別館、身体論・武術・スポーツのお部屋

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サッカーという競技のゲーム性の低さ

ワールドカップが終わって、サッカーの競技への疑問についてちょっと書いてみたいと思います。

 さすが世界一の競技人口でメジャースポーツであるだけに、サッカーは選手に莫大のギャラが払われます。そしてそのギャラに見合うだけの、素晴らしい身体を持ったプレーヤーが多々いました。それはそれとして、サッカーという競技について多いに疑問があった大会に見えました。それは今大会の疑問ではなくて、ワールドカップというかサッカーという競技についてです。あえて大胆にざっくりとあるかないかくらいの乱暴なイエス・ノー式で言ってしまうと、サッカーというのはゲーム性に乏しい、魅力が薄いスポーツと言わざるをえない気がしています。

 ワールドカップもベスト4になれば間違いなく好カード、はずれなしの好ゲームになりますが、その段階に至って初めて見逃せない試合しかない!というのはいかがなものでしょうか?野球のように競技人口・国が少ない、スポーツではなく、世界で最も愛されているスポーツがこれでいいのでしょうか?ベスト8でも好カードは当然ありました。しかし、これがベスト8の試合なの?というのがあるのが現状ですからねぇ…。

 欧州チャンピオンズリーグのほうが、サッカーの本場ヨーロッパのレベルの高い大会が開催される。またクラブ毎に世界一を競うような大会が開かれ、そこでは国という枠によって選手を集めるのではなく、しっかりチームの特色を活かして選手も揃えられているから、ゲームとしてサッカーの醍醐味が活かされている。ほんとうに面白いサッカーを見たいのならばそちらを見るべきであって、ワールドカップはそもそもそういう面白さよりもプレッシャーと戦うのが醍醐味なんだということであるならそれはそれでいいのでしょうが…。

 確かにそちらのほうがワールドカップよりもレベルが高くて面白いですし、国の威信をかけて国ごとに代表を招集してやるワールドカップというのはそもそもそういうものだと割り切られているのならそれで別にいいのでしょうけど…。うーん。時代の流れなのでしょうかね?母国を世界一にする!という誇りや名誉がそこまで意味合いを持たないというのも。冷戦時代のオリンピックのメダル=国の威信・体制の優位性なんて今は昔ですしね。

 そういうのは別として、まず疑問が多すぎると思いました、サッカーのゲームのシステムというのは。11VS11という多人数競技で、しかもバレーのような一回ごとにプレーが止まるゲームでないのに審判が少なすぎる。スアレスのかみつきのようなダーティプレイが存在する以上、キーパーは除くとして10VS10の対決で見えない所で反則が行われていないように10人くらい審判をつけるべきでしょう。ジダンの時のような暴言を吐くケースも有るのですからね。主審と副審2人でしょ、未だに?大会によってまた一人くらい追加されるようになってるみたいですが。

 まあ、10人も審判がいたらパスの邪魔になる、プレーの邪魔とかで反対ということにもなるかと思います。でしたら、暴言対策に音声マイクをつけてカメラでプレーをしっかりチェックしておくべきでしょう。んで審判の見えない所で反則が起きたチェックしている人が主審にすぐ知らせればいい。野球や相撲でさえビデオ確認する時代に、サッカーでビデオ判定がないというのは少し考えられないですよね。セットプレーでスプレーで線引いたり、ゴール通過を機械でわかるようにしたりしてましたが、そんなことより断然こちらのほうが先でしょう?何考えてるんですかね?

 で、件のかみつき事件ですが、サッカーではああいうのは日常茶飯事なのでしょうか?個人的にはぶったまげたというか、永久追放だろコイツ…というか世紀の大事件という印象なのですが…。もし彼が自分の国の代表なら二度と帰ってくるな恥さらしとなるレベルだと思うのですが、ちょっと理解が出来ませんね。噛まれた方も出場停止処分をやり過ぎだと言ってましたしね…。ジダンの時もイタリアでしたっけ?あんな卑怯な行為をした上で優勝して喜んでましたが、あんなのでイタリア人は喜べるのでしょうかね?サッカーというのはそういうダーティースポーツなのでしょうか?そんな精神性低い競技なら別に対して強くなくていいよとしか思えないというのが正直な感想です。

 まず、ああいう汚い行為があったら、再試合をするか反則負けになるとかが普通だと思うのですが、どうしてあれが成立してしまうのかちょっと理解できないですよね。しかも結構ビッグクラブであるバルサが彼を雇うとか、最近のスポーツは選手のイメージに厳しいと思ってましたがヨーロッパは違うのですかね?

 スーパースターの怪我があると、興行は一気に冷めてしまう・盛り下がって台無しになってしまうので、ネイマールが骨折したようなプレー、相手が背を向けている時とか飛び込むプレーは禁止すべきでしょうね。

 イエローカードでの二回で退場、累積で出場停止というシステムよりもバスケのように一発退場は別にあるとして、チーム5回でFK。だんだんセンターから相手のエリアに近づいていって最終的にPKになるとかそういう制度のほうがいいのではないでしょうか?ピッピッ、ピッピッ笛がなってゲームが無意味に中断して、あげく中途半端な距離でFKで点が入らないというのは見ててタルいと思います。

 ブラジルVSドイツで7-1というワンサイドゲームがありましたが、そういうのは殆どなく、実際は1点を争う退屈なゲームになることが多い。見てて胃が痛いゲームばかり。基本的に1点を争うゲームでいいと思うのですが、もっと点が入りやすいようにルールを考えるべきではないでしょうか?10も20も点が入る必要はないと思いますが、1点2点のゲームばかりというのは見てていて退屈です。

 オフサイドが無効になるエリアを作るとか、時間によってオフサイドにならないとか、バレーのリベロみたいに専門選手を作って彼だけはOKにするとか、オフサイドの場合は3秒以内でシュートしないといけないとか、まあなんでもいいですけど、ゲーム性が高まるようなルールを採用して色々試すべきではないでしょうか?

 野球の場合、9回のイニングのなかで駆け引きが終盤になるほど強まりますが、サッカーの場合、そういった駆け引きというゲーム性もあまりない。選手の入れ替えが3人までですが、バスケのように何回でも何人でも交代が可能という形にして、一回代わると5分間は再出場できないとかそういう形のほうがゲーム性ははるかに高まると思います。采配の妙がより問われる方が見ていて面白いですから、そういったものに変えていくべきではないでしょうか?

 試合時間もそうで、怪我の問題にしろ、終盤のパフォーマンスの低下にしろ、長時間のゲームによるものですから、時間を考えるべきだと思います。なぜ90分なのかよくわからないですよね。90分でもいいと思いますが、それならバスケのように4クール、クォーター制にすべきでしょう。そうすると20分×4か25分×4の方が時間的にはしっくりくるのでしょうが。テレビ放送的にもソッチのほうがいいと思うのですが、なんで前後半制度なんでしょうかね?ちょっと必然性がわかりませんね…。

 そしてビデオ判定と並んでこれだけは絶対やらないといけないというのが時間の測り方。ロスタイム、アディショナルタイムってなんだ?バカじゃないんですかね?機械で測って誰の目にもいつ終わるかわかるようにしておくべきでしょ?でっかくタイム表示しておいて、プレーが止まったら時計止める再開したらまた動かせばいいだけですから。なんで審判の時計でこっそり測るんですかね?そういうのは昔は技術上出来なかったからとかそういう名残ですよね?いつまでそんなことやってるんでしょうか?モノすっごい後進的というか、伝統的なスポーツですよね、サッカーのルールというのは。人気スポーツだからあぐらかいているというのがあるのでしょうか?

 時間稼ぎでピッチに座り込むというのを目にしましたが、汚い・醜いというよりも興行として明らかに魅力を損なう。ああいうのを絶対に許容してはならない。ルールを根源から問い直さなくてはいけない。交代何回でもOKなら怪我の疑いがあってもさっさと交代してつまみ出せばいいんですから、そういう制度で進行を妨げないようにするべきでしょう。

 まあ、己がなんやかんや言ってもルールが変わるわけなんかないのですが、そういう声ってむこうでもないんでしょうか?まあ願わくはもっと努力して魅力ある制度づくりをして欲しいかと思いますね。

 ※忘れてました。大会の進出を決めるときに、引き分けの場合PKで決着をつけるという制度はかなり疑問ですね。実力の有無よりも偶然の要素が強くなってしまう。大して実力がないチームはそれこそ馬鹿みたいに引いて守って、結果つまらない試合をして、本当に実力あるチームがPKで負けてしまうということが起こりえてしまう。このシステムも魅力ある試合・興行を行うために良くないルールだと思いますね。FKにするとか、DF一枚つけるとか、まあなんでもいいですけど、もっと確実に実力差が反映されるシステムで決着させるべきでしょう。守備的な試合をしたチームはポゼッションとかシュート数で判定負けするようにするとかでもいいですしね。

 そういえば予選で得失点差でも並んだ場合はFIFAランキング順とかいう意味不明なルールが有りますね…。その場合は前回の大会順位でより上の方とか、再試合とか、どちらがより攻撃的だったかとかで判定するべきではないでしょうか?ワールドカップ、サッカーのシステムは本当魅力的な試合をするため、観客を引きつけるために考えられている、考え続けられているとは到底思えませんねぇ…。