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別館、身体論・武術・スポーツのお部屋

身体論・武術・スポーツ関係を分割してこちらで独立して書いてます 野球評論は辛辣に書いてますので苦手な方はご注意下さい

合気道と中国武術はなぜ強いのか?

合気道と中国武術はなぜ強いのか? (BUDO‐RABOOKS)/東邦出版

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 武術の構造を論じる山田さんの新刊。ちょっとタイミング遅いかな?結構時間たってしまった感。内容をざっくりご紹介。

 なぜ格闘技に武術は敗れるのか?それは前提が違うため。武術は一対一ではなく、多対一や更に武器との対決まで視野に入れている、カテゴリー・枠が広い体系になっている。故に一対一という枠を狭めた体系になっている格闘技にリングで敗れるのは当然。相手の土俵で戦っている、相手有利のルールで戦っているのだから。

 (※例えばグレイシーはなんでもありのMMAで金網マッチをやっていて、一見フットワークが制限されて不利なように見えるが、あれは狭い限られたエリアでこそ真価を発揮する技術だから、金網は必要な装置・環境だった。路上だったらクルマや通行人、環境で制約されて使えない技術も多い。当然敵が複数だったら全く使えない。路上で複数であることを想定した掣圏道寝技が相手を制圧する最低限に絞ってその術技を捨てているのなどは好例)

 対照的に実戦・殺し合いになればルールに制約のある格闘技は適応に限界がある。素人喧嘩で負けるのもわからない話ではない。喧嘩師が環境を利用して戦うのが当たり前という戦法に比べて、喧嘩の素人であるから、そういう発想がない。また格闘技でなれた動きを無意識にしてしまうので脆い。よって負けるのは必定。無論リングに上げれば格闘家のほうが圧倒的に強いであろうが、喧嘩師はそういう前提で戦術を構築していない。目的が違う、実戦でいかに勝つかという事を基準に戦術を組み立てるのだから自ずと格闘技と異なる。

 一時空手がムエタイどうやって勝つかというのがテーマになった時、目突き・金的がないから敗れたより過激なルールでそれらがありのルールなら、空手は勝てるのではないか?となってテストマッチを行ったが、結果は変わらなかった。結局「格闘技の強さは非実戦的なところ」にある。ルールを限定して戦うところ、繰り返し「実戦的」に訓練を詰めるところにこそ本質があるため、ルールを過激化しても格闘技として洗練される、より高いレベルに到達するということはない。

 話を戻して、では武術は格闘技に一対一では絶対に勝てないのだろうか?否、そうではない。武術は武術として多人数・武器掛けを想定していると言えども、一対一でもその術理・構造を理解すれば、実際の応用法を知れば、きっちり使いこなせる・戦えるのである。むかしは実戦、戦争や喧嘩が当たり前だったから実戦での検証が普通だったが、今ではそうも行かなくなっている。だからより武術の実用性・有効性が下がってしまっている。しっかりとした使い方を知らなくてはせっかくの武術の技量が台無しになってしまうのだ。

 武術には構造というものがあり、今ではレスリングでも低空タックルをするほうが有効なものとみなされているが、実際に戦うなら上から頭を狙われるので使いものにならない。だからこそグレコ・ローマンスタイルがある。胴タックルしか認めないのは、剣・盾を相手が持っているという前提があるからそれでも使える練習として、実戦の有効性が高いものとして、グレコ・ローマンがある。つまり武術的なんですね、現代ではその必要性がなくなったために普通のレスリングが格闘技などでも高く評価されるように有効なものと考えられていますが

 筆者はアダプター・テクニックと名付けて、中国拳法や合気道の実戦での応用法を解く。アダプターがなければ海外で電気製品が使えない、全く無駄になるということからそう名付けた。中国拳法の人が、それを理解せずに左ミドルを鍛えあげて、格闘家を圧倒しているケースがあったが、それは中国拳法本来の動きとは関係のない戦い方で、せっかくの中国拳法の術技体系・力を有効活用できていない。このように中国拳法の使い方・前提を理解していないと無駄な戦い方をしてしまうことになる。

 (※前著では太極拳の素晴らしい達人がそのアダプター・テクニック、使い方を理解していないがために、キックかボクサーにあっという間にやられてしまったという事例を紹介していました。またレスリングの話とちょっと違いますが、テコンドーが何故脚のみに限定しているかというと、戦争で使う技術であるため。マシンガンを持って行軍するという前提から作り上げられた軍事格闘技であるということを紹介していました。そう考えるとテコンドーの格闘技としての不完全性が納得出来ますね。立ち技で他格闘技より弱くとも、戦場ではその機能を遺憾なく発揮できるというわけです)。

 武術を実際に使うためには武器を前提にしていることを理解し無くてはならない。武器だと自然と間合いは遠くなり、相手と相対するのではなく、より半身同士で向き合うことになる。格闘技では自ずと間合いが近いので相対する間合いをとりやすくなるが、こういうお互いずらし合って取る間合いではお互いの奥の手が遠くなり、前手でせめぎあうようになる(剣道が小手で一本になるように、武器を持っていれば一番近いところをせめてそれで相手を倒せますからね。自然と間合いがこう変わってきます)

 このような間合いでできる攻防戦のラインを功脈線と呼ぶ。ここを意識しなくてはならない。相手と正対するのではなく、前手で対手のように攻撃するラインを作る。そこの攻防線が重要で勝負の分かれ目になる。まあこれは説明しづらいので実際に参照してください。

 武術を実際に使うためにn1ルールという訓練法を提唱している。多人数掛けなので二人ならn2、三人ならn3となる。格闘技で一人と向かい合うスタイルではもう一人に動きを封じられてあっさりやられる。豊富な経験を持つ格闘家でもパニックになってしゃがみこんでしまう。相手が二人になると一人と戦う倍のプレッシャーになるのではない。天文学的に膨れ上がる。だから実戦で使える技はひとつに絞ること。実戦ではパニックで動けなくなるから。示現流が幕末の戦争で威力を発揮したのもそういう意味がある(ただシンプルに切り下ろすだけを突き詰める流派です)。

 違う技術、システマなら~なら対応できたという考えは間違い。スタイルを変えたり、多くの武術を学べばなんとかなるという性質ではない。大事なのは自分を知ること。禅などは自己をコントロールするための武士の必須技術だった。殺し合いで恐れを克服するのではなく、恐怖する自分と向かい合うこと。それで不安・パニックを克服する。そのためには検証が重要になる。検証することで確実にステップアップできる。

 多人数がけに有効なのは陳式太極拳だった。格闘技のドタバタは一人では効率よくても、多人数では使えない。大事なときに早く動き、相手を制す、それ以外はゆっくりで動かないと他の敵に対処できないからこそあのようなスタイルがある。それこそが多人数掛けを前提とした実戦で有効だと改めて実感した。太極拳の奇妙な動きは多人数がけでこそその有効性が立証されるのだ

 封手・封身、化手・化身もう一つ殺手があるが、4つが重要。相手の手を封じる言で相手を制する。いなしと裁きの話だと思いますが、中国拳法に基づいた分類なのでしょうか?ちょっとしっくり来ませんね

 ムエタイの選手がプッシュで相手ボクサーの技術を無効化して三で世界チャンピオンになり、のちそれが反則として禁止されたというのは面白いですね。確かに相手のパンチを受け止めて押し返したらボクサーどうしようもなくなりますね。ボクシングの根本が否定されてしまうのでそりゃ禁止ですわな。

 下半身を武器で狙われた場合のジャンプがあると言いますが、下半身武器に対してはどう対応するのでしょうか?飛び蹴りくらいしかどうしようもないような…。ちょっと気になりますね。

 軸の垂直動というのがポイントと説明していますが、どういうことなんですかね?相手の間合いである門体というエリアの外側を回り込みながら相手に向かって侵入していくということなのかな?

 化身の侵入ラインを相手に向かいながら、相手の球の内側に向かっていますが(球の外を回りながらウチへ向かって侵入する)、相手の背中側に回りこむべきじゃないですかね?なんでわざわざ相手に接触しに行く・組み合う危険性を犯すのかわかりませんが。無論、それオンリーだとパターンが固定化されて危険なので両方やらないといけないのでしょうけども。

 合気道については解説ページがわずかしかなく、物足りないですね。実際著者が合気道をあまりやってないからですかね?中国拳法に基づいた説明が多すぎるという気がします。

 軸の水平弧動、相手に向かって真っ直ぐではなく曲がりながら向かっていく。手先に相手について、着地はあとにすることで身体に浸透する。中国拳法で言う登山式、脚が横を向く。身体を正面ではなくサイドに向けることで絞り込むわけですね。中国拳法がサイドに構えるのはこういう理由があると、なるほどね。

 人間は極度の興奮状態にあると打ち下ろししかできない、戦場では突けない、打ち下ろしばかり(殺人事件でも左腕に受けた傷が残るといいます)。だからやはり結局は示現流スタイルが一番有効になる。喧嘩の達人は右パンチの対応しかしない。他の攻撃が来ても待って、右パンチに合わせる。必ずそれを使うから。よってその右の打ち下ろしに絞って訓練するとあり、それはたしかに有効だと思いますが、でも世の中には左利きがいますよね。それについては大丈夫なのでしょうか

 おまけとしてこんな話をメモ―李書文の肘打ちは入り身による投げと打撃どちらもスムーズに行うための定石、だから彼はこれを多用したと。相手の死角に入って密着して転がして相手を無力化するのが基本ですからね。

 あとサンドバッグ打つ説明で、一度打ったらへたり込む、もう動けなくなるくらい全力で打たないと、壁までふっとばすような威力を身につけることはできない。膝を深く沈める=タックル・全身で打つことっていうのがありました。発勁の科学と同じですね。

 立ち技では最もムエタイが合理的な戦闘法になっている。それを凌ぐためには彼らより優れた戦術を用いなくてはならない。藤原敏男が向こうでチャンピオンになれたのは、戦いの仕方を知っていたから。ミドルの打ち合いではどうしても劣るから、その相手の優位・こちらの不利を徹底的に消す。絶えず動きまわって被弾を避け、ロングレンジで相手の脚を削り、近距離ではムエタイ首相撲に負けない、レスリング技術を学び体力の消耗を避け、終盤打ち合いで勝つというスタイル。寝技で上になれば相手を消耗させられるのと同じで首相撲でコントロールされると体力を削られる。そのムエタイの長所をスポイルする技術を身に付け、自分優位の戦術を築き上げ相手を倒していったと。藤原敏男さんは名前だけしか知りませんが、なるほどねとなりました。

武術の構造―もしくは太極拳を実際に使うために (BUDO‐RA BOOKS)/東邦出版

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中国武術の構造 もしくは中国武術を実際に使うために [DVD]FULL-13/フル・コム

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 前著も面白いのでオススメですので是非読んでみてください。戦法と身法、身体の身体操作により、より深い術技を追求するというのは別物であって、その法の視点がないのは大丈夫なのか?という事も言えるでしょうが、武術や格闘技の根本的理解のために避けては通れないなのでね。武術関係者必読の書であることは間違いないでしょうから。