです。二刀流としての初期投資をしたのにその見返り・リターンと言える活躍・大谷無双でシーズン投打で主要タイトルを取るようなまさに二刀流の完成ということもなかった。
 今、投打を両方こなす異質な存在、唯一無二の二刀流のスーパースターとしてメジャーでその地位を築こうとしていますが、ファイターズに入団しない限り今の大谷という存在は絶対あり得なかった。「二刀流大谷」は即メジャールートでは絶対ありえなかった。その事を考えても、普通は契約上は今年で行けることになっていても、もう一年残留して球団に貢献してからメジャーに行きますとなるのが普通の感覚でしょう。
 2016年くらいの数字を残してメジャーに行くなら、疑問の余地はあるもののまだ理解できましたが、球団への貢献度がただでさえ少ないのに、怪我でろくに試合に出れなかったのだから、普通はもう一年残留してから行くと考えるはずでしょう。そうやって球団やファンに、そしてこれまでの日本球界の慣例に敬意を示してから行くべきだと思います。大谷のメジャー移籍は個人的に自分のことしか考えていないワガママに映ります*8なんのために規制があるのか?NPBという枠組みを守るためにルールが有るわけです。NPBが興行として崩壊することになったらどうなるか?これまで先人が築いてきた大切な財産が途絶えれば、最悪日本に根づいた野球という文化が消えてしまうことだってありうる。そういうことを考えれば、将来プロ野球選手として代表的な存在になる彼がこういううかつな行為に出るのは、非常に問題があると考えるわけです。形式上クリアしたから何をやっても良いなんて、憲政の常道を理解しないどこかのバカ総理じゃないんですから、ちょっと何を考えているんだろうなと彼のセンスを疑ってしまいます。
長いので分割しました。続きはこちらです→続、大谷翔平のポスティング移籍の話


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*1:必然の帰結のように書いていますけど、当然②の球団増加というルートを選ばない場合もあります。選ばなければそのまま衰退していくだけで結果は同じですね

*2:こんな、面白い記事があったのでリンク―米黒人の深刻な「野球離れ」、希望の光はリトルリーグ。そのMLBでも野球人気は落ちているとか、100億ドルの市場を誇りながら視聴率は低下して、30年前のワールドシリーズの視聴者4000万がいまでは半分になっているとか。視聴者の平均は53歳だとか。NFLが47歳でNBAが37歳…。若者が全然入ってきていないみたいですね…。というか全体的に若者がスポーツ中継をを楽しんでないということか?中南米など海外の黒人が参入してきても国内の黒人はバスケやアメフトに流れているようですね。日本としては米国内の黒人をターゲットにアカデミー作るくらいのことやっても面白そうなもんですけどね。アマレスとプロレスが違うみたいに、日本で硬式と軟式野球があるみたいに、いやソフトボールか、そういうアマチュア専用の野球の基礎が学べて且つ面白いミニベースボールみたいのを入り口として設けた方が良いんじゃないんですかね?日本も野球人口が急激に減っているように、施設・道具・広いスペース=グラウンドとそもそも野球はとっつきにくいスポーツですからね。というか、中流以上のスポーツとか、黒人スターの不在とか、完全に米社会構造の問題ですよね…。米の黒人選手・市場を狙うって凄い面白そうなんだけどなぁ…

*3:初めにこう書いておけばよかったのに、グダグダになりましたね…。文章構成能力が堕ちたものだなぁ…。_(´ཀ`」 ∠)_

*4:ファイターズファンはやはり異議を唱えているんだろうなと個人的に思い込んでいたのですが、ファイターズファンのまとめブログでコメント欄をチェックしたところ、違和感を抱いている人はあまりいませんでした。メジャーで頑張ってみたいな反応が多かったですね。否定的な意見でもこれじゃ「日本のプロ野球が…」という意見は見かけませんでした。何のための規制なのか理解されていないのか…。プロ野球が消滅するという危機感を抱いている人が少ないのか…

*5:誰が入れ知恵したか知りませんが、なかなか人を食ったような行為だと言えましょう。また、この事件はファイターズの強行指名で決着したためNPBは何ら見解を説明せずに終わりましたが、大谷のような選手は田澤ルールの規定にある通り、ドラフト上位候補の有望選手であり、こういう手段に出ても田澤ルールの回避とはならないと明確にしておく、会見や声明で明言しておくべきだったでしょう。

*6:まあ、チートというより、こういうある種の不正行為はする方よりもされる組織・機構側の不作為こそ問題とされるべき話というべきなんですが。この文書のメインテーマもそちらにありますしね

*7:ポスティング制度自体がメジャーで問題視されているので廃止議論が出ており、今じゃないとポスティング制度を利用できなくなるのでやむなく今年で行使を認めるというパターンですね

*8:そう言えば昔、松本人志氏が著書で才能あるやつはワガママですよと伊良部のメジャー移籍云々の騒動でコメントしていましたね。そういう点、才能を十分に発揮するためにワガママであることはいいのですが、ルール・マナーを弁えないとは一線を画す話と捉えて下さい

【雑誌】 月刊秘伝 2015年4月号

秘伝 2015年 04 月号/BABジャパン


 毎月一つずつ更新するはずだったのをすっかり忘れてました(笑)。というわけで久しぶりに更新。(※2019/01漢語由流体操追記)
 殺陣特集ですね。余り興味がある分野ではないので触れることはありませんが、ゴジラの中の人を演じていた、ゴジラ剣法という方の話が面白かったですね。叔父さんに剣を教わっていたが、その叔父さんは戦争に行かなかった。なぜならゴロツキを斬り殺してムショに入っていたからという時代と土地柄を象徴する話(^_^;)。示現流をいきなり習いに行った話とかも好きですね~。弓づくりの人の話がありますが、根性の悪い竹の方が作りにくい分、仕上がったあと質の良いものに出来上がるとか、つくり手ではないとわからない良い話ですね。

■ロシア伝統集団戦「ステンカ(壁)」
 多民族国家ロシアでは集団での抗争がよくあって、それを基に発展していった集団戦術という感じでしょうか。フックや回し蹴りはスペースを贅沢に使う技であり、そういう技術を使うことはない。自分の隣りにいる味方に当たってしまうから有効ではない、使えない技であるからそういう技を用いることはしないと。アッパーのようなたてに撃つ打ち方が主になる。また草刈りなど日常に使う動きと矛盾しないようになっていると。蹴りもタテに縦回転で鼠径部を踏みつけるように蹴ると。日本人のような引く身体の使い方ではなく押す使い方をするのも特徴。仲間が横にいることを前提としたような戦いをするようですが、写真にあるように同じタイミングで突き・蹴りを繰り出すのでしょうか?司令塔が号令出して戦うとか?同調の技術があるとかなんでしょうか?チームプレイを前提とした武術はあまりないのでそこら辺面白そうですね。*1

■マーシャルアーツに挑んだ日本武道家たち
池本淳一「明治大正 異種格闘決闘録」—
 日本VS西洋の初対決は相撲と西洋の格闘家。公式な記録として、はっきり残っていないが、どうも相撲取りが相手をねじ伏せたことだけは確からしいという話。植民地支配にボクシングが西洋人の優秀さを示すために用いられたというのは有名な話ですね。この初めての試合はボクサーかレスラーだったんですかね?相手の格闘家というのは。

太気拳 岩間統正「有形無形の武」—
 今の太気拳は本来の太気拳ではないと。こう来たら後という発想は太気流空手であって、太気拳ではない。あらゆる攻撃をあらゆる部位で滑らすのが「差手」。未経験者でも三年で錬士、現在錬士なら教士に。熱意とセンスがあれば二年でいけるかもしれないと。長年の経験から「最大効率の稽古」が出来るとのこと。
 随分、意気込んでらっしゃいますけど、どうなんでしょうか?今現在後進育成に成功されているのでしょうか?師がいくら達人で教え方がうまくても、弟子が育つとは限らないのが武道・武術界の常ですからね…。師一人、弟子一人と言われる世界ですからねぇ。

■高岡英夫の漢語由流体操「肩肋後回法5」—*2
 一肩肋後回法の理論編のまとめ。人間の背骨には、拘束背芯と拘束腰芯という二つの拘束の中心がある(拘束腰芯については、「腰仙揉溶法」の解説参照)。この肩肋後回法は、もうひとつの拘束の中心、拘束背芯と密接な関連がある。拘束背芯は大椎=頚椎の七番から胸椎の三番。肩肋後回法でゆるめるのが肋骨の一番から五番までであり、完全に一致していないとはいえ多くの部分が重なっている。つまり拘束背芯を溶解するのに適している。残りの肋骨の二段=四番と五番は、拘束背芯には含まれておらず、拘束腰芯(と文中では表記されているが、拘束背芯の誤記だろう)と重なっている肋骨の一番から三番よりはるかに動きやすくなっている。ゆえにここを動かして上部へのずらし回転運動が出来るようにアプローチしていって一番から三番も動かせるようにすることで、拘束背芯を溶かせるようにしていくと)。拘束背芯を溶解させようとする時、最も肩肋後回法がベーシックな取り組みの三つのうちの一つとなる(残り二つは何なんでしょ?また「肩肋後回法は、拘束背芯の溶解をめざす時、非常に無理なくアプローチしていける方法として、とくにおすすめできるメソッドといえます」―と書かれているが、残りの2つは肩肋後回法にアプローチ的に劣るのだろうか?どうもこの肋骨を動かしていくというのが難しくて出来ないので他の方法を知りたいのだが、やはり肋骨を動かすことそれ自体が難しいということなのか…)。

 呼吸が胸・前面に入る傾向がある。肺の上部に息を入れるには背骨と肋骨が動いて、そこに息が入るようにする必要がある。ということは肺の上部に息が入ると当然拘束背芯も解きほぐされることになる。肩肋後回法を呼吸の視点から考えると、どちらかというと、胸に息が入ってくる傾向にある。しかし、身体の裏側にも息が入ってくるという大きな特徴がある。肋骨のより上部に息が入るには、背中側の肋骨と背骨が呼吸運動に参加して、その部分に息を吸い込む余地を作る必要がある。逆にいうと、肋骨のより上部に息が入る=拘束背芯の部分が動き出すということ。(「逆に言うと」」という表現が少しひっかかるのだが、運動と呼吸を対偶として並べたときの逆かな。関連・連動することだから、「逆」という言葉に変に引っかかってしまった(^ ^;) )。よって呼吸が胸の裏側・肋骨の上部に入る&動き出す=拘束背芯の部位も動いて解きほぐされるという公式が成り立つと。呼吸・運動・溶解の三つをセットとして捉えるべしというところかな。それこそ逆に言うと呼吸が浅ければ、肋骨や胸郭の運動性は低いし、身体は拘縮して拘束背芯が強い状態
 野生動物は肩こりに悩む必要がないが、拘束背芯は存在する。野生の四足歩行動物にも非常に柔らかい拘束背芯が見られる。運動性の高い柔らかな身のこなしをする動物ほど小さく弱い拘束となっている。草食動物のほうがどちらかと言えばより拘束背芯に近い拘束が見られ、実際の動きも乏しい傾向にある。イタチ科が哺乳類の中で最も拘束背芯が見られない。*3
 軸とは一本ではない。三本存在する。地球の重心と人間の重心を結んでいる垂軸(物理学では重心線)。常に変わらないのが垂軸、もし人間が寝たら身体と垂軸は直交することになる。このように垂直で変化しないから垂軸。人間の体に存在するのは体軸。概ね背骨に沿って形成されるもので、可変する。直体軸と曲体軸に分けることが出来て、陸上のクラウチングスタートの時のように背骨が曲がっているときには体軸も曲がって曲体軸となる。そして、直立していく時に形成されるであろう仮想の体軸が直体軸≒潜在体軸。*4
 第一段は稲穂振軸、垂体分離で行ったほうが容易なためにこちらからスタートする。人間の体軸がゆったり揺れる時、稲穂が風に吹かれたときのようにゆれる。人間がリラックスしている時頭部はしなだれる稲穂のようになる。 理論編でも語ったように、肩肋後回法は、副交感神経系のトレーニング法なので、リラックスした状態の稲穂型から入るのが、一番自然 。肩をゆったりと前から後ろに回す動きと、この稲穂状の振軸の動きは、非常に相性がいい。
 格闘技のように直立したまま体軸が前後左右に動くときは交感神経優位状態にある。まずリラックスして気持ちよくなる副交感神経系優位状態で解きほぐしていくことを念頭に行うから、体軸を直線のままではなく曲げる、曲体軸を取る。実際の舟漕ぎ運動では体軸は直立して行われているが、船を漕いでいる絵を想像するとき、多くの人が稲穂振りをして船を漕いでいる絵を連想するハズ。このイメージで行うと良い。
 第二段は垂体一致の前段階になる「直線振軸」。自然に動かすと稲穂振りになるように、体軸を直立させたまま、直線状に体軸が振れるように行うのは想像以上に難しい。これが垂体軸一致法の基礎トレーニングになっているのだが、運動進化論的見地から見ると四足歩行動物時代に、伸び動作によって思いっきり副交感神経系に入っていくというDNAがあり、体幹部を反らす稲穂振り系の動きが、リラックスするための最適の動きとして作られてきた事実があるから。ゆるんだ状態で体軸を振ろうとするとき、稲穂振りになってしまう(格闘技で直立したまま前後左右に軸を動かす交感神経系優位の動きをするとあったように、交感神経系優位の運動と副交感神経系優位の運動という矛盾した行動を行う上での難しさがあるということでしょうか)。
 第三段は「稲穂振軸縮幅化」、第一段ではリラックスを念頭に大きく動いていいが、今度はその稲穂振り・振軸を小さくコントロールすることを追求する(第一段ではそういう事を考えずに大きく動かして気持ちよさを追求すること)。第三段は鏡を見ながらチェックしてコントロールするのがベスト。振り幅を小さくすることで下の方から垂体一致していることが実感できる。「本当にのびのび気持ちよくなると、こんな動きになるんだ、あとはこの振軸を小さくしていけば良いんだな」という感じになる。
 第四段は「直線振軸縮幅化」、第二段と第三段を組み合わせたもの。(それぞれ一段と三段は曲体軸、第二段と第四段は直体軸)。そして第二項で「垂体一致法」という課目の、「直立垂体一致軸」という段階に入る。その名の通り、直立垂体一致軸のまま肩肋後回法を行う。言うまでもなく垂体一致しながら肩肋後回法を行うのは至難の業。見てきたとおり、進むに連れてコントロールの精度が高まっていく。二段からそうだが第二項に入ると脱力しながらかつ筋肉を締めるということをしなくてはいけない。軸を動かさないことを意識するあまり、肩まで固まって円どころか五角形・六角形のようなカクカクな動きになってしまうことも。軸を通しながら脱力し、かつ肩をキレイに大きく回すという難しさがあると。

■システマ創始者アメリカツアー随行
 システマアメリセミナーの話ですね。システマアメリカでどういう風に受容されているのかという話です。

■徐谷鳴老師来日セミナー 心意六合拳の極意を示す
 心意六合拳って名前がかっこいいですよね。なのでずっと前から記憶に残っています。上海で有名だった綿拳と心意六合拳だった。戦うためだけを考える門派だから、門下生に犯罪者が多く出た。逆に太極拳はそうならなかったと。心意六合拳が一度途絶えたというのもそういう背景があるんでしょうかね。あと、徐老師が腕振りをする写真が何枚もあるのですが、その腕振りがとてもキレイで印象に残りましたね。

■霊術講座「精神作用を用いて身体を操る観念法」
 前回に続いた観念運動の話です。脊椎反射を意図的に起こすために観念運動を利用する話。手を握ろうとせずに思うだけで自然に体が動くようにする。これを利用したものが鉄身硬直術や柔軟不随術。硬くするものと軟らかくするもの。クラゲのように全身ぐにゃぐにゃに出来る。さらに進むと内臓のコントロールまで出来るとのこと。霊術の大家松本道別(ちわき)は弟子が修行の際、水月に突きを受けた影響で脱肛した時、観念で元に戻せると教えて実際にそれで治したというエピソードを挙げている。

■意識のホームポジション「知覚の反転」
 前回の続き。間接視でハンカチ抜き取りゲームをやるとうまくいく。間接視だと覚醒度が落ちる。最終的に間接視を行わなくても全体をつかめるようになるのが理想。
 「参照点」という話。立位体前屈をハンカチを持ちながら行うといつもより楽に身体が曲げられる。これは何かを持つ・触ることで崩れるバランスが整いやすくなるから。クラシックバレエでバーを頼りに片足を上げているが、バーをギュッと掴んで支えているのではなく、軽く触るだけでバランスが整うから、ああいう風に触りながらやっている。盗塁するランナーが手袋を握っているのも、不安定なスライディングという状況の中で参照点を確保することでバランスを保ちやすくなるから。試しに屈伸をタオルを片手に握ってやってみると動きの滑らかさがまるで違うことがわかる。
 何かを握る事ができる状況はそうそうないので、視点で参照点を確保するようにする。どこか自分の呼吸が楽なところか、身体が緊張しないところか探す。場所によって楽な所・辛い所を見つけること(実例では立位体前屈でボールを使って視点の参照点を探していました)。
 目の使い方でバランスが大きく変わる。視神経は脳幹・中脳につながっているのでそこに影響が出る。また目から後頭部・首・背中の緊張をもたらすと。
 また過去に交通事故にあった影響などで、空間認識に問題がある。その方向に緊張していることがある。過去のトラウマがもたらす影響、脳の空間認識パターンに問題があるケースなどもあると。
 ストレスに対する対処が上手い人は無意識に自分にいい反応をもたらす参照点を見つけてそこを見ている。逆もまた然り。下手な人はその逆の緊張する方向を見ていると。丹田を意識して、見る方向を変える。どこを見るとより丹田が実感できるかなどにも応用できると。

中島章夫 技アリの動作術
 踵に重心を置くのを後ろ重心、足裏均等(踵と趾均等)に重心を置く中心重心。前者よりも後者のほうが安定する。背中を押された反応を試してみれば一目瞭然。中間重心で腕を前に出すと自然に身体が傾いて足が一歩前に出る。これを受がいる状態で行うと、受が手を持つ・触ると身体が前に出ない。釣り合い反射で相手がこちらのバランスを取ってくれる(ただし積極的な動きを行う場合は別)。中間重心をキープしたまま歩むと、受・相手は釣り合いを取ろうとして後退し、最終的に倒れると。

 最後に読書レビューを読んで気になった本のタイトルをメモです。いつか読むかもしれません。
身体はどのように変わってきたか 〔16世紀から現代まで〕/藤原書店

声が変わると人生が変わる! : 声を良くする完全マニュアル55/春秋社

*1:どうでもいいことですが、ゴールデンカムイでスタンカ出てきてましたね。意外とロシア関係では有名なのかな?システマの次に注目されたりするのでしょうか

*2:5月号のところで書く肩肋後回法6を間違えて肩肋後回法5をもう一度書いてしまったのでもったいないのでこちらに移して増補することにしました。だもんで追記になります

*3: 具体的には、 カワウソやイタチ・ヒョウ・トラなどといった動物の拘束は小さく、弱い。カワウソなどは、半水生ということもあり、拘束背芯はほとんどない。陸生の動物でも、イタチなどには拘束背芯はほとんど見られない。これらの動物は、頭から背骨を通って、尻尾まで、まるでヘビに近い運動構造をしている。こうした動物が、もっとも運動性が高く動きの精度も突出している。ちなみに野生動物の「強さ」を「体重」 で割って比較してみると、哺乳類最強はイタチ科の動物。その強さは、ネコ科を上回る。そうした最強のイタチの身体の特徴は、ヘビのように、頭から背骨、そして尻尾の先まで、中心といえるところがほぼどこにもないこと。それと同時に、背骨のすべてが中心になり得る身体をしている。故にイタチ科は哺乳類の中で最も拘束背芯が見られない。
 拘束背芯を解消してイタチ科のような最強生物を目指して、肩肋後回法に取り組むこと。繰り返しになるが肩肋後回法こそが、拘束背芯を解きほぐすためのもっともベーシックで正当な方法なのだから。

*4: 理論編で説明してきたとおり、全てのトレーニング法は、トレーニング法の種類によって閾値が異なるにせよ、そのトレーニング法の中身が高まるor極まってくると、必ずやセンターのトレーニング法になってくる。というわけで第一法はセンターの運用法となる体系となっている。二項に分かれていて、第一項が「垂体軸分化法」、第二項が「垂体軸一致法」。
 人体を貫いているもっとも重要な軸のことを中央軸というが、中央軸一本しかありえないという観念を持つ人は多い。野球やゴルフ、フイギュアスケート、クラシックバレエなどの人は、「軸」という概念を比較的多用していて、「軸=一本」と捉えるのが一般的。また、剣道などの「正中線」などの概念も同様。「正中線」について深い認識を持っている人でも、「軸」の数を一本だと考えてきていた。 ところが実際はそうではない。「軸」は一本ではありえない。「軸」は、じつは垂軸と体軸という、ふたつの軸が一致して、重なり合って存在することで、あたかも一本に見える現象こそが「軸」なのだと。
 では、その垂軸とは何かというと、地球の重心と人間の重心を結んでいるライン、物理学では重心線と呼ばれているラインに沿って、その延長線も含めて形成される直線状の身体意識のこと。この垂軸は、人間が地球上でどのように動こうと人間の体位に関わらず垂直。人間が寝ているとき、垂軸はその身体に対し直交している。 つまり、垂直以外ありえない軸。だから垂軸と命名される。
 もうひとつの体軸は、概ね人間の背骨に沿って形成される「軸」。ただ、背骨はつねにまっすぐというわけではなく、陸上短距離のクラウチングスタートの時のように、しゃがむような姿勢をとれば、当然背骨は曲がる。このような場合、体軸はさらに曲体軸と直体軸の二本の軸に分かれる。曲体軸は、その曲がった背骨に沿って曲線状に形成される軸のこと。一方、直体軸は少々難解で、その曲がっている背骨が、もしそのポジションで真っ直ぐだったとしたら、このへんを通るであろうというラインに形成される軸。つまり、その瞬間においては、潜在化されている軸(潜在体軸ともいう)。したがって、クラウチングスタート時の姿勢を例にすると、まず垂軸があり、曲体軸と直体軸があって、合計三本の軸が存在することになる。

日本VSポーランド、ボール回しは卑怯?アンフェアなのか? 勿論No、あの戦術・選択を否定するのは愚か者。 問われるとすれば一位通過を狙わなかったこと

 サッカーについて何かを書くことは殆どないのですけど、久々に書きたくなったのでこの話を。ボクシングとか相撲とか、ホークスネタの続きとか、いろいろ放置したままで大して詳しくもないサッカーの話なんか書いてていいのかという話はありますが、気にしない。
 
 ワールドカップで昔チラホラ感想を書いた記憶があるのですけど、サッカーという競技のゲーム性の低さ(2014/07)―こんなものを書いたように、観ていて面白いと思わない・大して興味も持てなかったので、以後サッカーについて書くことはなくなりました。が、今回はまたしてもサッカー協会の機能不全・大事な本番の直前に監督解任など驚く暴挙があったので、それについてちょっと書きたいなとも思っていたのですが、時間がなくて取り上げることはありませんでした。でもまあ、今回のワールドカップで前述の昔書いたもので指摘した問題点がVARなどで色々改善されそうな要素もあり、オモシロイ取り組みだなと思うところもあったので、何かは書きたいと思っていました。それより何より、今回は日本代表のサッカーが確実に変わった、プラスの要素が見られたのでそれについて書きたいと思っていました。
 そんな時、ポーランド戦で物議を醸す戦術、約10分に及ぶボール回し・時間潰しという選択があったので、それについてとりあえず触れておきたい、コメントしておきたいと思いました。(これを書いていたときは4日前か5日前?ですぐ書き終わるはずだったのですが、他のボクシング関係の話を一度書いたのに消えるという通信エラーがあったのでやる気が消えて間延びしてしまいました…。あといつものように無駄に長くなって、久しぶりのタイムリーな記事にもなりえませんでした(´-ω-`) )

目次

 

パス回し・ボール回しは卑怯か?勿論そんなことはない。選択肢の一つ

 タイトル通り、結論から言うと、ポーランド戦で選択したボール回しという選択は卑怯でも何でもありません。あれを問題視するほうがおかしい(美しくない、見苦しいとは言えるでしょうけども)。決勝トーナメントに行くのは、予選4チームのうち勝ち点が多い2チーム。決勝トーナメントに勝ち上がるためには勝ち点で最低でも2番目に入る必要がある。ところが当然2位チームの勝ち点が並ぶことが多々ある。その時は勝ち点で並んだチームの直接対決での勝敗・得失点差(同数の場合総得点数の多い方)の順で勝ち上がる国を決めるようになっている。
 そして今回からは、イエローカードやレッドカードの枚数をポイントで換算して、そのポイントが低いほうがGL(グループリーグ、以下GL)を突破するという方式=「フェアプレー制度」が採用されることになっていた。で言わずもがなで、このフェアプレー制度に基づいて日本がGLを二位突破した。日本はファウルがセネガルよりも少ない、悪質なものが少なくより健全なプレーをしたと見做されたために、全く条件が並んだセネガルよりも決勝トーナメントに行くチームにふさわしいとして決勝トーナメントに勝ち進んだわけですね。
 残り時間が少なくなって行った段階で日本は、ポーランドに1点負けていたために、GL突破が危うい状況になっていました。このままポーランド戦で負けると、コロンビア=セネガルスコアレスドローで引き分けのママ終わると、日本は決勝トーナメントにいけなくなるという情勢でした。しかしコロンビアが1点を取ると状況は一変。日本はこのままポーランドに負けても決勝トーナメント突破という一転して有利な状況となりました。


GL突破という目的を達成するために全力をつくすことこそ本当のフェアプレー

 このまま「1点差」で負けるのならば、日本は決勝トーナメントへ行ける。決勝トーナメントへ進出するというGLの目的を達成することが出来る。GLの目的は、3試合で全部勝つことではない。勿論、そうすることが出来ればベストなのは言うまでもないが、最優先すべき最低限の条件は、必要な勝ち点を確保して決勝トーナメントへ進むこと。その目的・課題をこなすために、ベストな選択がこのまま1点差で負けることだった。であるならば、時間を潰して試合を進める無気力相撲ならぬ、無気力サッカーをすることは当然。それに一体何の問題があるのか?
 勝負とは勝つためにやる。「卑怯汚いは敗者のたわごと、やるからには絶対勝たなければならない。勝つために何でもやるのは当たり前。逆にそうしなければ失礼」―と、こち亀両さんが言っていたかどうか忘れましたが、そのとおり。最初に、GL突破の条件が示されて、ルールも事前に知らされてそのフェアな条件下で競い合っているのに、負けたあとでそれがフェアではないとか卑怯だというのは大馬鹿者以外の何者でもありません。これが仮に日本とセネガルの立場が逆であったとしても同じ、その時に「セネガル卑怯だぞ!最後まで攻めろ!」なんていう日本の世論があったら、全く同じ言葉を送っていたでしょう。
 自分たちが弱かったから負けたんだ、自分たちが勝利のための必要最低条件を満たせなかったんだ―この当然すぎる事実から目をそらして正当なルール内でプレーして勝った勝者を卑怯と貶めるなんてなんて汚いことを言うのだ、負けた自分たちの不明・蒙昧を反省するのではなく、相手の問題にすり替えるなど、一体どこのアメリカ人なんだ!恥を知れ!と厳しく非難したでしょう。

日本の選択を非難しているのは「素人」

 ポーランド戦の試合内容をサッカーの本場欧州メディアの一部が非難していました。敗北したセネガルではなく、本場の欧州が問題視しているではないか!という指摘も全く意味がありません。それはアイツラが馬鹿なだけです。いちいちすべてのメディアのコメントをチェックしたわけではありませんが、その日本の試合を否定的に見たメディアもコメンテーターもいたでしょうけど、少なからず日本の戦術・選択に理解を示す内容も見ました。
 どちらが多いかは知り得ねど、一つ言えるのは、我が国のスポーツ報道を見ればわかるように、あちらのスポーツ報道のレベルも同じように高くないということです。もしくは低劣・無知無教養層に売るために、質よりも売ることを目的とした程度の低いものがあるということですね。あちらのスポーツ報道・メディアではしっかりとした業界・報道人がある程度いる。そのレベルは我が国の比ではないということは知っていますが、それ以上に低劣・愚劣な報道もまた多いということでしょう。批判しているのは「素人」としたのは、西野監督がああいう決断を下した背景を理解していないからですね。サッカージャーナリストや代表選手・監督レベルで背景をよく理解していなければ「素人」と見なすのが適切でしょう。*1

批判根拠①スポーツマンシップに反する 否、対策をしないルール・統括委員会の問題 

 勿論、全く問題がないわけではありません。FIFAの規則や定款に勝利を目指してプレーをすることという一文がある。それに反するのではないか?という疑問が当然起こってきます。過去にバックパス禁止というルール改定がなされたことからもわかるように、消極的な試合運びは明らかにサッカーという競技の前提を崩す、競技・興行を崩壊させかねない要素を含むわけですね。これについてはどうなのか?
 まず、一つ。多くの人が連想した。そして批判する人間が論拠として用いたのは、ロンドン五輪の際の女子バドミントンが無気力試合・意図的な敗退行為だとして失格とされたケース。かのように、わざと負ける行為はスポーツマンシップに反するという論理ですね。
 これについてまず論じると、これはルールが悪い・大会の運営システムがそもそも間違っている。予選のリーグ方式がどうだったか忘れましたが、①もう決勝トーナメント(もしくはリーグ)、次のステップに進むことが決定している。②負けたほうがより次の試合で勝ち進む確率が上がる・有利になる。―という以上のような条件が成立するような方式を採用している方が悪い。運営が馬鹿なんです。
 昔どこかで書いた・指摘したと思うのですが、まずわざと負けることが八百長目的(当然片八百長も含む)である。自発的な敗退によって賭博などの目的・意図的な不正操作で掛け金・レートを操ることで利益を得るためにやっている。そういうことであれば明らかにアウトですが、当然そうではない。優勝や3位入賞などの目的、最終的な勝利・結果のために、一時的にわざと敗北したほうが次の戦いで有利に挑めるのならば、積極的に負けに行くに決まっているし、そうすることが本来の「フェアプレー」。
 確か女子サッカーの時にこれを書いたと思うのですが、予選突破が決定していて、次の試合で負けて2位通過したほうが有利な戦いができる。だったら全力で負けに行け!と監督が指示を出すのは当然。目的は全勝優勝、全試合100-0で無敵の最強ジャパン!と史上最強の強さを見せつけることではない。もちろんそう出来たらいいですし、するに越したことはないでしょうけど、いちばん大事なクリアすべきハードルは優勝をすること。そのハードルを超えるために出来ることは何でもするのが当たり前。むしろそこで負けに行かなければ、次の試合で勝つ確率が下がる・優勝の確率が下がるというのならば、それこそ「敗退行為」でしょう。
 戦術と戦略の違いなんて言うのが一時期話題になった気がしますが、局地戦で何百勝しようと大事な一戦で敗北をすれば、そのたった一敗で戦争に負けるということがある。大事なのは局地戦での勝利ではなく、「戦争での勝利」。全体での最終的な勝利。局地戦での勝利は手段であって目的ではない。たかが一つの局地戦、そこで全力を出して勝ちに行く必要がないとなれば、手を抜くのは当然。全体的な、トータルの見地から必要な勝利を目指す、戦場の急所・要所を抑えにいくのは当たり前。


見逃してはならないポーランドの試合目的の喪失

 日本にとって予選の最終試合は意味・価値がさほど高くなかった。であるからこそ、ああいう試合運びになった。そして見落としてはならないのは、対戦相手のポーランドも既に2敗していて、もう決勝トーナメントに出場不可能だった。試合自体をする意味・目的が消失していたということです。まるで日本の問題のように思われていますが、あの状況で積極的にボールを奪いに行かないポーランドサイドの問題でもあるのです。
 勿論、ポーランドは1-0でそのゲームに勝利していたので、無理して攻める必要性がない。故に8分間の奇妙なパス回しという絵面が成立してしまったわけです。日本の「勝ちさえすれば、結果さえ良ければ手段・内容などどうでも良いのだぁあ!」というカーズ・ディオ魂が批判されていますが、ポーランドが攻めなかったことがあったからこそ成立した珍現象であり、「敗北が確定したチーム」VS「試合内容次第で予選突破が決まるチーム」が対戦したからこそ起こるものだったという背景を見落としてはなりません。そしてそういう状況が成立した際にはこの現象は少ない確率であるとは言え、発生しうるわけですから、事前にこういう制度は拙いと対策を講じていなかったFIFA・ワールドカップが悪いのです。
 ゲームを実行する上でルールに不備があった、故にルールの不備を突かれて興行上失敗とも言える珍な現象が発生してしまったとなれば、それを総括して防止するルールや新制度でワールドカップを運営するのが筋。此れを以て日本が卑怯云々言うのは筋違いも甚だしいでしょう。ルール上こういうことが起こりうることは、事前に想像がつくことなのですからね。

今回のパス回しという珍現象が起こる確率はかなり低かった。しかしゼロではない以上、運営本部は対策を講じるべきだった。

 では、彼らは何故それを予測して新制度を導入しなかったのか?単純に馬鹿だからなのか?まあ馬鹿であるとは思うのですが、「少ない確率」と書いたように、実はこの珍現象が起こるのは非常に確率が低かった。ガチャでSSRやその上の最高レアリティを引くくらいの確率だったんですね、実は。
 というのも、この珍現象が発生するにはいくつもの条件が重なる必要性がある。
 ①「敗北が確定したチーム」VS「試合内容次第で予選突破が決まるチーム」が対戦すること
 ②「敗北が確定したチーム」が「試合内容次第で予選突破が決まるチーム」が対戦して、後者がゲームで負けていること
 ③後者が格下のチームで前者より弱く、攻めると予選突破の条件を満たせなくなる可能性が大きいこと
―という条件を満たさないと発生し得ないことだったので、なかなか起こることがない現象だったんですね。日本が予選を突破して決勝トーナメントに出ると誰も予想しなかったと言っていいくらい、他の3チームすべて日本よりも強い・格上のチームと思われていたわけですからね。そしてポーランドは既に敗北決定というような最悪な状態&最早試合をする意味がない状況で、本来は実力を発揮できないはず。日本に勝てないはずだったんですね。
 これは日本に限らず、GL内4チームで一番格下のチームが予選突破しそうな状況で2敗のチームと当たった場合でもまずそうなる。試合をする前から格下のチームの方が今回は勝つor引き分けるだろうと考えられるのです。
 というのも、いかに格下・四天王の中で最弱のチームでも、初戦に勝利してジャイアントキリング下剋上で勢いに乗っている&コンディションがいい状態であれば、格上と見做されても敗退が確定して目的のないチームに苦戦はしない。ポーランドはもう戦う意味がない。となれば、もう勝利を度外視して若手主体で未来への財産として経験を重視した戦いをするはず。若手の経験値のためにベテランを引っ込める。本来のベストな選手では来ない。事前想定上最高の布陣ではない選手を持ってきて戦う。となれば、勢いに乗った格下のチームが勝つ・有利に進めるのは当然。
 しかし、不思議なことに日本は負けることになりました。なぜかこれまで怪我で試合に出てこなかったレヴァンドフスキという中心選手が出てくるという展開。代表引退の最後の花道?もしくは次のW杯でも彼が中心となる予定だから?ポーランドの事情はわかりませぬが、ポーランドの状態が更に下がるということが起こらないという展開に。
 そして本来、日本もベストな布陣で挑めば、まずああいう結果にならなかった。6人もメンバーを入れずに戦っていれば、勝負事なので絶対はないでしょうけど、まずコロンビア戦・セネガル戦のようないい試合を展開していたでしょう。※なぜ6人も入れ替えて戦ったのかについては後述。

批判根拠②―サッカー界にも存在する美意識。それに反する

 次に美意識の問題があると思います。もし、同じような状況・条件が他の国同士で成立したとしても、今回の日本のように露骨にパス回しをする国は殆ど出なかったと考えられます。やるにしても最後の1~2分、どんなに多くても最後の4分位でしょう。一旦攻めて、パス回しして、また思い出したかのように攻めるという時間潰しを選択したでしょう。やるにしても今回の日本のように露骨にはやらない。それは世界的な評価を気にするため、そういうことは絶対にやらない・やってはいけないという価値観が根付いているから。
 パス回しはネガティブな選択であり、マイナスな評価をもたらす事がわかっているから以上に、「サッカーが弱い国がとる弱者の戦術」だから、そのような戦術を選択するのはプライドが許さないからですね。だからこそ、これまで他の国は露骨にここまですることはなかったわけですね。

相撲のように暗黙の了解・不文律を守らなくては勝っても叩かれる

 では、日本は史上稀に見るサッカーに弱い国だったのか?プライドがなかったのか?それほど予選突破が不可能になるリスクが大きかったのか?川島の致命的なセーブミスに代表されるように、それほど今回代表チームは問題を抱えていたということなのか?
 今回のことを反則ではないが、やってはいけないこととして、相撲の変化の例えを出している人がいましたが、まあある種それに近いものがありますよね。日本人だけが持つ独特な文化、独特の非論理性や美学・美意識を他者や異文化に強要する悪癖がある。そういう風に考える人が少なからずいるわけですが、そういう独特な非論理的な美学を用いて押し付けるというのは日本に限った話ではないという意味で非常に良い事例だったかと思います。横綱は胸を貸すのが当然であると考えられるように、小兵以外が変化をしてはいけないように、相撲というのはルール以外に破ってはいけない重要な前提・マナーが存在している。それを知らなければ・弁えていなければ野蛮人・お上りさん扱いされる、まあ当たると言えずとも遠からず。そういう要素があるのでしょう。
 それはそれとして、ルールとしてそれをきっちり取り締まればいいだけでは?ルールとして禁止しない限り同じことはまた起こるわけで、なんで規制をしないの?という提言は絶対しておくべきでしょう。

現今制度では負けて有利な場合にわざと大敗するリスクが有る

 何より問題なのは、今の方式だと今回のイングランド=ベルギーのように、無気力試合が発生すること。1位通過と2位通過で明らかに2位通過のほうが有利だ、好ましいということになればやはり、日本=ポーランド戦のような観ていて観客が「なにやっとんじゃい!」ということが起こる。日本=ポーランド戦はお互いの目的が勝利狙いで、日本が勝利/引き分け(/後に1点差以内での敗北)狙い。というような前提でしたが、イングランド=ベルギーはお互い敗北を争い合う事になりかねない条件でした。
 前述通り、プライドが存在するため、暗黙のルール・価値観を共有するために起こる確率はかなり小さいものとなっていますが、ゼロではないわけです。負けたほうが有利という状況を運営として絶対に生み出してはいけない。こういう制度・環境を生み出しているFIFAは怠慢と糾弾されてしかるべきでしょう。それこそ夏の甲子園方式のように、決勝トーナメント進出チームを決めたら、そこからもう一度くじ引きで次にどことどこが当たるかわからない方式にするなどにしないと、予選の最終試合で「負け合戦」が発生してしまう。それこそ2位通過すら危ないから全力で戦って、5-0で勝っていた。試合の途中経過で、2位通過を争うチームがボロ負けで通過は決定。しかし、このままだと1位通過してしまう。引き分けで2位通過したいとでもなれば、残り2~3分で一転監督の指示でオウンゴールの嵐で5-5の引き分けに…。といった試合展開も発生しうる。そういう事態になったらどうするのか?「90分までは史上稀に見る~~年代屈指のベストゲームだったが、ラスト2分で史上最低な試合になってしまった」ということが起こりうる。今のやり方は絶対変えなくてはならないでしょう。
 例えば、4チームの8GL方式から6チームの6GLに変更する。そして予選で強かった、素晴らしかったそれぞれ1チームにシード権で、突破に失敗したチームの中で得点を一番多く上げて面白い試合をしたチームに敗者復活的にシード国と当たる前の試合の枠を与えるとか、より予選で全力で試合をする・活躍することに意義がある制度に変えたほうがいいと思います。単なる思いつきなのであれなんですが、仮にこういう制度にすれば敗退が既に決まったポーランドもわずかの可能性を求めて全力で大量点を取りに積極的に攻めていきますからね。

FIFAの判断は問題なし。だが…

 FIFAは、今回のパス回しを受けてフェアプレー制度の見直しやルール規定を変えるつもりはないということでしたが、そんなことよりももっと大会の制度を根本から変えない限り、類似のもやもやした消化不良・塩試合は増えるでしょう。そしてルール変更をしないということ、終盤のパス回しに対する制約を設けないということでFIFAは特に問題がないと認めたということですね。ただし、全くの無罪放免・ルール上OKだとゴーサインを出したわけでもなく、ベルギー×日本戦の試合の審判にフェアプレー制度で涙を呑んだセネガルに選んだことで、こういう事をした場合同じようなことをするぞというチクリと来る制裁を加えたというか、暗黙のメッセージを送ったように見えましたね。


日本は暗黙の了解を踏みにじったのではなく、次戦で戦うためにパス回しをして選手を休ませなくてはならなかった

 日本が世界的に共有されている価値観・美意識を我関せずと踏みにじったのか?実はそうではないんですね。インタビューを聞いても選手の誰一人として「パス回しのどこが行けないんですか?ルールブックのどこにもそんな事書いてないでしょ?バカが難癖つけてるだけでしょ?」とは言ってないし、むしろ本来やってはいけない事という後ろ向きな感想が殆どでした。ドーハの悲劇のようなロスタイムでワールドカップ行きを逃すような故実があったが故に敗北(GL突破失敗)を異常に恐れてああいう選択に走ったのか?まあそういう要素がないにせよ、実は違うんですね。本当は西野監督の短い就任期間と次戦がベルギー&その次でブラジルという予定があったから起こったわけです。
 パス回しの話をする上で3つポイントが有って、これが最後のポイントになります。監督の就任期間の短さと主力の休養という要素ですね。先程後述すると書いた、6人入れ替えの話になるのですが、6人もメンバーを入れ替えさえしなければ、まず負けることはなかった。十分勝てたし引き分けに持ち込めた確率が高かった。何故西野監督はメンバーを入れ替えてしまったのか?それは主力を休ませなければ次の決勝トーナメントで戦うことが出来ないから。

ポイント③:ベルギーのような強国と戦うためにはベストコンディションを作らなければならない。そのための主力休養&最後のパス回し

 サッカーのことをよくわかりはしませんが、西野監督が「あのような選択をしたくはなかった。しかしあれで選手を休ませることが出来た」という説明をしていたので、ピンと来ました。次の戦いで選手のベストコンディションを整えるために、多くの選手を休ませる必要がある。また短期決戦でのセオリーである、ベンチ入りメンバー全員で戦うというセオリーを守るために、より多くの選手を試したい。今のコンディションの状態を確認しておきたかったんですね。
 ベルギーが9人入れ替えてイングランド戦に挑んだように、選手の休養と状態確認というのはGLでのセオリーの一つなのですね。「突破することが目的ではない、更に選手の状態確認・次戦、そのまた次戦を見据えて目先の勝利だけではなく、3戦先を見据えた采配をしなくてはならないのだ!キーになる選手を適宜休ませ、控え選手を起用する必要があるのだ!」というベルギーの監督の声が聞こえてくるような選手起用でした。GLをいかに上手く突破するか、戦力を温存して控え選手の状態ですら完璧に持っていくというのがワールドカップで優勝を狙うような国では当然のことなんでしょうね。

パス回しが成立する珍現象の要因④

 パス回しという珍現象が成立する前述の3条件に加えて、④日本は決勝トーナメントを見据えて主力を休ませる必要性があった。選手状態を見極める必要性があった
 ―という条件もあったんですね、実は。ここでベルギーのような優勝候補国のように、控え選手も主力と同じようなベストパフォーマンスを発揮して見事な試合を展開するということであればよかったのですが、結果は戦力がガクッと落ちる拙い試合展開。日本の選手層の薄さを露呈する結果となりました。あの試合展開を見て、決勝トーナメントに進出してもまずその次の試合・ベスト16どまりで終わるのだろうなという予感をさせる試合でしたね(まあ、個人的にはベルギーには勝つと思っていたし、そういう話を試合前に書くつもりでいたんですけどね。んで唯一人(かどうか知りませんが)ベルギーに勝つことを予言した神ブロガーとしてドヤるつもりだったんですが…想定外の敗北でかなり凹みましたね…)。
 本来、初戦で勝利をして1位か2位かなり高確率で通過するような状況にあるチームは控えも選手が揃っている。控えが出て来たとしても最終・3試合目でガクッと戦力が落ちて拙い試合展開になることが少ない。初戦でコロンビアを破るという大金星を上げ、同じく二戦目セネガルで引き分けたからこその試合展開だったんですね。殆ど予選通過は確定的。だからこそ次を見据えた主力の休養&控えのテスト。
 ―が、しかし、本来日本は格下のチームであり、ポーランドも主力を下げて次回のワールドカップ・育成に切り替えていくという姿勢を示さなかった。であれば、ポーランドが本来の実力を発揮するリスク及び、控えの選手が実力を発揮できない&実力負けするリスクを考えて、6人も下げずに2~3人程度でテストマッチにすべきだったのではないか?当然、そういう疑問が起こってきます。何故その選択をしなかったのか?

 西野監督が流石にそこまで拙い展開は起こらないという判断をしたこと、選手がやってくれるという信頼があったこと云々を置いといて、どうしても6人下げる必要性があったと見なすべきでしょう。それは次の対戦相手がベルギーorイングランドだったから。そして2位通過という場合、勝ち上がりでブラジルと対戦するから。強国と2連戦する際に、どうしても守備的に戦わざるをえない。90分フルに走り切る体力・スタミナが残っていることが勝つためには必要不可欠。そのためにこの試合で全力の勝負をすることが出来なかったんですね。
 もうGL突破の条件を満たした。であるならば、少しでも体力をロスすることを避けたい。そのためのボール回し、消極的・無気力試合だったわけですね。その結果、体力を温存することが出来た日本は続くベルギー戦でフルにプレッシャーをかける、ディフェンスを徹底してベルギー戦で想像以上に優勝候補の一角を苦しめるという好試合につながったんですね。
 まあ、ちょっと詳しい人なら当たり前のことでわざわざそんな当たり前すぎることをドヤって書かなくても…と言われることだと思うのですけど、気づいてしまったのでどうしても書きたくなりました。

ポーランド戦の失態とベルギー戦での好ゲームは表裏一体、コインの裏表である

 ですから、日本の消極的試合を「つまらない!何やってんだバカ野郎!勝ちさえすればどうでもええんか!」という主張とベルギー戦で「ナイスゲームだった!素晴らしいファンタスティックな内容だった!感動をありがとう!」という主張を同時に繰り広げることは出来ないのです。このクソ試合と今大会屈指のナイスゲームは一連の流れの中にある。そういう当たり前の論理もわからない人間がそもそもポーランド戦の最後のパス回しが!と云々することはおこがましいのですね。
 まあ、素人*2はそういう手のひらクルクルが仕事・本分のようなものでいいとして、信じられないのが代表監督を努めたような人間までがそのような発言をしていたという事実です。アイスランドだかアイルランドだったか忘れましたが、代表監督レベルの人間ですら消極的な戦いを批判していました*3
 もちろん、最後の最後まで、セネガルに追いつかれるリスクが有る。もしセネガルが最後の一分、十秒前にでも1点を取ればそれで敗退。そうなったらどうするのか?今流行りの言葉を使えば、他力本願で勝ち上がりを狙うなんて「どうなの!?」ということでしょう。

現代サッカーは戦略室から上がってくるデータで指揮を決める

 己も試合を見ながら、「あれ?攻めないのかもしセネガルが点をとったらどうするんだ…攻めろよ!」と思いました。しかし、現代サッカーは試合を映像で分析してそれを情報担当が徹底してデータ化する。そのデータを逐一現場の指揮官に上げるという分業が確立されているといいます。昨今話題の楽天の作戦指令室だったか、情報分析室だったか、そういう部署が研究をして結果あれこれ監督の采配に口を出すというのも、このサッカーの潮流・思想が大きく影響しているのでしょう。結果、現代サッカーはこの映像分析の結果、そこで上げられる情報をいかに活かして戦うかというものに変化している。いかにそのデータを上手く活用できるかが監督の指揮能力となっている。その都度その都度上がってくるデータを基にいかに上手く早く戦術・戦略を組み立て直すかというものに変わってきているわけですね。
 ―であるからこそ、西野監督は攻めることで失点する確率とセネガルが追いつく確率のデータを貰って、このままで行くのがベストという判断を下したわけです。責められるとしたらその上がってきたデータの分析が本当に的確だったかどうか、そしてその確率が実際は想像以上にセネガルが追いつく確率が高かったor日本の失点する確率が低かった場合に限ったことでしょう。セネガルが追いつく確率がおそらく5%もない。どう考えてももうセネガルは打つ手も使い切って、選手も疲れ切っていて、コロンビアのディフェンスを崩すことは出来ないという最終判断があったからこその決断だったはずです。である以上、あの決断を賭け・博打とみなすのは正しくない。それこそ30%近くセネガルが追いつく確率が残っていたとでも言うのでしたら問題になるのでしょうけどね。

検証すべきは、上がってきたデータが正確だったかどうか。我々の予想以上にセネガルが追いつく確率が高かったかどうか

 もし、西野監督の采配が間違っていたというのならば、その根拠を検証すべきなんですね。その根拠が正しくないとはっきりして初めて批判できること、そうでもないのに外野がアホみたいに叩くのは理解できない。また、前述通り次戦のベルギー戦でベストで挑まねばならないという前提がある以上、西野監督のパス回しという選択は正しかったわけです。ズバリハマっているわけです、あれをみてやはりポーランド戦でのパス回しは正しかったということにならなければ本来おかしいはず。その議論の修正がなされないのは個人的には謎ですね。
 そしてプラスおまけの要素として、代表監督としては2ヶ月という異例の短期間の時間しかなかった。ということは通常4年間近く選手とつきっきり(かどうかは知りませんが)で、選手のことを把握していて、このときはこうする・どうすると、万全の準備をして頭の中で何千・何万のシュミレーションをしているはずが、彼の場合はそうではないわけです。お家事情・ゴタゴタで急転直下国家のトップを任されたというビックリする事になっているわけです。そういう状況を鑑みれば、西野監督はあそこで攻めに行ってもどう考えても一点とられることは起こりえないから、攻めていいぞという計算をすることは難しいわけです。
 叩くならばこういう状況を作り出した、現場の監督・選手に万全の状態を作って送り出してあげられなかった協会をこそ叩くべきなのです。全然論点が違う。一体何をやってるんだろう…というのが正直な感想ですね。そういう状況を作り出した日本サッカー協会という腐朽組織に多大な貢献をした元協会会長が「なんというセコいことをしやがったんだ。監督のバカ野郎、世界に笑われる」なんて言っているくらいですからね、呆れてものが言えません。お前がそういう組織を作って今の状況を生み出したくせに一体何を言っているんだ…と心底呆れましたね。

個人的最重要疑問ポイント―それでもベルギー戦を避けるべきだったのではないか?ブラジル戦を避けてポーランド戦に全力で勝ちに行くべきだったのではないか?

 最後の最後はお決まりの日本サッカー協会批判でおしまい☆―と思っていたら、最後に書くべきはずだった大事なことを忘れていました。采配への疑問というか検証しなければならない重大なポイントとして、ベルギー戦を徹底して避けるべきではなかったのかということです。
 もちろん散々書いてきたとおり、あの状況では主力を休養させる6人交代策がベストな選択で間違いなかった。しかし、そのリスクを敢えて取ってでもポーランド戦で全力で勝ちに行って1位通過を狙うべきだったのではないか。1位通過のコロンビアはイングランドのあとはスイス×スウェーデンの勝者。イングランドとやるかどうかはベルギー×イングランド戦の結果次第なのでまだ決定はしていなかったわけですが、2位通過の場合次戦でベルギーかイングランドと当たって勝った場合、ブラジルと戦うことになる。前述通りたとえベルギーだろうと勝つことは可能。しかし次戦のブラジルでほぼ100%間違いなく負ける、それもボロ負けする可能性が高い。
 である以上、主力の休養も放棄してなんとしてでも勝ちにいく。1位通過を狙って何が何でもポーランドに勝つ選択をすべきではなかったのか。ベルギーがブラジル戦を嫌って、2位通過を選択する事も考えられた以上強くは言えないことですが、もしポーランド戦で勝利して1位通過すれば、よりやりやすいイングランドと戦うことが出来て、次はスイス×スウェーデンの勝者であり、ベスト4の可能性がある。
 そういう可能性ががより高い1位通過を狙って全力でポーランド戦に勝ちに行くべきではなかったのか?問われるべきはそのことであって、ボール回しではないはずなんですよね。まあ、ベルギー戦の結果を見てもわかるように、もし全力でポーランド戦に勝ちに行って結果うまく勝てたとしても、次戦のイングランド戦で全力で戦う体力が残っていないので負ける可能性は高くなっていたんでしょうけどね。結局、主力を揃えて全力で戦って、ポーランド戦で不測の事態が起こって負けてしまったら、&ベルギーが2位通過の道を選択したとしたら―という可能性を考慮すると、主力の休養で次戦に備えるという選択が最もリスクの少ないものだったのでしょうけどね。その背景・材料、決断に至る過程を事細かに聞いてみたいですね。

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*1:韓国の元代表選手が日本は卑怯に勝ち上がって韓国は美しく敗退したとかいつものアレがあったようですね。反応したら負けなところありますけど、ファウルだらけのラフプレー万歳のチームが言うことではないですよね(笑)。そもそも日韓ワールドカップの時八百長した自分たちの歴史をどう思ってるのか恥知らずという話ですし。まあスルースルーのスルーパスですね

*2:己が玄人という意味ではございません

*3:これだったかな?※参照―日本-ポーランド戦ラスト10分に海外も様々な反応 - 日本代表 : 日刊スポーツ

2018ホークスのチーム崩壊の話、崩壊はヴィジョン・育成・組織論理の欠如故の当然の帰結

書き溜まっていたホークスネタをやりたいと思います。去年のCS・日本シリーズいつになるかわかりませんが、それを放置して今シーズンのチーム崩壊の話をしたいと思います。
 
 全国1億3千万のホークスファンから絶大なアクセスと支持を頂いた(大嘘)前回の粛清の話*1の続編を書くべきなのでしょうが、前回くらいの時間がかかる話になるので、手っ取り早く消化できる今シーズンのリリーフ崩壊とチーム崩壊の話をしたいと思います。※半分くらいで終わるはずでしたが、また長くなったのでいずれ分割しようかと思います。

目次

投手陣の崩壊と繋がらない打線 

 リリーフ陣の崩壊、セットアッパー岩嵜とクローザーサファテの離脱に先発陣も軒並みダメ。先発ローテ陣は故障や不調の雨嵐。去年の出来から唯一安定してローテを守ってくれそうな東浜も不調&肩を痛めて(右肩関節機能不全)離脱、千賀も右肘の次は右前腕部の不調から離脱、バンデン・武田の不安定さは言わずもがな。今の所安定しているのは昨年定着した石川くらいと言って良い状況。先発&リリーフ=投手陣の壊滅という事態を招きました。
 これで打撃陣が絶好調で、打撃陣が得点力でチームを支えている間に故障離脱組が復帰するまで耐える。そんな展開になっていればまだなんとかなったのでしょうけど、ホークスは交流戦までここ4~5年くらいは毎年不調・低調とはいえ、今の状態は明らかに例年とは違った状態であると言えます。
 クリーンナップを任される軸である打者松田・デスパイネが去年の打率.260台であることからHRで決めることが役割であり、率をあまり残さないタイプと考えるべきだとしても、両方共.250台にも届かない(執筆時点でデスパイネは.233で松田は.212)。4番であり、チームの中心・柱である内川は故障で離脱(もう復帰しましたが)。今宮は肘を痛めてスタメンを外れ、守備の人であまり打たないとは言えここまで打率が松田と同じ.212。今年の最初の方で中村晃が右太ももを痛めて離脱していることからもわかるように、野手の方も不調・故障だらけの野戦病院状態。今絶好調でトリプルスリーを再び達成しようという柳田がいなくなれば完全にチームは崩壊するでしょうね。
 

優勝争いはチームを消耗させ翌年状態を落とす

 投打でどうしてここまで故障者・不調者が続出するのか?以前書いたように、基本的に優勝した翌年はチームが弱くなるからですね*2。一年間優勝争いをすると試合に出続けた野手は疲労しコンディションを落とすが故に不調になりやすくなる。そして何より怪我のリスクが上がり、ベテランレギュラーを中心に故障離脱ということが起こる。技術的な要因もさることながら体力的な問題があるために、何年も連続して3割など一定水準の数字をクリアし続けることは難しい。2013年優勝した楽天が翌年ボロボロになった例を見ればわかるように、2014年最後の最後まで優勝争いをしたオリックスが翌年ぼろぼろになった例を見てもわかるように、優勝争いをすると選手層がよほど厚くない限り、その翌年チームが崩壊するもの。
 参照リンク先で説いたように、楽天はレギュラー野手が軒並み前年よりも数字を落とし、打ってくれたのは銀次のみ。オリックス首位打者を取った糸井ががくっと数字を落として.331から.262となったのを筆頭に前年並み・それ以上の数字を残したのは.260から.280へと打率をあげたT岡田くらいでした。しかしそのT岡田もHRは24本から11本へと去年よりガクッと落ちました。連続して3割以上・HR30本前後打つのは本当に一流と呼ばれる一握りの選手だけ。その年だけシーズン単年で.360以上の数字を残しても以後はぱっとしない一発屋首位打者もいるくらいですからね。
 また昔書いたように、前年度優勝チームは相手チームが研究して対策してくる。攻め方が変わるので去年のようなバッティングが自ずとできなくなるという傾向があります。野手陣が優勝した翌年、パッタリ打てなくなるというのは珍しい話ではない。奇しくも去年優勝争いをして前半絶好調だった楽天が打撃低迷で苦しんでいますが、他チームから徹底的にマークされて分析・対策されたという要素は間違いなくあるでしょう。
 

野手の高齢化&若手の積極的な起用・抜擢の欠如

 しかしホークスは毎年優勝及び、優勝争いをしているではないか?どうして今年に限って絶不調・異常事態なのだ?なんだかんだ言って今年も夏以降から打線が例年通りに爆発してシーズンが終わればやっぱりホークス打線は打ちまくったということになるのでは?と思われる方も多いでしょう。もちろんその可能性はあることはあります。しかしそこはポイント・問題の本質ではない。問題は野手の高齢化というより若手台頭の欠如。そしてそれと共に主力の定期的な休養&コンディションの維持の欠如にあります。本来それをチームの基本としてやってこなければいけなかったのに、その権限を持つ監督がそれを怠ってきたことが問題の本質なのです。
 松田(83年生まれ、35歳)・内川(82年生まれ、35歳の今年36歳)・デスパイネ(86年生まれ、32歳)。35歳は一つの指標となる年齢ですが、そのラインを超えた主力二人がいる。前々から松田・内川の後釜が必要というチーム構成・事情だった。松田は数字が落ちてきているし、内川はフルシーズンスタメン出場が厳しくなってきた(去年の出場試合数は半分の73試合)。そういうチーム事情だから今年のドラフト1位は、清宮についで履正社の安田を指名したわけですね。ファーストは外国人大砲でなんとか賄えるとして、大きいのが打てるサードがホークスの大事な補強ポイントとしてあったわけですね。ついでにセカンドも固定できないので、セカンドも守れる西田をトレードで取ってきたのもとりあえず将来的に困る可能性のあるセカンド・サードを手厚くしたいということですね。

最近の松田の状態についての感想・一考察

 ※余談ですが、松田は豪快なフォームとその明るい豪放磊落な性格からHRか三振かの大雑把なバッターと思われがちですが、ゴールデングラブの常連であることからもわかるように守備がうまい。また、2012年と2014年に怪我の影響で全試合出場はならなかったものの3割超えの数字を残していることからもわかるように、率を残せる器用なバッターだったんですね。どんなコース・球種でも対応してくる非常に器用なバッターだったんですね。追い込まれてからバットを短く持って食らいついていこうとするのも対応能力を上げる工夫ですね。スコアラーと相談してどういう球を狙うかしっかり決めたり、準備を怠らない用意周到な一面も備えています。一時期ディレードスチールを多用していたように、非常にクレバーな性質を備えているのが松田という選手なんですね。
 2015年にテラスが導入されてバッティングが変化して一発狙いのバッティングが目立つようになりました。確か翌年からだったと思うのですが、苦手な外の出し入れ・外のスライダー攻めが基本となって、その対応に苦しむようになり、外のボールの対処により注意を払うようになりました。その外への意識のあまりか本来松田が仕留めるべきインコースの球や高めの抜け球・失投を捉えそこねる。空振りするようになったんですよね。門田博光氏が、オープンスタンスはボールが見えすぎるからダメだ。見えすぎると外のコースを追っかけすぎて手を出してしまう。まず、外を捨てて甘い球を確実に絞ってHRを打てるようにすべきという話をしていましたが、そのとおりだと思うんですよね。
 目の劣化・衰えなども考慮して外は捨てて甘い球・失投を確実に打てるようにすべきだと思うんですよね。一昨年くらいからエラーが目立ちだしましたが、確実に目の衰えがあると思います。目が衰えているから失投を打ち損じる・空振りする。失投して「あ、HR打たれる!」というコースのボールを仕留め損なえば、投手も高めの失投でもしっかり腕を振って球威があれば空振りをとれると考える。となれば、松田に対してピッチャーは恐怖を感じないでしょうからね。
 場面・状況に応じて外に張って打っていくことをしてもいいですが、それ以外基本的にアウトローは捨てて甘い球・高めの抜け球を待って確実に仕留めるスタイルにしないと今後厳しいと思うんですよね。彼に期待されるのは率よりもHR、そして出塁率でしょうからね。率を残せるバッターはまだいますので、松田はHRを増やすことを考えるべき。そしてその中でいかに意味のある凡退をするか。今の打率ならHRをもっと打ってもらわないと困る。リーグトップの山川穂高は18本で.276、柳田は16本で.343なのですからね。松田の出塁率.286はHRバッターとしては寂しすぎる数字なので、なんとかしてもらわないと困りますからね。
 

中心柳田以外の驚異的な打者がいない現状

 サード松田の不調に加え、内川の離脱。そしてデスパイネの不調。彼まだ32歳で衰えについて深刻に考える必要はない年齢です。デスパイネ出塁率をまだ残してくれているので、シーズン終わればやっぱり例年通りの数字を残してくれる期待することが可能です。ですが、キューバ派遣選手であり、一年中野球をしているという事情からシーズン丸々出続けることが難しい選手です。ロッテ時代からちょいちょい休みをとったように休養が必要な選手。基本的に守備ができないDH専としては少し物足りない感を覚える選手です。外国人大砲としては十分に基準以上の働きをしてくれているので、それ以上求めるのは贅沢な話になりますから、デスパイネ以上の選手を要求するのは酷でしょう。まあそれはそれとして今、率が落ちてるのがクリーンナップの迫力の欠如・打線の不調となっていることを頭の片隅においといてください。
 柳田の他に晃と上林が打っていて、チーム打率は.250台をクリアしているので打線事情はそこまで問題であるとは言えません。柳田と上林以外走っていない。西武の源田・金子・外崎を見ると相変わらずの拙い走塁事情で頭が痛いところですけどね。2014年の打率トップ10を独占していた頃と比べると繋がらないのは言うまでもないですね。誰も彼も打てという贅沢な要求はしないまでも、打てないなら打てないで送る・粘る・走ってかき回す・采配でエンドランで崩すなどという引き出しもなくなっていますから、今のホークスの打線の迫力の欠如は言うまでもないですね。それはそれとして打線はまだまだなんとかなっているといえる現状。問題は投手。
 

リリーフ崩壊は必然

 これまで何万回も言ってきましたが、リリーフを使いまくれば壊れるのは当然。だから決して特定個人の投手に過度に依存してはならない・必要以上に投げさせてはならない。必ず間を開けて連投させずに起用しなくてはならないと言い続けてきました。
 サファテ・岩嵜が故障離脱するのは十分予測範囲内の話。去年あんだけ投げさせれば壊れるに決まってます。岩嵜はようやく使えるようになった一昨年から「隙きあらば岩嵜」で先発・ロングリリーフ・セットアッパーと無茶苦茶な使い方をされていたので、個人的にはもう去年壊れると思ってみていました。むしろ今年までよく持ったなというのが正直な感想。
 あまりにも投手起用がイカれていて見るに堪えない。酷使破壊継投・起用で頭にくるので殆どペナントを見なくなっていましたが、見るのをやめるきっかけが去年の開幕戦でした。確かロッテだったと思いますが、2試合目に点差がついた9回、サファテの連投を避けるために岩嵜をクローザーとして起用したのですが、岩嵜がピリッとせずにランナーを貯めたところでサファテにスイッチ。この起用で「ああ、もう今年もだめだろうな」と見る気をなくしました。去年の反省からリリーフの負担を軽減するために岩嵜を9回に起用して明日のためにサファテを取っておく。そのための岩嵜のはずなのにまだ点差があって、せめてもう一人我慢しても良い状況でサファテにスイッチ。その挙げ句、翌日もサファテを使って開幕カードからいきなりサファテ3連投という継投を見てだめだこりゃと思いました。岩嵜を信用して仮に負けても将来の成長の糧にすればいい。序盤の一敗くらい大したことないと岩嵜に任せてやることも出来ない。序盤の目先の勝ち星よりも終盤のリリーフの安定を重視しなければ去年と同じ目に遭うというのに、何の学習もしていないことがわかって心底興ざめ・ドン引きしました。
 その後の試合をちらほら見ても、やはり岩嵜のボールは良くなかった。具体的に言うと球威はあってスピードは出るものの、アウトローのボールが要求されたコースに殆ど行かない。10球中1回・2回行くだけで全部高めに浮いてしまうという状況でした。前々からそういう投手であれば別ですが、去年の岩嵜はもっとアウトローにきっちり行くことが多かった。少なくとも毎回毎回高めに浮いて抜けてしまうという投手ではなかった。今年で壊れる・工藤と佐藤義に壊されるんだろうなぁと見ていました。去年の岩嵜の登板数は72でした。年間72試合ということは半分以上投げているわけですから、そこでCSと日本シリーズが加わればそら壊れるに決まってますよ。一昨年の「なんでもかんでも岩嵜」「とにかく岩嵜」継投・起用の蓄積を考えれば当たり前ですね。
 サファテも66試合に投げて54セーブ。明らかに登板過多です。他のリリーフ・クローザーを見れば65試合くらいは普通。特におかしくないのでは?と思われるかもしれませんが、彼はカミさんが病気で一時チームを離脱しています。その間確か15試合くらいチームにいなかったことを考えると、彼もまた年間半分以上のペースで投げたことがわかります。吉井がいた頃のように、決して3連投はさせない。ブルペンで肩を作らせず投げない日を設けて適宜休ませる。リリーフの事を通年・複数年考えて起用をして、疲労を残さないようにしていたならともかく、3連投・4連投をためらわない現代ペナントレースのセオリーを知らない無知・無能監督&コーチでしたから、サファテも登板過多であったことは言うまでもありません。というか万一に備えてブルペンで肩を作りまくっていたでしょうね。
 肩すら作らせず、ノースローで疲労をためない。大事な終盤及び来年・再来年という先を見据えた投手継投管理がまるで出来ない。そんな投手コーチと監督でしたから、今年リリーフ陣が崩壊するのは予定調和ですね。流石に序盤で勝ちパターン二枚の同時離脱は予想できませんでしたが、まあ最悪の事態、こういうことになってしまうのは何の違和感もないことです。

本当の地獄は来年・再来年

 というか、今の継投の方がよっぽど恐ろしい。トチ狂った継投をやっていますので、シーズン終盤や来年・再来年のことをファンはもっと憂えるべきでしょうね。一人一殺継投という馬鹿なことをやって、右左右などで1イニングにリリーフ3人つぎ込むというような狂ったことを平気でやらかしていますから、リリーフがどうなってしまうのかもう気が気じゃないですね。今年ようやく13年ドラ1の加治屋がモノになってきましたが「隙きあらば加治屋」で負けでも同点でも勝ちでもとにかく投げさせますからね。勝ちパ・負けパ・同点というケースによってリリーフの役割を分けて起用するという当たり前のことも理解できない狂人なのでしょうね。既に3連投四回(ウチ一つは移動日を挟んだ四連投)ですからね。今年は加治屋が岩嵜に変わって使い潰されるのでしょうね。ドラフトで即戦力大卒・社会人リリーフが補強できなければもっと深刻な中継ぎ崩壊に苦しむことになるでしょうね。
 

投手を育てられるが、酷使して壊すというのが工藤という指導者

 予想外の出来事と言えば先発陣の崩壊ですね。リリーフは想定内でしたがまさか先発陣がここまで軒並み絶不調とは予想外でした。武田・バンデンは個人的に予想内ですが、千賀と東浜に限って言えば想定外でしたね。去年無理したツケが今の千賀の故障離脱に繋がってるのでしょうね…。WBC・不慣れなあっちの球でいつもと違う状態になっているところで休養を挟まないとかありえませんからね。
 武田・バンデン・千賀は去年を考えてこうなることもさほどおかしくはないですが、一年初めてローテ投手の役割を全うしてチームで一番多い160イニングを投げた東浜が故障というのは想定外でしたね。彼と石川はまあまだ故障はしないと思っていましたから(去年の石川の使い方も隙きあらばで危ない感がありますが、彼は大卒5年目で下で体作り十分してきたはずなのでね)。東浜は工藤塾のハードトレーニングあっての成長ですが、登板日以外はトレーニング漬けというのがこういう結果をもたらしたのではないでしょうか?結局、投手育成に一家言あれど、投手の状態を把握して適切に休ませることが出来ないというのでは育成手腕があってもどうしようもない気がしますね。育てるけど壊すという悪癖・評価が定着した以上、彼を監督として招聘するチームはなさそうですね。
 

フロントは将来を見据えた選手起用を現場に的確に指示しなければならない

 同じく以前エース摂津と先発投手事情 で書いたように、将来を見据えて、必要なポジションの選手を起用して育てておかなくてはいけない。秋山監督が先発投手陣を育てるために下で将来的に頼りになりそうな若手を試してこなかった、抜擢をして試合を捨てて負け覚悟で若手を起用して育てることをしてこなかった。高卒ドラ1の斐紹なんか、3年間下で鍛えて3年目には一軍定着をさせるという明確なビジョンを持って起用しなくてはいけなかったのに、明らかに先発起用・出場試合数が少なかった。これは秋山監督自身の問題もあれど、何よりチーム組織としての問題・フロントの戦略・ビジョンがないということを意味します。フロントに長期的視野がないという事実の方が監督よりもよっぽど問題です。フロントが今年は○試合必ず出場させろという課題を監督に与えなくてはならない。フロントが将来を見据えた選手起用を要求しない・現場に明確な指示・指令を出さない。フロントが機能していないという組織上の大問題があります。
 しかもこれはホークスに限った話ではなく、球界に共通する問題に思えます。楽天梨田監督が辞任をしましたが、ここ数年の楽天の野手陣の成績をNPBサイトでチェックしてみると、明らかに若手の起用が少ない。①選手層が厚くて②選手が若く育成が急務でない、③不動のレギュラーが固定されていて④優勝争いを毎年している―というような条件が揃っているのならばわかりますが、そのどれでもないのに今年はこの選手を起用して将来的なレギュラーとして使うというビジョンが見えない。経験を積ませている、強化指定選手がオコエくらいしかいないのでは?というくらい若手の出場が少なく、起用が偏っているように見えました。
 落合中日も黄金時代レギュラーが固定されていました。それに伴い優勝争いを毎年しているから選手育成が二の次になったのは仕方ないという意見を見ましたが、はっきり言ってナンセンスですね。どう考えても高齢化したレギュラーを休養をかねて将来のレギュラー候補を起用するくらいは出来る。それすらしてこなかったのはどう考えても問題がある。
 誰だか忘れましたが、谷繁の後釜として取った大卒ドラ1をすぐクビにしていましたからね。そんな使えそうにない捕手をドラ1指名したのもさることながら、上で実戦機会を与えて育てるという明確な意志を見せなかったことも大問題でしょうね。一軍での実戦機会、最低限の出場機会を与えなければ育つはずがない。特に捕手というポジションにおいては言わずもがな。下で鍛えてものになる選手もいることはいますが、育てる・育成というものの王道は実戦で確実にキャリアを積ませること(そしてダメそうだとわかったらスパッと見切ること)。そのノウハウがなければ長期的に安定した強いチームなど作れるはずがない。
 日本ハムファイターズが育成の王道を行っていると言えますが、まあ、ハムさんは一定の年齢を超えた選手を殆ど「追放」していますからね。「育成」しているというよりも「追放」した穴埋めをしているというべきでしょう。育った選手をどんどん切っているいびつな姿勢はチーム作りに歪みをもたらすわけですが(だからこそあれほど素晴らしいチームでありながら毎年優勝争いが出来ずにチームが崩壊するシーズンが多いわけで)、それでもきっちり育て上げている姿勢はお見事。必ず使った選手が育つということはありえませんが、しっかりビジョンを持ってさえすれば、ある程度の質と量の選手は必ず育てることが出来る。日ハムほど「追放」すればポジションが空く、その分育てられるのは当たり前だと考えてやろうとしない球団が殆なのでしょうけど、育成システムを整備してベテランの休養と調整を考慮して若手を起用すれば必ず今以上に選手は育てられる。
 戦力があれば勝つことは当たり前。他のチームが戦力を整備できずに自チームだけが他より整備されていれば優勝するのは当たり前。大事なのは育てながら勝つこと&選手を疲労・故障させずに勝つこと。フロントの役目はそのやりくりのためのビジョンを描くこと。また監督もビジョンを描いて、育てることと休ませることと勝つことの3つのバランスを上手く満たして采配を取らなければならない
 

3つのバランスを無視した無意味な勝利至上主義

 監督采配にとって重要なのは育成・休養(調整)・勝利(優勝)の3つのバランスと論じましたが、では去年の工藤采配はどうだったか?言うまでもありませんよね。選手を壊すような無茶苦茶な投手起用・継投で若手を試して育成に当てることもしませんでしたから、はっきり言って采配としては最低のレベルです。現存の豊富な戦力を後ろ盾にただ勝ち星を積み上げるだけの何の戦略・ビジョンもない采配で見るに堪えませんでしたね。でしたので去年はもう殆ど試合自体観ませんでした。
 勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしとは言いますが、現在のチーム崩壊は何の不思議もありませんね。馬鹿みたいに休ませずに選手を使いまくってるんですから当たり前です。無駄に94勝もしてどうするんですか。去年のCSの話を「2017CS風物詩再び、悪夢の秋の風物詩発動。ホークスは短期決戦に弱い愚かなチームに戻った」的なタイトルで書こうと思っていたのですが、先にその話に踏み込んで語りますが、そりゃ負けるに決まってますよ。一番大事なポストシーズンに備えて選手を温存しておかないのですから、アホとしか言いようがない、アホもアホ・大アホでしょ。
 100勝しようが80勝だろうが優勝は優勝。1-0で勝とうが100-0で勝とうが、1勝は1勝の価値しかない。それが2勝・3勝としてカウントされることはありえない。優勝も同じ。ぶっちぎりだろうが僅差だろうがペナントレースを制したという事実に何ら違いはない。0.5ゲーム差でも上回ればそれで十分、ゲーム差なしでも勝率がわずかでも上回ればそれでいい*3
 優勝する最低ラインをクリアできそうとわかったのならば、あとは勝利よりも、休養や育成という他の2要素を重視して采配を切り替えていくもの。丁度3つの要素を頂点とした三角形があったとき、勝利が頂点の正三角形or二等辺三角形から、勝利の頂点が著しく下がるぺちゃんこな二等辺三角形に推移するようなものですね(図がないと分かりづらいかな、このたとえ(^ ^;) )。CSという制度が導入された以上、終盤の戦力維持というの最優先課題になっているのにそれを無視したような戦い方を繰り広げて選手を休ませなかった。その挙げ句柳田・モイネロなどの故障を招いて大丈夫か!?という事態を作りましたから、風物詩を自ら招く利敵行為と言われてもしょうがないでしょうね。
 短期決戦のこともわかっていなければ、長期決戦(と言っていいのか?)ペナントレースのこともわかっていない。一年をどういう風に戦えばいいのかという基本もわかっていない。一体今まで何を学んできたのか?監督をやろうというつもりがあったのならば、そういう準備・勉強をしてくるはず。ここ10年~20年のペナントレースを自分なりにまとめて監督とは~采配とは~という研究すらしてないでしょう。
 

2011・2015・2017それぞれぶっちぎり優勝の意味合いが違う

 ホークスはここ最近でぶっちぎりで優勝したシーズンが3シーズンほどあります。それぞれ88勝・90勝・94勝、17.5ゲーム差・12ゲーム差・13.5ゲーム差をつけての優勝でした。パに興味がない人、ホークスに興味がない人にとってはホークスって強いなぁ(小並感)くらいの感想しかないのでしょうけど、これらの年のぶっちぎり優勝は実は似て非なるものなのですね。正確には2011年と2017年は優勝の仕方が似ているが、2015年だけはぶっちぎり優勝の意味合いがまるで異なっていたんです。
 過去に何度も書いて力説したように、この年は吉井コーチがいたので投手起用・リリーフ陣の休養・状態の維持を念頭において継投が完璧にこなされていました。なのでシーズン終盤になればなるほど、他のチームとは違い789回に投げる投手の状態がいい・回を終えるごとにいい投手が出てきて点のとりようがないというプレッシャーを相手にかけていました。1点もやれないというプレッシャーからそれまでの疲労も相まって、相手チームのリリーフはボッコボコに打たれて面白いほど逆転勝ちをして、一体いつ負けるんだこのチームは?という快進撃を続けていました。オリックス相手に9回4点差をひっくり返してサヨナラという試合もありましたね。
  序盤になるべく投げさせずにリリーフ陣の足を最後までとっておく、そうすることで生まれるシーズン終盤の驚異的な強さはこの年を見ても明らか。その翌年2016年、吉井コーチが日ハムでリリーフ管理を仕切った上で、最終的に10ゲーム以上の大差を逆転したのもそうですね。何より、シーズン終盤にリリーフが計算できないと大逆転を食らうことがある。故に序盤~中盤は勝てそうだからといってリリーフを惜しみなく使ったりせずに戦う。終盤のために余力を残しておくのがセオリー。そういう昨今のペナントレース事情を知らない、昔の野となれ山となれ野球しか知らない古い時代の監督が我慢しきれずに馬鹿みたいにリリーフを注ぎ込むというのが他所の球団でも珍しくない。2016のペナントレースを見るに総括をきちんとしてさえいれば、そんな当たり前の教訓・結論が導き出されるはずですが、殆どの球団はそういうことをやっていない。野となれ山となれとしか考えていない。行き当たりばったりで球団経営をやっているということでしょうね。
 で、話を戻して、2015はリリーフ管理を完璧にしてコンディションを最後まで落とさなかった。3つのバランスの育成については疑問符がつくものの、そういうシーズンのこなし方だったわけです。今年優勝するために来年・再来年のことは知らない、どうでもいいという典型的な目先のことしか考えない采配とは一線を画していたわけですね。最低でも来年もリリーフ陣が働いてくれる。どんなに予測外の最悪の出来事が起こっても崩壊することはないと期待できるわけですね。しかし2011と2017ではそういうリリーフ陣の管理という概念・配慮すらなかった。2011はリリーフよりも先発の問題・来季以降の先発陣の整備が課題だったのですが、来年を見据えていた継投・投手起用とはいい難いものでした。なんとなく一年を戦い、負けてもいいから来年のために先発候補の育成のためにテストをするという要素は乏しかった。で案の定見事に翌年、先発ローテに苦しんでにっちもさっちもいかないという状況に陥いりました。そして2017はとにかく岩嵜・サファテで勝ちを拾うだけというパターン。とにかく特定の優れた選手の活躍に依存し、その選手が期待通り・それ以上の働きをしてくれるという前提の元・希望的観測で戦略を立てている。その前提が崩壊したらどうするのか?そういう万が一の際の配慮・危機管理の思想がない采配だった。
 今年優勝出来さえすればあとのことはどうでもいいという非常に拙い思想の上でペナントレースを戦っている。采配が行われている。こんなことで一体どうやって長期的に強いチーム足りえるのか?3年・5年・10年ずっと強い黄金時代を築けるというのか?ましてやホークスはV10を目標に掲げている球団。そんな球団が一体何をやっているのか?
 

NPBに蔓延する監督候補層の欠如と役割の履き違え

 そして、これは工藤公康一人の問題ではない。今現役の監督に将来の監督候補を含めても、そういう事がわかっている選手がどれくらいいるのかと言われればまずいないでしょう。いてもかなり少ない。つまり監督に向いている人材が球界には殆いないという恐るべき現実がそこにはある。ノムさんが著書でそんなことを書いていましたけど、はっきり言ってノムさんも同じ。違和感という報告をバカにして、出場できないという選手にダメ出しをする。コンディション管理を軽視する。そういう勝利・育成・休養の大事な3バランスの理解はない。若手が出場するために怪我を隠して無理やり試合に出るという行為を称賛するくらいですからね。同じく過去に書いたとおり落合氏にもそれがない。育成に大失敗した過去を見れば言わずもがな。
 昔、秋山辞任で新監督は古田・工藤・桑田の誰かがいいと書きました。ベストは古田氏でしたが、工藤監督就任でも肯定的に捉えていました。三人を次期監督に望んだ理由は頭がいいから、頭がいい監督なら理に則った適切な采配をしてくれるだろうと思っていましたが、頭がいいだけではダメだということが彼でよくわかりました。工藤監督が大外れだったことを考えれば一体何考えてたんだこの大馬鹿野郎といわれてもしょうがないですね、どこに目をつけているんでしょうかね?銀魂なら花野アナ・結野アナに続いて不死野アナとして登場するくらい、節穴ですね。頭がいい人間なら研究して、学習してきっちり結果を残してくれる、まともな采配をしてくれると考えていましたが、頭がいいだけでは無理だということがわかりました。というかもう元プロ野球選手・名選手はダメだということですね。
 投手出身で高卒、またキャリアの半分を遊び呆けていたなど人間性の問題という点もあるのでしょうけど、何より元名選手は基本的に適性がない。偉大な実績を残してきた元選手はそれを前提に考えてしまう。出来ない・弱いという拙い状況から、ではどうすれば出来るようになるか?強くすることが出来るかという試行錯誤ができない。名監督を望むなら、周囲の人間の話をちゃんと聞く謙虚な調整型の人間でないとまず無理。自分のやりたいことをゴリ押しする・自己主張を第一に押し付けるような人間にはまず無理。監督を選ぶ際にはそういうタイプの人間を絶対に選んではいけないということを工藤監督ということで学びました。ずいぶん高い授業料になりましたね。
 松中が引退会見で指導者で打者を育てたいということを言っていたように、元名選手は技術指導をしたがる。監督を目指すなら采配の勉強をしなければいけないのに、打撃や守備やら投球やら技術指導をしたがる。コーチとしてならそれでいいですが、監督はそれでは困る(というか名選手でなければなかなか高いレベルの技術指導は難しいでしょうから、コーチとしてはどんどん採用していただきたいところですね)。監督の仕事・役割を履き違えた選手(選手に限った話じゃないでしょうけど)があまりにも多い。
 

監督の仕事は選手の技術指導ではない。まっとうな監督育成制度を整えるべき

 監督の仕事は「勝利」「育成」「休養」そのためのフロントから二軍から、そしてもちろん一軍コーチも含めての、意志調整・意見交換。チームの全体を見据える大枠の作業が殆どで選手への技術指導など細かいを事を本来やってる暇はないはず。技術指導がやりたいならコーチになればいいだけの話。そして監督というチームにとって重要な仕事をしたいのなら、監督としての資質を備える修行・トレーニングをきちんと積んでこないといけない。
 サッカーなんかでは資格テストがあるといいますが、同じように監督資格制度を整備しなくてはならない。海外では記者など非選手出身の監督が珍しくないといいますし、そういう監督を採用するのも一つの手でしょうね。ホークスフロントは、OBでも外様でも監督にしたい人間に声をかけて授業を行う。ホークスはこういう人材を欲しい。こういう人間を監督にしたいと自分たちが望む監督像を明確にするべき。そして指導をして、テストやレポート・面談などでAランクからCランクまでのような格付けで資質を判定する。監督としての基準をより満たした人間から二軍監督や一軍監督補佐など現場に送り込んで、実戦テストを経て監督を選抜するようなシステムにしなくてはならない。そういう合理的な制度に変更しない限り、今回のような無能監督問題はいつまで経ってもつきまとうでしょう。
 一刻も早く監督資格制度を導入しなくてはならないですね、ホークスは(もちろん他球団もですが)。
 

名選手名監督ならず、名監督は無名に近い選手が好ましい。始めから監督という人材を育てるという意志が球団には必要

 名選手名監督ならずということで、名監督を作るためには初めから監督の教育・人材育成ルートを設定して、指導・育成を図らなくてはならない。これが今の所暫定的な結論なのですが、もう一つポイントとしてダメ選手というか二流・三流の選手でなければ名監督たりえないのではないかという気がします。かの名将阪急の上田利治監督*4や、広島の古葉竹識監督など初めから監督としての期待をされて育てられた人材。結果、見事に黄金時代を築いた名将となったわけですが、両者とも誰もが知る名選手ではないということ。特に上田監督は現役をたった3年で終えていますからね。古葉さんは簡単に二流・三流と見なすことが出来ない数字を残した選手です。盗塁王のタイトルも取ってますし、当時で15年近くプレーしてますしね。しかし誰もが名前を知っているクラスの名選手ではない。そういう選手としては名前がパッと出てこないくらいの人のほうが監督に向いている。また内野手・捕手は状況に応じてプレーが変わるので監督向きだと言われていますしね。
 もう一つ地味に面白いのが、二人共広島東洋カープから輩出された人材だということ。つまり、初めから監督を育てる重要性を理解していた人間が当時の広島のフロントにいたということですね。上田・古葉という見事な成功体験がありながら、何故にこの文化・伝統が滅んでしまったのか、他球団がそれを真似して導入しなかったのか非常に興味深いところです。「上田も古葉も育てたのは我が広島東洋カープじゃい!」とカープファンなら誇りそうなものですが、あまりそういう話を聞かない気がしますね。
 

選手としてダメでも監督として名前を残したいという心理

 名選手でない方が何故名監督になりやすいのか?というのは、名選手は選手としての名誉を極めたので、それ以上強烈な成功したい!という欲求がない。しかし、現役時代成功しなかった、中途半端なキャリアで終わってしまった人物は、強烈なプロ意識を持ってコーチや監督業に取り組もうとする。失敗や屈辱というコンプレックスを武器に努力をするからですね。それこそ鳴り物入りでプロに入ったものの、現役選手としてはパッとせずにバカにされ続けた斎藤佑樹投手のようなタイプが監督・コーチとして実績を残そうという動機を抱きやすいわけですね。絶対に成功してやる!見返してやるという強い動機を持った頭のいい人間、そういう人間を監督候補生・幹部候補生として教育して監督にするのがいいように思えます。そしてそのコースにあって現在監督として成功しているのが、現北海道日本ハムファイターズ栗山英樹監督でしょうね(球団による監督指導過程はありませんが)。個人的には名監督だと思っていませんが、世間的には十分評価される監督でしょうね。フロント主導で個人の裁量権がかなり限られた監督でしょうけども、監督の役割をきちんと果たしていると言えるでしょう。
 そういうロジックがあるので、今の楽天の平石監督代行なんかもキャリア的に期待できるものがあるので面白そうな気がします。楽天はフロント主導を履き違えて、全権監督ならぬ全権フロントのようなことをやっているので前途多難感が否めませんが今後どうなるか地味に気になっています。
 また、以前ロッテの京大君というのが話題になったことがありますが、最初彼を採った時に幹部候補生・監督候補として採ったのでは?上田監督のようにすぐ辞めて監督コースが有るのでは?と期待して見ていたのですが、結局三井物産に就職したようですね。ロッテも監督を育てるという新しい路線に転換していたら面白かったのですが…。
 そんな中、ファイターズが去年のドラフトで7位で東大の宮台を指名したのが栗山監督の後釜というのがありそうでワクワクしています。かつて糸井指名の際にお前の指名は半分は打者としてだからというのがありましたが、半分は監督としてだからという要素があれば面白い。フロントと現場の分業が唯一出来ている球団だけに監督育成に着手している可能性は十分あるので今後どうなるか面白そうです。
 

全権監督は組織を腐らせる。フロント(中枢)と現場(最前線)の明確な権限分化を図るべし

 全権監督というのはやってはいけないという話をしたのでついでに話をしますが、そもそもホークスは監督にすべてを任せすぎている。何でもかんでも監督に任せて、監督が完璧で何でもかんでも監督に任せておけば上手くいくというのならばそれでいいが、ここまでのホークスの過去を見てわかるようにそんなことはありえない。現場の采配を任せるのはいいが、「すべからず」の最低限のルールは決めておくべき。今の継投・リリーフ使いまくりでは数年後チームがにっちもさっちもいかなくなるリスクがある。そんなリスクを放置しておくなんて正気の沙汰ではない。「この選手を育てるから、この選手を今年は○試合使う&○打席立たせて場数を踏ませる」―などというような指示を出さないといけない。フロントがチームを中長期的にどうしていくかという方針を明確にしておかないといけない。
 毎年のように「フロントは監督の手腕を高く評価」という報道しか出てこない。優勝しても4位でも同じ。一体どんな評価基準・査定基準を以ってその年の監督の採点をしているのかと疑いたくなる愚かさ。フロントが始めからチーム作りや勝利の責任を放棄しているとしか思えない。フロントがしっかり責任を持ってチームを運営するべき。そして自分たちの理念・ビジョンに合う監督を育成して、その監督に任せるというやり方にしなければいけない。
 毎年毎年適当な選手を採ってくる・既に成功している選手を他球団から採ってくるだけでフロントがろくな仕事をしていない。これでは3連覇・5連覇なんて出来るはずがない。10連覇や世界一の球団という目標を掲げているのに、こんなことでどうやって世界一の球団を作るつもりなのか理解に苦しみますね。
 

今のホークスの弱い理由は補強の欠如&「育成」の軽視

 最後に今年のホークスの低調の原因を書いておきますと、そら当たり前ですよ。戦力の酷使と経年劣化による衰えがありながら、補強を怠っているんですから。補強しなければ弱くなるに決まってるじゃないですか。
 何故かここ最近は積極的に補強をしなくなりました。個人的に育成は最大限に、補強は最小限にというのが王道だと思っているので、補強をすることに肯定的ではないのですが、今のようなフロント・組織構造で補強をしなければ勝ち続けられるはずがない。ピッチャーで言えば野上・増井・平野・牧田、誰かを取らなくてはいけなかった。平野・牧田はメジャー志向なので無理だったでしょうが、増井は国内移籍を望んでいた。リリーフの補強は必要だった内野手と並んで重要な補強ポイントなはず。そこをどうして無視したのか?何より去年横浜から巨人に移籍した山口に声をかけなかったこと。これが本当に疑問。クローザー経験もあり、先発で150キロを出せる投手を何故採ろうとしなかったのか?巨人志向がそれほど強い投手だったからなのか?
 ホークスのリリーフの安定、7年間連続防御率1位(09~15)を達成した絶対的なリリーフ陣というのがホークスの強みだったわけですが、そのリリーフ陣を支えるためにドラフトからの新戦力や補強での獲得という要素が非常に大事だった。ドラフトで即戦力リリーフを取ってリリーフ陣の強化を図るのは当たり前として、メジャー帰りの岡島・五十嵐を採ってきたこと。当時はそこまでパッとしなかったサファテを西武から採ってきたこと。絶え間ない指名と補強によってリリーフ陣を安定させてきたわけですね。バリオススアレス・モイネロなんかもそうですね。リリーフ陣を安定させるために、余裕を持ってやりくりをして酷使を防ぐためにどうしても使える駒が必要。その駒を増やす補強をしてこなかった、特に去年・一昨年と社会人の即戦力リリーフを指名してこなかったことが最大の原因でしょうね、何考えてドラフトに望んだのか?アホですね。
 監督からしてリリーフを軽視して「投手は全員先発を目指してダメならリリーフ。ローテを6人固定してしまうと先発を目指す上でやる気が無くなってしまうから、5人で固めて残る1枠をリリーフをやりながら争わせる」というわけのわからないことを言っているくらいですからね。先発ができる力のある投手ならリリーフなんていつでも出来るだろというヨシコーチのようなリリーフ軽視の考えを持っている監督なので、先発育てといたらリリーフなんとでもなるやろという考えでドラフトに臨んだのでしょうね。そしてそのようなトンチンカンな思想を誰も止めなかった。フロントがその方針にストップを掛けて「この投手がリリーフで必要だからこの投手を即戦力リリーフで採るべきだ」―と主張して的確に即戦力リリーフを指名しなかった。それが今のホークス低迷の根幹ですね。フロントが狂気の監督に大きな権限を与え、なおかつその暴走を止めない。最低限の歯止めをかけずに放置する。仕事の放棄・責任の放棄ですね。まさに監督に対する最低限のストッパーが必要なわけですから、それがないからこそストッパーが居なくなってチームが大混乱するわけです(激ウマ)。
 ノムさんが捕手は自分が育てるからキャッチャーじゃなくてピッチャーを採ってくれと古田の獲得よりもピッチャーを優先しようとしたという話がありますが、ピッチャーは自分が育てるから野手採ってとでも言ったのでしょうか?あるいは即戦力よりも潜在能力の高い投手ですかね。将来的に楽しみな投手はたくさんいても、現在頼りになる投手がいなくて火の車になってるんですが、それは一体どうするんですかね…?前述通りピッチャー育てても結局壊すんだから意味ないでしょうに。育てては壊し、育てては壊すの「賽の河原監督」ですからね。
 補強よりも育成にシフトする。その心意気や良し。育成こそが王道ですから、その方針変更自体は大歓迎。しかし補強を封印したのならばそれ以上に明確なビジョンを持って選手を育てる、若手を積極的に起用して経験を積ませなければいけない。そういう状況にあるのにもかかわらず、去年から全然若手を抜擢していない。補強の封印をしたからには若手を積極的に起用して育成しなければチームの戦力は低下するなんて当たり前。どうしてこんな簡単なことがわからないのでしょうか?ホークスフロントはアホ・無能というのはここにあります。補強の封印をして、肝心要の育成までもついでに封印していくんですからね。その上首脳陣の人事育成、コーチ陣・監督の指導育成という幹部候補生の育成すら封印しているのが現状なので一刻も早くその封印を解き放ってほしいものです。最早呪いレベルですので、誰かホークスにかけられた呪いを解き放ってくれない限りは永遠にこのままでしょうね。今年・来年と一気に連続Bクラスという低迷を招いてもなんら不思議ではないでしょうね。
 
 ※おまけとして、では、工藤の次は誰がいいのか?という話を残しておきたいと思います。それは森脇さんでしょうね。いくらなんでもそうすぐには次期監督を育成できない。では誰でつなぐか?と言われたら、ホークス内で顔が効いて求心力もあるがゆえに監督に就任してもゴタツクことがまずない。他球団を渡り歩いて視野が広い・優秀なコーチを知っていて声をかけていろんな人材を招集できそうな森脇さんがベスト。内部昇格した元二軍監督の水上内野守備走塁コーチが現実的なんでしょうが、前述の条件を満たしている苦労人森脇さんが一番的確なのではないかと思います。まあ、ホークスは監督に名選手縛りをかけているのでハードルは高いでしょうけどね。ホークスフロントがまともな方向に向かうかどうか、一番始めに変化する方針と言えばこの名選手縛りでしょうからね。この縛りが解禁されるかどうかを強く・賢く・隙のない野球をするホークスを望むファンは注目してみるといいかと思います。

アイキャッチ用画像

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*2:※参照―優勝候補オリックスという虚妄 

*3:実際はギリギリで逃げ切ることを前提に計算するのは不安要素がいくつかあって怖くてしょうがないので5ゲーム差位を基準に計算するでしょうけどね

*4:巨人・西武以外に唯一三連覇した阪急ブレーブスの黄金時代を築いた名将です。一応西鉄も三連覇していますが近代野球以前の草創期のことなので除外してます