別館、身体論・武術・スポーツのお部屋

身体論・武術・スポーツ関係を分割してこちらで独立して書いてます 野球評論は辛辣に書いてますので苦手な方はご注意下さい

今月(先月?)の秘伝読んで

 久しぶりにブログ書くことが何本か出てきましたので書きたいと思います。野球ばっか書いている印象があるなぁ。三国志メモもまだ終わらないし、あんまりブログ書きたくないけども、まあいいかと。

 さて、今月か先月かの秘伝、高岡さんの危機管理、災害対応術とでも言うべきか?そういう特集でした。災害にいかに対応するかということは武術・武道かにとって多分3/11以後から、急に重大なテーマになったのだろうと思います。高岡さんはやっぱり学者肌なので、一応学究の徒を自称する己としては理解できない箇所もありますけど、論理の展開・論旨は明確で、学問として確立させたいというのがあるんだろうと氏の態度に賛同できます。

月刊 秘伝 2011年 08月号 [雑誌]/著者不明

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↑これですね。

 まあ、己なんかインチキ武道家ですから、武道家ですらないですけど、簡単な護身術レベルのことならすぐ考えてしまいます。たとえば目の前にいる男が今襲い掛かってくるとしたら、どうするか、対応するのに適切なスペースをこのくらいと見立てて距離を作ったりします。

 達人はいちいちそんなことしなくても、アクションが起こった瞬間に反応しますから、いちいちそういうことをやっていてはいけないんですけどね。武術の目標は相手を操ることですから、いちいちそんなことしなくても自然に相手が自滅していくようにならなくてはいけません。まあ、レベルが高すぎて無理なんですけど(^ ^;)。

 そんなことはさておき、迫りくる危機・暴力というのは別に人間だけに限らないわけですね。災害、戦争、疫病そういったもろもろの個人ではどうしようのないレベルにまで話は当然及ぶわけです。手ごろな言葉で表現すると「処世術」でしょうか?いかに物事に対処していくか重要になるわけですね。武道・武術を単純に変なチンピラに因縁つけられて、それを返り討ちするだけの話ではないことになります。一個の人生・哲学に当然話は及んできますからね。

 だから当然食事や睡眠・日常行動すべてに気を配らなくてはならない。いい加減な己はダメダメです。ダメ人間です。真摯に取り組んでいる人たちに恥ずかしいので決して武道やっていますとかいえません。まあ趣味ですね。

 そういえば武神館の初見館長が師匠にお茶を出されて、ただそれ飲んで怒られたといいます。最高の身体効率で身体を使っていないという話ではなく、飲んで味とか感覚を覚えておかないと毒を盛られたらわからないだろ!という話でした。毒殺ということを前提に話をしているわけですね。当然武道にとっては食事や病気に対しても手段を講じなくちゃいけないということですね。最後の実戦忍者として、忍術を継承する初見館長のそれは、重点がスパイ・諜報から発展した忍術といえども、武術や武道家のそれと本質的に殆ど変わらない素晴らしいものです。

 という話はおいといて、非常に興味深かったのは柔道六段師範の話。高岡さんが幼いころ東京オリンピックぐらいの時代で、柔道というのは実戦に対応できるものだという認識が当たり前だった時代。そのころ近所?近辺に住んでいた氏の柔道家が強盗に入られて、包丁で刺殺されてしまったという話です。高岡さんの父が関川流の人らしいですから、この話の間違いについて子供の高岡さんに教えて聞かせたといいます。

 なぜ?この柔道家はやられてしまったのか?雨戸に備えをしていないから進入するときにガタガタという音がしなかったので気がつくのが遅れた。そしていきなり立って物音を探りに出たから、身体が出来ていなかった。寝起きでいきなり立ったり、あまつさえ気合を入れるなどすると全身の血流が滞るし、脳にもいかないから正常な判断が出来なくなる。まあふらふらな状態になるわけですね。そういうときはまずはもぞもぞと身体をほぐして全身を緩め血を巡らせ、動ける状態を作ってから動くのだと。

 そして十分な準備も出来ないままいきなり強盗と廊下でバッタリ組み付かれて持っていた刃物で刺殺されてしまったという話です。もしきちんとした準備が出来ていたらこういうことにはならなかっただろう。備えが足りていなかったという話です。なかなか興味深い話です。そして力道山の例も触れて、そういった対応が出来ないとどんなに強いものでもやられてしまうというのは非常に重要なテーマですよね。武術・武道を考えるものにとって。

 確か澤井健一さんだったと思うんですけど、警察に柔道を教えにいく九段の人がいて、警察にやくざがポン刀もって殴りこんできたエピソードを紹介していました。あっさり斬られてしまったそうです。それは見合ってしまった。いつも教えている凄い先生がどうやっつけるんだろうとみんな見守ってしまい、何もしなかった。んでその九段の人も一瞬躊躇ってしまったといいます。普段教えている生徒の手前、プライドがあって躊躇したんですね。その一瞬のスキに斬られてしまったと。

 己だったらどんなに偉くなっても、そういう時は見栄を捨てて、わしが正面抑えているからお前ら裏から飛び掛れ!と集団で戦いますね。というか生徒にやらせる(笑)。あとはそういう武器に対抗できるものを探して利用するでしょうね。真剣に向かっていくなんて無理無理。投擲術なんて習ってませんが、それしかないでしょう。んで逃げますね(笑)。

 あとは例のごとく近藤さんが気をプラズマとして説明していました。相変わらず文章面白かったです。あとは藤本さん。頭・胸・腰三つのボールの連動で動くことを意識すると身体の運動は滑らかになると。そして鼻・横隔膜・腰・足裏に輪を意識してそこを水平方向にフリーにする感覚を説いていました。浮き輪のような感覚で開いていくのがいいと。まあ立禅のようになるんだと。

まあ、そんなとりとめもない備忘録・感想でした

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