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別館、身体論・武術・スポーツのお部屋

身体論・武術・スポーツ関係を分割してこちらで独立して書いてます 野球評論は辛辣に書いてますので苦手な方はご注意下さい

【雑誌】 月刊秘伝 2013年03月号&04月号

月刊 秘伝 2013年 03月号 [雑誌]/BABジャパン
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 肥田式強健術、中心力を鍛えることで、筋肉を伸ばしながら鍛えることが出来る。それにより柔らかく&硬い筋肉を作ることが出来ると。

 力士はすり足のために平らな足を作る。足の指で地面を掴まないといけないが、指が反るように潰れてはダメ。丸めるように掴む。はじめのうちは凹みが生じて、平らにならないとか。丹田に力を込めるためにずっと足の指は丸めたまま、四股で宙にある足も丸めたまま。

 宮城毅氏の小林流の話、腰を切る、振り切って突くと次の動作・突きが出せない。故に振り切らない、振り切らないで効かせるために、戻す作用「振動」が必要。ナイハンチの身体操作、チンクチ・ガマクでそれを行う。締めるとも、絞るとも違う。丹田に向かって集中する感じ。気が流れて還ってくる。宇城師範の教えと同じかな?「集中」は力を入れるのとは違う。
 大事なのは意識、自分に集中する。自分に集中することで相手も見える。心技体ではなく体技心。体ができることで恐怖を克服する心ができていく。

 廣木道心氏による護身を徹底的に突き詰めた護道。子供が自閉症であり、子供の突発的な暴力にどうするかという発想から生まれたというのが面白いですね。武道関係、格闘技関係の例の暴力事件の問題に踏み込んで、そういうものをどうするか?という発想があるのもいいですね。格闘技をやらせたら暴力的になるのでは…!という親御さんにしてみれば、安心でしょうね。
 社会福祉の介護という視点から見れば、老人の暴力というものもあるでしょうし、こういう発想から武道的な性質を最小限にして社会性(社会の問題に向き合うこと)を最大限に考えるものは面白いなぁと関心しました*1合気道は護身の中に、相手を傷つけない=傷つけずに制するというテーマがあり、それゆえに魅力があって人を惹きつけるわけですね。そして、この護道は同じように相手も傷つけないことに注目している。暴力性が強い相手を制するのではなく、弱い相手・ケースをも含めている・考慮していることが面白いですよね。
 昨今、DVとかそういう問題もありますし、その被害を最小化するために有効なアプローチになったりするかもしれませんね。

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 心眼流から発生した腱引き。島津先生に見せたら秘伝の腱引きをなんで知ってるのと驚かれたとか。戦場でも、とっさの腱引きでとりあえず動けるようにする。そういうものから生まれたと。

 松原さんの話、脊柱の状態を保つには健康な胃腸であることが大事。そして腹圧。腹筋ではない。腹筋は猫背になり、腰が曲がり腰痛が悪化する。腰・腹からの力が出るのではない。それなら宙に浮いてても力が出ることになる。腹圧により、地面からの反発力を上体に伝えることを腹・腰の力と言う。腹圧の力は前だけでなく、後ろの腰側も力がはいること。全方向膨張するのがポイント。つま先重心は膝を痛める。踵に置くこと。踵に重心を置いて腹圧があれば、片足でも押されても倒れないと(膝を外に向けてはダメ)。


月刊 秘伝 2013年 04月号 [雑誌]/BABジャパン
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 堀川師のお弟子さん蒔田さんいわく、正の合気。四方投げなど力学を利用して行うものは負の合気。正の合気というのは、相手の中に入っていく。相手の中に入れば、相手の力が相手に還っていく。力は別の運動やエネルギーにならない限り消えない。相手に何の仕事もさせなければ、そのエネルギーはそのまま相手に跳ね返ると。

 モンゴル相撲に受け身はない。どんな姿勢からでも返し技を出そうとする。ダメを押す朝青龍などの姿勢はこういうモンゴル相撲の返し技の発想と。なるほどね。

 八光流、奥山さん。経路は力むと急所化する。それに応じた経絡をつけば耐えられない痛みになる。痛い反応から逃れようとするのを誘導してやれば勝手に技にかかると。首を絞められても笑って声を出すことで気道の確保ができる。傷つけない精神性があるから、誘導が出来ると。

 佐川先生の初期のお弟子の息子さんの沼田さんのお話。入った当時は、警察官と学生が1人いただけ。あとはゴロツキが出たり入ったりだったとか。父いわく喧嘩に負けていたと。佐川氏ほどの人が喧嘩で負けるようなことがあるとすると面白い話ですが、どうなんでしょうね。ボクシングや相撲、拳法など色々研究をしていたので、その時の失敗の傷だろうとありますが。「柔道は外人にやらせるな、そのうち取られちゃうぞ」、柔道に危機感を抱いていたのでしょうかね?相撲の今の現状を見てどう思うのでしょうか…?
 自主稽古で急所を擦りむいて、奥さんしかいなくて奥さんに見せてご覧なさいと言われて、赤ちんだけ貸してくださいと言ったとか、隣近所の剣道の先生を脅かして逃げたとか、そういうエピソード面白いですね。親父いわく当時は下品は弟子ばっかりだったと。
 端座する時は必ず親指を握りこんで人に見せなかった。親指を掴まれたら何もできなくなるから、見せたらアカンと。当時は弟子の横で鉄扇で胸や腹を叩いたり、一緒に稽古をしていたと。神技のようなものはなかった、それでも普通に強かった。「体の合気」というものに70の頃に気づいたという話がありますし、佐川先生が名人・神技を備えたのもその頃からということなのでしょうか?あまり月謝も払わなかった。それで肉とか野菜とか卵とか届けていたとか、時代を感じさせていいですね。

 下腿膝擦法―血液・体液循環、心臓の機能回復にいい。心臓の疲労というのは固有の反応を示さない。ただ全身の疲労として現れる。故に
下腿膝擦法で心臓疲労からくる不調を解消することが出来ると。習熟すると30秒~1分で手が発赤、暖かくなって汗をかくようになる。筋神経トレーニング、進めば進むほど浅層筋ではなく、深層筋優位になっていく。大腰筋>腸骨筋>大腿直筋という風に使う筋肉が変わっていかないといけない。

 平さん、筋金入りと筋違い。昔の人は「筋肉」という発想はなかった。「筋(すじ)」という発想だった。筋一本一本鍛えるから筋金入りになる。骨格に筋が正常に絡んでこそ機能する。それがズレてしまえば筋違いになって機能しなくなる。

 相変わらず独特の語り口をする近藤さん。正中心を探るために棒を持って落下する。落下した時にブレがなくなるようにする。ブレない所が中心だと。上下分割はそのラインから下がなくなったようにしてしゃがむ。加速かつ安定する所が正しいラインと。

 藤本さんの前回の続き「インテンション」。実際の動作の前にイメージする。イメージの前にインテンションというものがある。施術をする際に、全身を見るか、それとも部位を見るか=意識を置くかというだけで反応が変わる。意図がないと反応できないというのは、サッカーのパスのスペースのようなもの。パスの出し手が見てなければそこはデッドスペースとなる。意図があって初めてスペースが生まれる。
 投げるときも、相手の全身を見ることで全身に技をかけられる=良く効く。さらにそこに投げるという空間の意識を置くと、さらにまた変わると。腕を前に出す動作も、そこにたださわろうと伸ばすのか、それとも押そうとするのかでまるで動きが違ってくる。合気の曲がらない腕と同じ。プッシュしようとすると意識は内になる。集中できないような時は押して、自分の内側に意識を持ってくるといいと。

*1:あくまで相対的な話で武道性・武術性が他のものより乏しくて他のものと比べて使えない!とかそういう話じゃないですよ、もちろん