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別館、身体論・武術・スポーツのお部屋

身体論・武術・スポーツ関係を分割してこちらで独立して書いてます 野球評論は辛辣に書いてますので苦手な方はご注意下さい

【ストライクゾーン・統一球】 国際基準について

セ1.6%減、パ2.5%増=プロ野球交流戦観客

 セが201万、パが179万ですか、観客数。笑いのセにするためにもうちょっとかかるようですね。優勝した巨人はもちろん増えたし、新球団DeNA交流戦でも5.4%増と新球団ブームをこの交流戦でも保てたようですね。ロッテは10%も増えたようです。しかし日本一→最下位→日本一(?)と強い弱いを隔年で繰り返すような形で大丈夫なんですかね?ロッテは。弱いから去年観客が入らないだけじゃなく、今年藤岡とかそういう新戦力でのファン層開拓とかあったのかしら?

 しかし中日の8.5%も減らしているとか…。どういうことなんでしょうか?パ・リーグ側にしてみれば落合じゃないから~ということでしょうかね?そもそも中日強くても地味だからなぁ。パ・リーグ側からしてみると交流戦でみたいっていう対戦チームじゃないからかなぁ?浅尾・吉見いないですからねぇ。去年の日本シリーズの(´-ω-`)がいない中日は見る価値がないと判断されたんでしょうか?HR少ないチームですし。

 中日ファンがテコ入れを図った末の新監督陣なのに、客に見放されたとなれば、一体何の意味の人事転換だったのかさっぱりわからない結果になりそうですが。今のところ首位ですし、そんなに成績の問題があるわけでもないのにね。

 これで観客減ったら、どういう言い訳をするのか楽しみですね(笑)。落合さんも森さんもなんで上はファンサービス言い出さないのか不思議だったって言ってましたし。なんか客集められるファンサービスちょっとはやってるんですかね?

↑の観客の話はおまけで、本題。

プロ野球「統一球」の導入は失敗だったのか?

 なんていう記事があって、ちょっとこの話関係で書きたいことがあったんで書いてみようと。

 以前、僅差のゲームでペナントが成立しなくなる。中継ぎ・抑えが死んでダメになるから廃止しろ(統一球廃止すべき 中継ぎ酷使でペナントが成立しなくなる)と書きましたが、そもそも四年に一度のWBCのために制度を弄るのなら、WBCをもっと日本主導でやれるように長期的プランに則ってルール変更をやるべき。

 世界戦略としてその世界の大舞台での勝利が必要不可欠ということはわかるが、やるなら徹底的にやるべき。ストライクゾーンもボールも国際基準を採用すればいいだけの話。一体何をやっているのか?なにこの中途半端な取組は?国際基準でなく、今のストライクゾーン・ボールだと何のメリットがあるのか?合理的理由・説明がない。


【ストライクゾーンには体格=リーチで決まる】

 そもそもメジャーのストライクゾーンが外一個分広い。日本から見て外にズレているのは体格の差があるため。リーチが長い分、どうしてもインコースが届きにくい。よって、アウトコースに広くしている。リーチがある分広くしても届くから。というか体格上、このストライクゾーンこそ競技として成立する有効なストライクゾーンであるからこうなっているということだろう。

 日本人の体格も大きくなってストライクゾーンもメジャーのように外広め、内狭めならわかるが、今のストライクゾーンは全体的に広い。当然打者は対応できない。どうして全部広く取るのか、その合理的な理由は何なのだ?やるなということではなく、ただでさえ統一球で打者不利になったのに、ストライクゾーン・ボールと一気にやったら、打者の成績だけが極端に下がるのは自明の理。なぜいっぺんに投手有利に変えてしまったのか?変えるにしても少しづつやらないと投打のバランスが崩れて面白くなくなるに決まっているではないか。

 何でもかんでもメジャー流にしたければ、メジャーのストライクゾーンにすればいい(メジャーは日本より広いのか?最近のストライクゾーンは広すぎると思うのだが…)。ボールもそう。いっそのことメジャー仕様にすればいい。メジャー基準でもなく、国際基準でもない。国際試合対応という名目なのに、どちらでもなく結局中途半端な取り組みで、国内基準を設けてしまっただけではないか。

 今のままでは打者低迷・一発の魅力なく、攻撃の見所がなくてつまらない。後ろの投手酷使で絶対的守護神でさえ打たれてしまい、789の後ろに出てくるエースがいなくなり、爽快感がなく、ストレスが溜まる引き分けだらだら試合となりつまらない。結果攻守において見所が減るだけである。ときたまノーノーのような先発で見応えあるの良い試合が見られるだけではないか。言うまでもなく、ノーノーまたは完封でさえそんなに多いわけではないのだから、野球の魅力向上になるとは到底言えない。

 国際球が飛ばないから~云々より、国内興行が成立しなくなって、結果市場が縮小すれば元も子もない。導入によって起こる結果を想定せずに、いきなり統一球・ストライクゾーン変更を決めたNPBは責任を問われるべきである。そもそも巨人の裏金問題すらセーフなのかアウトなのか責任ある態度を取っていない。ストライクゾーン・ボールを問うより、NPBという存在そのものを問うべき時期に来ているだろう。

【マウンドの違いに見る日本とメジャーの体格の差】

 またメジャー流と日本流でもう一つ大きな違いはマウンドの高さにある。マウンドが高いアメリカ流と日本流では大きく異なり、グライシンガーなども来日してマウンドの柔らかさと低さの対応に手間取ったと話していた。

 日本の一流ピッチャーがメジャーに鳴り物入りでデビューしたは良いものの、大した成績が残せないのもそう。またはすぐに故障してしまう原因の一つにマウンドの適応失敗がある。

 日本の投手は昔は体格が良くなかった。ゆえに低い姿勢、マウンドから打者に向かっていく感じで前に出ていく。腰は低く下がり、前に出た分、グッと踏ん張って投げる。さらには変化球の変化を打者の手元で曲がるようにするために、ボールのリリースポイントをなるべく打者に近いところで投げる。このような日本の投手のフォームの基本というのは昔からさほど体格が良くなかったから築かれた基本であろう。小さい体格を活かすためにこの投法が理にかなっているというわけである。

 だからマウンドはこの投法にかなったように作られる。前に踏み込む距離が必要だからマウンドは低く、グッと強く踏ん張る、踏み込んでいくから、マウンドの着地点は衝撃・負担が体にかからないように柔らかくなった。そういうことだろう。

 しかしアメリカではマウンドが高いし硬いから、手投げでピョっと放る感じの投手が多い。これも向こうは体格の良い投手が多いから、高い身長を活かすための結果であろう。高いマウンドから身長を活かして角度をつけて投げるのが普通ということだ。高いほどいいということはつまり、前に踏み込む距離などその利点をロスするのだから、日本とは違い前に踏み込むフォームは悪いフォームということになる。

 結果手投げのような感じが最も理にかなったフォームになる。踏みこまないのだから、当然日本のように柔らかくする必要もない。硬いマウンドというより、日本の柔らかいマウンドに比べると硬いということだろう。むしろ普通というべきかもしれない。そもそも高さを活かすために作られているわけだから、あんまり硬い柔らかいにこだわりがないので、他のグラウンドとこだわりなく同じようにマウンドも作られているというべきか。

 あるいは硬いほうが支えになって踏ん張らずに高い姿勢のまま投げやすいということなのかもしれない。このあたりは実際に投げた経験のある長身の投手の意見を聞きたいところ。以前取り上げた工藤さんの本でも投手はタテを活かす縦回転か(オーバースロー)、横を活かす横回転(サイドもしくはアンダー)かって言っていた。つまりメジャーはタテを活かすのが主流・典型的ということなんだろう。

 対照的に体格の良くない日本の投手が活躍するためには、前述のような投法になる。高さを利用する人がいない・少ないから、最初から低くしてあるし、ボールの変化を見極めづらくするためにリリースを我慢する・相手の近くで投げるためにグッと踏み込めるように、そこで長い時間粘れるように柔らかくしてある。硬いマウンドだと前にだいぶ体を突っ込ませるので、その負担・反動が膝や腰にかえってくるから、それを避けるために柔らかくなっているということだろう。

 日本の投手が向こうで故障するのは、硬いマウンドなのに柔らかいマウンド用の投法で投げるから、負担がかかるということでだろう。下半身をマウンドで痛めて、慣れないツルツル滑るボールで、肘・肩に変に力がかかって上半身も壊すという仕組み。そして休みがなく、移動距離が長いという疲れやすい条件で疲れが溜まって故障ということになるわけだ。

 このようにマウンド一つとっても大きな違いがあるのに、国際試合でアメリカが主舞台となるならその高い・硬いマウンドになる。その不利はなぜ指摘しない?なぜマウンドもアメリカ基準に変えようとしない?やることが不合理すぎるだろう。マウンドを放置する理由は何なのだ?マエケンが広島本拠で投げにくいから変えてくれなんて言っていたが、それすら成立しないような環境、統一基準を作ろうとしないのはなぜなのだ?


【国際基準は統一するのではなく、多様化を推進せよ!】 

 国際基準を考えて、それに合わせるのもいいですが、もっと根本的な歴史の違い、民族の違いからルールが違っていたことに目を向けるべきでしょう。同じ競技でも野球とベースボールの違いは確実にあるわけです。何でもかんでもメジャー流・国際基準にしても(中途半端な日本基準でなってないですけども)、日本流を国際試合に反映させるようにしないと、日本流が消えて結果、大型でない日本人プレーヤーが活躍する余地が奪われるだけですよ。日本も体格の大型化が進んできたとはいえ、日本流・これまでの日本基準の方が小さくても活躍する余地があるわけで、競技人口が多いほど洗練されるのだから、日本流の方がそういう点で有利・理があるといえる。ならば日本流に合わせるべきだ!という意見を体格が良くない国を中心に広めていくべきでしょう。

 よって長期的戦略というものを考えれば、ストライクゾーンにボール・その他諸々の国際基準がすべてメジャー流にならないようにすべき。アジアの参加国も多いのだから、日本流を広めるというより、その国その国合わせてに有利になるようなストライクゾーン・ボールを基準にするように動いたほうが良い。

 開催国・現地基準のそれを採用したほうが盛り上がるし、国際大会という意義がでてくる。国際基準はメジャー一極の今のパワーバランスから考えると、メジャーと違うほうがより盛り上がるために、そういう基準を採用するように進めても日本の戦略としては間違っていないし、日本流を国際基準に!とこだわるより良いと思う。

 何より国際試合はどうしたって国内興行のそれとズレが生じるに決まっているのだから、むしろそれに対応能力がある選手(ダルビッシュに代表される)や、対アメリカ・中南米に有利な選手を選抜する方がむしろ理にかなっているのではないか?ノムさん曰く、向こうの投手に有利なのはフォーク。だからそういうボールが得意なピッチャーを代表に選ぶべきだと。また向こうの投手の傾向にあわせて対応能力が高い打者はどんな打者か?と研究を進めてそういう打者を優先的に選ぶべきだろう。

 おかわりくんのバットの直径も大きすぎるから小さくしないといけなくなったみたいに、細かい違いで変に制限つけるべきではないと思う。それでおかわり君が対応に手間取って不調になってしまったように、ちょっとしたルールの違いで選手に対応を迫ってスポイルするようなことは面白くない。短期決戦でそういう微妙な感覚のズレで勝負が決まってしまえば勝負の熱・醍醐味は削がれてしまう。

 多少の差異があっても絶対的な違いが生まれない限り、お国柄で違いがあってもさほど問題にするべきではないだろう。国際化には多様化が個性が出て良い。違いがあったほうが盛り上がり、野球の普及につながるだろう。今メジャーが突出しているときに、基準を作ってそれでやってしまえば、実力差が開き過ぎで野球で世界一になれる!というモチベーションが働かずに普及につながらないだろうから。

 国際化するなら試合によって、大会によって違いがあったほうが面白い。アメリカ開催の時はそれルールでいいが、日本やアジア開催の時はその現地ルールになるようにすべきだろう。クリケットと野球とかソフトボールのようなルールの根本的違いがあってはダメだけど。ただでさえ野球はマイナースポーツなんだから。まず世界に広めることを考えるべき。せめて広まった後で、統一ルール・基準を考えるべきだろう。

 ※マウンドの違いという話をいつかどこかで書きたかったんで、ここで国際基準・野球の普及という話と絡められて書けたんでよかったです。次はペナントの鍵は7勝投手が決める!7勝を基準に考えると優勝ラインが見える!を書きたいと思ってますが、うーんいつになるかしら?いまここでメモっとかないと忘れそうだったからメモ。