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身体論・武術・スポーツ関係を分割してこちらで独立して書いてます 野球評論は辛辣に書いてますので苦手な方はご注意下さい。また基本長いので長文が無理な方はお気をつけ下さい

高岡英夫の極意要談(高岡英夫著書メモ⑥)

高岡英夫の極意要談―「秘伝」から「極意」へ至る階梯を明らかに/BABジャパン出版局

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塩田剛三

 養神館の基本の立ち方は塩田剛三自ら基本として抽出したオリジナル。軸の概念もそうですが、流石達人塩田剛三ですね。そういう大事なことに気付いて自分のものとして体得ができるのですから。高岡さんいわく、この基本の裏三角立ちというのは、上半身を抜くようになった立ち方であり、それが出来ると気も抜くことが出来るような仕組みになっているとのこと。

 植芝先生の身体を流すときに、桶を欲しいと思う時に、それ以前に気の起こりを察知してサッと渡す練習をしたと。気の起こり・感知という話。

 タイソンをちょいと肩をたたいてやったらふにゃと座ってしまった。暗示で気持ちを動かせると。対すれば相和す、勝手に協力してくれる。口でどう言っても内心どうかはすぐに分かる。浩宮様は邪心のないのがすぐわかったと。

 膝の柔軟性、足の親指、グッと力が入って下に行く。中心線だけ鍛えようとしてもダメ、この足の使い方がわかってこないと鍛えられない。

 体で覚えるのは3日、頭は10日。その3日のうちに、徹底して身体で掴んだことを反復してものにするべき。植芝先生が駅の階段で駆け上がってきた若者を絶妙なタイミングでかわしたら、若者は向こうへ転がってしまった。その貴重な体験、開き・タイミングをものにしようと学んだ。

 師匠として直接口に出して教えなくともこうやって実践して見せるという教授法だったのでしょうかね?道場で相手と約束組手のように教えるのと、嘘偽りない実際の場でやってみせるのではまるで違うでしょうしね。どちらかというと昔の人はこういう教え方を正道としていたのではないでしょうか?

 佐川先生の名前を高岡さんが出していますが、塩田先生はお会いにならなかったんですね。やはり佐川道場のハードルは高かったんでしょうか?稽古をつけてやる!道場の記帳で名前を書いたらお前は弟子だ!的なものがあったとか?このあと、森先生がそんな話をしていますけど…。

 修行をしていて、ふと人間関係を思う。心・生き方の次元にまで関係してくる。

 レスラーや力士など大男でも気を抜いてやれば、力が出せないから抑えられる。女性が手斧で気の抜けたトラの眉間を一撃で撃ち殺した話があると。柳生但馬守が虎を気で威圧して後ずさりさせた話があり、沢庵和尚は無心で撫でてしまったという話がある。無心が大事と。無心=意の操作ということでいいのかな?『極意と人間』ではフリー=無心、スティフ=有心というか非無心ということになっていますが。

 有名な佐藤定次郎さんのエピソード、これ面白いですよね。なんか思い違いをしていた。金兵衛さんだと思ってた(笑)。だれだそれ。どっかで間違えて金兵衛さんって書いたかもしれない(^ ^;)。(※追記、佐藤金兵衛さんは中国拳法の有名な人でした。それでこの定次郎さんと勘違いしてしまってたんでしょうね。失礼しました)

 砲兵官が道場に来て見学して、植芝先生が鉄砲は当たらないと言ったら、彼らが怒ってじゃあやって見せてくれという話になった。んで25メートル位のところから5人で一斉射撃するも、気付いたらそこにいなくて、一人が投げられてもう植芝さんは後ろに回っていたと。高岡さん曰くテレポーテーション。柳川先生も道場の端から端まで一歩で行くと言いますし、その応用でしょうか?速さというより「早さ」、見えない動きということじゃないでしょうかね?

 大陸で王仁三郎のボディガードをやってた時も、鉄砲は金の玉が先に飛んできてシューッと音がする、それをよければ当たらないとか。藤平先生も同じ事言ってましたっけ?それは植芝先生の話でご本人はできなかったんだったか?どうだったか?

 で、速い山鳥の小さな頭に命中させる(頭だとその場で落ちる、それ以外だと体力あるから、ずーっと飛行してから落ちるので取れなくなることもある。狙って頭に撃てる達人だということ)。鉄砲の名人佐藤定次郎さんに話をしたら、当たんないわけがないと。塩田さんはこりゃおもしろい、じゃあやらせてみせようホトトギスと師匠にお願いして了承を取る。実際やってもらったら、直前で植芝先生がストップを掛ける。待った!あんたは当たると。あんたは何も考えてないから当たる、心に何もない。本当に鉄砲の球がそのまま飛んでくるからあたってしまう―とのこと。

 気のリードで命中させようとしているからそれを読めばいい、その気の世界を超えるとそれがなくなると。気が西野さんとかで流行った時代なんで、それよりも先・上があるよという感じの話になったんでしょうかね?多分、意―気―体という順番の話なんでしょうけど。

 塩田さんが15・6の時に、定次郎さんは70近くて、終戦後には脳溢血でもう何もわからなくなってたと。無学文盲の百姓で鉄砲にかけては天下一品。月の輪熊は怒ると両足を上げてものを手繰る、直前までへ~ぜんと近づけて一発でドシンと仕留めてしまうと。塩田さんの時代にはそういう人がゴロゴロいたんでしょうね。だからこそ塩田さんのような達人も出てきたんでしょうねぇ。

 常に山を歩いていて草木の気がわかる。するとそれを超えた意の世界がわかる。だから人間のことは簡単にわかるようになると。遊びに行ってた友人と「じっさんもう寝たから夜中抜けだして町に遊びに行こう」と、夜中にこっそり町に繰り出して遊んで帰ると次の日にはもうバレてると。昨日はどうだった?と言われちゃうと(笑)。なんというかこういうひとが当たり前のようにいた時代というのは非常に気持ちが良かったでしょうね。

○稲葉稔

 国井善弥・山口清吾氏らのお弟子さんである稲葉さん。写真がどことなくB'zの稲葉さんに似ていなくもない(笑)。かっこいいですね。拳や身体がぶつかった時、どちらが生きているか、死んでいるのか。そういう所・あたった瞬間に合気があると。真剣を持つとそれだけで緊張して身体が浮いてしまう。国井先生は演武の前日でも打ち合わせをしない、ちょっと斬ってこいというだけとか。国井先生は剣を持ったまま、見事に組み打ちをこなすと。真剣を持ったまま、つかむ・投げるを同時にこなすのは非常に難しい。現代ではバラバラの領域になっていてそういう発想がない。なるほど。相手どころか下手したら自分を斬って大怪我するのですから、そりゃむずかしいですよね。

 チャンピオンスポーツには「相手を殺す覚悟」はない。しかし「自分を殺す覚悟」、死ぬ寸前まで追い込むというのはある。舞でも同じ。実際に殺さなくても心法の問題がある。

 柔道と合気の間合いの違い、現代なら米などではピストルとライフルの間合いというのが問題になる。それに鈍感になってはいけない。間合いに敏感になるということは相手の顔色・攻撃の意図を読むこと。そういう真剣性を伴わないと遊戯になってしまう。

 高岡さんは鉄舟は剣だけでなく、禅の思想をも重視した。どうして鉄舟が禅を取り入れたのか?彼なら剣だけ、武の思想だけで十分だったはずとの問いをしています。植芝さんもそうですが、武術は武道にならなくては継承は難しい、技術だけなら途絶えてしまえばそこでおしまい。技術以外の背景、精神性・思想が問われるわけですね。

 また、なんのパッケージもなく「人殺しの技」です、ハイどうぞとやられても厨二的な需要以外はないわけですね。それこそ古の技には素晴らしい物があったのでは?と甲野先生が興味をもつようになるためには、逸話以外に高い境地の精神性を示しておく、遺しておく必要性がある。

 思うに、一度廃れる・消えてなくなるということを想定して武道は作られるのでしょう。だからこそ思想が必要になる。今、韓氏意拳がそうだと思うのですけども、老子だとか荘子だとか、そういう中国古代の思想との相関性を見出して関連付けようとしていますよね。そうしないと武術以上の魅力が生まれない、文化としての発展がなくなってしまうわけですね。

 日本に「剣の思想」があるのに、中国の「拳の思想」はそこまで完成されていない。それは文化人というか、支配階級が熱心に取り組まなかった。確か禅はやっていたはずですけどね。儒士が拳法を当たり前の素養・教養としてはいませんでしたからね。武士は剣が必須教養・科目だった。しかしまあ鉄舟みてもわかるように、官僚化されていった武士階級に剣の思想は響かなくなっていった。何よりもう鉄砲の時代ですしね。そこで禅が参入しておかないといけなかったのでしょう。鉄舟は剣がなくなることさえ想定した上で、おのが思想を構築したのではないでしょうか?

○于永昌

 気功の人。破傷風の秘伝の薬を作るおばあさん。そういう秘伝はそれぞれの家に先祖代々伝わっていたが途絶えてなくなった。祖父は殺されかかって、身体がふわっと浮いて空飛んで壁を超えて助かったとか。登山家が足を踏み外して落下して岩に叩きつけられて死ぬという状況で、フワッと身体が浮いて助かることがあるという。そのような事例と。

○森良之祐

 日本拳法、開祖は澤山さん、今まで知らなかったのでググって見ましたが、あまり流派の宣伝知名度を上げることに興味がなかったのでしょうか?

 正面を厳しく取るなどありますが、剣を相手に戦うことを無意識の前提として作られた体系と。森先生が木剣を使った稽古をしていてそれが極自然に思えると書かれていることからもそういうことなのでしょう。総合的なものが意識されて打撃・組み打ちをやるけども、相手が武器を持出したらお手上げです―というような体系・システムを作るはずが無いですよね。日本拳法はどこまでも汎用性を意識して作られているのですから。

 リベラルな森先生、棲み分け理論で、どんな流派をやろうが自由と。武道界にはちょっとあっただけで、ワシが教えた!ワシの弟子だ!なんていう人がいるから大変だとのこと。今でもこの傾向はあるのでしょうか?大東流は流派について他所で話すな!他言無用という厳しい制約・縛りがあるという話を聞いたことありますしね。

 人格性の問題、強くし過ぎると危険という発想は、格闘技・武道の構造問題の一つであるわけですが、そのこともきちんと踏まえてある人は珍しい。こういう社会的な要素にもきちんと目が行く素晴らしさは、日本拳法の多面的・汎用性というものとリンクしているかもしれませんね。拳法技術上の汎用性が必然的に人間・社会に向くというリンクがあるのかも。

 空手家で拳だこ作って一生懸命な人は、剣法でいうと刀を強くしているだけ。剣士なら刀の使い方をもやらないとそりゃ強くなれるはずがないという笑い話がありますね(^ ^;)。

 腰徹(ようてつ)、木剣を壁にあてて、抑えにして腰をのせる練習をする。これが大事。ニューウェーブの空手を別にすれば(どこの流派のことでしょう?)、身体の重心が真ん中にある。それではダメで、重心は前に乗らないといけない。偶然、前に乗ることの感じをつかめた人が上に行くようになっていると。そういえば他の著書に軸に乗る重要性が昔は伝わっていた、軸乗りの重要性を注で書かれていましたね、森先生を事例にして。

 蝶番の理といって、柱が斜めだと扉は開かない、垂直でないといけない。軸をしっかり作って回すことを重視する。回転軸と正面軸、そして自他関係の軸。そこには剣術の理があると。

 古流と現代のセンスが非常にうまいことミックスされて体系が成立しているのが興味深いですね、日本拳法は。

 気になって動画を見てみましたけど、優勝した人が無差別級の柔道家みたいな立派な体格でガード固めて間合い潰して、転がして叩いて勝っていました。これだとガタイがいい人が投げに特化して競技体系が偏ってしまうのでは?と思いましたが、どうなのでしょうか?

 批判に防具着用のためにディフェンスが疎かになる、ローキックがない―などというのがありましたけど、転がしたあとのメンホーに当てるだけだとメンホーが大きい分当たりやすいし、効いた突きになっているかわかりづらい。ヘッドギアで拳サポかオープンフィンガーグローブの方がいいのでは?転がしたあと寝技にすみやかに移行しないのなら、すぐ立たせたほうがいいと思いましたね、多対一をも想定して。しかし胴つけての寝技とかどうなんでしょうか?やりづらくないのでしょうかね?メンホーもありますし、ガンガン寝技やるのは難しそうな…?ポイント制とKO制の矛盾というのは競技につきものですが、そういうものを克服する意味合いもあって大道塾などへの参戦というのがいい形で機能しているのかもしれないですね。入賞者も数多いとか。

 まあ、いずれにせよ競技はさておいて、競技以外の価値観、森先生のような優れた人に会いに行って素面素籠手で稽古をつけてもらう。競技ではなく、「ふふふ貴様にこのワシが超えられるかな…」的なシステムを導入するとかもいいかもですね。競技性の弊害の克服というのが今後の格闘技組織のテーマになるかと思うので。

黒田鉄山

 日大の宇佐美先生が、マラソンで一番効率的な走り方は、腰を前に出して倒れこんで、足を継ぐという話をしていたが、これは無足の法と同じ。意拳に止まっている時が一番早いという言葉がある。動かないように見えても、身体の中で早さを作れるということですね。書道の先生が黒田さんの正中線をわかるというのが面白い話ですね。

 上達させる意識操作にはそこを強く意識する方法と、消していく方法がある。無足の法、浮身は消していくやり方。首から下が「雲」から「空」という状態になっていると。「雲」とは雲のように各所に意識が散在する状態。完全に進むと「空」になると。

 意識が消えているから、目の前にいるのに弟子が自分を見失うことがあると。また先生のそばにいると、浮く意識につられて引っ張られてフワフワしてしまうから気持ち悪いと。無意識のうちに感応してしまうんでしょうね。通常の動作が10工程なら、それを6、7に減らすことが型の目的。中村歌右衛門さんの娘道成寺よりも、隅田川のような技巧がないもののほうが面白い。型に近い動き・面白さがあると。

 気の感知能力は、無生物・岩が落ちてくるようなものでもわかるとのこと。子どもたちのほうがセンスがいい、息子さんは小3で打とうとする意念を察知するとか。将来、黒田先生のような方がにょきにょき育ってくるのでしょうか?

 泰治氏は15~6人のヤクザに絡まれて匕首を持っているのを、下駄でバカタレ!バカタレと殴って撃退したと(笑)。それで怪我をさせないというのが凄いところですね。DSはハラがあって、真空が出来てその外側にまた円がある。ベアリング構造。塩田・佐川氏と違い外側が鍛えられるようになると。

 上野学氏が大東流の佐川氏のところに行って、双気道というものの2代目の宗家をやっているとのこと。ググっても情報無いですね、どういうものなのでしょうか?浮身はスキーと似た運動構造がある。足先ではなく、膝から下が一体化する構造であり、これが刀に相当して、輪の太刀における手と腕の運動構造がヒザで同じように行っているのがわかると。

○伊藤信之 運動学の助教、ほとんど高岡さんの解説ですね。

 正中線、まず立っている時に出来るか、次にターンした時に崩れないか、また崩れた時にすぐに軸を回復できるか。どれくらいマスターしているのかは、突然後ろから押された時の崩れる度合い、回復の早さなどから判断できる。柱などに正中線を立てて、それに向かって歩いて行く。体の外の軸と一致するか、柱に手をついて捻れる、姿勢が崩れてしまうようでは軸が弱い証拠。

 腹を突かれて身体を曲げないといけない時などでも、軸はそのまま真っすぐ立っている(=垂軸かな?)。正中線ができていれば、その軸にいち早く身体を戻すことが出来ると。

 高岡さんは、18歳の頃、毎日朝四時から稽古していて食事も道着着たままで夜中まで練習していた。母親から死んじゃうからやめなさいと言われた。肝臓・腰を壊したと。

 ディレクターが出来ると、共応反応・同調現象を起こす。黒田先生の弟子が吊られてしまうのがそう。学習の手がかりにディレクターを弟子に一時的に作るということは可能と。そういえば宇城師範がやってましたね。気を通せば技ができると。たしかにそれは凄いが、それで宇城師範の素晴らしい技が身につくのかな?と思ってましたけど、やはり一時的効果にとどまるようですね、これを読むと。

 一流選手の動きを真似たり、ドリル化してやっても本質がまるで違うから意味がない。むしろ逆効果。

 「パワーアクシス」腰から親指にかけて斜めの軸を作るのが走る練習に効果的と。「腰徹」ググったらテニスのブログ記事が出てきましたけど、これレーザーのことですかね?写真で低い姿勢でトレーニング行ってますが、前屈立ちの移動基本で腰から進むことを鍛えるアレと同じ訓練法でしょうか?

 カールルイス・塩田剛三の自由軸落下、黒田鉄山の輪の太刀も刀による自由軸落下と。

○柳川昌弘

 量をこなせないから質をポイントに、練習をしていった。陸上がやってるのは量の練習にすぎない。ただ金栗選手の長距離の選手ではないが、短距離のように倒れるまで全力で走って行って次第に倒れるまでの距離が伸びていったという感覚に近いと。懸垂によって意識が身体から解放されて抜けたと感じる。センターが出来た。

 スレスレでかわすのがやりやすいというのは気を読んでいるから、鍛えたものほど気を使うから却って読みやすい。怪我しようが病気しようがそれを克服する練習を考える。そういう障害が増えていくから年取ってから練習の密度は濃くなる。柳川先生は左腕を怪我したら固定してそれで組手をすると(自主的にやるのはいいですが、他者に強制したらあきませんね。言うまでもないことですが)。

 柳川先生は本で自伝的に書いてあるのであんまメモることないですね。懸垂とか巻藁とか岩登りとか。

 筋肉→骨格→内臓→細胞→普遍的意識へと極まっていく。高岡さんの意見に賛同的な人はいても、柳川先生みたいに実力もあって、なるほどと意見・論理を取り入れていこうという人は珍しいですね。黒田先生は自分の流派の解説で中立的。特に否定的という態度ではないですが(そうだったら対談受けないでしょう)。以後関係を断つように、自流派の伝統を守るという一貫した態度ですね、黒田先生は。まあそれこそ組織を構えている武術家・武道家のトップのあるべき姿といえるかもしれません。柳川先生はまあ突然変異の天才でフリーな立場ですから、再び秘伝誌上で対談したりリベラルな態度でいられるのでしょう。柳川先生は著書で、高岡先生だけでなく、甲野先生も褒めてましたしね。