別館、身体論・武術・スポーツのお部屋

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【身体論】 膝裏が固まっているという不明 下腿の話 (2011/01)

 高岡さんの『ゆるめる身体学』を読んで、ゆる体操の膝コゾコゾ、スネプラプラ運動を何気なく、ねっころがりながら本を読んでいて、やっていたんですね。ホント何気なく。そしたら、「あれ?ヒザ裏いってぇ~!。」下腿が固まっている(゚Д゚ )。全然気づかなかった…。これは、ゆるみが足りないとか、そういう問題ではなく、根本的に下半身のレベルが異常に低いということ。それから、三日間くらい丹念にほぐしているといろんなことがわかりました。

 

 それまで、ああ、立つにはヒザを曲げるのではなく、「ヒザが曲がる」。骨盤が棒立ちしている足によって、固められ、押し上げられてしまう。骨盤は力を抜くと、自然に落ちる。すると、ヒザも勝手に曲がるんですね。ダメな立ち方をすると中殿筋が固まる。腰周りの横側ね、あるいは骨盤の側面。人間の下半身は誤認されやすい。自分の身体範囲を誤認して、骨盤、仙骨・腸骨の外側にある脚、大腿骨まで骨盤として、ひとつのブロックとして固めてしまう。そうすると身体自由度は著しく損なわれる。一番出っ張ってるところ、これは大腿骨頭、大転子であって、腰、骨盤の骨ではない。

 

 中殿筋の機能が高まり、上手く働いて、固まってこれ以上動けなくなるところが、捻転、骨のしなり・機能によって止まらずに処理できるようになった。骨ってしなり、∞=八の字の螺旋でどこまでも固まらないで動きが身体全部に波及して止まることがないんですね。たとえば腕だったら、手首・肘・肩=A・B・Cという固定的関節と考える。単純なA+B+C=パワー数値、その数値の大きさですべてが決まるという発想にしてみる。A→B→Cという単純に直線的に力を発揮するのなら、大きさ、ガタイのでかさ・目方の大きさですべて決まってしまう。大きければ、あるいは筋・骨の量・質ですべてが決まってしまう。もちろん言うまでもなく、そんなことありえない。古今東西の達人の実例で腕ムキムキなんていうのはあんまり聞かない。それは必要条件ですらない。この単純な三つの関節を用いたモデルでも(実際には身体とつながっているから、無意味なモデルだが)、捻転、つまり三次元的なつながり、動きが上手いものが勝つ、優れた動きをすることが重要であると、簡単に説明できる。

 

 推手、あるいは舞の手なんかにあるように、手は一度一方向に捻りきって、しまえばそれ以上動くことは出来ないが逆に回旋運動することによって、たちまちまったく別の方向に動く。人間の関節は必ずその螺旋で、一度限界点に達する。そこを攻められたら、アウト。しかし妙手、達人といわれる人間はどこかが限界、決まっていたとしても、他のところが決まっていないから。その一つの関節だけが固定されていても、他の関節の連動によってたちまち処理される。一つ固定されてしまっても、それで極められて動けなくなってしまうなどということは起こらない。

 

 関係ない話にまた行った(^ ^;)。脚だって骨と筋肉は直線構造ではなく必ずそれぞれが、大きな螺旋・∞八の字の動きをするように出来ている。それを頭で理解していながら、型を取りながら、それを意識して動かしていたのにもかかわらず、基本中の基本である脛骨&腓骨の分離がわかっていなかったということだ。身体操作を高めようと始めたときから、手首・足首腕部と脚部はしっかりやっていた。誰もが最も手っ取り早く身体性を高めるのなら、まずはそこをやる。それがまったくできていなかった。

 

 ヒザ裏が筋肉痛のように固まっていた。それをコリほぐしてとると、つぎはスネ。スネの筋肉。長腓骨筋・前脛骨筋・長趾伸筋などなど、ものすごい細かい筋肉になっている。骨の構造はそんなに変わらないが、筋肉が細かく分かれているという事実にもっと注目すべきだった。ふくらはぎを使ってはダメ、一番バカな使い方はこのふくらはぎ依存にある。だからこそ、ここの力を抜くことを意識していたが、それでは根本的な解決方法にならない。必要条件でも、十分条件にならない。このスネ周辺の筋肉は腱につながり、ほぐしてやると、足の甲に電気が流れるように感じられる。全身がつながっているということが良く認識できる。

 足の指にまで細かいスジとなって筋肉がつながっている。足裏というものが重要だ!と武神館初見館長の著で一日一時間歩いて、足裏をマッサージしろって書いてあって(まぁ当然サボるんですけど)、足指の一本一本、関節関節、足根骨、踵骨、距骨などなど、足首の骨と骨、肉などを分かつこと、甲の五本を一本一本分けることなどは出来るようになって、それ以上、追求しなかったんですね (´;ω;`)ウッ…。子供のころから、足の指は柔らかくて、他は硬いんですけど、めんどくさがりで、靴下とか足指で脱いでいて、簡単に出来るんですよね。足で物つかんだりとか、あとバキの烈海王みたいに拳をつくるのも。でもあんなことやったら指折れるに決まってますけどね。

 

 おそらく、だれもがこのスネ・ヒザ周辺は凝り固まっているのではないか?腕のようにプランプランいつでも緩めるわけにはいかないからだ。歩きながら、座りながら、立ちながら、どのときでも足を緩めるというのは本当に難しい(ちなみに足の機能性を高めたいなら、片足をプラプラできる環境で、足が肚から吊られた感覚を作り、プラプラさせてやるのが良い。高岡著を参照ください)。ゆるめる感覚をなるべく高めて、日常的に足をうまく使うしかない。そして徹底的にほぐしてやって感じたのは、浮くという感覚だった。

 ああ、だからこそ、浮く重要性が説かれたのかと。そりゃそうだと、ちょうど、真下にかかる重力のベクトルがほぐすことで真逆の上空に向かうようになる。関係ないが、最近身体を改めて丹念にほぐすようにして、その結果わずかだが、ほぐすと重力のベクトルが真逆に向かう、浮く感覚が強まることが感じられるようになった。固まると重くなって、ほぐしてやると浮くようになる(もちろん実際は浮沈が重要で、沈むことも出来ないと武術として成立しない。これは己の課題)。浮くことの重要性は知っていて以前よく浮かせる意識を持って練習したが、はじめっからここが固まっていたからものになるわけがない。

 

 こういうどうでもいい、備忘録を書いたのは、まあ、己はワシが達人じゃ!とか、そこそこ腕っ節に覚えがある!きのこる、ここにあり!とか腕に覚えのあるものはいつでもかかってこい!とか、微塵にも思っていませんから、そういう気はさらさらないんで良いんですが、少しでも身体を論じていながら、こんなこともわかっていなかったのかと今更気づいたからですね。こんなこともできていなかったのかと。しろがねが「頭で知っているのと、身体で出来るということはまるで違うのです。お坊ちゃま。」というせりふを思い出しました。

 常々、口癖で、それでは武術にならない、武道にならない。そういうことばを使って考えていたのに、こんなことも出来ないのかと (´・ω・`)ショボーンになりました。しかられた犬のようにしょぼくれてました。

 

 仙骨・腸骨周辺は開くように意識して、脚・大腿骨頭は骨盤のほうへ向かって意識するようにすると、うまく使えるようになる。ヒザの内側、両足普通に閉じてくっつくところね。そこを意識しながら動くと、非常に脚の動きが滑らかになる。気づきがいくつかあって、ああなるほど、こう使えばいいのかと気付きにうぬぼれてましたね。小悟は大悟を妨げるってレベルじゃないですね。

 まあ、感じられるようにまで積み重ねが大事ですからね。すべては神の思し召しです(意味不明な言い訳)。ちなみに下腿をゆるめる感覚が一番認識できるのが、各筋・骨を分けるように揉むのはもちろんですが、一方の足を対の脚に乗っけて手でゆすってやる、あふってやる。ゆすられるままにして、身体の水分を感じながら動くのに任せながら各部がバラバラになるのを感じるのがいいですね。

 

 そういえば、昔はヒザ・脛骨・腓骨が重なっているところが、凝っていくらほぐしても痛みが取れませんでしたね~。今はそこに痛みを感じることもなくなりましたが。そして今は、走っても無駄な力が取れたから全然疲れず、ランナーズハイじゃないですけども爽快感も少し高まりました。やはり一部が良くなると、連動して全身の機能が改善されるんでしょう。

 

 単純に自分の不明を痛感して書いたので、興味ない人にはどうでもいい話ですが、下腿をゆるめると、爽快になりますよという話なんで、揉みほぐしてみたらいかがですか?楽になりますよっていうアドバイスですね。