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書評― ヒトは地上最速の動物だった 高岡英夫の「神速」走行理論/高岡 英夫

ヒトは地上最速の動物だった 高岡英夫の「神速」走行理論/高岡 英夫

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 を読んだので感想を書こうと思います。ヒトはなぜ進化したのか?直立歩行という進化には意味がある。脳が巨大化したのはそれに伴う高度な技能を要求されたから。巨大な身体活動・技術と脳の容量の増大化は同義である。では人類ほど巨大な脳を発達させる活動とは一体何だったのか?それは走ることである。ヒトは地上でどんな生物より早く走るために脳を発達させた。

 

 ウサイン・ボルトは人間の身体構造をフルに使って走った場合と比較して、遅すぎる。ボルトが時速45㎞だとして、最高に使って走った場合110Kmは出る。ウサイン・ボルトの速さは地上の動物と比べるとようやくブタに勝つくらい。持久力・瞬発力のレベルから言うと人間は野生動物に全くかなわない。2tあるサイだって、ボルトと同じスピードでしかも長時間走る。

 

 これは四足と二足歩行の人類の違い=構造上人間は他の動物に絶対勝てないという事ではない。根本的に二足歩行の構造でおこなうべき走り方が間違っているのである。その証拠にエリマキトカゲは二足歩行でもあの小さな体で時速27Kmで走る。

 

 

普通の走り方=パラレル構造、四足動物の=フラップ構造、エリマキトカゲの=ピボット構造として分析すると、エリマキトカゲの走法にすると、パラレルの倍早くなる。つまり人類の今の走り方は根本的に間違っているのである。

 

 二足歩行というバランスの悪さ、身長の高さを考えると、その利点を最大限に活かすには現代の走法のように上体をピンと伸ばすのではなく、エリマキトカゲのように、軸を前方に倒す。前方におもいっきり倒れていく走り方が身体構造的に理にかなっている。氏は現代はこの軸の傾倒が浅い時代だといってます。深い倒れ方をする深倒傾倒時代になっていかないといけないわけですね。

 

 そうすると必然的に、アシがもつれる。アシがつげなくなってしまうわけですね。んで倒れてしまう。それをやはりエリマキトカゲのように、ガニ股で走る。そうすると必然的に腸腰筋など人間の本来使うべき最も大きな力を発揮する部分を使うしかない。人間本来の理に適った使い方に戻っていくわけです。

 

 youtubeは貼り付けるのめんどくさいからニコニコの貼りましたが、これはリピートですね後半。おんなじ映像の繰り返し。エリをばっと開いた映像のほうが好ましいんですが、開いてないな。まあググればすぐ出てきますんで見てください。

 

 ガニ股は非効率的・動けないというのは思い込みに過ぎない。身体構造を見ても足を開いた方が筋力を発揮できるし、左右・横動きをしやすいように、アシのためのスペースが確保されている。相撲で栃錦の驚異的な動きの速さ&早さを見れば一目瞭然。また卓球で見事に股関節を使って動いていた荘則棟などを見てもいい。

 江戸時代の竹川竹斎の神足歩行術に触れて、この中で説かれていることは氏のゆる理論と全く一致する。足、腰を徹底的に緩め、自由下丹田を作る(もちろん全身の緩みがなければ存在し得ない)。下半身をバラバラにすると車化する。身体のブレーキ成分を取り除いてやると、キャスターがあるようにひとりでに身体は動く。竹川竹斎の記録が事実だとすると100kmを一日で往復して、しかも時速66kmで走っていたことになる。これは時間で割るから、実際は書いてある通り、走る所で一気に走って、休むのくり返しだから、もっと早かった。

 

 減齢四割法という方法で実証したように、人間は動いたほうがホメオスタシス機能が向上して回復力が早くなる。じっとして休んでいれば回復する量が大きいと考えるのは誤り。筋肉を適度に動かすことで老廃物質を排出し、かつエネルギーをそこに供給するには身体を動かしたほうが早く回復する。筋肉がたるむ・しまるを繰り返すことで、それがなされるから、よりゆるんでいる身体のほうが回復が早くなる。自由自在に筋収縮が行われるから、そのエネルギー交換効率が高くなるから。

 

 

 

 とまあ、簡単にまとめて見ました。神速歩行術を達成するために徹底に身体全体をゆるませるところなんて面白いので、ぜひ読んで欲しいですよね。腰が硬いなぁと思ったら、そりゃ座る時間が長いから必然的に固まっちゃうよなぁと嘆く。『宗教原論』終わらせるために3日ぐらいずっと集中してやったら、僧帽筋とか肩・クビがバキバキになって死ぬかと思った。やっぱ一万歩歩かないと、体の血流が滞って代謝が落ちるんですよね。痛みがしばらくとれなかった。というか今でもちょっと痛いし(´-ω-`)。

 

 秘伝の連載の時も興味深く読んでいて、当時もちょっと試したんですが、今また試しに走ってみたら、内転筋とか大殿筋がむちゃくちゃ痛い(^ ^;)。実際に倒れながら走ってみるとほんとうに大変。しかし爽快感はありますね。やっぱり蹴っちゃダメなんですね。アシは接ぐだけ、支えるだけで、蹴ったら遅くなる。どうやったって巨大な縦の棒が地球に引っ張られる力のほうが強いんですから。まあ、結局寸勁もタックル=地面にいかに巧みに早くぶち倒れていくかということなんですよね。だったら、突き・蹴りなんて練習をするよりはよっぽどこの練習、倒れる練習のほうが役に立つでしょうね。

 

 エリマキトカゲ師匠のように股関節があんなに跳ね上がるようにはもちろん動きません(笑)。今のところは足を使わない・蹴らないだけで精一杯ですね。以前から踵骨を外す。ボコっと分離して吊るすとアシがぶらぶらになるという感覚はあったんですけども、車になるまでは程遠いですね。んで足を使わないと足首のすぐ上がものすごい痛い。そこに変な力がかかってしまっているのでしょう。

 

 そういえば自由下丹田を作ると腰の間に三日月状の隙間ができるとか。全身をゆるませて自由下丹田が形成されるまで何年かかることやら。呼吸法・呼吸を意識した結果か、走ることとあわせてエネルギー交換が良くなったのか、爽快になって来ましたね。ガニ股で走ると分かるんですけど、内転筋を使って走る。内側に腰がズルッと滑り落ちる、んで腹の筋肉につながって引っ張られていくという連動がわかりますね。

 

 ああ、体の内側を使うとはこういうことかと。ウォールという身体意識が気になっていたんですけど、どこをどう使うか全く想像もつかなかったですけど、腸骨とか肩甲骨がズレ落ちる動きかな?割体左右に体を割って使うのとどう違うんでしょうね?違いがわからん。割体は背骨か?ガニ股にすると体の内側という意識がより強まりましたね。まず割る・体を開くということがより意識できますね。中にぽっかり細い線ができたほうが動きやすいということがわかりました。

 

 今の感覚はトップスピードになると泳ぐ感じに近いですね。近いだけで全然違いますが、なめらかになるというか。あとスピードスケートの清水選手のロケットスタートのように股関節を使うのが理にかなっている。最初はあんな感じで股関節を接いでいくのがいいのかな?とか思ってます。己のイメージだとあんな感じ。

 

 走るのが楽しいという高橋尚子さんの科白がちょっと理解できた気がします。あんだけ爽快なら、彼女レベルならもっと爽快でしょうね。ほぼイキかけましたですね。北島選手の超気持ちいい~ですね。金メダリスト級になるとどれくらい気持ちいいんだろうか?

 

 楽しい修行でないと成長は見込めない。ストレスがかかればその分、資源が減る。楽しい・ゆるむのスパイラル構造になって無限成長のゴールデンサイクルでないといけない。己もちょっと気持ちよくなって、楽しむ=脳の苦痛と感じるものが減って軽くなった気がします。辛い・きついとストレスとなって脳がその分披露してしまう。逆に楽しい快感だとそれが減るのですから、どちらを選択するかは言うまでもないでしょう。

 

 高岡さんは長野に引っ越したと書いてありましたが、やはり原発の影響か?あと革命でも起こらないと変わらないでしょうと書いてあったのが印象に残りましたね。今後人々の意識に革命という言葉が少しづつ広がっていくかもしれません。

 

 ※そうそうそういえば足軽とはよく言ったもので、当時の常識からすると槍一本でフリーのジャーナリストみたいに傭兵はあちこち駆け巡ってたわけですよね。ナポレオンは最も強い軍隊は最も歩ける=移動できる軍隊だと言ったように、足が軽かったもの=容易に各国を渡り歩けるものが傭兵として優秀だったわけですね。秀吉の中国大返しって実はそんなに大したことじゃなかったんじゃないですかね?当時の歩ける人間からすると。秀吉が率いるほどの軍隊なら=精鋭からすればあれくらいやってやれないことはないんじゃないかな?

 甲野さんも薩摩の下級武士がクワをほうって、やりとってそのまま関ヶ原まで歩いて行くパワーの凄さを言ってましたし、相当歩ける・走れたんでしょうな~。当時の人間は。車どころか自転車もないんだからね~。あるのは馬くらいだもんね。