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身体論・武術・スポーツ関係を分割してこちらで独立して書いてます 野球評論は辛辣に書いてますので苦手な方はご注意下さい。また基本長いので長文が無理な方はお気をつけ下さい

【山中慎介VSルイス・ネリ戦解説②】 17/8/15初対決の内容分析<後編> 敗北はセコンドの「暴走」によるものにあらず、陣営のファイトプランの誤りにあり

 続き*1です。この前後編では、①大和心トレーナーの判断は正しかった&②おかしいのは本田会長の姿勢―という二つのテーマからなるのですが、①と②で上手く分けて、前後編でそれぞれ一つづつ扱って簡潔にしたかったんですが、ダメでした。ちょいちょい書き続けて溜めてきたことがうまく繋がらなくなるので。う~ん文章力&編集力がない。今回の話風に言うと「引き出し」がなさすぎですね。長々書いているので忘れそうになってしまったら「ああ、そうそう①と②のことが言いたいんだっけ」と思い返していただければと思います。
 それと大和心氏が正しくて、本田会長(&山中慎介)が間違っているかという話になると、どうしても③「衰え」の見えだした山中への認識の誤り、その結果ネリ対策も間違っていた―という話になってきますので、その話が折りに触れて出てきますね。まあ、③もあるので、上手く前後編にまとめられないのも仕方ないですね(開き直り)。

本田明彦会長のトレーナー批判こそ「暴走」レベルのトンデモ主張
 「大事な記録がかかっているから、終わるなら自分の判断で。見に来てくれたお客さんに申し訳がない」―たしかそんなコメントが有ったと記憶していますが、何を言ってるんだこいつは…と当時憤った覚えがあります。
 前述、参照リンク内にコメントが載ってましたね*2。いわく、「ダウンしてないからタオルを投げるタイミングじゃない。冷静に判断できなくなるから、情が入る親にセコンドをやらせないんだ。山中は相手のフックを流していた。それをわかっていない。一回我慢してから巻き返し倒して勝つのが山中のボクシング。展開は予想通り。7回や8回ならまだわかるが、今回山中は練習の段階から肉体が丈夫で強くなっていた。チケットが手に入らないほどの記録のかかった大きな興行。お客さんやファンに申し訳ないし、これからという展開で、ああいうことが起きて、もし私がファンならカネ返せですよ。」

●トレーナーを公式に非難してはいけない
 もう何を言っているのか分からないレベル…。選手の調子の良し悪しや、打たれて危険だ!まずい!という状況判断はジムのトップより普段からつきっきりで面倒を見ているトレーナーの方がよく知っているはず。そのトレーナーの判断を批判するなんて何を考えているのか…。
 仮にもしそうするのならば、個人的に裏でやるべきこと。公の場で言うなんて…。公にメッセージするなんてありえない。もし責めるならそういう状況判断を誤るトレーナーを採用した自分でしょうに。こういう展開になったらどうするこうすると明確に指示を出していなかった、細かい部分で詰めて確認しておかなかった本人の責任でしょう。自分の責任下にあった事項をミスとして部下に押し付けるなんて最低です。

●本田会長の歪んだ認識と戦闘プラン
 氏のコメントでは、我慢してやり返すのが山中のスタイルと言いますが、どう考えてもそんなスタイルではないでしょう。神の左を軸に優位に試合を進める。その中で多少の被弾はあっても、それはあくまで山中優位での話。山中劣位の前提ではない。劣勢から必殺技・切り札で逆転するというのは本来の山中のボクシングではない。
 また練習によって頑丈になっていたという主張には違和感を通り越して、一体どういう論理なの…?と呆れてしまいます。不思議でしょうがありません。この意味不明な主張をする会長の異常な論理を何故ボクシング関係のジャーナリストは突っ込んでくれないのか…?
 山中は当時34歳。階級を上げて減量苦から解放されて一回り肉の厚みを増した分パワー・攻撃力も耐久力もついたというのならばまあわからなくもないですが、当然そんなこともない。直近の試合を見てもわかるようにピークを過ぎて劣化が始まっている山中が、対策のために新しい工夫とトレーニングでも眼を見張るような成果を挙げられるとは考えづらい。
 そして事実4Rに一方的に押された展開を見ても、山中のフィジカル面・耐久力が強化されたなんていう事実は存在しないと見做すべきでしょう。
 そういう衰えが見えている状況にある山中に対する認識がそもそもおかしいし、試合プランも相手への対策もおかしい。頑丈になって打たれても終盤に逆転狙いなんて衰えが始まっていて、次の試合ではどのくらいパフォーマンスが落ちるかわからない選手に採用する作戦ではないでしょう…。
 昔のボクシング・ボクサーのように何度も打たれても立ち上がって殴り合うというスタイルもあることはあります(直近でわかりやすいのは打たれてもガンガン前に出る八重樫でしょうか?)。若くてかつ頑丈なタイプで回復力が高い・自動回復スキル持ちとかならわかりますが、言うまでもなく山中はそのケースに当てはまらないので何をか言わんや。だいたいそういうボクサーって殆どガンガン前に出て挑んでいくインファイター系のハードパンチャータイプですからね。長身・細身系の山中はどう見てもそういうタイプではありませんから。

●本田会長のマッチメイク能力への疑問
 そもそもなんですけど、防衛記録を達成したら引退もという状況の選手なんですから、指名挑戦者ではなくもっと相性のいい相手を連れてくればよかったんですよ。記録に恥じない強い選手をというのならば、14回目の防衛記録に指名挑戦者・ネリを選べばいい。確実に記録を達成するためにはネリのようなタイプではなく、山中が衰えたとしてもキャリアの差でなんとか判定で勝つことを可能にする前後の出入りを主体とする選手を選ぶべきなんですよね。
 ネリが苦手なタイプではないにせよ、山中が料理するのに手こずる可能性があるタイプ。そして衰えて山中の絶対的な武器・神の左の効果が落ちた場合、遠距離を主体として闘う山中の距離を潰してくるので危険になるタイプなんですから、想像以上に衰えているかもしれないリスクを考えると選ぶべきではない。
 山中の武器はまっすぐ・タテ系統のパンチ(個人的にストレート・ジャブなどをタテ系統のパンチと呼んでいます、日拳のような直突きのことではありません)。左右に動くタイプではなく、タテ系統のパンチを主体として、前後の動きに引き出しがある・主体とするボクサーならば衰えた山中でもまず捌くことは十分可能だったと思います。
 またサウスポー相手に苦労するということはないでしょうが、明らかにオーソドックスのほうがやりやすいはず。相手がサウスポー相手に特別な武器があって自信があるボクサーでもない限り、オーソドックスの選手を選ぶべきだったのではないか?とも思いました*3
 オーソドックスで前後の動き主体のボクサーをどうして選ばなかったのか?いくらなんでも4団体の世界ランカー全てを見渡して一人もいない、条件が合わないということはないはず…。
 また後述しますが、メキシカンは今非常にダーティーでルール違反ばっかりしている。事情を知らなかった我々には、ドーピングは青天の霹靂でしたが、ボクシング関係者・特に帝拳ジムにとっては、また「メキシカンかよ…いい加減にしろや腐れ犯罪者共が!」と言いたくなるほどドーピング違反があることを知っている。というかモロにその被害を受けている、実害を被っているわけです。そういう状況にある中でなぜ大事な試合の挑戦者に犯罪者予備群メキシカンを選んだのか? 
 ハッキリ言って本田会長のマッチメイクに疑問がある。そういう山中にとってやりやすい相手を選ばない・一番強い挑戦者を受けるということはまだ理解できるにせよ、普通はダーティーなメキシカンは選ばない。クリーンでまず試合後に後腐れのない評判のあるジム・プロモーター下の選手や国の選手を選ぶはず。本田会長はどちらかと言うと被害者ではなく加害者側であることを我々は決して忘れてはならないでしょう。*4

高崎計三氏のストップに対する正論
 こういう見当違いのコメントを公に平気でする人ですから、まず徹底的に戦術プラン・方針を詰めておくことはなかったと思いますが、実はそれが徹底されていたとしましょう。その上で、セコンドの大和氏の判断を間違いだとするのも問題です。色々書いたあとで見つけてしまって、また困ったのですが(^ ^;)、本田会長がいかに間違っているのか理解するのに最適なものを見つけました。参照*5
 こちらの記事で高崎計三氏が的確なコメントをしていたので、そちらを紹介したいと思います。
○山中を知り尽くしている大和トレーナーが止めたということは、「後半勝負どころではない」事態だという判断。
○トレーナーは誰よりも選手を知り尽くしている。コンディション・山中の年齢的な変化やダメージの蓄積など、持っている判断材料も誰よりも多い。その判断を根拠なく間違いとするのは誤り
○状況は「止めなければおかしい」段階、「止めてもおかしくない」段階、そして「止める必要のない」段階の3つに分けられる。誰もが「止めなければおかしい」と思う段階ではないが、「止めてもおかしくない」段階に入っていた。
○本田会長は自分に判断を求められなかったことも問題視したが、その間選手が致命的なダメージを受けることがある以上、そのリスクがあった結果の判断。
○ボクシングは、死につながる可能性を持つ。選手はリングに上がる以上、セコンドには全てを任せなければならないし、逆に全てを任せられない人間にはセコンドを務めさせてはならない。
○山中は「効いていなかった」とコメントしたが、続行不可能なダウンを喫した選手が、ストップされた後に「まだやれた」と言う例は珍しくない。
○スポーツ・興行である以上、守られるべきは「とことんまで戦いたい」という選手の気持ちや観客のまだ観たいという気持ちなどではなく、選手の命。
○セコンドによるタオル投入や棄権のタイミングは「遅すぎる」ということはあっても、「早すぎる」ということはない。「早い」と思えるストップには、必ずそこに根拠がある。
○トレーナー自身の見解がどこにも出ていないにもかかわらず、「暴走」と表現することへの疑問。欠席裁判のようにして判断ミスであるかのように報じることはおかしい。

 ―リンク先読んでねというだけで十分なのですが、的確でこれこそ正論だろうと言えるものなので、個人的にポイントをまとめました。真にそのとおりだと思います。本田会長への批判、トレーナー批判への反論として実に的確であると思いました。
 誰よりも選手を知り尽くしているトレーナーの判断を一体誰が間違っていると言えるのか?山中のコンディションが良くない、ディフェンススキルが拙いことを考えると妥当な判断であったとすべきでしょう。
 KOタイムが2分29秒。これがもし、あと10秒でRが終わるという時間だったら我慢したんでしょうけどね。乱入してのラグを考えるとおそらく乱入したのは残り50秒前後というところではないでしょうか?大体、最初の一発から大体1分10秒くらいずっと押される展開でしたからね。最低でも残り40秒間も打たれ続けることを考えれば、そのダメージはこの試合中ずっと残る。容易に回復しないでしょうから、残り時間から逆算して止める判断に至ったとしても何らおかしくないでしょう。

●大事なのは同じセコンドの意見、元選手の意見ではない。セコンドの役割を軽視するマスコミの無知
 また、ポイントの一つとして、このような判断をした大和氏にどうしてああいう判断になったのか検証する必要があるはずです。その検証プロセスがすっぽり抜け落ちて「暴走」というような指摘が成されてしまうのは実に問題であると思います。
 竹原が「俺なら納得行かない」とセコンドの判断に異を唱えていましたが、前に村田の判定騒動時にWBAの会長も判定のおかしさに同調した時、「このオッサンの言うことは関係ない」と会長の意見をとるに足らないこととしました。同じように、今回の事件では元選手の意見というのは関係ないのです。高崎氏が言うように、大事なのは選手や観客のやりたい・観たいという意見ではなく、セコンドのトレーナーの判断なのですから、話を聞くのなら元王者ではなく、同業者であるセコンドに意見を聞くべきなのです。なぜどこもかしこも元選手・格闘家などに意見を聞くのか、理解できない。
 メディアもセコンドという役割を理解していない、軽視しているということでしょうか?野球報道や相撲報道の質の低さを考えるとまあそういうことなんでしょうね。ボクシングだけスポーツ報道のクオリティが高いなどということはありえないでしょう。これまでの既存報道を見ても何をか言わんや。

●過去にリング禍があったのに…
 また、公の場で止めるのが早いとクレームを付けるようなことをしてしまえば、以後大和氏はもちろん、他のトレーナーも判断をためらいタオル投入が遅れる。不幸な事故が起こるリスクを高めてしまいかねないことに何故思いが至らないのか疑問でしょうがありません。
 ―ということを、書いていたあとでわかったのですが、09年に帝拳ジム所属の辻昌建という選手がリング禍で亡くなっているんですね。となれば、ナーバスになるのは当然すぎるほど当然のことでしょう…。山中が件のケースのごとくクモ膜下出血(辻選手の死因は急性硬膜下出血のようです)にでもなったら…。というかリング禍を出しておいてナーバスにならなければ、ジムの運営にも関わってくるのに、下手すれば潰れることになるのに、公にこんな事を言うセンスはちょっとトップとして信じられませんね。ジムの運営者としてのセンスが欠けていると言わざるをえないでしょう。

■山中にはディフェンススキルの引き出しがない―故にダルチニアンとも打ち合わなかった
 ディフェンススキルで思い出したので、また余計な話を書きますが、個人的に彼を好きになれなかったのは、ダルチニアン戦で終盤倒しにいける展開なのにアウトボクシングで倒しにいかなかったから。体格差があって相手を完全にコントロールできた。ビッグマッチでKOするかポイントアウトで逃げ切りかでは持つ意味合いが変わってくる。あれだけ優位に進めてなんで最後倒しにいかないのか?積極性に乏しすぎるから好きになれなかったんですね。
 で、今頃その謎が解けたわけですが、ディフェンススキルがないからでしょうね。山中はパンチが効いて足が使えず、ロープ際でまともな防御ができなかった。つまり、もし一発でもぐらつくパンチが入ってしまえば、一気に逆転KO負けがありうるという脆さを持つ選手だったわけですね。ちょっとでも不利になると極めて脆い。そういう特性が山中には実はあったから、ダルチニアンと最後まで打ち合わなかったということだったわけですね。彼もサウスポーなので、ちょっとでもミスしたら今回のネリのようになる可能性があったということでしょう。
 彼の優位というのは神の左を活かした攻撃力でその攻撃力を前提とした防御力ですから、攻撃力・圧力が衰えれば防御力はそれ以上にガクッと落ちてしまう。その結果が4Rでの一方的な展開だったというわけです。*6

●「山中戦術」の崩壊とそれを補うプランの欠如
 ピンチを凌いで後半勝負だとか言ってましたけど、山中というボクサーは一つの突出した武器、神の左とそれを軸としたワンツーという引き出ししかない※参照*7。引き出しの少ないボクサーが早いラウンドで一方的に追い込まれるような形となって、そこから巻き返せるなんて普通は思わないですよ。
 というかもう年齢的に衰えがあって厳しいわけで、それが露呈して殆ど初めてと言っていい相手ペースの試合・相手に押された展開ですからね。最初にモレノに勝った次の試合のソリス戦でも、ソリスにダウンをもらって序盤危ない展開でしたが、その試合も結局は3・4R以外はポイントを取られませんでしたから。
 山中というボクサーはその圧倒的な武器を前に圧力をかけて試合を支配する・自分ペースにして試合を進めるタイプですから、その前提がなくなった以上、もうかなり無理があるんですよね。異常に突出した武器・独特な技術を前提に技術体系を構築したスタイルですから。神の左がもう神と言えないようになってしまった。全く機能していないということはないでしょうけど、「神」から「超人」くらいには落ちていたでしょう*8
 山中にとって「神」の左の威力・精度が失われるというのは、まさに「神通力」が失われるに等しい致命的な要素だったわけですね。
 突出した左を前提に築き上げられたスタイルを「山中戦術」と呼ぶならば、その戦術の前提が崩壊しているわけですから、それを補完する新しい武器や補った上での「新山中戦術」が必要なのに、それがないわけですからそもそも無理があるに決まっている(当然、世界のトップに長年君臨し続けることを可能にした超高等技術を補完するような技術を身につけることなどそう簡単に出来るものでないことはいうまでもありません)。
 左ストレート・大砲は威力があるが、当てづらい。ジャブは決まるが、大砲であるストレートはなかなか決まらないというのがボクシング。その大砲を当てるために長いラウンドをかけてお互いの戦力を削りあいをして、終盤大砲を打ち合うという展開が基本。戦力差がある時は、実力者が早いうちに相手の戦力を削りきって攻撃力もない状態・無力化に成功して、中盤くらいで大砲・得意パンチを思う存分振ってKOなんていうのもそうですね。結局ボクシングというのは最も威力のあるパンチをいかに決めるか、決めるまでに相手の戦力をいかに削るかという競技。そのボクシングのセオリーを根底から覆すのが山中の左。威力があってなお序盤・中盤から当てることが出来るというラノベもびっくりのチート性能持ちボクサー。そんな異常・独特の武器を持つ山中の前にはその大砲を重視してマークしなくてはならない。相手が警戒してくれるから、その分防御を気にせず攻撃できる。そういう優位性を持っているからこそ、山中は世界の最前線で長年トップを維持し、KOのヤマを築き上げ続けることが出来たのですね。

●誤った認識・前提からは誤った結果がしか導かれえない
 仮にあそこをしのいでも結果は同じ。欲目で見過ぎです。正確な状況判断、現状認識が出来ない人物なんでしょうね。山中というボクサーが素晴らしいばかり、肩入れしすぎた。贔屓目で見るようになってしまった。それで物事が正確に見えなくなったということでしょう。
 まあ、2・3回ダウンすることも覚悟していたと言った根本的な認識の甘さ以前の戦術プランを見ると、やはり根本的におかしい人なのかもしれません。数回ダウンして、ポイントで圧倒的にリードされてボロボロになりながら、11・12Rで大逆転KOということになればカッコイイことこの上ありませんが、そんなこと現実的にありえないでしょう…。
 そういうバカなプランを前提にしていたからこそ、誤った認識の上に陣営が無謀な戦術を採用して試合に臨んでいたからこそ、セコンドの大和氏は「暴走」したんじゃないでしょうか?山中の衰えを正確に認識していた大和氏はだからこそ、ちょっとでも危なくなれば会長の意見も無視して早めに試合を止めるつもりだったのではないでしょうか?そうだったとしても少しも違和感がないことのように思えます。耐久力をあげるという対策は打ち合いも辞さずということですから、その分被弾率が高い・被ダメも多い。むしろ中途半端に頑丈になった分危険な一歩手前まで耐えられてしまう。そしてフラフラでも応戦できる状態で危険な一撃をもらうという最悪な未来を予想できたということかも知れませんね、大和氏の判断は。

●ダルチニアンには勇敢に、ネリには臆病に
 ダルチニアンに対しては、もしもらっても凌げるディフェンス技術を磨いておくべきだった。そうであれば打ち合って倒しに行くことが出来た。終盤もしもらったとしても凌げる、リスクヘッジをしておけばより攻撃的に行けたでしょう。
 逆にネリに対しては、初めから前に出てくる相手に対してアウトボクシングに徹するべきだった。一から十までそうすべきとは言わないが、衰えが見え始めた以上これまでの積極的に倒しに行くスタイルを転換しなければならなかった。倒すスタイルというのは当然それに伴いスキが生まれやすくなる。今回の被弾も倒そうというスタイルから生まれた攻撃の意識偏重で生まれたスキによるもの。全盛期ならばそのスキを突かれることもなかったが衰えが始まった山中ではそうもいかない。

●衰えとそれに伴うディフェンスに対する強化の認識の誤り 
 要するに「衰え」とそれに伴う「ディフェンスの比重強化」(これまで以上にディフェンスに重点を置いて練習し、試合に挑むこと)、この二つに対する認識が甘かった。そういう前提の元にして「では、どうするか?」と戦術をこれまでの「山中戦術」を一旦放棄して、一から練り直す必要があったのに、それに対する取り組みが根本的に足りないどころか、間違っていた。その認識から戦術を柔軟に変更する・再構築する必要があったのにそれを怠ったわけですね。セコンドの「暴走」の前提には、選手本人と会長が従来のままでいけるという誤りがあった。その間違った前提からもたらされたのがトレーナーの「暴走」ということは、誤×誤は正とでもいうような結論になると言っていいでしょう。*9

問われる山中の人間性
 最後に山中の態度についての疑問を残しておきたいと思います。試合後、多くの人から応援された姿を見て山中の人間性が素晴らしいことに疑問は抱く人はいないでしょう。当然個人的にもありません。しかし、「暴走」と報道されて自分のトレーナーが叩かれている。自分のパートナーが世間から非難を浴びている。今はSNSなどがあって攻撃にさらされやすい。ボクシングに詳しくない人間が、また人を叩いて平気な感覚を持つ人間がネット上で、大和心氏に暴言を吐く・攻撃することは想像に難くない。
 となれば、公の目立つ場で「大和氏は正しい。自分が悪い」と発言して取り上げてもらわないといけない。大和氏へのバッシングを止めることをしないといけない。山中についての試合をググってもそういう言葉・強いメッセージが彼の口から出てこないのは非常に疑問に思いました。イクメンみたいな式で育児ではタオルは投げないとか、NHKのプロフェッショナルで練習中にタオルを投げないでよと大和氏をいじっていたりだとか、自分のミスや非というものに対する認識が見られない情報しか出てきませんでした。
 「責められない」みたいなことをコメントしていましたが、それではダメ、弱い。それではあの場面で大和氏が間違っても仕方ないみたいな受け取られ方をされてしまう。たとえ、そう思っていなかったとしても「悪いのは自分。間違っていたのは自分」と。自分の責任を明示して庇ってやらなければいけない。一緒にここまで歩んできた盟友・大事なパートナー・相棒であるセコンドに対するこの姿勢は個人的に非常に残念でした。
 山中は自分の責任であり大和氏に一切の責任はないと明言してほしかった。それこそ、「他の誰かだったら、例えば後輩の村田がセコンドにいてタオルを投げたのなら、お前ふざけんなよ。ぶっ殺すぞって話ですけど、他ならぬ大和さんの判断。僕のことを誰よりも知り尽くして一緒にここまで来た大和さんがダメだと思ったということは、業界のすべてのセコンドがいけると判断しても、ダメだということです。世界中の人間、みんながイケると思っても、大和さんがダメだと思ったのならそれはダメなんです。そういう状態に追い込まれた自分が悪い、自分が弱かった・下手だったと言うだけです。大和さんのタオルを責めるなら弱くて応援に応えられなかった情けない自分を責めてください。
 何度でもいいますけど大和さんに一切の非はないんです。彼を叩くような行為は止めてください。まぁ、叩くならあそこでタオルを投げた村田を責めてください(笑)。ゴロフキンに勝ってベルト取ってくるまで許さないから、早くゴロフキンに勝って、俺の前にベルトと百万円とハワイ旅行をもってこい(笑)」
 ―とか、まあそういうような大和氏に責任はないということを明言してほしかった。陣営スタッフに対する配慮がないのは名王者である山中だからこそ残念だと感じましたね。
アイキャッチ用画像

https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/41Tjy08bDCL._SL160_.jpg

*1:

*2:一応、もう一度リンク先を貼っておきます―V13具志堅超えに失敗した山中はタオル投入の暴走がなければ勝てていたのか | THE PAGE

*3:KOシーン集を見たところ、山中のオーソドックスを相手にした左ストレートの打ち方は目を見張る物がありました。個人的にサウスポーの利点を「斜角」の優位性という用語で説明しているのですが、「斜角」の使い方が非常に上手い。お手本・教科書と言っていいくらい見事でした。トレーナーだったらこのビデオをまず見せて教えるくらい理想的でした。オーソドックス相手には相手の左足の外側に右足を踏み込むのがポイントなのですが、それに伴う右側へ身体を傾けながら打つ左ストレートが基本。
 それが見事であった以外にも遠間から飛び込んで打つ距離の詰め方が素晴らしい。浮身をかけて身体を上下動せずに足で蹴らずに、一気に滑るようにして相手に迫るというのが武術・武道で行う理想的な移動方法・歩法の一つ。身体が上下動せずに平行移動で近づかれると相手は動きを捉えられないんですね。その移動方法をかなり高いレベルで使いこなせるから遠い距離からの左ストレートを相手は無警戒にもらってしまう。本来届かない距離なので左が来るとは思わないと警戒を解いている状態からミサイルが放り込まれるようなもので、警戒システムをくぐり抜けてしまうんですよね。真正面にいて見ているはずなのに、パンチを貰ってしまうという不思議な感覚に陥ってるのではないかと推測します。他にも素晴らしい左ストレートの使い方もあって、お見事と感心する左がいくつもありました。ちょっとこの左の技術は世界的にもそうそうやれるボクサーはいないんじゃないのかなと惚れ惚れしましたね。
 ただこの歩法での左の使い方はオーソドックスで有効な遠間からのストレートなんですよね。正対した状態、サウスポー相手にはこのスライド歩法は左足を踏み込んでスイッチする・オーソドックスの構えになるようにしないと使えない。まあサウスポー相手でも上体を突っ込ませることで遠間から左を放り込んでうろたえさせるというシーンが有ったので有効なのは言うまでもないですが、サウスポー相手には引き出しが狭まることは言うまでもないでしょう。

*4:参照―セコンドによるタオル投入を批判する本田明彦会長は、選手の健康や人命を軽視しているのか? - HARD BLOW ! こちらの記事によるとやはり本田会長に問題があるようです。帝拳ジムだけが、会長に対してお礼を言うような状態であるならば、やはり業界の天皇として威圧している。選手スタッフは勿論、記者や業界関係者に圧力をかける。君臨して権力を振るうことをためらわない人なんでしょうね。帝拳と言えば読売・日テレ枠ですが、読売のトップの誰かさんと似たタイプで相性が良いんでしょうね、きっと

*5:

*6:もちろん山中にも優れたディフェンススキルがあって、過去にそういう物を見せていても不思議はないです。能力というのはあくまで相対的なものですからね。世界2位の攻撃力・防御力を持っていても、相手が世界1位のそれを持つというのなら、結局攻撃力・防御力両面で劣位にある、不利にあるということですから。他のボクサーならばディフェンススキルを使えても、ネリのようなタイプを相手にした場合には、ディフェンススキルが使えないということもありえます。いずれにせよ山中のディフェンススキルはネリ相手に発揮されなかったということですね。

*7:山中慎介6401発中5896発の信念、そのすごさ - ボクシング : 日刊スポーツ

*8:山中の神の左についての技術論なんか色々面白そうなんですけどね。山中の試合をそんなに見てないのであまり確信が持てません。威力・パワーと言うより、見えないパンチなんだろうなとは思ってますが。相手が気づいたらもらってしまうという「おこり」の少なさ、モーションが殆ど無いとか、ワンツーで相手の行動範囲・支配距離をある程度操れる。そして誘導した上でズドンとかそういう技術なんでしょうね。ダウンシーンも強打が入ってKOというよりも、相手が予想外にもらってしまって面食らって・バランスを崩してたたらを踏んで崩れるというのを何回か見ましたし。あとはAFSに分類されるボクシングなのに、神の左だけBFS気味に打っているから、いきなりパンチが飛んでくるとかですかね。雑誌の写真でちょうど左ストレートをBFSみたいに突っ込んで打っていた写真を見たので

*9:やっぱり技術論を書こうかな、もう一度見直したところ、もらった一撃以外、回ってネリの追撃をかわそうとしたり小細工していましたね。それでもネリに詰められてやられてしまったわけですが、じゃあ何故やられてしまったのかときっちり書いたほうが良いかな。
 サウスポー対決ということは要するに普通のオーソドックス対決と同じ。いつもと違いサウスポーにとっては左の大砲よりも右のジャブの差し合い・使い方が一つのポイントになってくる。神の左を磨き、それ一本に頼ることで右の使い方が雑になった、相対的に少なくなったと言われる山中ですが、それでも右を使ってコントロールしようという意図が見えました。そして、大砲の左がいきなり当たるわけもないので、下のボディにまずは左ストレートをちらしてスタミナを奪い、相手の足が止まった8R以降にKOというプランだったんでしょうね。
 右を使うと前傾して低い地位にあるネリには打ち下ろし気味になる。突進を止める・上手く突き放してコントロールする・身体を起こすために右のリードを下げてフリッカーのように払う使い方をもしようとしていました。まあしようとしていただけでそこまで上手く行ったようには思えませんでしたが。右をあまり高くに持ってくると、ジャブの打ち終わりを突進してくるネリの左フックで被せられる。格好のカモになるので、あの少し低い位置が正解でしょう。ガードが甘いという問題はなかったと思います。あのくらいで正解・適切かと思います。
 キーになったのはネリの右。同じサウスポー同士、左は見えやすいのでそこまで問題にならないが、ネリの場合は右の打ち方に特徴があって、突進してくる左フック。下から跳ね上がって体ごと叩きつけるような感じに見えました。一撃目の左フックをもらっても次の右はあまりもらわないものですが、ネリの場合は右フックにつなげる時、空手の追い突き逆突きのコンビネーションのように踏み込んで構えを逆にする。意図的なスイッチというよりは身体の流れ、重心移動を最大限活かすために左フックのあとそのまま左足を少し前に踏み出して残すんですね。で、もういっちょ左フックで今度は右足を前に出して(映像では確認してませんが、時には足を引き戻すことで距離を調整します)元の構えに戻る。そういうコンビネーションなので、ワン・ツー・スリーが強力で一気に距離を詰められやすい。最初の左フックを打たせないように右ジャブで徹底して突き放すか、左のフックを狙っていると思わせるカウンターを何回かやらないと自由に攻め込まれてしまうでしょうね。いつもならオーソドックス相手の右フックなど封じることはたやすいはずですが、サウスポーからの一時的なスイッチ・オーソドックスに切り替えられると距離感がわからなくなりやすいですからね。
 山中が大したことはないと感じたというのも意外と正しいのかもしれません。1Rは遠い間合いから相手の感じを探って、2Rで僅かですが少し距離が縮まる。3Rでさらに縮まり、攻撃をより当てようとしていました。ネリの詰めを十分いなせるとそれまでは感じたのでしょう。しかし3Rの撃ち合いで少し様子をまだ見ようか、探ってみようともうちょっと様子見をするべきでしたね。いけると判断して、そのままの方針・もしくはさらに前に出ていった。これが敗因でしょうね。
 ネリの右ジャブはあたる。しかし山中の左ストレートは3回空振り、当たらない。ちょっと狙いを一旦変える。目線を上に挙げさせることで次のRでまたボディを叩くためだったのでしょうか?左ストレートが空を斬ります。左がネリの抑えにならないのならば、あとは右ジャブしかない。ネリは再三山中の右ジャブに合わせて大きなスイングの左を見せていましたから、いずれ右ジャブも合わせられたと思います。そしてネリの右ジャブからの左フックがヒットであとはもう一気呵成。ぐらつかせてからネリのいつものコンビネーションでガンガンいかれて距離を潰されて、ザ・エンドってね―という結末に至ったわけですね