別館、身体論・武術・スポーツのお部屋

身体論・武術・スポーツ関係を分割してこちらで独立して書いてます 野球評論は辛辣に書いてますので苦手な方はご注意下さい。また基本長いので長文が無理な方はお気をつけ下さい

続、大谷翔平のポスティング移籍の話

長くなったので分割しました、前回*1の続きです。分割したら全体としての話がよくわからなくなるのでは…。というかそもそもこんなクソ長いの読む人いるのでしょうか(笑)。もうタイトルも適当です。まあ興味のある箇所でも拾い読みで来る人がいれば拾い読みしていただければ。しかし書いているうちに色々思い出したり、思いついたりで倍くらいに文量が増えましたね。それくらい大谷関係で話したいことがあったんですなぁ。

※補論、大谷のメジャーでの活躍はNPBに適応しなかったが故  
 忘れていたので追記をしますが、今大谷はメジャーでそこそこ活躍をしています。一流と言える数字ではないものの渡米一年目としては十分。文句のつけようがない数字であることは言うまでもありません。どうして大谷がここまでメジャーに「適応」*2して活躍できているのか?それは当然、大谷の身体能力、適応・対処能力が優れているということもありますが、そもそも彼はNPB流・NPBで最大限数字を残すためのNPBモードと言える身体作りやフォームづくりをしなかったから。
  日本のプロで求められる能力とメジャーで求められる能力、また技術は前提が違う故に異なる。NPB出身の選手がMLBで活躍するためにはそのモデルチェンジが必要不可欠であるという話をリンク先で昔しましたが、NPBでのキャリアが異常に浅いがゆえに彼はそのモデルチェンジがそもそも必要ないんですね。ダルでさえ一年目の「適応」・修正に散々苦しんだことを見てわかるように、NPBでの技術を磨けば磨くほど、その環境に順応すればするほど、モデルチェンジは大変になる。大谷が今活躍できているとすれば、それはNPBで実績を残さずにいち早く渡米したという背景が一因としてあると言えるでしょう。となれば、言わずもがなで誰も彼もがいち早くメジャーに行きたいとなって、NPBの構造が壊れてしまう危険性が高まるわけですね。故に今回の大谷ケースは「ズル」に値すると言えるわけです。
 また、最終シーズンでろくに働かなかったのにポスティングという事態で考えられることは今シーズンろくに働けない見通しが立っていたという線ですよね。どうせ今年もろくにプレーできない。だったら居ても居なくてもおんなじだから、その分いち早く向こうで準備・適応のために権利を認めた。そういう筋書きだったらやはりまだ納得する余地はあったものの、今回の大谷の活躍でその線もなくなった。故に大谷の活躍・プレーを見て非常に複雑な気持ちを抱くことになるわけですね。

大谷の無知・ワガママは周囲に良き助言者がいなければ当然   
 彼がNPB・日本野球の長い歴史・背景を知らない現代っ子ということなんでしょうね、こういう価値観・行動をするのは。だからといって、個人的に「大谷!てめえ!何考えてんだバカ野郎!!」と言う気になれないのは、大谷翔平の年齢・高卒6年目の24~25歳なら、まあそういうものだろうなと思うからです。
 野球漬けの人間が高い知識・教養、深い知見を持ち、プロ野球の歴史に精通していることなんてまずない。野球選手としてだけでなく人間としても素晴らしい!なんてことあるはずもない。他人から言われたことをそのまま鵜呑みにしてしまうだろうなと思うからです。まず、本人の何が何でも「メジャーに行きたい!」という思いがあって、それに寄り添う人間の佞言。「こうやれば最もリスクが少なくメジャーへ行けるよ」という甘い囁きにコロッと参ってしまうのは自明の理だと思いますから。*3
 せめてもう一年残留すべきだった。また一年残留するつもりだったが、ファイターズ・球団から要らないと言われた云々の経緯が欲しかった。ファイターズサイドも何の説明もなく5年経ったからポスティングという態度は非常に疑問に思えます。そして5年でポスティングという蛮行に何の問題視もしなかった、新たな年数・実績条件付をしようとしないNPBは大問題だと考えます。
 大谷が一昔前のポスティング制度のように100億円近い値がついて、球団に資金がはいるとでも言うのならばまだ選手を育てて撃ってその資金で更にいい選手を調達する。より安定して強いチームを作り続ける・戦力を維持するという経営なのでわかりますが、今はもう20億円が天井でそこまで旨みがない。ファイターズがやっているのは悪く言えば、メジャーのための育成の肩代わり・下請けと言ってもいい。そんなメジャーの下部機構のようなことを許容していいのか?NPBは野球リーグとしてのプライドはないのか?

追記2、ファイターズの戦略について             
 ファイターズにとって大谷の育成は損、メリットがない。大谷が所属したことで広告・PR、球団のブランド価値の向上という要素があれど、それを補って余りある対価が得られたとは到底考えられない。しかし、当然そこにはファイターズにメリットがあったと考えるべきでしょう。彼らには大谷放出に見合った長期的視点・戦略があったように思えます。
 まず、大谷育成によるレジェンド戦略。大谷というプレーヤーが今後メジャーで大活躍してイチロー並みのレジェンドになる可能性は十分にある。投手としてルーズショルダーで選手寿命が10年ほどなのではないかという話もありますが、投手として100勝ほどしてから打者に専念したとしても、両方の成績で二刀流のパイオニアとして素晴らしい数字を残すと考えられます。そうなるとつい最近までのON=王・長嶋と言った球界のカリスマのような存在、次世代のカリスマとなる可能性が高いわけですね。イチローやダル・田中に次いで、将来元レジェンド・スーパースターとして球界のカリスマとなって君臨することは想像するに難くない。そういうカリスマをバックに球界での発言権を増やす。大谷がGMや監督となった時、大谷さんの下で野球がやりたいという有望選手を指名・FAでの獲得などもありえるでしょう。そのようなレジェンド・カリスマ戦略が一つ。
 次に、メジャーの下請けから始まって、この業務を着実にこなすことで米でもファイターズブランドを確立するという戦略(現にレンジャーズやパドレスと業務提携してますからね)。ダルに引き続いて大谷を送り出した、次は清宮になるのかどうかわかりませんが、今後もメジャーへドンドンスーパースターを送り出すことで、日本ハムファイターズ知名度を米でも確立する。あちらでの影響力を増すことで色んなビジネス展開があるでしょう。それはまあどうなるか未知数な点が大きいので置いといて、ポイントはマイナー非経由選手の育成。
 向こうのドラフト一位のような有望選手、特に二刀流志望の選手を獲得して育成するという戦略が考えられます。過酷なマイナーよりも5年くらい日本でゆったりやって下地を作って、それからメジャーに逆輸入というルートを選ぶ人間が出てきてもちっともおかしくない。全米ドラ一候補をファイターズの手で作ったり、スーパースター候補を育成して将来の彼らのビジネス・マネジメントに食い込むという戦略。日本のファン・日本ビジネス開拓だったり、より安定した環境・コーチングなどの下育成を受けたい、野球がしてみたいと考える米・中南米の選手が出てきて来日しても全然おかしくない。二刀流志望者ならノウハウがあるファイターズで学んでみたいと思うでしょうからね。おそらくファイターズにはそういう戦略があるのだと思えます。
 そう言えば昔、イチローの影響からか日本の安定した環境を選んで来日したマイナー選手がいましたね(マイナー行く前に先に日本に来て何年か二軍に居たんだったかどうだったか?)。その後どうなったか忘れましたが、大して話題になっていないところからすると余り成功しなかったのでしょう。それはオリックスという環境だったことと、日本のコーチング環境・コーチ陣の質は当たり外れが大きいこと。またメジャー環境と日本の環境は異なり、その違いを念頭に育成・指導ができる優秀なコーチが現在のNPBにおいてさえ殆どいないこと。当たり前ですがNPBで数字を残すためのコーチングが仕事なわけで、MLBで活躍するための技術を考える・教える必要性がそもそもないですからね。ファイターズはその場合、NPBで通用する選手よりも、MLBで通用する・MLB技術をも同時に教えなくてはならないので、より優れた指導技術を持ったコーチにその理解のあるフロント人材。指導論・指導ノウハウが必要になってくることになります。
 投手に限って言うと、日本のボールが小さい・操りやすいという点から、実戦積ませるだけでほっとけば経験値が溜まって成長することが可能という背景があります(本人の資質に左右されますが)。また、日本人投手が優秀なためにアメリカを経験した元メジャー経験投手コーチも珍しくない故に彼らから有益なアドバイスをいくらでも受けられるでしょう。しかし対照的に打者はそうではない。優秀な元メジャー経験打者で指導力も備えているとなると、青木だったりW松井くらいだったり自ずと限られてしまう。イチローが帰ってこなければ尚更ですね。まあ松井もヤンキース重視で帰ってくる可能性が殆ど無いようですが。その点をどうするかでしょうね。ものすごい先の話になりますが、そういう時大谷・清宮がファイターズの財産になることは想像するに難くありませんね。ファイターズはメジャーを利用して、阪神や巨人と言った球団をカリスマ・選手指導実績で乗り越えて「球界の盟主」になろうと考えているかもしれませんね(ちょっと球界の盟主というのは違うかな?)。
 またまた思い出しましたが、そう言えばレンジャーズ以前にパドレスと太いパイプを築いていて、てっきり大谷はパドレスに行くものだと思いこんでいましたが、エンゼルスに落ち着いたんですよね、大谷は*4パドレス日本ハムを通じて囲い込んでいたと言えたのに、エンゼルスを選んだ。それは年俸・金額の理由がない以上、条件面での優遇以外ありえない。パドレスの出した条件以上の二刀流起用、投手としても打者としても大谷に配慮するという条件を提案したはずです。くわしいことはわかりませんが、成長段階・過渡期にある大谷に最大限配慮した内容になっていることは間違いないでしょう。一選手のわがままをそこまで聞き入れるとなると相当負担になりそうなものですがエンゼルスはそんな条件をよく呑んだものだと思います。ほぼパドレスで決まっていたようなものをひっくり返すほどの条項・契約内容とは一体どんなものだったのでしょうか?いずれ明らかになるんでしょうけど、気になりますね。パドレスエンゼルスでどれだけ開きがあったのか。

禁断の扉を開いた大谷とファイターズ             
 今後は大谷ケースが続発する。5年でポスティングを認めてほしいという選手が我も我もと出るでしょう。その時に一体どうするのか?ポスティング制度自体がなくなるという話がありますが、そうならずに今後も存続し続けるということで決着した場合、どうするのか?表面上の数字では大谷と遜色ない数字を残す選手は今後も沢山出てくるでしょうからね。ファイターズは5年なのに、なぜうちは7年なのか?それどころかうちはポスティング自体認めていないなんてそんな事おかしい!フェアじゃない!ということに必ずなってきますし。ドラフト上位の有望選手は事前にその条件詰めがなされることになるでしょう。巨人のような球団はそれが故に特定選手から事前に指名を断られるケースもでてくるでしょう。
 また、よくあるケースですが、プロ入りで急成長した場合どうするのか?大谷のような前評判のない高卒選手が大谷並の実績を残した時、成長してメジャーでもやれる選手になったからポスティングさせてと言い出すこともあるでしょう。「どうして大谷は5年で俺はダメなんだ!」ということになってくることもあるでしょう。その時どうするのか?大谷の場合は入団前にそういう交渉をしたから認めた、君は違うからダメということが通るでしょうか?正直、糸井のほうが二刀流の制限がない分ファイターズに貢献をしていた。その糸井はゴネたことで追放され、大谷はポスティングというのはおかしくはないでしょうか?
 大谷は投手、そして安打や本塁打で評価された選手なわけですが、走塁で突出した場合はどうするのでしょうか?年間盗塁で80・90といった異次元の数字を叩き出す選手がいて(Rヘンダーソンの130盗塁が年間最高っぽいので140くらいにしときましょうか)、安打はNPBでも普通レベルだが、嫌らしい小技がうまくて粘って四球を稼ぐのが上手い。打率260~270の微妙な選手だが、選球眼で出塁率4割以上をマークする。守備がうまくてどこでも守れるユーティリティで守備・走塁で間違いなくメジャーでもトップクラスという場合どうするのか?160キロ投げてないから160メートル特大弾のパワーを持ってないからダメという理屈が通るでしょうか?大谷のようなスーパースター以外に、野球では1点を取り、守るためのプレーヤーが非常に重要であり、重視される。長打はなくとも出塁率が高く、ほぼ間違いなく二塁を陥れる選手がいればそれは超重要な選手。世間が球速だHRだという派手な数字に幻惑されやすい傾向がある中、ちゃんとその重要性を理解してそういう場合も、大谷並に特別扱いするのか?
 また、ゴネた糸井で思い出しましたが、大谷の年俸が安すぎるのではないか?という話がありました。正直、通年の数字を見ればそんなに大したことではないので給料として適正、むしろ高いと思いました。大谷というキャラクターがもたらす付加価値・集客&グッズおよび宣伝効果など考慮するともっともらってもという声が上がるのは当然かもしれません。しかし大谷は一切文句をつけなかった。それが5年でメジャーという契約があったからだとするとどうでしょうか?メジャーに最短で行かせてくれるのならば給料は安くていいor最短で行かせてあげるから安年俸で働いてねという取り決めがあったとしたら?これもまた調査・解明されるべきことではないでしょうか?
 
NPBはポスティング制度を明確にルール化せよ         
 とにかく、1選手と1球団で恣意的に決めていいことではないはず。特定球団で自由にしていい、裁量があっていい事項ではない。ポスティングについてはNPBが実績基準を作り、それらに応じて個々のケースで判断するとか、それをクリアしたら選手は球団にポスティングを無条件に要求できるなどといった制度にすべき。球団ごとに裁量権をもたせるとするならば、事前に球団のポスティングに至る条件を明瞭にさせる。また特別な選手、それこそ大谷のような存在が出てきたらNPBが預かる。NPB預かりとして球団の意志にかかわらずメジャーへ行かせることを可能にする制度の導入、特例として対処することも考えるべき。またドラフトではなく、育成環境・方針の話し合いで特権的に所属球団をNPB立ち会いのもと委ねるという方式だって採用してもいいでしょう。なんでもいいですが、とにかくもっとNPBが介在することでルール化・公平性を保つやり方にすることは可能なはずです。
 ダルや田中が巨人・阪神だったら球団がポスティング行使を容認せず、球団と選手が衝突するという事態も起こるわけですから*5。そう言うケースが有りうる以上、本来NPBMLBというステップでいいと考える選手でさえ、そういう球団に指名されたためやはりMLB一本でという誰も得しないケースだって生まれてしまう。また大谷は指名拒否で強行指名でファイターズ説得できたからいいものの、失敗したらどうするのか?第二第三の大谷ケースが発生しないわけではないのに、というか今後も発生する確率は高いのに無為無策でありすぎる。
 
問題・責任の所在はNPBにある。見解をきっちり示せ      
 たまに勘違いする人がいるので*6あえてわざわざ書いておきますが、別に大谷が卑怯者のクズ野郎だという主張がしたいわけではありません。あくまで現今制度と慣習を考えると大谷のやったことはルール違反になるはず。そのルールや制度自体に疑問や違和感があるにせよ、それならばそのルール違反を許すことはおかしいし、疑問の声が上がらなければならない。ところが大谷ケースはNPBにとって重要な判例になるはずなのに何もしないし、今後のためのルール作りもしない。大谷という選手任せ、ファイターズという球団任せ、その都度その都度の場当たり対応、なんだこれは?こんな馬鹿なことやっていていいのか?ということなのです。一機構としてこんな場当たり的な対応が許されるのか?何がセーフで何がアウトなのか?どこまでが許されてどこまでが許されないのか?全くわからない。大谷が5年で渡米した。第二の2nd大谷が大卒・社会人で出てきて今度は大谷並の実績をフルシーズン出場を達成して3年で残したら3年でのポスティングすら許容範囲なのか?
 もうNPBがキッチリルールを作って統一的なルールを設けなくてはいけない。そういう時代になった。いい加減NPBがなんとかするべき。アマチュアとの二元機構状態を解消して、統一的な野球機構を形成して、アマチュア選手の保護・強化育成を考えるべきだし、海外市場を見据えたマーケティング。韓国・中国・台湾・オーストラリア…などを視野に入れて海外選手枠の受け入れ拡大や、球団の増加、移籍活性化のためのレンタル移籍制度などなどやるべきことはいくらでもある山積み状態なのに何ら改革を行おうとしない現状は見ていてクレイジーとしか言いようがない。停滞・衰退する腐朽組織の様相を呈している。せめてポスティングのことくらいちゃんとやりましょうとなぜならないのか不思議でしょうがない。
 
NPBは何もしない。死んでいるのと同じ。いち早く再生せよ   
 そもそもNPBという機構が決定権を持つコミッショナーの下で、一元的にプロ興行を発展させていこうという当たり前の経営が実現できないようになっている。規則はあっても実際は実現不可能なように手足を縛られ、経営が事実上死んだようになっている。この異常事態をいい加減なんとかしようとメディアが指摘しないのは異常でしょう。*7
 今の状況だと、その都度の選手や球団の対応というケースバイケースで行き当たりばったりになる。というかもうなっている。そんなことでいいわけがない。ガバナンスなき組織機構がどうなるか?待っているのは衰退と破滅、ただでさえ野球人口・日本の人口が減ってシュリンクしているのにどうするのか?座して死ぬのを待つのか?日本野球機構。変化・改革をせよ。心あるものは動け、魂あるならば感じ取れ。そんな訳のわからない警鐘の一文を最後に書いて今回はおしまい。

追記3、田澤ルールについて
 分割したのでちょっと文量バランスがおかしくなったのでおまけでこんな話を。田澤がマイナー落ちして、NPB復帰も選択肢の一つではないかという話が持ち上がった時、こんな記事(今こそ田澤ルールを見直すべきではないか?(菊地慶剛) )が出てきました。ツイッターなどで反応を見てもそれに賛同する意見ばかりでした。こういった主張・流れも個人的に疑問に思うところです。まだNPBは改革の端緒もつけていない。スタート地点にすら立っていない。改革が完成してもはや規制も必要なくなった。そういった時点で初めて、体制に逆らったいわば「咎人」への「恩赦」も実行すべきでは?という話になってくるはず。時代も変わったのだし、もういいでしょう、そろそろ許してあげましょうという話になるはず(ですからなによりもまず先に、NPBガバナンス改革を訴えないといけないですね)。
 ルール破りについての感覚がおかしいのではないでしょうか?あえて罪人みたいな書き方をしていますが、そういう思いがあるからそうしろというのではなく、球界のためのルール・規制なわけですよね。だったら、そのルールを破った以上、罰則を受けるのは当然でしょう。
 形式論理上というか、球界の構造・ルールを考えた場合、そういう罰則が下って当然。むしろ個人的に2年というのは短いし、罰則として非常に弱い。MLB行きの抑止力としては非常に弱いと感じます。本来の保護規制としての意味合いを考えるならば、黒い霧のように球界追放&プロアマ日本野球全体からの追放というのが筋ではないでしょうか?そうでなければ抑止力として成立しない。罰則が弱すぎるなら何のためのルール・規制なのかイマイチわからないでしょう、何なんでしょうかこの中途半端なルールは。
 無論、前述通り、このような歪な状態を許していいわけではなく、ルール破りには厳しい処置を設ける一方、改革を進めて実力あるものなら誰でも一早く行かせて大丈夫な球界になるようにすべきだし、海外FAの短縮・平等化ということも進めるべきなのでしょうが。本来すべき改革が全く進まない以上=片手落ちである以上、こういう中途半端な規制になるのも致し方ないということでしょうか…。
 そりゃ選手一個人のことを考えれば、田澤選手がNPB復帰したいというのであれば認めてあげたいとは思いますが、では今後田澤選手のようにポンポン有望な選手があちらに行ってしまったらどうするのでしょうね?その事をちゃんと考えて、NPBの空洞化問題を本当に踏まえて田澤ルール撤廃を主張しているのでしょうか?撤廃論者の人たちは?
 あと、田澤ルールは田澤選手のあとに出来たので、本人には適用されない云々という話もあって、色々面白そうなところなのですが、結局はNPBの裁量次第ということになりそうです。仮にOKを出したとしてもあえて火中の栗を拾うように獲得に手を挙げる球団があるかと言われるとどうでしょうか?個人的見解ですが、田澤選手自体は多分、ルールを破って渡米した以上、覚悟を決めていると思いますけどね。どうであれNPBを蹴って渡米した・MLBの道を選んだからには、ここで骨を埋める。そういう覚悟を持ってやっていると思うので、本人の意志表示もないうちに撤廃云々という話をしても迷惑になるだけではないでしょうか?
 中には変なのが、「あれだけワガママ言っておいて悪くなったら日本に帰りたいだとふざけるな!!」なんて言って因縁つけるでしょうからね。アマ関係はわかりませんが、大学・社会人の関係者に迷惑がかかったでしょうし(ググったら高校→社会人なんで大学はないですね)、それこそ星野仙一のような大物が「わしが関係者に話しつけてやるから帰ってこい!わしが全部面倒見てやるから気にするな!」とでも言ってプロ・アマ各関係者全方位に話をつけでもしないとNPB復帰は無理ではないかと思いますね。
アイキャッチ用画像

*1:

*2:「適応」という重大な概念については過去に解説したのでこちらを参照下さい―メジャー移籍する選手の「通用」する・しないは、「活躍」の間違い 

*3:大谷が良い人に恵まれていないんだろうなと思わせる要素はいくつかあって、こういうメジャー移籍の決断を止める人が居なかったこと。そしてメジャーで一時故障離脱した時、個人として専属トレーナーを雇っていなかったということ。
 あれ程の選手であればお金に困ることはないはず。あっても将来の投資として絶対自身の体のケアのために専属トレーナー・コンディション維持のための身体調整の専門家を雇うべき。無論、天才・達人的な専門家が急遽専属として渡米してついてきてくれるということは考えづらい。しからば5年契約くらいで色々な専門家を複数人雇うことで専属チーム、チーム大谷を形成する。チーム大谷で情報を共有して、交渉連絡役が国内のコーチ・トレーナーと連絡を取り、必要に応じて来てもらったりオフに日本で調整をしたりする。そういった高度なバックアップ体制・専門家集団を形成するはず。単身渡米は必ず失敗する。優れたバックアッパーの存在が成功には欠かせない。身体ができあがってなく、未知の二刀流で故障リスクが大きい彼ならば尚更。野球に専念するために通訳・調理師・メディア対応などをこなす存在が彼には不可欠。そのためにチーム大谷を形成するのが当然だと思っていたので、専属トレーナーすら居ないというのは非常に驚きましたね。今後も大谷はちょいちょい故障する、予想外の事態に躓くことが考えられますね、こういう事前対応の準備ができてないことを考えると。

*4:大谷とパドレスを繋ぐラインは非常に豊富で、まずパドレスだと思われていました。以下その材料です。ググれば簡単に探せる話ですが、一応。大谷を追っていたドジャーススカウトが買収云々騒動でパドレス入りしていた。旧ドジャースでアジア担当を務めていたエーシー興梠氏とスカウト部長のローガン・ホワイト氏、この二人が大谷を追っていた。旧ドジャース元オーナーもフロントに入ってドジャース日本人コネ野茂・斉藤・石井をパドレスに繋いだ。そして野茂と斉藤は実際にパドレスのフロント入り(野茂の長男は日ハムの通訳)。パドレスSAランディ・スミスが日ハムのスカウトディレクターを兼業。パドレスのグリーン監督は元日本ハム選手。地元放送局解説者が元日本ハムのスウィーニー。元日本ハム中嶋聡や金子打撃コーチがパドレスにコーチ留学。コンディショニングコーチ中垣征一郎もパドレスに移籍。移籍を想定して、パドレスは6人ローテやベタンコートという選手に二刀流をやらせる。言うまでもなくアメリカでのキャンプ地がパドレスだったことなどなど。

*5:ダルや田中クラスの選手を巨人・阪神で育てられるはずないだろ!というのはまた別次元の話、可能性の話ですからツッコまないように

*6:というか、そういう文章を読めないバカに限って、いちいち書かなくてもいいクソコメをつけてくるので、毎回わざわざこういうことを書いておかないといけないのですが(怒)

*7:このような状態、NPBが頭としての経営機能が死んでオーナー集団の寄り合い・友愛団体、仲良しクラブのような存在になっているのはプロ野球がつい最近までビジネスとして殆成立しなかったからという背景があります。パ・リーグの試合は観客より選手・関係者のほうが多かったという時代がつい最近までありました。高校・大学野球こそ野球でプロが二次・三次の存在であった時代ですらあったといいますし、巨人を中心とした試合しか興行として成り立っていなかった歪な時代が長かったのですね。ところが今は新規参入の球団を中心にビジネスとして成立する横並びの時代が来ました。巨人と阪神、そしてせいぜい中日くらいの時代から、今や人気ご当地球団は多数。巨人抜きにプロ野球は成り立たないという時代から確実に変化するようになったんですね。その先に考えられるのは、さらなる球団拡大・新規参入による黒字ご当地球団が誕生することで既存システム維持派と変革派の図式・パワーバランスが変わる。巨人や阪神といった守旧勢力は発言権を失い一人気球団としてしか存在し得なくなる。究極的には不健全な報道関係会社の追放ということすらありえる。それによってNPBの健全化が図られることになるので、球団拡大・新規参入というのは非常に重要なポイントなんですね。NPBの将来・滅亡と繁栄をわけかねない一大分岐点と行ってもおかしくないテーマなんですね、実は。

大谷翔平のMLB移籍はルール違反であるはず…。少なくともマナー違反。問われるNPBのガバナンス、いち早い野球界全体の機構・体制刷新を

 どうでもいいと言われるとどうでもいい話ですが、個人的に違和感満載で引っかかってしょうがないこの話をサクッと書いておきたいと思います。大谷翔平MLB移籍は本来ありえない異常な出来事であるという話。(おかしい、この半分くらいの分量で終わるはずだったのに、こんな量になってる…。もうサクッと書くとかありえないと思おう…_(:3 」∠ )_)。

初めに:本文の要点
 大谷が5年でポスティングはおかしいというのが今回の主旨ですが、だからといってメジャーに行くな&行かせるなということではありません。というのも普段は論ずるに値しない張本氏が「こんなことを許していては、プロ野球が衰退しますよ」と珍しくまともなことを言っていたことからもわかるように、メジャー移籍への制限・規制というのは、NPBを守るためにあるわけですね。ところがそのそもそも・前提があまりよく理解されていない・認識されていないように思えました。何故田澤ルールのようなもので罰則が存在するのか、海外FAというものがあるのかと言えば、そうしないとNPBが空洞化して衰退するリスクがあるからですね。
 ①まずNPBは今後シュリンクする。日本の人口減・少子化・競技人口低下でまずそうなっていく。②構造改革のためには球団の増加が必要となっている。③球団増=プロ選手の増加でますます選手の全体的なレベルは落ちていく。④海外枠の拡大・撤廃などで選手の質の維持を図るという対策が必然的に予想されるが、メジャーとの競争に負けるなどで上手くいかない・失敗することもありうる。⑤そうなるとNPBというものが衰退、最悪消滅することもありうる。*1
 まあ、消滅などは早々考えにくいですが、人気低迷でビジネス的に厳しくなるということは十分ありうる。日本プロ野球界においては、こんな事は言わなくても当たり前の長期的展望だと思っていたのですが、ひょっとして今プロ野球見ているプロ野球ファンたちはそういう当たり前の事をあまり認識していないのかも…?(ファイターズファンの移籍への肯定的な声や、田澤がマイナー落ちした時話題になった、田澤ルールについての否定的なコメントの数々を見てそう思いました。逆の声は殆ど見かけませんでしたからね)
 NPBには生き残り戦略、大胆な変革が必要とされている。MLBに負けるとも劣らない魅力的なプロリーグを作っていくというビジョン・戦略・経営が要求されている。MLB>>>NPBという図式のままでは、いずれ立ち行かなくなる。今はMLBに負けない独自の魅力を打ち出し戦っている最中。自由競争したら殆ど確実にNPBMLBに負ける。故にNPB・国内リーグを守るために保護規制が存在する。その大事な保護規制に今回の大谷のポスティング移籍は抵触する。ルール違反であるはず。*2
 本文では、それゆえに大谷のポスティングがいかにおかしいものかという指摘で占められていますが、言うまでもなく、MLBに行くのならNPB経由が絶対条件で、NPBをスルーすることは許されない!もしNPBをスルーした場合は、日本の野球機構プロアマ両面から永久追放すべし!という極端なことをいいたいわけではありません。NPBMLBかどちらかしか許さない。100か0か、という極端な選択を現状のプロ志望選手に押し付けたいわけではありません。あくまで今の体制ではNPBを規制によって保護しなければならない。そしてその上で成長戦略によって変革、保護が必要のない新NPBを作り上げる。結果、プロ志望選手がNPBでもMLBでもいろんなルート・キャリアプランを自由に選択出来るようにする。様々なオプションを設けることがするように改革を進めていくべきということが自論ですね。故に、オチはNPBは魅力ある球界改革と、まっとうな機構としてきちんと機能せよ!経営・ガバナンスをしっかりしろ!というオチになっております。長々書いているうちに論点が分かりづらくなってオチもいまいちよいものにならなかったので、あえて初めにまとめることにしました。そんなもので良ければ以下ご一読どうぞ。*3 


メジャー移籍で上がらないポスティング行使への批判の声    
 大谷翔平MLBエンゼルスに移籍するという話が持ち上がって、世間の耳目を集めたのは去年オフ(一体いつの話題だって話ですが、思い出したので今更書いています(^ ^;) )。この時、まるで大谷のMLB移籍は当然の出来事であり、異議を唱える人が少ないというかまるでいなかったので、この移籍について非常に疑問に思いました。*4
 疑問を呈したのは確か、広岡氏くらいだったと記憶しています(張本さんのような人物は参考に値しないので排除しています)。他にもいたかもしれませんがいちいちチェックしていませんのでその辺りはご容赦を。問題の所在は、大々的に「何考えてるんだ、それはおかしい!ルール違反だろう!!」という声が上がらなかったことなので。
 
ポスティングを利用すること自体は問題ない。問題は年数    
 MLBでプレーすることがさも当たり前、移籍することが喜ばしいことかのような姿勢・風潮自体がおかしいのですが、それはさておいて、大谷翔平がメジャーに移籍するにはポスティングしかない大谷翔平は入団以前に強いメジャー願望を抱いていて、ドラフト指名を拒否した出来事からもわかるように、いち早い渡米を望んでいた。現今制度の海外FAでは10年かかる(9シーズンプレーすることが条件となる)。これではマイナーぐらしという劣悪な環境や、怪我などによって挫折する。プロ野球選手としては再起不能・キャリア失敗というリスクを背負っても、ドラフト・プロ指名を蹴って即メジャーへという選択をする選手が出てきても不思議ではない。故に、大谷も当初この道を選択しようとしていた。
 即MLBで渡米した場合、活躍するまでのハードルが高く、失敗した時の救済もない。NPB・日本でプレーして実績を積んでからであれば、故障リスクは減り(所属先や条件云々によるが)、国内での実績・収入をバックにメジャー移籍のコストがグッと減る。万一あちらで失敗しても、またNPBでやり直せる。しかし、NPBを経ずに米に直接行くルートを選択すると、具体例がないので断言できないものの、まずそこで野球人としてのキャリアは終わる。メジャーリーグビジネスに携われない限りは、セカンドキャリアにプロ野球関係の仕事に就く道はまずない(アマチュア関係でコネがあって、そのコネで高校や大学・社会人野球に携わることは可能かもしれないが)。何れにせよ経歴に傷がつく、脛に傷持ちの存在となって野球関係の職に就くハードルがぐっと上がる。
 現今制度では日本人選手がNPBを経由せずに直接メジャーリーグでプレーしようとした場合は、一か八かの性質が非常に強い。しかし実際メジャーでプレーするまでにどんなに最短でも9シーズンかかるため、相当時間がかかるとメジャー志望の選手は捉える。故にその折衷案としてポスティングという選択肢がある。ここまではOK。ポスティングでメジャー移籍は何ら問題ない。問題は所属年数・実働。
 
5年在籍しただけでポスティングは早すぎる           
 問題になるのは大谷の所属年数。5年・5シーズンプレーしただけで、ポスティングの行使とエンゼルスに移籍をしたこと。これはどう考えてもおかしい。実際これはありえない選択・行動でしょう。所属先の日本ハムの視点から言うと、「ウチはそんなことにこだわらない。5年居てくれるだけで全然いい。十分元は取れた」ということかもしれません。それは球団・ファイターズのフロントの方針・思想上の話。その判断自体は構いませんが、ポスティング制度を5年在籍しただけで行使するというのはこれまでの前例にない。明らかに権利を与える期間として短すぎる。こんな事をして良いのか?これはルール違反ではないのか?ということがもっと大々的に問われるべき。正直、最初にその一報を聞いた時「え?大谷メジャー?なんで?まだ5年でしょ?バカじゃないの」でしたから。どう考えてもありえない暴挙でしょう。フロントと大谷本人は一体何を考えていたんでしょうか?
 どうして5年ではダメなのか?過去にこんな記事(2016パ・リーグMVP大谷選出への疑問)を書きましたが、大谷という選手は規定に達していないというか、フルシーズン働いた経験がないんですね。投手として0.7、打者として0.6働いた、足して1.3人分だからOKなんていう計算をしている人もいるかも知れませんが、少なくとも「打者大谷」・「投手大谷」としてカウントした時、普通のレギュラー選手として通年での成績を残したことがない。つまりまだ未完成の選手・プレーヤー。「二刀流大谷」という視点で見れば唯一無二のスーパースター・ビッグプレイヤーであることに異論はありませんが、問題は選手としてどれくらい一年間勝利に貢献をしたか?選手の評価・査定はそれで決まるもの。彼はワンプレー・ワンプレーでスーパープレーを見せて観客を魅了しても、一年間通じてエースと言われる中心投手・チームの一番手投手として、また主力打者として四番打者のようなチームの中心打者・顔として、チームの勝利に貢献してはいない(もちろん主力戦力の一人としてカウントされる活躍はしてきましたが、甲子園などの活躍で誰もが「名」を知る選手ではあっても、リーグを代表するほど長年活躍して実績でリーグや球団の「顔」と呼べるほどの存在ではない)。
 
実働が短いがゆえに一流選手としての数字を残していない    
 彼はまだまだ完成途上の選手。「打者大谷」・「投手大谷」としてどちらもまだまだ一流選手としては不適格。通年で数字を残して初めて一流ですから(また更に一年間素晴らしい成績でタイトルを取ったとしても、三年は安定して打撃や投手10傑に名を連ねないと一流選手とは言い難いでしょう。ぶっちぎりのすごい数字を残さなくてもプロで一流として認められる選手というのは長年安定して数字を残し続けることですからね。たまに隔年プレーヤーというのもいますけど、それでも長年やって実働でのトータルの数字で名選手として評価されることもありますし、単年では大したことなくても長くやることでトータルで数字を残して一流として認知される選手は数多いです。)。故に言わずもがなで「二刀流大谷」も全然完成していないわけです。
 過去にファイターズのフロント・球団の代表か誰かが10勝・10本で「二刀流成功したでしょ?ちゃんと書いてよ」みたいなことを言ってましたが、10勝なんて先発投手の指標としてはイニング数と防御率に比べれば優先度は落ちるものですし、10本打つ野手が毎年何人いるかと言われれば言わずもがなでしょう。そんな事をもって二刀流の成功になるわけないじゃないですか。まるで理解できない発言でした。二刀流の成功はどちらも一流の数字を残して通年プレーした時に決まっているではないですか(無論、誰もやっていないことを現代プロ野球で達成した事自体は快挙であり、素晴らしいことであり拍手喝采したいところですが、まだまだ通過点にすぎない出来事でしょう)。そういう選手として完成していない、発展途上の段階の選手がポスティングを行使してメジャーへ行くということを認めていいのか?
 
前例と比較しても十分な数字を残したとは到底言えない     
 過去、日本のスーパースターがポスティングでメジャーへ移籍した実例を見ると、イチローは9年、951試合で日本で1278本ヒットを打っています。対して大谷は5年で403試合で296本のヒット。イチローの場合は、彼自身がポスティング制度というものを作り出したパイオニア的存在ですので、指標・比較対象としては少し材料として弱い存在・事例になります。また大谷の場合HRがあるのでそこでも少し違った評価がされる存在ですし、今回の話では余り参考にならないかと思います。そのため日本の二大投手ダル・田中と比較するのが最適になるかと思います(他にも岩隈・前田などの事例がありますが、最短での行使ではないので比較対象としては除外しています)。

 ダルビッシュ   7年167登板164先発93勝1268イニング防御率1.99
 田中将大    7年175登板172先発99勝1315イニング防御率2.30
 大谷翔平   5年85登板82先発42勝543イニング防御率2.52


 比較してみると一目瞭然で分かる通り、大谷は偉大な日本人投手の先例、2ケースと比較してかなり劣った存在。NPBでスターだった、大活躍したとは言い難い存在。故に必然的に、そんな選手にポスティングを容認するというのはいかがなものか?ということになってくるわけです。大谷が打者をやっていたために登板機会が少なくなるという理由は言い訳にはならず、投手として明らかに前二者と劣っているのにもかかわらず、メジャー移籍について優遇されたことになります。果たしてこれはフェアと言えるのでしょうか?個人的には明らかにアンフェアであると考えます。後述しますが、実働で見ると大体彼は実質3年半くらいしかプレーしていないわけです。実際前二人と比べて半分くらいの数字であることが示唆するように、5年NPBでやったとはいっても、残した成績は彼らの半分程度でしかないわけです。だからこそ大谷のポスティングはおかしいと思うのです(打者として大体400試合、300安打・50本くらいの数字を残していますが、これが先発50勝、700~800イニングに相当するものかと問われれば言わずもがなですからね)。
 
ポスティング(※早期行使)とは超一流選手に与えられる特権   
 ポスティング制度というものをどう捉えるか、人によっていろいろな考え方・主張はあると思いますが、日本球界で突出した存在。そういう特別な選手に対して例外的に海外FA前にいち早いメジャー移籍権利・プレー権利を与えるものだと解しています。故にポスティング費用の分、給料も自ずと通常より割安の契約になる。そういう趣旨のものであるのに、選手が移籍を望んでいるからという理由でホイホイポスティングを容認するというのは制度のあり方と外れる・間違っているものだと考えます。勿論大谷は突出した存在であり、同じ期間プレーすれば素晴らしい数字を残すことがほぼ間違いないと見込まれる選手です。ただし、実際にプレーしてきちんと数字を残していない以上、その権利を与えるのはおかしいはずです。
 海外FAで9シーズン、ポスティングで7年というのはメジャー移籍願望が強い選手にとって条件として厳しすぎる。という論理・見方は個人的にも同意するものです。しかし、現今制度では残念ながらそういう制度になってしまっている。ポスティングにルールとしての年数規制がないとはいえ、NPBで一流選手と言える数字・実績を残していない大谷がポスティングを行使するのは許されるべきではない。大谷がいくら凄い選手とは言え、ダルビッシュ・田中の二人を大きく凌駕する程の選手ではない。二人は7年間プレーしてから所属球団を後にした。文句のつけようがない実績を持って海を渡った。この二人よりも優遇される理由がない。ハッキリ言ってズルであり、アンフェアであると思います。先輩の菊池雄星が同じ強いメジャー志望を持ちながら日本球界で未だにプレーしていることをどう思っているのでしょうか?

菊池ケースと比較すると大谷はやはりアンフェア        
 この話をすると、菊池雄星はメジャーよりもNPB入りを選択した。結局最終的には日本球界を選んだ。しかし大谷翔平は初めから指名を拒否した。日本球界よりもメジャーを選んだ。そういう違いがあると主張する人もいると思います。日本ハムファイターズに入団する以前に、本当に入団するかどうか話題になったくらいですからね。大谷は厳しいマイナーの環境・異なるアメリカという異国の地、茨の道を選択するつもりだった。そこにファイターズが横槍を入れて説得をする形だったのでケースとして異なる。そう捉える人ももちろんいるでしょう。
 確かに菊池ケースと大谷ケースはその点異なるわけです。しかし、大谷は事前に「プロ志望届」を提出しているわけです。この「プロ志望届」を提出しない以上、アマチュア選手はプロから指名を受けられない。初めから提出しなければ、そもそも日本ハムファイターズに指名をされることもなく、何の問題もなくメジャーに行くことが出来た。ではどうしてそうしなかったかと言われれば、田澤ルールと呼ばれる規定・NPB復帰に制限がかかるから。やっぱり日本に帰りたいとなったとき、3年間はプレーできないということになる。しかしプロ志望届を提出して、指名されなかったということになればこの規定の適応外となる。故に大谷はプロ志望届を出しながら、会見で各球団に指名をしないでというお願いを表明したわけです。
 以上のような経緯を見ると、ハッキリ言って虫が良すぎる。メジャーには行きたい。しかし、失敗した際のリスクも減らしておきたい・NPB復帰の道も残しておきたい。そんな虫のいい話が許されるわけがない。だったら何のための田澤ルールなのかわからない。田澤ルールがどうして設けられたかと言えば、制度の成立端緒を見れば一目瞭然。米日での年俸競争だったり、日本の人材流出を避けるため。その流出阻止の抑止力として設けられたルールなのに志望届を出して指名されなかったからセーフなんてことがあるはずがない。*5
 また、菊池雄星は現在才能が開花して素晴らしい投手として活躍をしているものの、プロでは苦しんだ。大谷はそうではない。抜群の対応力・潜在能力を見せた。スーパープレーを魅せた。ゆえに優遇されて当然という論理も当然通りません。大谷は先発として3年&打者として1年レギュラーとして十分な仕事をしただけに過ぎないのです。計4年とカウントしていいかは疑問ですが、その程度の貢献でメジャーに行けるのならば、菊池だって投手として4~5年活躍すればメジャー移籍・ポスティングしていなければおかしい。実績を考慮すれば去年のオフには行けて当然の数字だったことになる。何故自分だけ特権を享受しようと思ったのか、してもいいと思ったのか?これがわからない。
 常々、他人が得をしたからと言ってそれをズルい!卑怯だ!なんてい言ってはいけない。チートでもない他人が上手く立ち回ったり、偶然で得た利益を自分も得られて当然だーなんて考えることは歪んでいる。他人がたまたま手に出来た利益をズルいなんて妬むのは自身の努力や成長を放棄した歪んだ証と、他人を妬む愚かな行為を非難してきました。ブログで書いた覚えはあんまりありませんが。他人が気づいて得たものを自分が気づかなかったからズルいなんて言い出すのは小学生・知能が低い証です。調べない・知らない、そしてその上で気づくことが出来なかった自分が悪い。それを他者や環境のせいにするなんて愚かですし、それこそそんな発想の方が卑怯千万。
 しかし、大谷のこの行為は制度をうまく利用したとか立ち回ったという次元の範囲ではないのです。制度・慣行を考えればこれはチートに相当する行為なはずです。*6
 
渡米直近のシーズンでろくにプレーせずにポスティング…?   
 そして今回のポスティング行使ですが、5年が短すぎるということ以前にそもそも最期のシーズン・5年目にろくにプレーをしていない。怪我で殆ど一軍にいなかった。5試合先発して、65試合打者として試合に出た。つまりシーズンの半分ほどしか一軍にいなかった。主力選手としてチームにまるで貢献できない数字・シーズンだった。そんな状態でNPBから卒業してさらなるステップアップとしてメジャーにという道を選択していいのでしょうか?
 大谷の入団以前に、日本ハムファイターズは「最短5年でメジャー行きを認める。投手だけでなく打者もやらせる。二刀流を考えている」そんな報道が出てきて、二刀流プランに「流石日ハム!俺たちには出来ないことを平然とやってのける(ry」とワクワクしたものでした。しかし同時に「二刀流をやることで選手としての成長・完成が一般的な成長路線を辿ることはなくなる。投手としても打者としても普通の選手よりも大成するのに時間がかかる。必ず遅くなる。必然的に5シーズンフルで活躍する可能性は低いから、最短5年でメジャーに行くのは難しいだろうな。結局、ダルや田中と同じ7年位になるし、ポスティング制度の見直しの絡みで6年になることもあるかもしれないな」と当時思ったくらいです。*7
 実際、彼の二刀流は観ていて非常に面白く、エキサイティングなプレーヤーが出てきたなと注目していましたが、二刀流をやることで使う監督・首脳陣サイドは未知のことに取り組むことで非常に大変だったし、起用法で他の選手に割りを食わせた。負担も大きくその分怪我で離脱も頻繁にありましたしね。球団に一定の貢献もありながら、同時に通常の選手よりも起用法などで大変負担が大きかった、迷惑をかけたわけです。二刀流としての初期投資をしたのにその見返り・リターンと言える活躍・大谷無双でシーズン投打で主要タイトルを取るようなまさに二刀流の完成ということもなかった。
 今、投打を両方こなす異質な存在、唯一無二の二刀流のスーパースターとしてメジャーでその地位を築こうとしていますが、ファイターズに入団しない限り今の大谷という存在は絶対あり得なかった。「二刀流大谷」は即メジャールートでは絶対ありえなかった。その事を考えても、普通は契約上は今年で行けることになっていても、もう一年残留して球団に貢献してからメジャーに行きますとなるのが普通の感覚でしょう。
 2016年くらいの数字を残してメジャーに行くなら、疑問の余地はあるもののまだ理解できましたが、球団への貢献度がただでさえ少ないのに、怪我でろくに試合に出れなかったのだから、普通はもう一年残留してから行くと考えるはずでしょう。そうやって球団やファンに、そしてこれまでの日本球界の慣例に敬意を示してから行くべきだと思います。大谷のメジャー移籍は個人的に自分のことしか考えていないワガママに映ります*8なんのために規制があるのか?NPBという枠組みを守るためにルールが有るわけです。NPBが興行として崩壊することになったらどうなるか?これまで先人が築いてきた大切な財産が途絶えれば、最悪日本に根づいた野球という文化が消えてしまうことだってありうる。そういうことを考えれば、将来プロ野球選手として代表的な存在になる彼がこういううかつな行為に出るのは、非常に問題があると考えるわけです。形式上クリアしたから何をやっても良いなんて、憲政の常道を理解しないどこかのバカ総理じゃないんですから、ちょっと何を考えているんだろうなと彼のセンスを疑ってしまいます。
長いので分割しました。続きはこちらです→続、大谷翔平のポスティング移籍の話


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*1:必然の帰結のように書いていますけど、当然②の球団増加というルートを選ばない場合もあります。選ばなければそのまま衰退していくだけで結果は同じですね

*2:こんな、面白い記事があったのでリンク―米黒人の深刻な「野球離れ」、希望の光はリトルリーグ。そのMLBでも野球人気は落ちているとか、100億ドルの市場を誇りながら視聴率は低下して、30年前のワールドシリーズの視聴者4000万がいまでは半分になっているとか。視聴者の平均は53歳だとか。NFLが47歳でNBAが37歳…。若者が全然入ってきていないみたいですね…。というか全体的に若者がスポーツ中継をを楽しんでないということか?中南米など海外の黒人が参入してきても国内の黒人はバスケやアメフトに流れているようですね。日本としては米国内の黒人をターゲットにアカデミー作るくらいのことやっても面白そうなもんですけどね。アマレスとプロレスが違うみたいに、日本で硬式と軟式野球があるみたいに、いやソフトボールか、そういうアマチュア専用の野球の基礎が学べて且つ面白いミニベースボールみたいのを入り口として設けた方が良いんじゃないんですかね?日本も野球人口が急激に減っているように、施設・道具・広いスペース=グラウンドとそもそも野球はとっつきにくいスポーツですからね。というか、中流以上のスポーツとか、黒人スターの不在とか、完全に米社会構造の問題ですよね…。米の黒人選手・市場を狙うって凄い面白そうなんだけどなぁ…

*3:初めにこう書いておけばよかったのに、グダグダになりましたね…。文章構成能力が堕ちたものだなぁ…。_(´ཀ`」 ∠)_

*4:ファイターズファンはやはり異議を唱えているんだろうなと個人的に思い込んでいたのですが、ファイターズファンのまとめブログでコメント欄をチェックしたところ、違和感を抱いている人はあまりいませんでした。メジャーで頑張ってみたいな反応が多かったですね。否定的な意見でもこれじゃ「日本のプロ野球が…」という意見は見かけませんでした。何のための規制なのか理解されていないのか…。プロ野球が消滅するという危機感を抱いている人が少ないのか…

*5:誰が入れ知恵したか知りませんが、なかなか人を食ったような行為だと言えましょう。また、この事件はファイターズの強行指名で決着したためNPBは何ら見解を説明せずに終わりましたが、大谷のような選手は田澤ルールの規定にある通り、ドラフト上位候補の有望選手であり、こういう手段に出ても田澤ルールの回避とはならないと明確にしておく、会見や声明で明言しておくべきだったでしょう。

*6:まあ、チートというより、こういうある種の不正行為はする方よりもされる組織・機構側の不作為こそ問題とされるべき話というべきなんですが。この文書のメインテーマもそちらにありますしね

*7:ポスティング制度自体がメジャーで問題視されているので廃止議論が出ており、今じゃないとポスティング制度を利用できなくなるのでやむなく今年で行使を認めるというパターンですね

*8:そう言えば昔、松本人志氏が著書で才能あるやつはワガママですよと伊良部のメジャー移籍云々の騒動でコメントしていましたね。そういう点、才能を十分に発揮するためにワガママであることはいいのですが、ルール・マナーを弁えないとは一線を画す話と捉えて下さい

【雑誌】 月刊秘伝 2015年4月号

秘伝 2015年 04 月号/BABジャパン


 毎月一つずつ更新するはずだったのをすっかり忘れてました(笑)。というわけで久しぶりに更新。(※2019/01漢語由流体操追記)
 殺陣特集ですね。余り興味がある分野ではないので触れることはありませんが、ゴジラの中の人を演じていた、ゴジラ剣法という方の話が面白かったですね。叔父さんに剣を教わっていたが、その叔父さんは戦争に行かなかった。なぜならゴロツキを斬り殺してムショに入っていたからという時代と土地柄を象徴する話(^_^;)。示現流をいきなり習いに行った話とかも好きですね~。弓づくりの人の話がありますが、根性の悪い竹の方が作りにくい分、仕上がったあと質の良いものに出来上がるとか、つくり手ではないとわからない良い話ですね。

■ロシア伝統集団戦「ステンカ(壁)」
 多民族国家ロシアでは集団での抗争がよくあって、それを基に発展していった集団戦術という感じでしょうか。フックや回し蹴りはスペースを贅沢に使う技であり、そういう技術を使うことはない。自分の隣りにいる味方に当たってしまうから有効ではない、使えない技であるからそういう技を用いることはしないと。アッパーのようなたてに撃つ打ち方が主になる。また草刈りなど日常に使う動きと矛盾しないようになっていると。蹴りもタテに縦回転で鼠径部を踏みつけるように蹴ると。日本人のような引く身体の使い方ではなく押す使い方をするのも特徴。仲間が横にいることを前提としたような戦いをするようですが、写真にあるように同じタイミングで突き・蹴りを繰り出すのでしょうか?司令塔が号令出して戦うとか?同調の技術があるとかなんでしょうか?チームプレイを前提とした武術はあまりないのでそこら辺面白そうですね。*1

■マーシャルアーツに挑んだ日本武道家たち
池本淳一「明治大正 異種格闘決闘録」—
 日本VS西洋の初対決は相撲と西洋の格闘家。公式な記録として、はっきり残っていないが、どうも相撲取りが相手をねじ伏せたことだけは確からしいという話。植民地支配にボクシングが西洋人の優秀さを示すために用いられたというのは有名な話ですね。この初めての試合はボクサーかレスラーだったんですかね?相手の格闘家というのは。

太気拳 岩間統正「有形無形の武」—
 今の太気拳は本来の太気拳ではないと。こう来たら後という発想は太気流空手であって、太気拳ではない。あらゆる攻撃をあらゆる部位で滑らすのが「差手」。未経験者でも三年で錬士、現在錬士なら教士に。熱意とセンスがあれば二年でいけるかもしれないと。長年の経験から「最大効率の稽古」が出来るとのこと。
 随分、意気込んでらっしゃいますけど、どうなんでしょうか?今現在後進育成に成功されているのでしょうか?師がいくら達人で教え方がうまくても、弟子が育つとは限らないのが武道・武術界の常ですからね…。師一人、弟子一人と言われる世界ですからねぇ。

■高岡英夫の漢語由流体操「肩肋後回法5」—*2
 一肩肋後回法の理論編のまとめ。人間の背骨には、拘束背芯と拘束腰芯という二つの拘束の中心がある(拘束腰芯については、「腰仙揉溶法」の解説参照)。この肩肋後回法は、もうひとつの拘束の中心、拘束背芯と密接な関連がある。拘束背芯は大椎=頚椎の七番から胸椎の三番。肩肋後回法でゆるめるのが肋骨の一番から五番までであり、完全に一致していないとはいえ多くの部分が重なっている。つまり拘束背芯を溶解するのに適している。残りの肋骨の二段=四番と五番は、拘束背芯には含まれておらず、拘束腰芯(と文中では表記されているが、拘束背芯の誤記だろう)と重なっている肋骨の一番から三番よりはるかに動きやすくなっている。ゆえにここを動かして上部へのずらし回転運動が出来るようにアプローチしていって一番から三番も動かせるようにすることで、拘束背芯を溶かせるようにしていくと)。拘束背芯を溶解させようとする時、最も肩肋後回法がベーシックな取り組みの三つのうちの一つとなる(残り二つは何なんでしょ?また「肩肋後回法は、拘束背芯の溶解をめざす時、非常に無理なくアプローチしていける方法として、とくにおすすめできるメソッドといえます」―と書かれているが、残りの2つは肩肋後回法にアプローチ的に劣るのだろうか?どうもこの肋骨を動かしていくというのが難しくて出来ないので他の方法を知りたいのだが、やはり肋骨を動かすことそれ自体が難しいということなのか…)。

 呼吸が胸・前面に入る傾向がある。肺の上部に息を入れるには背骨と肋骨が動いて、そこに息が入るようにする必要がある。ということは肺の上部に息が入ると当然拘束背芯も解きほぐされることになる。肩肋後回法を呼吸の視点から考えると、どちらかというと、胸に息が入ってくる傾向にある。しかし、身体の裏側にも息が入ってくるという大きな特徴がある。肋骨のより上部に息が入るには、背中側の肋骨と背骨が呼吸運動に参加して、その部分に息を吸い込む余地を作る必要がある。逆にいうと、肋骨のより上部に息が入る=拘束背芯の部分が動き出すということ。(「逆に言うと」」という表現が少しひっかかるのだが、運動と呼吸を対偶として並べたときの逆かな。関連・連動することだから、「逆」という言葉に変に引っかかってしまった(^ ^;) )。よって呼吸が胸の裏側・肋骨の上部に入る&動き出す=拘束背芯の部位も動いて解きほぐされるという公式が成り立つと。呼吸・運動・溶解の三つをセットとして捉えるべしというところかな。それこそ逆に言うと呼吸が浅ければ、肋骨や胸郭の運動性は低いし、身体は拘縮して拘束背芯が強い状態
 野生動物は肩こりに悩む必要がないが、拘束背芯は存在する。野生の四足歩行動物にも非常に柔らかい拘束背芯が見られる。運動性の高い柔らかな身のこなしをする動物ほど小さく弱い拘束となっている。草食動物のほうがどちらかと言えばより拘束背芯に近い拘束が見られ、実際の動きも乏しい傾向にある。イタチ科が哺乳類の中で最も拘束背芯が見られない。*3
 軸とは一本ではない。三本存在する。地球の重心と人間の重心を結んでいる垂軸(物理学では重心線)。常に変わらないのが垂軸、もし人間が寝たら身体と垂軸は直交することになる。このように垂直で変化しないから垂軸。人間の体に存在するのは体軸。概ね背骨に沿って形成されるもので、可変する。直体軸と曲体軸に分けることが出来て、陸上のクラウチングスタートの時のように背骨が曲がっているときには体軸も曲がって曲体軸となる。そして、直立していく時に形成されるであろう仮想の体軸が直体軸≒潜在体軸。*4
 第一段は稲穂振軸、垂体分離で行ったほうが容易なためにこちらからスタートする。人間の体軸がゆったり揺れる時、稲穂が風に吹かれたときのようにゆれる。人間がリラックスしている時頭部はしなだれる稲穂のようになる。 理論編でも語ったように、肩肋後回法は、副交感神経系のトレーニング法なので、リラックスした状態の稲穂型から入るのが、一番自然 。肩をゆったりと前から後ろに回す動きと、この稲穂状の振軸の動きは、非常に相性がいい。
 格闘技のように直立したまま体軸が前後左右に動くときは交感神経優位状態にある。まずリラックスして気持ちよくなる副交感神経系優位状態で解きほぐしていくことを念頭に行うから、体軸を直線のままではなく曲げる、曲体軸を取る。実際の舟漕ぎ運動では体軸は直立して行われているが、船を漕いでいる絵を想像するとき、多くの人が稲穂振りをして船を漕いでいる絵を連想するハズ。このイメージで行うと良い。
 第二段は垂体一致の前段階になる「直線振軸」。自然に動かすと稲穂振りになるように、体軸を直立させたまま、直線状に体軸が振れるように行うのは想像以上に難しい。これが垂体軸一致法の基礎トレーニングになっているのだが、運動進化論的見地から見ると四足歩行動物時代に、伸び動作によって思いっきり副交感神経系に入っていくというDNAがあり、体幹部を反らす稲穂振り系の動きが、リラックスするための最適の動きとして作られてきた事実があるから。ゆるんだ状態で体軸を振ろうとするとき、稲穂振りになってしまう(格闘技で直立したまま前後左右に軸を動かす交感神経系優位の動きをするとあったように、交感神経系優位の運動と副交感神経系優位の運動という矛盾した行動を行う上での難しさがあるということでしょうか)。
 第三段は「稲穂振軸縮幅化」、第一段ではリラックスを念頭に大きく動いていいが、今度はその稲穂振り・振軸を小さくコントロールすることを追求する(第一段ではそういう事を考えずに大きく動かして気持ちよさを追求すること)。第三段は鏡を見ながらチェックしてコントロールするのがベスト。振り幅を小さくすることで下の方から垂体一致していることが実感できる。「本当にのびのび気持ちよくなると、こんな動きになるんだ、あとはこの振軸を小さくしていけば良いんだな」という感じになる。
 第四段は「直線振軸縮幅化」、第二段と第三段を組み合わせたもの。(それぞれ一段と三段は曲体軸、第二段と第四段は直体軸)。そして第二項で「垂体一致法」という課目の、「直立垂体一致軸」という段階に入る。その名の通り、直立垂体一致軸のまま肩肋後回法を行う。言うまでもなく垂体一致しながら肩肋後回法を行うのは至難の業。見てきたとおり、進むに連れてコントロールの精度が高まっていく。二段からそうだが第二項に入ると脱力しながらかつ筋肉を締めるということをしなくてはいけない。軸を動かさないことを意識するあまり、肩まで固まって円どころか五角形・六角形のようなカクカクな動きになってしまうことも。軸を通しながら脱力し、かつ肩をキレイに大きく回すという難しさがあると。

■システマ創始者アメリカツアー随行
 システマアメリセミナーの話ですね。システマアメリカでどういう風に受容されているのかという話です。

■徐谷鳴老師来日セミナー 心意六合拳の極意を示す
 心意六合拳って名前がかっこいいですよね。なのでずっと前から記憶に残っています。上海で有名だった綿拳と心意六合拳だった。戦うためだけを考える門派だから、門下生に犯罪者が多く出た。逆に太極拳はそうならなかったと。心意六合拳が一度途絶えたというのもそういう背景があるんでしょうかね。あと、徐老師が腕振りをする写真が何枚もあるのですが、その腕振りがとてもキレイで印象に残りましたね。

■霊術講座「精神作用を用いて身体を操る観念法」
 前回に続いた観念運動の話です。脊椎反射を意図的に起こすために観念運動を利用する話。手を握ろうとせずに思うだけで自然に体が動くようにする。これを利用したものが鉄身硬直術や柔軟不随術。硬くするものと軟らかくするもの。クラゲのように全身ぐにゃぐにゃに出来る。さらに進むと内臓のコントロールまで出来るとのこと。霊術の大家松本道別(ちわき)は弟子が修行の際、水月に突きを受けた影響で脱肛した時、観念で元に戻せると教えて実際にそれで治したというエピソードを挙げている。

■意識のホームポジション「知覚の反転」
 前回の続き。間接視でハンカチ抜き取りゲームをやるとうまくいく。間接視だと覚醒度が落ちる。最終的に間接視を行わなくても全体をつかめるようになるのが理想。
 「参照点」という話。立位体前屈をハンカチを持ちながら行うといつもより楽に身体が曲げられる。これは何かを持つ・触ることで崩れるバランスが整いやすくなるから。クラシックバレエでバーを頼りに片足を上げているが、バーをギュッと掴んで支えているのではなく、軽く触るだけでバランスが整うから、ああいう風に触りながらやっている。盗塁するランナーが手袋を握っているのも、不安定なスライディングという状況の中で参照点を確保することでバランスを保ちやすくなるから。試しに屈伸をタオルを片手に握ってやってみると動きの滑らかさがまるで違うことがわかる。
 何かを握る事ができる状況はそうそうないので、視点で参照点を確保するようにする。どこか自分の呼吸が楽なところか、身体が緊張しないところか探す。場所によって楽な所・辛い所を見つけること(実例では立位体前屈でボールを使って視点の参照点を探していました)。
 目の使い方でバランスが大きく変わる。視神経は脳幹・中脳につながっているのでそこに影響が出る。また目から後頭部・首・背中の緊張をもたらすと。
 また過去に交通事故にあった影響などで、空間認識に問題がある。その方向に緊張していることがある。過去のトラウマがもたらす影響、脳の空間認識パターンに問題があるケースなどもあると。
 ストレスに対する対処が上手い人は無意識に自分にいい反応をもたらす参照点を見つけてそこを見ている。逆もまた然り。下手な人はその逆の緊張する方向を見ていると。丹田を意識して、見る方向を変える。どこを見るとより丹田が実感できるかなどにも応用できると。

中島章夫 技アリの動作術
 踵に重心を置くのを後ろ重心、足裏均等(踵と趾均等)に重心を置く中心重心。前者よりも後者のほうが安定する。背中を押された反応を試してみれば一目瞭然。中間重心で腕を前に出すと自然に身体が傾いて足が一歩前に出る。これを受がいる状態で行うと、受が手を持つ・触ると身体が前に出ない。釣り合い反射で相手がこちらのバランスを取ってくれる(ただし積極的な動きを行う場合は別)。中間重心をキープしたまま歩むと、受・相手は釣り合いを取ろうとして後退し、最終的に倒れると。

 最後に読書レビューを読んで気になった本のタイトルをメモです。いつか読むかもしれません。
身体はどのように変わってきたか 〔16世紀から現代まで〕/藤原書店

声が変わると人生が変わる! : 声を良くする完全マニュアル55/春秋社

*1:どうでもいいことですが、ゴールデンカムイでスタンカ出てきてましたね。意外とロシア関係では有名なのかな?システマの次に注目されたりするのでしょうか

*2:5月号のところで書く肩肋後回法6を間違えて肩肋後回法5をもう一度書いてしまったのでもったいないのでこちらに移して増補することにしました。だもんで追記になります

*3: 具体的には、 カワウソやイタチ・ヒョウ・トラなどといった動物の拘束は小さく、弱い。カワウソなどは、半水生ということもあり、拘束背芯はほとんどない。陸生の動物でも、イタチなどには拘束背芯はほとんど見られない。これらの動物は、頭から背骨を通って、尻尾まで、まるでヘビに近い運動構造をしている。こうした動物が、もっとも運動性が高く動きの精度も突出している。ちなみに野生動物の「強さ」を「体重」 で割って比較してみると、哺乳類最強はイタチ科の動物。その強さは、ネコ科を上回る。そうした最強のイタチの身体の特徴は、ヘビのように、頭から背骨、そして尻尾の先まで、中心といえるところがほぼどこにもないこと。それと同時に、背骨のすべてが中心になり得る身体をしている。故にイタチ科は哺乳類の中で最も拘束背芯が見られない。
 拘束背芯を解消してイタチ科のような最強生物を目指して、肩肋後回法に取り組むこと。繰り返しになるが肩肋後回法こそが、拘束背芯を解きほぐすためのもっともベーシックで正当な方法なのだから。

*4: 理論編で説明してきたとおり、全てのトレーニング法は、トレーニング法の種類によって閾値が異なるにせよ、そのトレーニング法の中身が高まるor極まってくると、必ずやセンターのトレーニング法になってくる。というわけで第一法はセンターの運用法となる体系となっている。二項に分かれていて、第一項が「垂体軸分化法」、第二項が「垂体軸一致法」。
 人体を貫いているもっとも重要な軸のことを中央軸というが、中央軸一本しかありえないという観念を持つ人は多い。野球やゴルフ、フイギュアスケート、クラシックバレエなどの人は、「軸」という概念を比較的多用していて、「軸=一本」と捉えるのが一般的。また、剣道などの「正中線」などの概念も同様。「正中線」について深い認識を持っている人でも、「軸」の数を一本だと考えてきていた。 ところが実際はそうではない。「軸」は一本ではありえない。「軸」は、じつは垂軸と体軸という、ふたつの軸が一致して、重なり合って存在することで、あたかも一本に見える現象こそが「軸」なのだと。
 では、その垂軸とは何かというと、地球の重心と人間の重心を結んでいるライン、物理学では重心線と呼ばれているラインに沿って、その延長線も含めて形成される直線状の身体意識のこと。この垂軸は、人間が地球上でどのように動こうと人間の体位に関わらず垂直。人間が寝ているとき、垂軸はその身体に対し直交している。 つまり、垂直以外ありえない軸。だから垂軸と命名される。
 もうひとつの体軸は、概ね人間の背骨に沿って形成される「軸」。ただ、背骨はつねにまっすぐというわけではなく、陸上短距離のクラウチングスタートの時のように、しゃがむような姿勢をとれば、当然背骨は曲がる。このような場合、体軸はさらに曲体軸と直体軸の二本の軸に分かれる。曲体軸は、その曲がった背骨に沿って曲線状に形成される軸のこと。一方、直体軸は少々難解で、その曲がっている背骨が、もしそのポジションで真っ直ぐだったとしたら、このへんを通るであろうというラインに形成される軸。つまり、その瞬間においては、潜在化されている軸(潜在体軸ともいう)。したがって、クラウチングスタート時の姿勢を例にすると、まず垂軸があり、曲体軸と直体軸があって、合計三本の軸が存在することになる。

日本VSポーランド、ボール回しは卑怯?アンフェアなのか? 勿論No、あの戦術・選択を否定するのは愚か者。 問われるとすれば一位通過を狙わなかったこと

 サッカーについて何かを書くことは殆どないのですけど、久々に書きたくなったのでこの話を。ボクシングとか相撲とか、ホークスネタの続きとか、いろいろ放置したままで大して詳しくもないサッカーの話なんか書いてていいのかという話はありますが、気にしない。
 
 ワールドカップで昔チラホラ感想を書いた記憶があるのですけど、サッカーという競技のゲーム性の低さ(2014/07)―こんなものを書いたように、観ていて面白いと思わない・大して興味も持てなかったので、以後サッカーについて書くことはなくなりました。が、今回はまたしてもサッカー協会の機能不全・大事な本番の直前に監督解任など驚く暴挙があったので、それについてちょっと書きたいなとも思っていたのですが、時間がなくて取り上げることはありませんでした。でもまあ、今回のワールドカップで前述の昔書いたもので指摘した問題点がVARなどで色々改善されそうな要素もあり、オモシロイ取り組みだなと思うところもあったので、何かは書きたいと思っていました。それより何より、今回は日本代表のサッカーが確実に変わった、プラスの要素が見られたのでそれについて書きたいと思っていました。
 そんな時、ポーランド戦で物議を醸す戦術、約10分に及ぶボール回し・時間潰しという選択があったので、それについてとりあえず触れておきたい、コメントしておきたいと思いました。(これを書いていたときは4日前か5日前?ですぐ書き終わるはずだったのですが、他のボクシング関係の話を一度書いたのに消えるという通信エラーがあったのでやる気が消えて間延びしてしまいました…。あといつものように無駄に長くなって、久しぶりのタイムリーな記事にもなりえませんでした(´-ω-`) )

目次

 

パス回し・ボール回しは卑怯か?勿論そんなことはない。選択肢の一つ

 タイトル通り、結論から言うと、ポーランド戦で選択したボール回しという選択は卑怯でも何でもありません。あれを問題視するほうがおかしい(美しくない、見苦しいとは言えるでしょうけども)。決勝トーナメントに行くのは、予選4チームのうち勝ち点が多い2チーム。決勝トーナメントに勝ち上がるためには勝ち点で最低でも2番目に入る必要がある。ところが当然2位チームの勝ち点が並ぶことが多々ある。その時は勝ち点で並んだチームの直接対決での勝敗・得失点差(同数の場合総得点数の多い方)の順で勝ち上がる国を決めるようになっている。
 そして今回からは、イエローカードやレッドカードの枚数をポイントで換算して、そのポイントが低いほうがGL(グループリーグ、以下GL)を突破するという方式=「フェアプレー制度」が採用されることになっていた。で言わずもがなで、このフェアプレー制度に基づいて日本がGLを二位突破した。日本はファウルがセネガルよりも少ない、悪質なものが少なくより健全なプレーをしたと見做されたために、全く条件が並んだセネガルよりも決勝トーナメントに行くチームにふさわしいとして決勝トーナメントに勝ち進んだわけですね。
 残り時間が少なくなって行った段階で日本は、ポーランドに1点負けていたために、GL突破が危うい状況になっていました。このままポーランド戦で負けると、コロンビア=セネガルスコアレスドローで引き分けのママ終わると、日本は決勝トーナメントにいけなくなるという情勢でした。しかしコロンビアが1点を取ると状況は一変。日本はこのままポーランドに負けても決勝トーナメント突破という一転して有利な状況となりました。


GL突破という目的を達成するために全力をつくすことこそ本当のフェアプレー

 このまま「1点差」で負けるのならば、日本は決勝トーナメントへ行ける。決勝トーナメントへ進出するというGLの目的を達成することが出来る。GLの目的は、3試合で全部勝つことではない。勿論、そうすることが出来ればベストなのは言うまでもないが、最優先すべき最低限の条件は、必要な勝ち点を確保して決勝トーナメントへ進むこと。その目的・課題をこなすために、ベストな選択がこのまま1点差で負けることだった。であるならば、時間を潰して試合を進める無気力相撲ならぬ、無気力サッカーをすることは当然。それに一体何の問題があるのか?
 勝負とは勝つためにやる。「卑怯汚いは敗者のたわごと、やるからには絶対勝たなければならない。勝つために何でもやるのは当たり前。逆にそうしなければ失礼」―と、こち亀両さんが言っていたかどうか忘れましたが、そのとおり。最初に、GL突破の条件が示されて、ルールも事前に知らされてそのフェアな条件下で競い合っているのに、負けたあとでそれがフェアではないとか卑怯だというのは大馬鹿者以外の何者でもありません。これが仮に日本とセネガルの立場が逆であったとしても同じ、その時に「セネガル卑怯だぞ!最後まで攻めろ!」なんていう日本の世論があったら、全く同じ言葉を送っていたでしょう。
 自分たちが弱かったから負けたんだ、自分たちが勝利のための必要最低条件を満たせなかったんだ―この当然すぎる事実から目をそらして正当なルール内でプレーして勝った勝者を卑怯と貶めるなんてなんて汚いことを言うのだ、負けた自分たちの不明・蒙昧を反省するのではなく、相手の問題にすり替えるなど、一体どこのアメリカ人なんだ!恥を知れ!と厳しく非難したでしょう。

日本の選択を非難しているのは「素人」

 ポーランド戦の試合内容をサッカーの本場欧州メディアの一部が非難していました。敗北したセネガルではなく、本場の欧州が問題視しているではないか!という指摘も全く意味がありません。それはアイツラが馬鹿なだけです。いちいちすべてのメディアのコメントをチェックしたわけではありませんが、その日本の試合を否定的に見たメディアもコメンテーターもいたでしょうけど、少なからず日本の戦術・選択に理解を示す内容も見ました。
 どちらが多いかは知り得ねど、一つ言えるのは、我が国のスポーツ報道を見ればわかるように、あちらのスポーツ報道のレベルも同じように高くないということです。もしくは低劣・無知無教養層に売るために、質よりも売ることを目的とした程度の低いものがあるということですね。あちらのスポーツ報道・メディアではしっかりとした業界・報道人がある程度いる。そのレベルは我が国の比ではないということは知っていますが、それ以上に低劣・愚劣な報道もまた多いということでしょう。批判しているのは「素人」としたのは、西野監督がああいう決断を下した背景を理解していないからですね。サッカージャーナリストや代表選手・監督レベルで背景をよく理解していなければ「素人」と見なすのが適切でしょう。*1

批判根拠①スポーツマンシップに反する 否、対策をしないルール・統括委員会の問題 

 勿論、全く問題がないわけではありません。FIFAの規則や定款に勝利を目指してプレーをすることという一文がある。それに反するのではないか?という疑問が当然起こってきます。過去にバックパス禁止というルール改定がなされたことからもわかるように、消極的な試合運びは明らかにサッカーという競技の前提を崩す、競技・興行を崩壊させかねない要素を含むわけですね。これについてはどうなのか?
 まず、一つ。多くの人が連想した。そして批判する人間が論拠として用いたのは、ロンドン五輪の際の女子バドミントンが無気力試合・意図的な敗退行為だとして失格とされたケース。かのように、わざと負ける行為はスポーツマンシップに反するという論理ですね。
 これについてまず論じると、これはルールが悪い・大会の運営システムがそもそも間違っている。予選のリーグ方式がどうだったか忘れましたが、①もう決勝トーナメント(もしくはリーグ)、次のステップに進むことが決定している。②負けたほうがより次の試合で勝ち進む確率が上がる・有利になる。―という以上のような条件が成立するような方式を採用している方が悪い。運営が馬鹿なんです。
 昔どこかで書いた・指摘したと思うのですが、まずわざと負けることが八百長目的(当然片八百長も含む)である。自発的な敗退によって賭博などの目的・意図的な不正操作で掛け金・レートを操ることで利益を得るためにやっている。そういうことであれば明らかにアウトですが、当然そうではない。優勝や3位入賞などの目的、最終的な勝利・結果のために、一時的にわざと敗北したほうが次の戦いで有利に挑めるのならば、積極的に負けに行くに決まっているし、そうすることが本来の「フェアプレー」。
 確か女子サッカーの時にこれを書いたと思うのですが、予選突破が決定していて、次の試合で負けて2位通過したほうが有利な戦いができる。だったら全力で負けに行け!と監督が指示を出すのは当然。目的は全勝優勝、全試合100-0で無敵の最強ジャパン!と史上最強の強さを見せつけることではない。もちろんそう出来たらいいですし、するに越したことはないでしょうけど、いちばん大事なクリアすべきハードルは優勝をすること。そのハードルを超えるために出来ることは何でもするのが当たり前。むしろそこで負けに行かなければ、次の試合で勝つ確率が下がる・優勝の確率が下がるというのならば、それこそ「敗退行為」でしょう。
 戦術と戦略の違いなんて言うのが一時期話題になった気がしますが、局地戦で何百勝しようと大事な一戦で敗北をすれば、そのたった一敗で戦争に負けるということがある。大事なのは局地戦での勝利ではなく、「戦争での勝利」。全体での最終的な勝利。局地戦での勝利は手段であって目的ではない。たかが一つの局地戦、そこで全力を出して勝ちに行く必要がないとなれば、手を抜くのは当然。全体的な、トータルの見地から必要な勝利を目指す、戦場の急所・要所を抑えにいくのは当たり前。


見逃してはならないポーランドの試合目的の喪失

 日本にとって予選の最終試合は意味・価値がさほど高くなかった。であるからこそ、ああいう試合運びになった。そして見落としてはならないのは、対戦相手のポーランドも既に2敗していて、もう決勝トーナメントに出場不可能だった。試合自体をする意味・目的が消失していたということです。まるで日本の問題のように思われていますが、あの状況で積極的にボールを奪いに行かないポーランドサイドの問題でもあるのです。
 勿論、ポーランドは1-0でそのゲームに勝利していたので、無理して攻める必要性がない。故に8分間の奇妙なパス回しという絵面が成立してしまったわけです。日本の「勝ちさえすれば、結果さえ良ければ手段・内容などどうでも良いのだぁあ!」というカーズ・ディオ魂が批判されていますが、ポーランドが攻めなかったことがあったからこそ成立した珍現象であり、「敗北が確定したチーム」VS「試合内容次第で予選突破が決まるチーム」が対戦したからこそ起こるものだったという背景を見落としてはなりません。そしてそういう状況が成立した際にはこの現象は少ない確率であるとは言え、発生しうるわけですから、事前にこういう制度は拙いと対策を講じていなかったFIFA・ワールドカップが悪いのです。
 ゲームを実行する上でルールに不備があった、故にルールの不備を突かれて興行上失敗とも言える珍な現象が発生してしまったとなれば、それを総括して防止するルールや新制度でワールドカップを運営するのが筋。此れを以て日本が卑怯云々言うのは筋違いも甚だしいでしょう。ルール上こういうことが起こりうることは、事前に想像がつくことなのですからね。

今回のパス回しという珍現象が起こる確率はかなり低かった。しかしゼロではない以上、運営本部は対策を講じるべきだった。

 では、彼らは何故それを予測して新制度を導入しなかったのか?単純に馬鹿だからなのか?まあ馬鹿であるとは思うのですが、「少ない確率」と書いたように、実はこの珍現象が起こるのは非常に確率が低かった。ガチャでSSRやその上の最高レアリティを引くくらいの確率だったんですね、実は。
 というのも、この珍現象が発生するにはいくつもの条件が重なる必要性がある。
 ①「敗北が確定したチーム」VS「試合内容次第で予選突破が決まるチーム」が対戦すること
 ②「敗北が確定したチーム」が「試合内容次第で予選突破が決まるチーム」が対戦して、後者がゲームで負けていること
 ③後者が格下のチームで前者より弱く、攻めると予選突破の条件を満たせなくなる可能性が大きいこと
―という条件を満たさないと発生し得ないことだったので、なかなか起こることがない現象だったんですね。日本が予選を突破して決勝トーナメントに出ると誰も予想しなかったと言っていいくらい、他の3チームすべて日本よりも強い・格上のチームと思われていたわけですからね。そしてポーランドは既に敗北決定というような最悪な状態&最早試合をする意味がない状況で、本来は実力を発揮できないはず。日本に勝てないはずだったんですね。
 これは日本に限らず、GL内4チームで一番格下のチームが予選突破しそうな状況で2敗のチームと当たった場合でもまずそうなる。試合をする前から格下のチームの方が今回は勝つor引き分けるだろうと考えられるのです。
 というのも、いかに格下・四天王の中で最弱のチームでも、初戦に勝利してジャイアントキリング下剋上で勢いに乗っている&コンディションがいい状態であれば、格上と見做されても敗退が確定して目的のないチームに苦戦はしない。ポーランドはもう戦う意味がない。となれば、もう勝利を度外視して若手主体で未来への財産として経験を重視した戦いをするはず。若手の経験値のためにベテランを引っ込める。本来のベストな選手では来ない。事前想定上最高の布陣ではない選手を持ってきて戦う。となれば、勢いに乗った格下のチームが勝つ・有利に進めるのは当然。
 しかし、不思議なことに日本は負けることになりました。なぜかこれまで怪我で試合に出てこなかったレヴァンドフスキという中心選手が出てくるという展開。代表引退の最後の花道?もしくは次のW杯でも彼が中心となる予定だから?ポーランドの事情はわかりませぬが、ポーランドの状態が更に下がるということが起こらないという展開に。
 そして本来、日本もベストな布陣で挑めば、まずああいう結果にならなかった。6人もメンバーを入れずに戦っていれば、勝負事なので絶対はないでしょうけど、まずコロンビア戦・セネガル戦のようないい試合を展開していたでしょう。※なぜ6人も入れ替えて戦ったのかについては後述。

批判根拠②―サッカー界にも存在する美意識。それに反する

 次に美意識の問題があると思います。もし、同じような状況・条件が他の国同士で成立したとしても、今回の日本のように露骨にパス回しをする国は殆ど出なかったと考えられます。やるにしても最後の1~2分、どんなに多くても最後の4分位でしょう。一旦攻めて、パス回しして、また思い出したかのように攻めるという時間潰しを選択したでしょう。やるにしても今回の日本のように露骨にはやらない。それは世界的な評価を気にするため、そういうことは絶対にやらない・やってはいけないという価値観が根付いているから。
 パス回しはネガティブな選択であり、マイナスな評価をもたらす事がわかっているから以上に、「サッカーが弱い国がとる弱者の戦術」だから、そのような戦術を選択するのはプライドが許さないからですね。だからこそ、これまで他の国は露骨にここまですることはなかったわけですね。

相撲のように暗黙の了解・不文律を守らなくては勝っても叩かれる

 では、日本は史上稀に見るサッカーに弱い国だったのか?プライドがなかったのか?それほど予選突破が不可能になるリスクが大きかったのか?川島の致命的なセーブミスに代表されるように、それほど今回代表チームは問題を抱えていたということなのか?
 今回のことを反則ではないが、やってはいけないこととして、相撲の変化の例えを出している人がいましたが、まあある種それに近いものがありますよね。日本人だけが持つ独特な文化、独特の非論理性や美学・美意識を他者や異文化に強要する悪癖がある。そういう風に考える人が少なからずいるわけですが、そういう独特な非論理的な美学を用いて押し付けるというのは日本に限った話ではないという意味で非常に良い事例だったかと思います。横綱は胸を貸すのが当然であると考えられるように、小兵以外が変化をしてはいけないように、相撲というのはルール以外に破ってはいけない重要な前提・マナーが存在している。それを知らなければ・弁えていなければ野蛮人・お上りさん扱いされる、まあ当たると言えずとも遠からず。そういう要素があるのでしょう。
 それはそれとして、ルールとしてそれをきっちり取り締まればいいだけでは?ルールとして禁止しない限り同じことはまた起こるわけで、なんで規制をしないの?という提言は絶対しておくべきでしょう。

現今制度では負けて有利な場合にわざと大敗するリスクが有る

 何より問題なのは、今の方式だと今回のイングランド=ベルギーのように、無気力試合が発生すること。1位通過と2位通過で明らかに2位通過のほうが有利だ、好ましいということになればやはり、日本=ポーランド戦のような観ていて観客が「なにやっとんじゃい!」ということが起こる。日本=ポーランド戦はお互いの目的が勝利狙いで、日本が勝利/引き分け(/後に1点差以内での敗北)狙い。というような前提でしたが、イングランド=ベルギーはお互い敗北を争い合う事になりかねない条件でした。
 前述通り、プライドが存在するため、暗黙のルール・価値観を共有するために起こる確率はかなり小さいものとなっていますが、ゼロではないわけです。負けたほうが有利という状況を運営として絶対に生み出してはいけない。こういう制度・環境を生み出しているFIFAは怠慢と糾弾されてしかるべきでしょう。それこそ夏の甲子園方式のように、決勝トーナメント進出チームを決めたら、そこからもう一度くじ引きで次にどことどこが当たるかわからない方式にするなどにしないと、予選の最終試合で「負け合戦」が発生してしまう。それこそ2位通過すら危ないから全力で戦って、5-0で勝っていた。試合の途中経過で、2位通過を争うチームがボロ負けで通過は決定。しかし、このままだと1位通過してしまう。引き分けで2位通過したいとでもなれば、残り2~3分で一転監督の指示でオウンゴールの嵐で5-5の引き分けに…。といった試合展開も発生しうる。そういう事態になったらどうするのか?「90分までは史上稀に見る~~年代屈指のベストゲームだったが、ラスト2分で史上最低な試合になってしまった」ということが起こりうる。今のやり方は絶対変えなくてはならないでしょう。
 例えば、4チームの8GL方式から6チームの6GLに変更する。そして予選で強かった、素晴らしかったそれぞれ1チームにシード権で、突破に失敗したチームの中で得点を一番多く上げて面白い試合をしたチームに敗者復活的にシード国と当たる前の試合の枠を与えるとか、より予選で全力で試合をする・活躍することに意義がある制度に変えたほうがいいと思います。単なる思いつきなのであれなんですが、仮にこういう制度にすれば敗退が既に決まったポーランドもわずかの可能性を求めて全力で大量点を取りに積極的に攻めていきますからね。

FIFAの判断は問題なし。だが…

 FIFAは、今回のパス回しを受けてフェアプレー制度の見直しやルール規定を変えるつもりはないということでしたが、そんなことよりももっと大会の制度を根本から変えない限り、類似のもやもやした消化不良・塩試合は増えるでしょう。そしてルール変更をしないということ、終盤のパス回しに対する制約を設けないということでFIFAは特に問題がないと認めたということですね。ただし、全くの無罪放免・ルール上OKだとゴーサインを出したわけでもなく、ベルギー×日本戦の試合の審判にフェアプレー制度で涙を呑んだセネガルに選んだことで、こういう事をした場合同じようなことをするぞというチクリと来る制裁を加えたというか、暗黙のメッセージを送ったように見えましたね。


日本は暗黙の了解を踏みにじったのではなく、次戦で戦うためにパス回しをして選手を休ませなくてはならなかった

 日本が世界的に共有されている価値観・美意識を我関せずと踏みにじったのか?実はそうではないんですね。インタビューを聞いても選手の誰一人として「パス回しのどこが行けないんですか?ルールブックのどこにもそんな事書いてないでしょ?バカが難癖つけてるだけでしょ?」とは言ってないし、むしろ本来やってはいけない事という後ろ向きな感想が殆どでした。ドーハの悲劇のようなロスタイムでワールドカップ行きを逃すような故実があったが故に敗北(GL突破失敗)を異常に恐れてああいう選択に走ったのか?まあそういう要素がないにせよ、実は違うんですね。本当は西野監督の短い就任期間と次戦がベルギー&その次でブラジルという予定があったから起こったわけです。
 パス回しの話をする上で3つポイントが有って、これが最後のポイントになります。監督の就任期間の短さと主力の休養という要素ですね。先程後述すると書いた、6人入れ替えの話になるのですが、6人もメンバーを入れ替えさえしなければ、まず負けることはなかった。十分勝てたし引き分けに持ち込めた確率が高かった。何故西野監督はメンバーを入れ替えてしまったのか?それは主力を休ませなければ次の決勝トーナメントで戦うことが出来ないから。

ポイント③:ベルギーのような強国と戦うためにはベストコンディションを作らなければならない。そのための主力休養&最後のパス回し

 サッカーのことをよくわかりはしませんが、西野監督が「あのような選択をしたくはなかった。しかしあれで選手を休ませることが出来た」という説明をしていたので、ピンと来ました。次の戦いで選手のベストコンディションを整えるために、多くの選手を休ませる必要がある。また短期決戦でのセオリーである、ベンチ入りメンバー全員で戦うというセオリーを守るために、より多くの選手を試したい。今のコンディションの状態を確認しておきたかったんですね。
 ベルギーが9人入れ替えてイングランド戦に挑んだように、選手の休養と状態確認というのはGLでのセオリーの一つなのですね。「突破することが目的ではない、更に選手の状態確認・次戦、そのまた次戦を見据えて目先の勝利だけではなく、3戦先を見据えた采配をしなくてはならないのだ!キーになる選手を適宜休ませ、控え選手を起用する必要があるのだ!」というベルギーの監督の声が聞こえてくるような選手起用でした。GLをいかに上手く突破するか、戦力を温存して控え選手の状態ですら完璧に持っていくというのがワールドカップで優勝を狙うような国では当然のことなんでしょうね。

パス回しが成立する珍現象の要因④

 パス回しという珍現象が成立する前述の3条件に加えて、④日本は決勝トーナメントを見据えて主力を休ませる必要性があった。選手状態を見極める必要性があった
 ―という条件もあったんですね、実は。ここでベルギーのような優勝候補国のように、控え選手も主力と同じようなベストパフォーマンスを発揮して見事な試合を展開するということであればよかったのですが、結果は戦力がガクッと落ちる拙い試合展開。日本の選手層の薄さを露呈する結果となりました。あの試合展開を見て、決勝トーナメントに進出してもまずその次の試合・ベスト16どまりで終わるのだろうなという予感をさせる試合でしたね(まあ、個人的にはベルギーには勝つと思っていたし、そういう話を試合前に書くつもりでいたんですけどね。んで唯一人(かどうか知りませんが)ベルギーに勝つことを予言した神ブロガーとしてドヤるつもりだったんですが…想定外の敗北でかなり凹みましたね…)。
 本来、初戦で勝利をして1位か2位かなり高確率で通過するような状況にあるチームは控えも選手が揃っている。控えが出て来たとしても最終・3試合目でガクッと戦力が落ちて拙い試合展開になることが少ない。初戦でコロンビアを破るという大金星を上げ、同じく二戦目セネガルで引き分けたからこその試合展開だったんですね。殆ど予選通過は確定的。だからこそ次を見据えた主力の休養&控えのテスト。
 ―が、しかし、本来日本は格下のチームであり、ポーランドも主力を下げて次回のワールドカップ・育成に切り替えていくという姿勢を示さなかった。であれば、ポーランドが本来の実力を発揮するリスク及び、控えの選手が実力を発揮できない&実力負けするリスクを考えて、6人も下げずに2~3人程度でテストマッチにすべきだったのではないか?当然、そういう疑問が起こってきます。何故その選択をしなかったのか?

 西野監督が流石にそこまで拙い展開は起こらないという判断をしたこと、選手がやってくれるという信頼があったこと云々を置いといて、どうしても6人下げる必要性があったと見なすべきでしょう。それは次の対戦相手がベルギーorイングランドだったから。そして2位通過という場合、勝ち上がりでブラジルと対戦するから。強国と2連戦する際に、どうしても守備的に戦わざるをえない。90分フルに走り切る体力・スタミナが残っていることが勝つためには必要不可欠。そのためにこの試合で全力の勝負をすることが出来なかったんですね。
 もうGL突破の条件を満たした。であるならば、少しでも体力をロスすることを避けたい。そのためのボール回し、消極的・無気力試合だったわけですね。その結果、体力を温存することが出来た日本は続くベルギー戦でフルにプレッシャーをかける、ディフェンスを徹底してベルギー戦で想像以上に優勝候補の一角を苦しめるという好試合につながったんですね。
 まあ、ちょっと詳しい人なら当たり前のことでわざわざそんな当たり前すぎることをドヤって書かなくても…と言われることだと思うのですけど、気づいてしまったのでどうしても書きたくなりました。

ポーランド戦の失態とベルギー戦での好ゲームは表裏一体、コインの裏表である

 ですから、日本の消極的試合を「つまらない!何やってんだバカ野郎!勝ちさえすればどうでもええんか!」という主張とベルギー戦で「ナイスゲームだった!素晴らしいファンタスティックな内容だった!感動をありがとう!」という主張を同時に繰り広げることは出来ないのです。このクソ試合と今大会屈指のナイスゲームは一連の流れの中にある。そういう当たり前の論理もわからない人間がそもそもポーランド戦の最後のパス回しが!と云々することはおこがましいのですね。
 まあ、素人*2はそういう手のひらクルクルが仕事・本分のようなものでいいとして、信じられないのが代表監督を努めたような人間までがそのような発言をしていたという事実です。アイスランドだかアイルランドだったか忘れましたが、代表監督レベルの人間ですら消極的な戦いを批判していました*3
 もちろん、最後の最後まで、セネガルに追いつかれるリスクが有る。もしセネガルが最後の一分、十秒前にでも1点を取ればそれで敗退。そうなったらどうするのか?今流行りの言葉を使えば、他力本願で勝ち上がりを狙うなんて「どうなの!?」ということでしょう。

現代サッカーは戦略室から上がってくるデータで指揮を決める

 己も試合を見ながら、「あれ?攻めないのかもしセネガルが点をとったらどうするんだ…攻めろよ!」と思いました。しかし、現代サッカーは試合を映像で分析してそれを情報担当が徹底してデータ化する。そのデータを逐一現場の指揮官に上げるという分業が確立されているといいます。昨今話題の楽天の作戦指令室だったか、情報分析室だったか、そういう部署が研究をして結果あれこれ監督の采配に口を出すというのも、このサッカーの潮流・思想が大きく影響しているのでしょう。結果、現代サッカーはこの映像分析の結果、そこで上げられる情報をいかに活かして戦うかというものに変化している。いかにそのデータを上手く活用できるかが監督の指揮能力となっている。その都度その都度上がってくるデータを基にいかに上手く早く戦術・戦略を組み立て直すかというものに変わってきているわけですね。
 ―であるからこそ、西野監督は攻めることで失点する確率とセネガルが追いつく確率のデータを貰って、このままで行くのがベストという判断を下したわけです。責められるとしたらその上がってきたデータの分析が本当に的確だったかどうか、そしてその確率が実際は想像以上にセネガルが追いつく確率が高かったor日本の失点する確率が低かった場合に限ったことでしょう。セネガルが追いつく確率がおそらく5%もない。どう考えてももうセネガルは打つ手も使い切って、選手も疲れ切っていて、コロンビアのディフェンスを崩すことは出来ないという最終判断があったからこその決断だったはずです。である以上、あの決断を賭け・博打とみなすのは正しくない。それこそ30%近くセネガルが追いつく確率が残っていたとでも言うのでしたら問題になるのでしょうけどね。

検証すべきは、上がってきたデータが正確だったかどうか。我々の予想以上にセネガルが追いつく確率が高かったかどうか

 もし、西野監督の采配が間違っていたというのならば、その根拠を検証すべきなんですね。その根拠が正しくないとはっきりして初めて批判できること、そうでもないのに外野がアホみたいに叩くのは理解できない。また、前述通り次戦のベルギー戦でベストで挑まねばならないという前提がある以上、西野監督のパス回しという選択は正しかったわけです。ズバリハマっているわけです、あれをみてやはりポーランド戦でのパス回しは正しかったということにならなければ本来おかしいはず。その議論の修正がなされないのは個人的には謎ですね。
 そしてプラスおまけの要素として、代表監督としては2ヶ月という異例の短期間の時間しかなかった。ということは通常4年間近く選手とつきっきり(かどうかは知りませんが)で、選手のことを把握していて、このときはこうする・どうすると、万全の準備をして頭の中で何千・何万のシュミレーションをしているはずが、彼の場合はそうではないわけです。お家事情・ゴタゴタで急転直下国家のトップを任されたというビックリする事になっているわけです。そういう状況を鑑みれば、西野監督はあそこで攻めに行ってもどう考えても一点とられることは起こりえないから、攻めていいぞという計算をすることは難しいわけです。
 叩くならばこういう状況を作り出した、現場の監督・選手に万全の状態を作って送り出してあげられなかった協会をこそ叩くべきなのです。全然論点が違う。一体何をやってるんだろう…というのが正直な感想ですね。そういう状況を作り出した日本サッカー協会という腐朽組織に多大な貢献をした元協会会長が「なんというセコいことをしやがったんだ。監督のバカ野郎、世界に笑われる」なんて言っているくらいですからね、呆れてものが言えません。お前がそういう組織を作って今の状況を生み出したくせに一体何を言っているんだ…と心底呆れましたね。

個人的最重要疑問ポイント―それでもベルギー戦を避けるべきだったのではないか?ブラジル戦を避けてポーランド戦に全力で勝ちに行くべきだったのではないか?

 最後の最後はお決まりの日本サッカー協会批判でおしまい☆―と思っていたら、最後に書くべきはずだった大事なことを忘れていました。采配への疑問というか検証しなければならない重大なポイントとして、ベルギー戦を徹底して避けるべきではなかったのかということです。
 もちろん散々書いてきたとおり、あの状況では主力を休養させる6人交代策がベストな選択で間違いなかった。しかし、そのリスクを敢えて取ってでもポーランド戦で全力で勝ちに行って1位通過を狙うべきだったのではないか。1位通過のコロンビアはイングランドのあとはスイス×スウェーデンの勝者。イングランドとやるかどうかはベルギー×イングランド戦の結果次第なのでまだ決定はしていなかったわけですが、2位通過の場合次戦でベルギーかイングランドと当たって勝った場合、ブラジルと戦うことになる。前述通りたとえベルギーだろうと勝つことは可能。しかし次戦のブラジルでほぼ100%間違いなく負ける、それもボロ負けする可能性が高い。
 である以上、主力の休養も放棄してなんとしてでも勝ちにいく。1位通過を狙って何が何でもポーランドに勝つ選択をすべきではなかったのか。ベルギーがブラジル戦を嫌って、2位通過を選択する事も考えられた以上強くは言えないことですが、もしポーランド戦で勝利して1位通過すれば、よりやりやすいイングランドと戦うことが出来て、次はスイス×スウェーデンの勝者であり、ベスト4の可能性がある。
 そういう可能性ががより高い1位通過を狙って全力でポーランド戦に勝ちに行くべきではなかったのか?問われるべきはそのことであって、ボール回しではないはずなんですよね。まあ、ベルギー戦の結果を見てもわかるように、もし全力でポーランド戦に勝ちに行って結果うまく勝てたとしても、次戦のイングランド戦で全力で戦う体力が残っていないので負ける可能性は高くなっていたんでしょうけどね。結局、主力を揃えて全力で戦って、ポーランド戦で不測の事態が起こって負けてしまったら、&ベルギーが2位通過の道を選択したとしたら―という可能性を考慮すると、主力の休養で次戦に備えるという選択が最もリスクの少ないものだったのでしょうけどね。その背景・材料、決断に至る過程を事細かに聞いてみたいですね。

アイキャッチ用画像

*1:韓国の元代表選手が日本は卑怯に勝ち上がって韓国は美しく敗退したとかいつものアレがあったようですね。反応したら負けなところありますけど、ファウルだらけのラフプレー万歳のチームが言うことではないですよね(笑)。そもそも日韓ワールドカップの時八百長した自分たちの歴史をどう思ってるのか恥知らずという話ですし。まあスルースルーのスルーパスですね

*2:己が玄人という意味ではございません

*3:これだったかな?※参照―日本-ポーランド戦ラスト10分に海外も様々な反応 - 日本代表 : 日刊スポーツ

2018ホークスのチーム崩壊の話、崩壊はヴィジョン・育成・組織論理の欠如故の当然の帰結

書き溜まっていたホークスネタをやりたいと思います。去年のCS・日本シリーズいつになるかわかりませんが、それを放置して今シーズンのチーム崩壊の話をしたいと思います。
 
 全国1億3千万のホークスファンから絶大なアクセスと支持を頂いた(大嘘)前回の粛清の話*1の続編を書くべきなのでしょうが、前回くらいの時間がかかる話になるので、手っ取り早く消化できる今シーズンのリリーフ崩壊とチーム崩壊の話をしたいと思います。※半分くらいで終わるはずでしたが、また長くなったのでいずれ分割しようかと思います。

目次

投手陣の崩壊と繋がらない打線 

 リリーフ陣の崩壊、セットアッパー岩嵜とクローザーサファテの離脱に先発陣も軒並みダメ。先発ローテ陣は故障や不調の雨嵐。去年の出来から唯一安定してローテを守ってくれそうな東浜も不調&肩を痛めて(右肩関節機能不全)離脱、千賀も右肘の次は右前腕部の不調から離脱、バンデン・武田の不安定さは言わずもがな。今の所安定しているのは、昨年定着した石川くらいと言って良い状況。先発&リリーフ=投手陣の壊滅という事態を招きました。
 これで打撃陣が絶好調で、打撃陣が得点力でチームを支えている間に故障離脱組が復帰するまで耐える。そんな展開になっていればまだなんとかなったのでしょうけど、ホークスは交流戦までここ4~5年くらいは毎年不調・低調とはいえ、今の状態は明らかに例年とは違った状態であると言えます。
 クリーンナップを任される軸である打者松田・デスパイネが去年の打率.260台であることからHRで決めることが役割であり、率をあまり残さないタイプと考えるべきだとしても、両方共.250台にも届かない(執筆時点でデスパイネは.233で松田は.212)。4番であり、チームの中心・柱である内川は故障で離脱(もう復帰しましたが)。今宮は肘を痛めてスタメンを外れ、守備の人であまり打たないとは言えここまで打率が松田と同じ.212。今年の最初の方で中村晃が右太ももを痛めて離脱していることからもわかるように、野手の方も不調・故障だらけの野戦病院状態。今絶好調でトリプルスリーを再び達成しようという柳田がいなくなれば、完全にチームは崩壊するでしょうね。
 

優勝争いはチームを消耗させ翌年状態を落とす

 投打でどうしてここまで故障者・不調者が続出するのか?以前書いたように、基本的に優勝した翌年はチームが弱くなるからですね*2。一年間優勝争いをすると試合に出続けた野手は疲労しコンディションを落とすが故に不調になりやすくなる。そして何より怪我のリスクが上がり、ベテランレギュラーを中心に故障離脱ということが起こる。技術的な要因もさることながら体力的な問題があるために、何年も連続して3割など一定水準の数字をクリアし続けることは難しい。2013年優勝した楽天が翌年ボロボロになった例を見ればわかるように、2014年最後の最後まで優勝争いをしたオリックスが翌年ぼろぼろになった例を見てもわかるように、優勝争いをすると選手層がよほど厚くない限り、その翌年チームが崩壊するもの。
 参照リンク先で説いたように、楽天はレギュラー野手が軒並み前年よりも数字を落とし、打ってくれたのは銀次のみになりました。オリックスもまた、首位打者を取った糸井ががくっと数字を落として.331から.262となったのを筆頭に前年並みの数字となり、それ以上の数字を残したのは.260から.280へと打率をあげたT岡田くらいでした。しかしそのT岡田もHRは24本から11本へと去年よりガクッと落ちました。連続して3割以上・HR30本前後打つのは本当に一流と呼ばれる一握りの選手だけ。その年だけシーズン単年で.360以上の数字を残しても以後はぱっとしない一発屋首位打者もいるくらいですからね。それくらい野手陣が安定して数字を残すことは本来難しいわけです。
 また昔リンク先で書いたように、前年度優勝チームは相手チームが研究して対策してくる。攻め方が変わるので去年のようなバッティングが自ずとできなくなるという傾向もあります。野手陣が優勝した翌年、パッタリ打てなくなるというのは珍しい話ではない。奇しくも去年優勝争いをして前半絶好調だった楽天が打撃低迷で苦しんでいますが、他チームから徹底的にマークされて分析・対策されたという要素は間違いなくあるでしょう。そういう事もあって長年数字を残すバッターというのは本当に高い技術を持っており、コンディションを維持できる強い身体があるということですから、高い年俸を貰える・球団が評価して対価を払うということになるわけですね。
 

野手の高齢化&若手の積極的な起用・抜擢の欠如

 しかしホークスは毎年優勝及び、優勝争いをしているではないか?どうして今年に限って絶不調・異常事態なのだ?なんだかんだ言って、今年も夏以降から打線が例年通りに爆発してシーズンが終われば、やっぱりホークス打線は打ちまくったということになるのでは?と思われる方も多いでしょう。もちろんその可能性はあることはあります。しかしそこはポイント・問題の本質ではない。問題は野手の高齢化というより若手台頭の欠如。そしてそれと共に主力の定期的な休養&コンディションの維持の欠如にあります。本来それをチームの基本としてやってこなければいけなかったのに、その権限を持つ監督がそれを怠ってきたことが問題の本質なのです。
 松田(83年生まれ、35歳)・内川(82年生まれ、35歳の今年36歳)・デスパイネ(86年生まれ、32歳)。35歳は一つの指標となる年齢ですが、そのラインを超えた主力二人がいる。前々から松田・内川の後釜が必要というチーム構成・事情だった。松田は数字が落ちてきているし、内川はフルシーズンスタメン出場が厳しくなってきた(去年の出場試合数は半分の73試合)。そういうチーム事情だから今年のドラフト1位は、清宮についで履正社の安田を指名したわけですね。ファーストは外国人大砲でなんとか賄えるとして、大きいのが打てるサードがホークスの大事な補強ポイントとしてあったわけですね。ついでにセカンドも固定できないので、セカンドも守れる西田をトレードで取ってきたのも同じ動機からですね。内野手の次期レギュラー・レギュラー候補が欲しいという事情が今のホークスのチーム事情です。西田を取ることで、とりあえず一番将来的に困る可能性の高いセカンド・サード要因、そこを守れる選手層を手厚くしたい動機によるものですね。

最近の松田の状態についての感想・一考察

 ※余談ですが、松田は豪快なフォームとその明るい豪放磊落な性格からHRか三振かの大雑把なバッターと思われがちですが、ゴールデングラブの常連であることからもわかるように守備がうまい。また、2012年と2014年に怪我の影響で全試合出場はならなかったものの3割超えの数字を残していることからもわかるように、率を残せる器用なバッターだったんですね。いわゆる何を待ってるかわからない、一球で状態が代わってさっき打てなかったのが打てる(逆も真なりですが)バッター。どんなコース・球種でも対応してくる非常に器用な(変な?)バッターだったんですね。追い込まれてからバットを短く持って食らいついていこうとするのも対応能力を上げる工夫ですね。スコアラーと相談してどういう球を狙うかしっかり決めたり、準備を怠らない用意周到な一面も備えています。一時期ディレードスチールを多用していたように、非常にクレバーな性質を備えているのが松田という選手なんですね。
 2015年にテラスが導入されてバッティングが変化して一発狙いのバッティングが目立つようになりました。確か翌年からだったと思うのですが、苦手な外の出し入れ・外のスライダー攻めが基本となって、その対応に苦しむようになり、外のボールの対処により注意を払うようになりました。その外への意識のあまりか本来松田が仕留めるべきインコースの球や高めの抜け球・失投を捉えそこねる。空振りするようになったんですよね。門田博光氏が、オープンスタンスはボールが見えすぎるからダメだ。見えすぎると外のコースを追っかけすぎて手を出してしまう。まず、外を捨てて甘い球を確実に絞ってHRを打てるようにすべきという話をしていましたが、そのとおりだと思うんですよね。
 目の劣化・衰えなども考慮して外は捨てて甘い球・失投を確実に打てるようにすべきだと思うんですよね。一昨年くらいからエラーが目立ちだしましたが、確実に目の衰えがあると思います。目が衰えているから失投を打ち損じる・空振りする。失投して「あ、HR打たれる!」というコースのボールを仕留め損なえば、投手も高めの失投でもしっかり腕を振って球威があれば空振りをとれると考える。となれば、松田に対してピッチャーは恐怖を感じないでしょうからね。
 場面・状況に応じて外に張って打っていくことをしてもいいですが、それ以外基本的にアウトローは捨てて甘い球・高めの抜け球を待って確実に仕留めるスタイルにしないと今後厳しいと思うんですよね。彼に期待されるのは率よりもHR、そして出塁率でしょうからね。率を残せるバッターはまだいますので、松田はHRを増やすことを考えるべき。そしてその中でいかに意味のある凡退をするか。今の打率ならHRをもっと打ってもらわないと困る。リーグトップの山川穂高は18本で.276、柳田は16本で.343なのですからね。松田の出塁率.286はHRバッターとしては寂しすぎる数字なので、なんとかしてもらわないと困りますからね。
 <余談終わり>

中心柳田以外の驚異的な打者がいない現状

 サード松田の不調に加え、内川の離脱。そしてデスパイネの不調。彼まだ32歳で衰えについて深刻に考える必要はない年齢です。デスパイネ出塁率をまだ残してくれているので、シーズン終わればやっぱり例年通りの数字を残してくれる期待することが可能です。ですが、キューバ派遣選手であり、一年中野球をしているという事情からシーズン丸々出続けることが難しい選手です。ロッテ時代からちょいちょい休みをとったように休養が必要な選手。基本的に守備ができないDH専としては少し物足りない感を覚える選手です。外国人大砲としては十分に基準以上の働きをしてくれているので、それ以上求めるのは贅沢な話になりますから、デスパイネ以上の選手を要求するのは酷でしょう。まあそれはそれとして今、率が落ちてるのがクリーンナップの迫力の欠如・打線の不調となっていることを頭の片隅においといてください。
 柳田の他に晃と上林が打っていて、チーム打率は.250台をクリアしているので打線事情はそこまで問題であるとは言えません。柳田と上林以外走っていない。西武の源田・金子・外崎を見ると相変わらずの拙い走塁事情で頭が痛いところですけどね。2014年の打率トップ10を独占していた頃と比べると繋がらないのは言うまでもないですね。誰も彼も打てという贅沢な要求はしないまでも、打てないなら打てないで送る・粘る・走ってかき回す・采配でエンドランで崩すなどという引き出しもなくなっていますから、今のホークスの打線の迫力の欠如は言うまでもないですね。それはそれとして打線はまだまだなんとかなっているといえる現状。問題は投手。
 

リリーフ崩壊は必然

 これまで何万回も言ってきましたが、リリーフを使いまくれば壊れるのは当然。だから決して特定個人の投手に過度に依存してはならない・必要以上に投げさせてはならない。必ず間を開けて連投させずに起用しなくてはならないと言い続けてきました。
 サファテ・岩嵜が故障離脱するのは十分予測範囲内の話。去年あんだけ投げさせれば壊れるに決まってます。岩嵜はようやく使えるようになった一昨年から「隙きあらば岩嵜」で先発・ロングリリーフ・セットアッパーと無茶苦茶な使い方をされていたので、個人的にはもう去年壊れると思ってみていました。むしろ今年までよく持ったなというのが正直な感想。
 あまりにも投手起用がイカれていて見るに堪えない。酷使破壊継投・起用で頭にくるので殆どペナントを見なくなっていましたが、見るのをやめるきっかけが去年の開幕戦でした。確かロッテだったと思いますが、2試合目に点差がついた9回、サファテの連投を避けるために岩嵜をクローザーとして起用したのですが、岩嵜がピリッとせずにランナーを貯めたところでサファテにスイッチ。この起用で「ああ、もう今年もだめだろうな」と見る気をなくしました。去年の反省からリリーフの負担を軽減するために岩嵜を9回に起用して明日のためにサファテを取っておく。そのための岩嵜のはずなのにまだ点差があって、せめてもう一人我慢しても良い状況でサファテにスイッチ。その挙げ句、翌日もサファテを使って開幕カードからいきなりサファテ3連投という継投を見てだめだこりゃと思いました。岩嵜を信用して仮に負けても将来の成長の糧にすればいい。序盤の一敗くらい大したことないと岩嵜に任せてやることも出来ない。序盤の目先の勝ち星よりも終盤のリリーフの安定を重視しなければ去年と同じ目に遭うというのに、何の学習もしていないことがわかって心底興ざめ・ドン引きしました。
 その後の試合をちらほら見ても、やはり岩嵜のボールは良くなかった。具体的に言うと球威はあってスピードは出るものの、アウトローのボールが要求されたコースに殆ど行かない。10球中1回・2回行くだけで全部高めに浮いてしまうという状況でした。前々からそういう投手であれば別ですが、去年の岩嵜はもっとアウトローにきっちり行くことが多かった。少なくとも毎回毎回高めに浮いて抜けてしまうという投手ではなかった。今年で壊れる・工藤と佐藤義に壊されるんだろうなぁと見ていました。去年の岩嵜の登板数は72でした。年間72試合ということは半分以上投げているわけですから、そこでCSと日本シリーズが加わればそら壊れるに決まってますよ。一昨年の「なんでもかんでも岩嵜」「とにかく岩嵜」継投・起用の蓄積を考えれば当たり前ですね。
 サファテも66試合に投げて54セーブ。明らかに登板過多です。他のリリーフ・クローザーを見れば65試合くらいは普通。特におかしくないのでは?と思われるかもしれませんが、彼はカミさんが病気で一時チームを離脱しています。その間確か15試合くらいチームにいなかったことを考えると、彼もまた年間半分以上のペースで投げたことがわかります。吉井がいた頃のように、決して3連投はさせない。ブルペンで肩を作らせず投げない日を設けて適宜休ませる。リリーフの事を通年・複数年単位で考えて起用をして、疲労を残さないようにしていたならまだわかります。キングオブクローザーと言われるサファテなら、ペースさえ適切にして疲労がたまらないようにしていればそれくらいこなしてもおかしくないクラスの選手ですから。が、無論言うまでもなくそんな配慮は微塵もなく、3連投・4連投をためらわない現代ペナントレースのセオリーを知らない無知・無能監督&コーチでしたから、サファテも登板過多・酷使継投の被害者であったことは言うまでもありません。というか万一に備えてブルペンで肩を作りまくっていたでしょうね。
 肩すら作らせず、ノースローで疲労をためない。大事な終盤及び来年・再来年という先を見据えた投手継投管理がまるで出来ない。そんな投手コーチと監督でしたから、今年リリーフ陣が崩壊するのは予定調和ですね。流石に序盤で勝ちパターン二枚の同時離脱は予想できませんでしたが、まあ最悪の事態、こういうことになってしまったのも何の違和感もないことです。こんだけ投げさせればそりゃそうなるのがむしろ自然といえますね。

本当の地獄は来年・再来年

 というか、今の継投の方がよっぽど恐ろしい。トチ狂った継投をやっていますので、シーズン終盤や来年・再来年のことをファンはもっと憂えるべきでしょうね。一人一殺継投という馬鹿なことをやって、右左右などで1イニングにリリーフ3人つぎ込むというような狂ったことを平気でやらかしていますから、リリーフがどうなってしまうのかもう気が気じゃないですね。今年になって、ようやく13年ドラ1の加治屋がモノになってきましたが「隙きあらば加治屋」で負けでも同点でも勝ちでもとにかく投げさせていますからね。勝ちパ・負けパ・同点というケースによってリリーフの役割を分けて起用するという当たり前のことも理解できない狂人なのでしょうね。既に3連投四回(ウチ一つは移動日を挟んだ四連投)ですからね。今年は加治屋が岩嵜に変わって使い潰されるのでしょうね。ドラフトで即戦力大卒・社会人リリーフが補強できなければ、来年はもっと深刻な中継ぎ崩壊に苦しむことになるでしょうね。
 

投手を育てられるが、酷使して壊すというのが工藤という指導者

 予想外の出来事と言えば先発陣の崩壊ですね。リリーフは想定内でしたがまさか先発陣がここまで軒並み絶不調とは予想外でした。武田・バンデンは個人的に予想内ですが、千賀と東浜に限って言えば想定外でしたね。去年無理したツケが今の千賀の故障離脱に繋がってるのでしょうね…。WBC・不慣れなあっちの球でいつもと違う状態になっているところで休養を挟まないで投げさせるとかありえませんからね。
 武田・バンデン・千賀は去年を考えてこうなることもさほどおかしくはないですが、一年初めてローテ投手の役割を全うしてチームで一番多い160イニングを投げた東浜が故障というのは想定外でしたね。彼と石川は、まあまだ故障はしないと思っていましたから(去年の石川の使い方も隙きあらばで危ない感がありますが、彼は大卒5年目で下で体作り十分してきたはずなのでね)。東浜は工藤塾のハードトレーニングあっての成長ですが、登板日以外はトレーニング漬けというのがこういう結果をもたらしたのではないでしょうか?結局、投手育成に一家言あれど、投手の状態を把握して適切に休ませることが出来ないというのでは、育成手腕があってもどうしようもない気がしますね。育てるけど壊すという悪癖・評価が定着した以上、彼を監督として招聘するチームはなさそうですね。
 

フロントは将来を見据えた選手起用を現場に的確に指示しなければならない

 同じく以前エース摂津と先発投手事情 で書いたように、将来を見据えて、必要なポジションの選手を起用して育てておかなくてはいけない。秋山監督が先発投手陣を育てるために下で将来的に頼りになりそうな若手を試してこなかった、抜擢をして試合を捨てて負け覚悟で若手を起用して育てることをしてこなかった。高卒ドラ1の斐紹なんか、3年間下で鍛えて3年目には一軍定着をさせるという明確なビジョンを持って起用しなくてはいけなかったのに、明らかに先発起用・出場試合数が少なかった。これは秋山監督自身の問題もあれど、何よりチーム組織としての問題・フロントの戦略・ビジョンがないということを意味します。フロントに長期的視野がないという事実の方が監督よりもよっぽど問題です。フロントが今年は○試合必ず出場させろという課題を監督に与えなくてはならない。フロントが将来を見据えた選手起用を要求しない・現場に明確な指示・指令を出さない。フロントが機能していないという組織上の大問題があります。*3
 しかもこれはホークスに限った話ではなく、球界に共通する問題に思えます。楽天梨田監督が辞任をしましたが、ここ数年の楽天の野手陣の成績をNPBサイトでチェックしてみると、明らかに若手の起用が少ない。①選手層が厚くて②選手が若く育成が急務でない、③不動のレギュラーが固定されていて④優勝争いを毎年している―というような条件が揃っているのならばわかりますが、そのどれでもないのに今年はこの選手を起用して将来的なレギュラーとして使うというビジョンが見えない。経験を積ませている、強化指定選手がオコエくらいしかいないのでは?というくらい若手の出場が少なく、起用が偏っているように見えました。
 落合中日も黄金時代レギュラーが固定されていました。それに伴い優勝争いを毎年しているから選手育成が二の次になったのは仕方ないという意見を見ましたが、はっきり言ってナンセンスですね。どう考えても高齢化したレギュラーを休養をかねて将来のレギュラー候補を起用するくらいは出来る。それすらしてこなかったのはどう考えても問題がある。
 誰だか忘れましたが、谷繁の後釜として取った大卒ドラ1をすぐクビにしていましたからね。そんな使えそうにない捕手をドラ1指名したのもさることながら、上で実戦機会を与えて育てるという明確な意志を見せなかったことも大問題でしょうね。一軍での実戦機会、最低限の出場機会を与えなければ育つはずがない。特に捕手というポジションにおいては言わずもがな。下で鍛えてものになる選手もいることはいますが、育てる・育成というものの王道は実戦で確実にキャリアを積ませること(そしてダメそうだとわかったらスパッと見切ること)。そのノウハウがなければ長期的に安定した強いチームなど作れるはずがない。
 日本ハムファイターズが育成の王道を行っていると言えますが、まあ、ハムさんは一定の年齢を超えた選手を殆ど「追放」していますからね。「育成」しているというよりも「追放」した穴埋めをしているというべきでしょう。育った選手をどんどん切っているいびつな姿勢はチーム作りに歪みをもたらすわけですが(だからこそあれほど素晴らしいチームでありながら毎年優勝争いが出来ずにチームが崩壊するシーズンが多いわけで)、それでもきっちり育て上げている姿勢はお見事。必ず使った選手が育つということはありえませんが、しっかりビジョンを持ってさえすれば、ある程度の質と量の選手は必ず育てることが出来る。日ハムほど「追放」すればポジションが空く、その分育てられるのは当たり前だと考えてやろうとしない球団が殆なのでしょうけど、育成システムを整備してベテランの休養と調整を考慮して若手を起用すれば必ず今以上に選手は育てられる。
 戦力があれば勝つことは当たり前。他のチームが戦力を整備できずに自チームだけが他より整備されていれば優勝するのは当たり前。大事なのは育てながら勝つこと&選手消耗労・故障させずに勝つこと。フロントの役目はそのやりくりのためのビジョンを描くこと。また監督もビジョンを描いて、育てることと休ませることと勝つことの3つのバランスを上手く満たして采配を取らなければならない
 

3つのバランスを無視した無意味な勝利至上主義

 監督采配にとって重要なのは育成・休養(調整)・勝利(優勝)の3つのバランスと論じましたが、では去年の工藤采配はどうだったか?言うまでもありませんよね。選手を壊すような無茶苦茶な投手起用・継投で若手を試して育成に当てることもしませんでしたから、はっきり言って采配としては最低のレベルです。現存の豊富な戦力を後ろ盾にただ勝ち星を積み上げるだけ。そこに何の戦略・ビジョンもないという采配で、見るに堪えませんでしたね。でしたので去年はもう殆ど試合自体観ませんでした。
 勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしとは言いますが、現在のチーム崩壊は何の不思議もありませんね。馬鹿みたいに休ませずに選手を使いまくってるんですから当たり前です。無駄に94勝もしてどうするんですか。去年のCSの話を「2017CS風物詩再び、悪夢の秋の風物詩発動。ホークスは短期決戦に弱い愚かなチームに戻った」的なタイトルで書こうと思っていたのですが、先にその話に踏み込んで語りますが、そりゃ負けるに決まってますよ。一番大事なポストシーズンに備えて選手を温存しておかないのですから、アホとしか言いようがない、アホもアホ・大アホでしょう。
 100勝しようが80勝だろうが優勝は優勝。1-0で勝とうが100-0で勝とうが、1勝は1勝の価値しかない。それが2勝・3勝としてカウントされることはありえない。優勝も同じ。ぶっちぎりだろうが僅差だろうがペナントレースを制したという事実に何ら違いはない。0.5ゲーム差でも上回ればそれで十分、ゲーム差なしでも勝率がわずかでも上回ればそれでいい*4
 優勝する最低ラインをクリアできそうとわかったのならば、あとは勝利よりも、休養や育成という他の2要素を重視して采配を切り替えていくもの。丁度3つの要素を頂点とした三角形があったとき、勝利が頂点の正三角形or二等辺三角形から、勝利の頂点が著しく下がるぺちゃんこな二等辺三角形に推移するようなものですね(図がないと分かりづらいかな、このたとえ(^ ^;) )。CSという制度が導入された以上、終盤の戦力維持というの最優先課題になっているのにそれを無視したような戦い方を繰り広げて選手を休ませなかった。その挙げ句柳田・モイネロなどの故障を招いてCS突破大丈夫か!?という事態を作りましたから、風物詩を自ら招く利敵行為と言われてもしょうがないでしょうね。
 短期決戦のこともわかっていなければ、長期決戦(と言っていいのか?)ペナントレースのこともわかっていない。一年をどういう風に戦えばいいのかという基本もわかっていない。一体今まで何を学んできたのか?監督をやろうというつもりがあったのならば、そういう準備・勉強をしてくるはず。ここ10年~20年のペナントレースを自分なりにまとめて監督とは~采配とは~という研究すらしてないでしょう。
 

2011・2015・2017それぞれぶっちぎり優勝の意味合いが違う

 ホークスはここ最近でぶっちぎりで優勝したシーズンが3シーズンほどあります。それぞれ88勝・90勝・94勝、17.5ゲーム差・12ゲーム差・13.5ゲーム差をつけての優勝でした。パに興味がない人、ホークスに興味がない人にとってはホークスって強いなぁ(小並感)くらいの感想しかないのでしょうけど、これらの年のぶっちぎり優勝は実は似て非なるものなのですね。正確には2011年と2017年は優勝の仕方が似ているが、2015年だけはぶっちぎり優勝の意味合いがまるで異なっていたんです。
 過去に何度も書いて力説したように、この年は吉井コーチがいたので投手起用・リリーフ陣の休養・状態の維持を念頭において継投が完璧にこなされていました。なのでシーズン終盤になればなるほど、他のチームとは違い789回に投げる投手の状態がいい・回を終えるごとにいい投手が出てきて点のとりようがないというプレッシャーを相手にかけていました。1点もやれないというプレッシャーからそれまでの疲労も相まって、相手チームのリリーフはホークス打線にボッコボコに打たれて、面白いほど逆転勝ちをしました。終盤の勝率は異常なくらい高く、一体いつ負けるんだこのチームは?という快進撃を続けていました。オリックス相手に9回4点差をひっくり返してサヨナラという試合もありましたね。
  序盤になるべく投げさせずにリリーフ陣の足を最後までとっておく、そうすることで生まれるシーズン終盤の驚異的な強さはこの年を見ても明らか。その翌年2016年、吉井コーチが日ハムでリリーフ管理をしきった上で、最終的に10ゲーム以上の大差を逆転したのもそうですね。何より、シーズン終盤にリリーフが計算できないと大逆転を食らうことがある。故に序盤~中盤は勝てそうだからといってリリーフを惜しみなく使ったりせずに戦う。終盤のために余力を残しておくのがセオリー。そういう昨今のペナントレース事情を知らない、昔の野となれ山となれ野球しか知らない古い時代の監督が我慢しきれずに馬鹿みたいにリリーフを注ぎ込むというのが他所の球団でも珍しくない。2016のペナントレースを見て総括をきちんとしてさえいれば、そんな当たり前の教訓・結論が導き出されるはずですが、殆どの球団はそういうことをやっていない。野となれ山となれとしか考えていない。行き当たりばったりで球団経営をやっているということでしょうね。
 で、話を戻して、2015はリリーフ管理を完璧にしてコンディションを最後まで落とさなかった。3つのバランスの育成については疑問符がつくものの、そういうシーズンのこなし方だったわけです。今年優勝するために来年・再来年のことは知らない、どうでもいいという典型的な目先のことしか考えない采配とは一線を画していたわけですね。最低でも来年もリリーフ陣が働いてくれる。どんなに予測外の最悪の出来事が起こっても崩壊することはないと期待できるわけですね。しかし2011と2017ではそういうリリーフ陣の管理という概念・配慮すらなかった。2011はリリーフよりも先発の問題・来季以降の先発陣の整備が課題だったのですが、来年を見据えていた継投・投手起用とはいい難いものでした。なんとなく一年を戦い、今日は負けてもいいから来年のために先発候補の育成のためにテストをするという要素は乏しかった。で案の定見事に翌年、先発ローテに苦しんでにっちもさっちもいかないという状況に陥いりました。そして2017はとにかく岩嵜・サファテで勝ちを拾うだけというパターン。とにかく特定の優れた選手の活躍に依存し、その選手が期待通り・それ以上の働きをしてくれるという前提の下・希望的観測で戦略を立てている。その前提が崩壊したらどうするのか?そういう万が一の際の配慮・危機管理の思想がない采配だった。
 今年優勝出来さえすればあとのことはどうでもいいという非常に拙い思想の上でペナントレースを戦っている。采配が行われている。こんなことで一体どうやって長期的に強いチーム足りえるのか?3年・5年・10年ずっと強い黄金時代を築けるというのか?ましてやホークスはV10を目標に掲げている球団。そんな球団が一体何をやっているのか?
 

NPBに蔓延する監督候補層の欠如と役割の履き違え

 そして、これは工藤公康一人の問題ではない。今現役の監督に将来の監督候補を含めても、そういう事がわかっている選手がどれくらいいるのかと言われればまずいないでしょう。いてもかなり少ない。つまり監督に向いている人材が球界には殆いないという恐るべき現実がそこにはある。ノムさんが著書でそんなことを書いていましたけど、はっきり言ってノムさんも同じ。違和感という報告をバカにして、出場できないという選手にダメ出しをする。コンディション管理を軽視する。そういう勝利・育成・休養の大事な3バランスの理解はない。若手が出場するために怪我を隠して無理やり試合に出るという行為を称賛するくらいですからね。同じく過去に書いたとおり落合氏にもそれがない。GMとして黄金期の選手たちがいなくなったあとの状況・育成に大失敗した過去を見れば言わずもがな。
 昔、秋山辞任で新監督は古田・工藤・桑田の誰かがいいと書きました。ベストは古田氏でしたが、工藤監督就任でも肯定的に捉えていました。三人を次期監督に望んだ理由は頭がいいから、頭がいい監督なら理に則った適切な采配をしてくれるだろうと思っていましたが、頭がいいだけではダメだということが彼でよくわかりました。工藤監督が大外れだったことを考えれば一体何考えてたんだこの大馬鹿野郎といわれてもしょうがないですね、どこに目をつけているんでしょうかね?銀魂なら花野アナ・結野アナに続いて不死野アナとして登場するくらい、目が節穴ですね。頭がいい人間なら研究して、学習してきっちり結果を残してくれる、まともな采配をしてくれると考えていましたが、頭がいいだけでは無理だということがわかりました。というかもう元プロ野球選手・名選手はダメだということですね。
 投手出身で高卒、社会人経験がない。またキャリアの半分を遊び呆けていたなど人間性の問題という点もあるのでしょうけど、何より元名選手は基本的に適性がない。偉大な実績を残してきた元選手はそれを前提に考えてしまう。出来ない・弱いという拙い状況から、ではどうすれば出来るようになるか?強くすることが出来るかという試行錯誤ができない。名監督を望むなら、周囲の人間の話をちゃんと聞く謙虚な調整型の人間でないとまず無理。自分のやりたいことをゴリ押しする・自己主張を第一に押し付けるような人間にはまず無理。監督を選ぶ際にはそういうタイプの人間を絶対に選んではいけないということを工藤監督ということで学びました。ずいぶん高い授業料になりましたね。
 松中が引退会見で指導者で打者を育てたいということを言っていたように、元名選手は技術指導をしたがる。監督を目指すなら采配の勉強をしなければいけないのに、打撃や守備やら投球やら技術指導をしたがる。コーチとしてならそれでいいですが、監督はそれでは困る(というか名選手でなければなかなか高いレベルの技術指導は難しいでしょうから、コーチとしてはどんどん採用していただきたいところですね)。監督の仕事・役割を履き違えた選手(選手に限った話じゃないでしょうけど)があまりにも多い。
 

監督の仕事は選手の技術指導ではない。まっとうな監督育成制度を整えるべき

 監督の仕事は「勝利」「育成」「休養」そのためのフロントから二軍から、そしてもちろん一軍コーチも含めての、意志調整・意見交換。チームの全体を見据える大枠の作業が殆どで選手への技術指導など細かいを事を本来やってる暇はないはず。技術指導がやりたいならコーチになればいいだけの話。そして監督というチームにとって重要な仕事をしたいのなら、監督としての資質を備える修行・トレーニングをきちんと積んでこないといけない。
 サッカーなんかでは資格テストがあるといいますが、同じように監督資格制度を整備しなくてはならない。海外では記者など非選手出身の監督が珍しくないといいますし、そういう監督を採用するのも一つの手でしょうね。ホークスフロントは、OBでも外様でも監督にしたい人間に声をかけて授業を行う。ホークスはこういう人材を欲しい。こういう人間を監督にしたいと自分たちが望む監督像を明確にするべき。そして指導をして、テストやレポート・面談などでAランクからCランクまでのような格付けで資質を判定する。監督としての基準をより満たした人間から二軍監督や一軍監督補佐など現場に送り込んで、実戦テストを経て監督を選抜するようなシステムにしなくてはならない。そういう合理的な制度に変更しない限り、今回のような無能監督問題はいつまで経ってもつきまとうでしょう。
 一刻も早く監督資格制度を導入しなくてはならないですね、ホークスは(もちろん他球団もですが)。
 

名選手名監督ならず、名監督は無名に近い選手が好ましい。始めから監督という人材を育てるという意志が球団には必要

 名選手名監督ならずということで、名監督を作るためには初めから監督の教育・人材育成ルートを設定して、指導・育成を図らなくてはならない。これが今の所暫定的な結論なのですが、もう一つポイントとしてダメ選手というか二流・三流の選手でなければ名監督たりえないのではないかという気がします。かの名将阪急の上田利治監督*5や、広島の古葉竹識監督など初めから監督としての期待をされて育てられた人材。結果、見事に黄金時代を築いた名将となったわけですが、両者とも誰もが知る名選手ではないということ。特に上田監督は現役をたった3年で終えていますからね。古葉さんは簡単に二流・三流と見なすことが出来ない数字を残した選手です。盗塁王のタイトルも取ってますし、当時で15年近くプレーしてますしね。しかし誰もが名前を知っているクラスの名選手ではない。そういう選手としては名前がパッと出てこないくらいの人のほうが監督に向いている。また内野手・捕手は状況に応じてプレーが変わるので監督向きだと言われていますしね。
 もう一つ地味に面白いのが、二人共広島東洋カープから輩出された人材だということ。つまり、初めから監督を育てる重要性を理解していた人間が当時の広島のフロントにいたということですね。上田・古葉という見事な成功体験がありながら、何故にこの文化・伝統が滅んでしまったのか、他球団がそれを真似して導入しなかったのか非常に興味深いところです。「上田も古葉も育てたのは我が広島東洋カープじゃい!」とカープファンなら誇りそうなものですが、あまりそういう話を聞かない気がしますね。
 

選手としてダメでも監督として名前を残したいという心理

 名選手でない方が何故名監督になりやすいのか?というのは、名選手は選手としての名誉を極めたので、それ以上強烈な成功したい!という欲求がない。しかし、現役時代成功しなかった、中途半端なキャリアで終わってしまった人物は、強烈なプロ意識を持ってコーチや監督業に取り組もうとする。失敗や屈辱というコンプレックスを武器に努力をするからですね。それこそ鳴り物入りでプロに入ったものの、現役選手としてはパッとせずにバカにされ続けた斎藤佑樹投手のようなタイプが監督・コーチとして実績を残そうという動機を抱きやすいわけですね。絶対に成功してやる!見返してやるという強い動機を持った頭のいい人間、そういう人間を監督候補生・幹部候補生として教育して監督にするのがいいように思えます。そしてそのコースにあって現在監督として成功しているのが、現北海道日本ハムファイターズ栗山英樹監督でしょうね(球団による監督指導過程はありませんが)。個人的には名監督だと思っていませんが、世間的には十分評価される監督でしょうね。フロント主導で個人の裁量権がかなり限られた監督でしょうけども、監督の役割をきちんと果たしていると言えるでしょう。
 そういうロジックがあるので、今の楽天の平石監督代行なんかもキャリア的に期待できるものがあるので面白そうな気がします。楽天はフロント主導を履き違えて、全権監督ならぬ全権フロントのようなことをやっているので前途多難感が否めませんが今後どうなるか地味に気になっています。
 また、以前ロッテの京大君というのが話題になったことがありますが、最初彼を採った時に幹部候補生・監督候補として採ったのでは?上田監督のようにすぐ辞めて監督コースが有るのでは?と期待して見ていたのですが、結局三井物産に就職したようですね。ロッテも監督を育てるという新しい路線に転換していたら面白かったのですが…。
 そんな中、ファイターズが去年のドラフトで7位で東大の宮台を指名したのが栗山監督の後釜というのがありそうでワクワクしています。かつて糸井指名の際にお前の指名は半分は打者としてだからというのがありましたが、半分は監督としてだからという要素があれば面白い。フロントと現場の分業が唯一出来ている球団だけに監督育成に着手している可能性は十分あるので今後どうなるか面白そうです。
 

全権監督は組織を腐らせる。フロント(中枢)と現場(最前線)の明確な権限分化を図るべし

 全権監督という選択・方針、全権監督という思想のもとで組織を構成することはやってはいけない。―という話をしたのでついでに話をしますが、そもそもホークスは監督にすべてを任せすぎている。何でもかんでも監督に任せてそれでうまくいってしまう。監督が完璧で、何でもかんでも監督に任せておけさえすれば上手くいくというのならばまだそれでいいが、ここまでのホークスの過去を見てわかるようにそんなことはありえない。現場の采配を任せるのはいいが、「すべからず」の最低限のルールは決めておくべき。今の継投・リリーフ使いまくりでは数年後チームがにっちもさっちもいかなくなるリスクがある。そんなリスクを放置しておくなんて正気の沙汰ではない。「この選手を育てるから、この選手を今年は○試合使う&○打席立たせて場数を踏ませる」―などというような指示を出さないといけない。フロントがチームを中長期的にどうしていくかという方針を明確にしておかないといけない。
 毎年のように「フロントは監督の手腕を高く評価」という報道しか出てこない。優勝しても4位でも同じ。一体どんな評価基準・査定基準を以ってその年の監督の採点をしているのかと疑いたくなる愚かさ。フロントが始めからチーム作りや勝利の責任を放棄しているとしか思えない。フロントがしっかり責任を持ってチームを運営するべき。そして自分たちの理念・ビジョンに合う監督を育成して、その監督に任せるというやり方にしなければいけない。
 毎年毎年適当な選手を採ってくる・既に成功している選手を他球団から採ってくるだけで、フロントがろくな仕事をしていない。これでは3連覇・5連覇なんて出来るはずがない。10連覇や世界一の球団という目標を掲げているのに、こんなことでどうやって世界一の球団を作るつもりなのか理解に苦しみますね。
 

今のホークスの弱い理由は補強の欠如&「育成」の軽視

 最後に今年のホークスの低調の原因を書いておきますと、そら当たり前ですよ。戦力の酷使と経年劣化による衰えがありながら、補強を怠っているんですから。補強しなければ弱くなるに決まってるじゃないですか。
 何故かここ最近は積極的に補強をしなくなりました。個人的に育成は最大限に、補強は最小限にというのが王道だと思っているので、補強をすることに肯定的ではないのですが、今のようなフロント・組織構造で補強をしなければ勝ち続けられるはずがない。ピッチャーで言えば野上・増井・平野・牧田、誰かを取らなくてはいけなかった。平野・牧田はメジャー志向なので無理だったでしょうが、増井は国内移籍を望んでいた。リリーフの補強は必要だった内野手と並んで重要な補強ポイントなはず。そこをどうして無視したのか?何より去年横浜から巨人に移籍した山口に声をかけなかったこと。これが本当に疑問。クローザー経験もあり、先発で150キロを出せる投手を何故採ろうとしなかったのか?巨人志向がそれほど強い投手だったから、初めからノーチャンスだったということなのか…?
 ホークスのリリーフの安定、7年間連続防御率1位(09~15)を達成した絶対的なリリーフ陣というのがホークスの強みだったわけですが、そのリリーフ陣を支えるためにドラフトからの新戦力や補強での獲得という要素が非常に大事だった。ドラフトで即戦力リリーフを取ってリリーフ陣の強化を図るのは当たり前として、メジャー帰りの岡島・五十嵐を採ってきたこと。当時はそこまでパッとしなかったサファテを西武から採ってきたこと。絶え間ない指名と補強によってリリーフ陣を安定させてきたわけですね。バリオススアレス・モイネロなんかもそうですね。リリーフ陣を安定させるために、余裕を持ってやりくりをして酷使を防ぐためにどうしても使える駒が必要。その駒を増やす補強をしてこなかった、特に去年・一昨年と社会人の即戦力リリーフを指名してこなかったことが最大の原因でしょうね、何考えてドラフトに望んだのか?アホですね。
 監督からしてリリーフを軽視して「投手は全員先発を目指してダメならリリーフ。ローテを6人固定してしまうと先発を目指す上でやる気が無くなってしまうから、5人で固めて残る1枠をリリーフをやりながら争わせる」というわけのわからないことを言っているくらいですからね。先発ができる力のある投手ならリリーフなんていつでも出来るだろというヨシコーチのようなリリーフ軽視の考えを持っている監督なので、先発育てといたらリリーフなんて、どうにでもなるやろという考えでドラフトに臨んだのでしょうね。そしてそのようなトンチンカンな思想を誰も止めなかった。フロントがその方針にストップを掛けて「この投手がリリーフで必要だからこの投手を即戦力リリーフで採るべきだ」―と主張して的確に即戦力リリーフを指名しなかった。それが今のホークス低迷の根幹ですね。フロントが狂気の監督に大きな権限を与え、なおかつその暴走を止めない。最低限の歯止めをかけずに放置する。仕事の放棄・責任の放棄ですね。まさに監督に対する最低限のストッパーが必要なわけですから、それがないからこそストッパーが居なくなってチームが大混乱するわけです(激ウマ)。
 ノムさんが捕手は自分が育てるからキャッチャーじゃなくてピッチャーを採ってくれと古田の獲得よりもピッチャーを優先しようとしたという話がありますが、ピッチャーは自分が育てるから野手採ってとでも言ったのでしょうか?あるいは即戦力よりも潜在能力の高い投手ですかね。将来的に楽しみな投手はたくさんいても、現在頼りになる投手がいなくて火の車になってるんですが、それは一体どうするんですかね…?前述通りピッチャー育てても結局壊すんだから意味ないでしょうに。育てては壊し、育てては壊すの「賽の河原監督」ですからね。
 補強よりも育成にシフトする。その心意気や良し。育成こそが王道ですから、その方針変更自体は大歓迎。しかし補強を封印したのならばそれ以上に明確なビジョンを持って選手を育てる、若手を積極的に起用して経験を積ませなければいけない。そういう状況にあるのにもかかわらず、去年から全然若手を抜擢していない。補強の封印をしたからには若手を積極的に起用して育成しなければチームの戦力は低下するなんて当たり前。どうしてこんな簡単なことがわからないのでしょうか?ホークスフロントはアホ・無能というのはここにあります。補強の封印をして、肝心要の育成までもついでに封印していくんですからね。その上首脳陣の人事育成、コーチ陣・監督の指導育成という幹部候補生の育成すら封印しているのが現状なので一刻も早くその封印を解き放ってほしいものです。最早呪いレベルですので、誰かホークスにかけられた呪いを解き放ってくれない限りは永遠にこのままでしょうね。今年・来年と一気に連続Bクラスという低迷を招いてもなんら不思議ではないでしょうね。
 
 ※おまけとして、では、工藤の次は誰がいいのか?という話を残しておきたいと思います。それは森脇さんでしょうね。いくらなんでもそうすぐには次期監督を育成できない。では誰でつなぐか?と言われたら、ホークス内で顔が効いて求心力もあるがゆえに監督に就任してもゴタツクことがまずない。他球団を渡り歩いて視野が広い・優秀なコーチを知っていて声をかけていろんな人材を招集できそうな森脇さんがベスト。内部昇格した元二軍監督の水上内野守備走塁コーチが現実的なんでしょうが、前述の条件を満たしている苦労人森脇さんが一番的確なのではないかと思います。まあ、ホークスは監督に名選手縛りをかけているのでハードルは高いでしょうけどね。ホークスフロントがまともな方向に向かうかどうか、一番始めに変化する方針と言えばこの名選手縛りでしょうからね。この縛りが解禁されるかどうかを、強く・賢く・隙のない野球をするホークスを望むファンは注目してみるといいかと思います。

アイキャッチ用画像

*1:

*2:※参照―優勝候補オリックスという虚妄 

*3:無論、この歳は杉内・ホールトンが巨人に移籍し、和田がメジャーに移籍して先発三枚40勝以上の勝ち、そしてそれぞれ184・171・172イニング、500イニング以上が計算できなくなるという事態でしたので、先発新人を上手く育てようとしても補うことはまず無理だったでしょうけどね。言うまでもなく、これはそうしていれば優勝できていた!というたぐいの話ではなく、出来る出来ないの領域の話ではなく、そういう喫緊の課題がありながら、そこに手を付けようとしない・対策を適格に打たなかったことそれ自体が問題なわけです。

*4:実際はギリギリで逃げ切ることを前提に計算するのは不安要素がいくつかあって怖くてしょうがないので5ゲーム差位を基準に計算するでしょうけどね

*5:巨人・西武以外に唯一三連覇した阪急ブレーブスの黄金時代を築いた名将です。一応西鉄も三連覇していますが近代野球以前の草創期のことなので除外してます

佐藤義則・ヨシコーチは優秀なコーチではない。ド無能なドム脳コーチである

野球ネタが溜まってるんで、ボクシングの話を書き終える前に一つ二つ軽い野球ネタを挟みたいと思います。

 書きたいと思っていた佐藤義則ことヨシコーチは優秀・有能なコーチではない。無能・ド無能なドム脳コーチであるという話です。

 優秀な投手コーチと言えば誰という話題で、必ずと言っていいほど名前が上がるヨシコーチ。しかし、彼は優秀な投手コーチではありません。彼は現代野球のセオリーから逆行する古い価値観を持ったコーチ。先発至上主義という歪んだ価値観を持ったコーチであり、チーム・投手陣に負の影響をもたらす危険なコーチです。外から見ているウチはわからなかった、気づかなかったことなので、鷹ファン(?)としてペナントを見る・味方のコーチとして見た時に、つくづく最低のコーチだなと感じたので、そのことを記しておきたいと思いました。鷹派の人間がどういう風に彼を見たのかという視点がなにかしらの一助になれば、これ幸い。
 何故か鷹ファンでもヨシコーチがいなくなるのは痛いといったり、オリックスでとうとう藤井コーチについでヨシコーチが帰ってくるのか!みたいな声があるので、その人達にとっても参考になるかと。ヨシコーチ待望論みたいなことを書いてあるオリファンのブログも見ましたからね。ハッキリ言ってオリックスに来たら混乱するだけだと思います。今年の楽天の投手陣もダメになるんだろうなぁ…。いいリリーフを連投させたり、無理くり先発させたりしてぐちゃぐちゃにさせるんだろうなぁと見てますから。楽天ファンでもヨシコーチの復帰に喜ぶ人半分、恐怖におののく人半分という感じですからね。
 結論を先に書いておくと、彼は①大エース育成をする。②その大エース頼みの、大エースありきの投手スケジューリングをする。結果、エース以外の投手を雑に投げさせて使い潰すというコーチです*1。①ありきの投手コーチなので、鷹での三年間のように大エース育成が出来なければ、どうした佐藤義!一体何のための前進守備大エース投手育成コーチだ!というオチになってしまうわけです。
 ホークスは過去に斉藤和巳という大エースが存在してその投手に頼り切って潰してしまうという過去・苦い教訓がありました。にもかかわらず大投手育成&投手酷使コーチを招聘して昨今の投手事情ですから、学習能力のかけらもない鶏頭フロントと糾弾されてもしょうがないでしょう。
 一年目は吉井コーチという酷使を許さない優れた投手コーチがいて、工藤監督とヨシコーチのクビにしっかりと首輪と鎖で繋いでコントロールしていてくれたのでなんとかなりました。後述する取扱説明書を見事に読んでいた優れたやり方と言えるでしょう。がしかし、吉井コーチという管理人・門番が追放されるとあとは言わずもがな。世紀末ケンシロウの世界のような荒野が広がる惨状になりました。長年パ・リーグのトップを走り続けてきたリリーフ防御率は悪化していき、今年の岩嵜・サファテの離脱という見事な埋伏の毒コーチでしたね。

■名伯楽ヨシコーチ
 佐藤義則コーチと言えば、ダルビッシュ田中将大という日本を代表する投手を育て上げた名伯楽。故に彼を優秀なコーチと評価する声は球界でも数多い。しかし、ちょっと詳しい人なら知っている当たり前の話ですが、実態はそうではありません。偉大な投手2人がヨシコーチを素晴らしいコーチだと褒め上げる故、そういう「ヨシコーチ有能論」とでもいうような勘違いした論説を多々目にするようになったので、一度はっきり書いておこうと思っていました。かくいう己もヨシコーチが来るときには「おお!あのダルと田中を育てたヨシコーチが来るのか!!やったぜ」となったくらいですから、実際目の当たりにしてみないとそういう錯覚を抱く人が多いのもむべなるかな(責任逃れ)。
 ダルビッシュが褒めていた鶴岡というキャッチャーに、佐藤義則というコーチは、実際目の当たりにしてみるとどちらも酷いものでしたね。ダルが褒めるからさぞかし良い捕手・コーチなんだろうと思っていましたが、ダルにとっては素晴らしくても他の選手にとってはそうではないということですね。ダルという唯一絶対の存在だからこそ当てはまる。ダルでなければ無意味という存在・理論、オリジナルならぬダルジナル理論/現象はまだまだありそうな気がします。ダルの話は好きなんですけど、そういう要素を差し引かないといけないんだろうなと最近感じていますね。

■ヨシコーチがプラス効果を発揮するには条件がある
 より正確に言うと無能というよりも、彼が効果を発揮するケースは限られるコーチということですね。負の効果も大きいので、ふぐの調理法のようにしっかりその毒抜きをしなければならないタイプであるということです。まず、彼がその真価を発揮するのはダルビッシュ田中のような大型長身右腕、甲子園でスターとなるような逸材・優秀な素材がいる時に限られます。そういう限られた天才・スーパースターとも言うような選手がいない限り、ハッキリ言って無意味。普通の凡百の投手は大エースだった彼のピッチング理論を吸収して育つことはない。指導が活きることはない。これまでの投手コーチ経歴を見るとそう考えるのが自然。
 松井裕樹は左腕でかつ体格がそれほど良くない。サイズが大きくないためにヨシコーチ理論がハマらなかった。また安楽は言わずとしれた甲子園での投げ過ぎで肩・肘に問題を抱えている。田中やダルに並ぶ優れた素材であっても故障を抱えているような投手に対しては有効な指導法がないことを意味していると考えます。まあ、安楽の場合は指導期間がもっとあれば変わったかもしれませんが、故障持ちの釜田などをお構いなしにかなり投げさせたこと、連投・疲労度なんのそのという投手状態考慮なしの中継ぎ投手起用などを見ると根本的にコンディショニングの概念がないと思わせますからね。

■ヨシコーチの真価を発揮させる取扱説明書
 故に、佐藤義則投手コーチ・ヨシコーチが効果を発揮するのは絶対的なエースを育てること以外ありえないのです。そしてそのヨシコーチが絶対的なエース投手を育てるには
 ①若くしてその名を知られる素材であること。それも球界を代表する投手になるような素材がチームにいること(ダルや田中クラスの超高校級の選手であること)
 ②壊れない頑丈な体を持っていること(もしくはコンディションの重要性を熟知しており壊れないケアが自分で出来るorサポート体制が十全に存在していること)
 ③絶対的な真っ直ぐを持ち、かつ決め球を持っていること(もしくはそれを補えるカウント球をいくつか持っている)
 ―という選手がいることが条件になってくるかと思います。菊池雄星を手がけることでもあれば、超大型左腕は不可能、右腕でなければ無理。右腕限定コーチということがはっきりするのでしょうけどね。そもそも超大型左腕(体格が良くて真っ直ぐが150を超える)というような投手は中々でてきませんからね。*2
 個人的に投げ込み理論・投げ込み指導をする投手コーチというのは好きではないのですが、何故かと言うと、じゃあ投げ込み以外に何をどうするの?と言われた時、有効な指導法・別の引き出しを持たないように見えるからですね(逆に言うと投げ込みが適さないなと思ったら、違う指導法を示すことが出来る引き出しがあるコーチならば投げ込み理論コーチでも構わない・優秀なコーチだと考えるということですね)。
 いずれにせよ彼は選手に合わせて指導法を変えられるという豊富な引き出し・指導法を持つコーチではない。投手に合わせて指導を変えられる広く浅く教えられるタイプではなく、特定の投手にのみ指導が出来る狭く深く教えるタイプ。その狭く深い指導に適する素材がいるか、マッチするか事前に調べた上でないと何の意味もないコーチであるということですね。

■エース育成を期待して起用するならばその危険性を最小限にしなければならない
 また、ヨシコーチはファイターズ・イーグルスと渡り歩いた中、前身の日本ハム楽天で「一人の大エースを育てる代わりにその他大勢のピッチャーを壊しまくる」コーチという評判が定着していました。ベヘリットに生贄に捧げられたとか、SSRを強くするための強化合成の素材にされただとか、まあいろいろ言われるいわくつきのコーチ。
 ということは、あらゆる投手に応じて色んな引き出しを持っているタイプではなく、自分の理論・理想とする限られた投手にしか通用しない諸刃の剣指導・育成をする危険なタイプだというわけですね。ブルペンでも試合でも、とにかく本人の調子やタイプお構いなしに投げさせまくってしまう。その挙げ句多くの投手がその教えについていけずダメになる。指導と育成の両輪のバランスを取ってうまく自転車を走らせることが出来ない。選手を育てることと勝つこと、この二つを同時にこなすことが難しいことは言うまでもないですが、そういうやりくり・操縦が上手くないタイプ。昭和の古い時代の大エースで、その価値観を引きずっている。もしくは自分自身が無茶苦茶投げてきたから、大エースだった自分はこれくらい投げた。だからこれくらい他の投手に投げさせても平気やろ、と現代のセオリー・価値観を無視する。大エースとそれ以外の普通投手と別パターンにして指導法を分けられない。故に、全ての投手に大エース理論を当てはめるのでハマれば大エースを育ててくれるけど、外れれば壊してしまう。というか殆どのピッチャーを壊すリスクを孕んだまじんぎり使い・ダイジョーブ博士。当たればデカイが、外れれば大損害をもたらすリスクがあるコーチなんですね。そういう背景を知れば、こういうコーチは怖くて普通投手陣を一任したり全面的に任せられないと思うのですけどね…。
 鷹・ホークスでの彼を見る限り彼を招聘したメリットはまるでない。中継ぎは先発ができない・先発失格の投手がやるという考えを持っていることからも分かる通り、リリーフのやりくりが下手くそ(というかその重要性すら理解していない可能性もあります)。またピンチでマウンドに行って有益なアドバイスを出来るわけでもないので、一軍ベンチにいてもしょうがない人材。なんで一軍ベンチを任されていたのかわからない理解に苦しむ配置・人事です。*3継投についても、以前書いたとおり「リベンジ継投」という、打たれた相手・チームに積極的にぶつけていくという継投をするという傾向もありますね。一度やられた相手にやり返したいという投手心理だけで、相性を考えて柔軟な起用をして上手く使いこなすということもありませんからね。
 育成では球界を代表する投手を育てた実績があるので、二・三軍での育成を割り当てるべきタイプ、育成を重視した全ての投手に対してアドバイスをする巡回コーチ的なポストがベストなわけですが、どういう取扱説明書を受け取ったのでしょうか?フロントは。一軍と二軍は所詮役割が違うだけで、重要性は変わらない。優秀な選手を着実に下で育てることは場合によっては一軍よりも重要。そういうこともあまり理解していないのでしょうね、彼は。これは個人の問題と言うよりもチーム、球界全体の問題とも言えるでしょうけどね。また工藤監督同じく、「この俺が二軍などでやれるか!」という歪んだプライドを持っているということでもあるのでしょうけど。
 ハッキリ言って育成と管理を同時にこなす吉井コーチと比べると天と地ほどの差がある。彼のような投手を壊して当たり前のような起用・価値観を持ち、チームに害をもたらすタイプを優秀・有能という括りで吉井コーチと並べて論じるのは無理があるどころかハッキリ言って失礼、不愉快極まりないですよね。
 吉井コーチとヨシコーチは手腕はおろかタイプ的にも明らかに別物であるという当たり前のことを、重要なので今一度明確に記しておきたいと思います。

■ヨシコーチが鷹で育てた投手はいない、東浜・岩嵜・千賀・サファテは何の関係もない
 育成でなにがしかの貢献があればよかったのですが、ハッキリ言って鷹の三年での彼の功績はない。まだ未知数の要素が幾分かありますが、先にヨシコーチの指導のおかげだとする勘違いした言説の誤りを指摘しておきます。
 まず、東浜・岩嵜・千賀はヨシコーチとは関係がない。まったくプラス項がないとまではいいませんが、あったとしても微々たるレベルでしょう。東浜と岩嵜は工藤塾でフィジカルトレーニングを工藤が徹底させた成果ですし、千賀はそもそも元からあれくらい投げられる投手。
 千賀の場合は既にその前から下で倉野の体幹レーニングで頭角を現して、何度も書いているように高山ピッチングコーチが酷使して故障離脱した。結果、一軍を拒否して下で体作りや投球フォームなど、イチから自分の信念を持って試行錯誤した。千賀自身の自助努力の成果ですね。そして2015シーズン終盤に出てきたときには殆ど先発投手として完成していた。素晴らしいボールを投げたのはCSや日本シリーズでのヤクルト戦を見れば言わずもがな。そもそも彼の存在が突出して凄かったのはデビューイヤーのオールスターで明らかでしたからね。*4
 もう一つついでに何故かサファテが2017シーズン、去年の劣化からさらに数字を落とすどころか数字を向上させた。キングオブクローザーとなったのをヨシコーチのおかげだという話が出てきたのですが、これも全く根拠が無い話。彼が良くなったのは、自分が7敗したことがチームが優勝を逃した原因だと、さらなる進化を求めてまたトレーニングを改善したからですね。そもそも彼は前任のファルケンボーグと違い、練習熱心・研究熱心なタイプで苦手なクイックにも取り組み、研究努力を怠らないタイプ。故にピークをすぎたはずの年齢でも進化したのですね。五十嵐からナックルカーブを学んだのもそうですし。
 サファテについて言うと、西武から移籍してきた時に守護神を任せてくれた秋山監督*5と、フォークを使うことを勧めてくれた広島のキャッチャー西山とそのフォークでストライクを取ること・カウント球として使うことを教えてくれた細川が大きかったと語っている記事を見たことはあっても、ヨシコーチが何かをしたから~という記事は見たことがありません。少なくとも今のサファテの進化は彼の自助努力・創意工夫によるものであり、ヨシコーチは関係がない。むしろ明確なソースもないのに、どうしてそういう話が出てくるのか疑問に思うくらいです。あったら必ず「ヨシコーチの指摘のおかげで困ったときでも簡単にストライクが取れるようになった~~」とか、サファテの性格から考えて必ず発言するでしょうからね。

■ただしこの先ヨシコーチの評価が覆る可能性はある
 ここまで見る限り、投手育成に何の実績もなかったわけですが、彼は何故か武田の育成を任されていました。また前述の条件に当てはまりそうな高橋純平と田中正義という存在がいますので(ジャスティスの田中の方はウィニングショットがなくて苦しんでいますが)、彼らが数年後に一軍で大活躍して、それこそ田中将大のように今の自分があるのはヨシコーチのおかげと言う可能性は勿論あります。その場合はヨシコーチ効果はそれ相応の代償を払いながらも十分にあった、見返りはあったという評価に当然変わることになります。
 しかしながら、現時点では特に記しておくべきヨシコーチ効果というものはない。期待された役割・投手それも大エース育成という働きは出来なかったというのが妥当などころでしょう。おそらくはその評価のまま変わらないと思いますが、数年後武田・高橋・田中らが飛躍的な成長を遂げてその評価を覆してくれることを願うばかりです。

■ドム脳ヨシコーチよりも深刻な球界のコーチ常識
 ドム脳ヨシコーチと書いたわけなのですが、言うまでもなく彼が他のコーチと比較して突出して無能・ダメコーチなわけではない。これはもうヨシコーチに始まった話ではないわけですね。高山コーチ然り、現監督の工藤然り、阪神からその手腕を買われて招聘された久保コーチ然り、中継ぎを酷使・ぶっ壊す投手コーチというのは枚挙にいとまがないわけです。その代償にリリーフ整備が上手い、大型長身右腕の再生が上手い、変化球を教えるのが上手いなどの諸条件・オプションが備わっているのならばむしろマシ。そのようなDVD購入特典もなく、むやみに投手を使い潰したり下手くそな指導で投手を混乱させるドム以下のザク・グフ・ズゴックコーチが粗製乱造されている、ガンガル投手コーチで球界は溢れかえっているのが現状なわけですね。せめてシャア専用ザクくらいのコーチが出てこないのか?と言いたくなる球界の現状・誤った常識こそ問題とすべきなわけです。
 まともな投手コーチと言われて、元横浜の権藤監督*6と何万回も書いているように吉井コーチくらいしかないのが現状。ヨシコーチが優秀無能以前にもっと日本球界の投手コーチのレベルが低すぎる、投手運用が下手くそすぎるということがもっと話題にならないといけない。Aコーチが優秀でBコーチが無能なんて言っている場合じゃない現実がある。そちらのほうがヨシコーチの実情よりもっと広まって欲しいところですね。
 ※追記、改めて振り返って読むと、タイトル的に釣り気味な卑怯なものになってしまいましたね。ドム脳とはいうものの、それでも結局ダルビッシュ田中将大という偉大な投手二人の育成に大きく貢献した・成果があったということからも、他の凡百の投手コーチと同一視することは出来ない。他のダメコーチらとは大きく異なる。指導方法・起用についていかに欠点・マイナス要素が大きくてもしっかりとした実績があるため、優秀・有能であるという部分までは消し去ることは出来ませんね。副作用があってリスクがあるので、使用する際は医師の指示に従って、問題があった場合には直ちに服用を中止しなくてはならないということ。そういういわくつき・注意事項を無視して手放しで称賛してはいけないコーチだということ。そういうリスクがありながらも、偉大な投手を輩出した手腕は素晴らしいと称賛して終わることにしましょう。アッパレ佐藤義則・ヨシコーチ、グッバイヨシコーチ。フォーエバーヨシコーチ。

■補論、「エース」の話。プロ野球で「エース」に頼るべきではない
 既に書き終わった観がありますが、ちょっと書いていて余った話があるのでそれもおまけで書いておきます。エース重視、エースを主体とする投手起用の話です。
 昨シーズンから試合を殆ど見なくなったのですが、それは試合を見ていて毎回先発を降ろすのが早すぎるから。「こんなところで先発おろしていたら夏場以降リリーフ・中継ぎがへばるだろ。潰れるに決まってるだろう。学習能力ないのか!去年の大逆転・ドンデンをもう忘れたのか、サメ頭!!」とバカみたいな継投を繰り返すのでイライラして見ていられなかったんですね。
 で、毎回六回には先発を下ろすのですが、そんな中なぜか千賀だけ七回まで引っ張るケースがチラホラ見られました。あれ?なんで今日は千賀が七回・八回まで投げているんだろう?と不思議に思ったのですが、おそらく「エース理論」を採用しているからなんでしょうね、工藤監督とヨシコーチは。
 大投手・エースと呼ばれる超一流投手を柱にする。そのエースがイニングイーターとなってチームを勝たせる。エースの日にのみ限ってその日は中継ぎ投手を休ませる日と考える。エースの日に中継ぎを休ませられるから、その定休日を逆算してリリーフを酷使する。そういう発想を持っているんでしょうね、昭和の野球をして来た人達は。

 個人的に「エース」という言葉をあまり使わないのは、高校野球ならともかくプロ野球で「エース」なんて言うものは存在しないと考えているからです。ダルビッシュ田中将大のように完投をしまくり&イニング食いまくり、田中に至ってはシーズン無敗という大記録を成し遂げましたが、あれくらいの存在ならばエースがチームを勝たせる。チームにとって唯一無二の絶対的な存在・大事な存在というのもわかりますが、そういう存在が出るのは稀。昭和の古臭い時代ならともかく五十試合も先発する投手はいないわけです。「エース」が存在することは殆どありえない。であるならば、そのような「エース」がチームを優勝させるというような、絶対的な先発投手信仰とでも言うような思想を持つべきではない*7
 「エース」という価値観を過度に重視すべきではない。先発投手六枚+αに、リリーフ陣。それも七八九回を投げる勝ちパから負けパ、同点パターン、延長に敗戦処理に、左のワンポイントにロングリリーフ…といくらでも役割はあって、その役割をそれぞれこなしてくれる存在が大事なわけです(勿論敗戦処理が守護神より重要なわけはなく、役割の軽重は存在しますが)。投手陣全体の役割、バランスが大事に決まっている。そこに誰か1人大事な投手がいればいいという価値観が入り込む余地は微塵もない。去年・今年で言えば、千賀のような投手がいることは言うまでもなくありがたいですけどね。また、先発が揃うことが大事なのは言うまでもなく、重要なことには変わりないので、「エース」という言葉ではなく、「第一投手」や「先発一番手」という言葉を好んで使っています、まあ個人的な価値観に基づく用語の話なので、どうでもいいっちゃどうでもいい話ですが。
 工藤・ヨシコーチは昭和の古臭い野球観を持っているので、通年単位でのスパン・複数年にまたがって投手陣を考える・コンディションを保つという発想を持ちません。その日その日の行き当たりばったりで後は野となれ山となれ、リリーフの誰かがなんとかしてくれる、岩嵜・モイネロ・サファテがなんとかしてくれるというバカみたいな考えで継投をしています。
 危機管理の発想のかけらもないので誰かが故障したら、状態を落としたらという考え・備えがありません。その時一番状態の良い投手の誰かに頼り切るだけですね。隙きあらば誰々継投になります。

 話を戻して、では千賀だけなぜ長く投げさせるのか?それはエースに頼り切るという古臭い価値観で動いているからですね。エース千賀にすべてを託す。後は野となれ山となれ。ですから千賀が駄目になったときなど、もうどうしようもないしどうすることもできないし、むしろどうしろと?という感じでパニックになります。
 去年なんかWBCの影響で必ずコンディションが落ちるということは分かっていたのですから、序盤に千賀を投げさせるべきではない。にもかかわらず平気で投げさせましたからね、無能極まりないです。それどころか投げられない、投げさせてはいけない状態でもお構いなしに投げさせましたから。
 千賀はWBCの影響から背中に張りを覚えて寝返りを打っただけで激痛が走り目が覚めてしまったといいます。そんなコンディションの状態の投手を先発させて、あまつさえ六回を投げて「もう一イニングイケるか?」と聞いてさらにもう一イニング行かせるのですから狂ってるとしか言いようがありません。前に書きましたが、投手はいけるかと聞かれたら絶対行くもの。頼られれば期待に応えようとするもの。コンディションを落としている選手にそんなことを聞くこと自体どうかしている。挙げ句、結局千賀はこのシーズン結構な期間離脱をすることになりましたから、何をか言わんや。
 投手を育てるというのは、その育てた投手・大成した投手を如何に長く活躍させるかということでもあります。いくら指導をして素晴らしい投手にしても、その優れた選手を短期間で故障させたら何の意味もない。斉藤和巳ほどの存在がいまいち投手として巷で名前が挙がらないのも、その活動期間の短さとは無縁ではないですからね。いかに選手を守るか、輝く全盛期を長くするかということを現場・フロントは考えなくてはいけない。そういう発想がないフロント・コーチ・監督を優秀・有能とは評価できないわけです。*8
 困ったら特定の選手の高い能力に頼る、というより依存する。その選手が高いパフォーマンスを発揮してなんとかしてくれるといった特定の選手に甘える、特定の選手頼みの采配は最低です。というかそもそもそれを采配と言えるのか?そういう采配・価値観が大手を振ってまかり通ってしまう今のNPBの現状を見ると応援する、野球観戦を楽しむ気になれないのが正直なところですね。

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*1:まあ、エースの起用すらも雑で酷使すると言われればそうなのでしょうが

*2:※注③で書いたことは武田久か勝かが彼の影響で育った云々をちらっと見かけたのでその場合はまたちょっと変わってきます。具体的な話があればよかったのですが、ちょっとそういう記事が見当たらなかったのでその要素については保留します。この両者にヨシコーチ効果があればまた話は変わってくるので、その場合はまた追記したいと思います。

*3:※追記ー今年の楽天は梨田監督の途中辞任で平石氏が監督代行に昇格しました。平石代行の下でブルペンとベンチ担当が入れ換えとなりました。森山氏がベンチに、ヨシコーチはブルペンに変わり、役割が入れ換えられましたがまさに適切と言えるでしょう(ブルペンを任せることも不安といえば不安ですが)。また来年2019年からは一・二軍の巡回コーチを任せられることになったようですが、下で育成・巡回コーチを任せるべきコーチであると書いたとおりの起用をしていますね。まさに取り扱い説明書どおりの起用というべきでしょうね。

*4:※追記2ー書くの忘れていましたが、千賀は代名詞であるお化けフォークを一緒に自主トレをした中日の吉見投手から教わったという話がありましたね。さらに、自分で野球塾に通っていて、そこの先生から身体の使い方・理論を教わって、投げ方を変えて伸びたという話もありました。他の投手なら無理でも、石川投手ならばこの理論を体現できると連れて行って、石川選手の成長・飛躍につながったという話もありました。あとどうでもいいことですが、千賀と同じ高校に通っていた人が「自分は千賀の3つ上の世代で千賀に会ったことはないけど、ウチの学校は昼休みにバイクが廊下を走っているような高校だったから、プロ選手が出るなんて本当に信じられない」という書き込みがあって、本当だったら凄いなと感心しました(笑)。

*5:余談ですが、その前からチームで好成績を残した五十嵐を守護神ではなく、サファテを守護神にしてしまうのはどうなのか?本人たちの意向がマッチした結果ならばいいが、そうでなくては五十嵐に失礼では?と疑問を呈したことがありました。こういう結果を見るに秋山監督の決断は正しかったわけですね。秋山采配に否定的な己ですが、この点に関しては流石秋山監督と称賛の声を送らせていただきます

*6:勿論コーチではありませんが。その後中日や代表で投手コーチやってましたけどね

*7:無論、前述通りダルや田中がチームに存在する場合はその限りではありません

*8:そうそう、そう言えば日本シリーズでの田中将大の160球投げた翌日の登板について、自分は投げたいと言ってないという後日談が出てきて、星野さんの殿堂入りパーティーで森山コーチやヨシコーチに騙されたという話が出ていましたね(【日本シリーズ回想】マー160球翌日連投Sで日本一 「志願」とだまされた星野監督― スポニチ Sponichi Annex 野球)。だから日本シリーズなどの短期決戦で弱いんだろうなぁと星野采配を当時批判しましたが、ヨシコーチあってのこの迷采配だったわけですね。田中で勝てるという算段が崩れてまさかの敗戦となった時に、160球投げた翌日でも平気でマウンドにあげるという狂った決断を指揮官に奨める。隙きあらば田中、後は野となれ山となれという深謀遠慮のかけらもない思考。こういうコーチ・腹心を信用して重用する将というのは、決して大事な場面で結果を残し続けることは出来ないでしょうね。情に厚いというのは美点でありますが、ムードに流されて不合理な決断をしてはいけない。選手・コーチとのコミュニケーション意思疎通という点からも大問題ですね。

【比嘉大吾体重超過事件】 無期限資格停止処分だと!ふざけるなJBC…ってあれ?JBCがまともだと…!?


前回からの続き*1です。比嘉非難がいかに無茶苦茶で理がないものか、具志堅氏が興行・選手指導・プロモートの「素人」であり危険な人物かという話をしました*2。前回からの続きで一番大事なポイント。選手にとって危険な試合を実行してはならないことの話をしたいと思います。そして本題のJBCの処分が意外とまともだったという話を。

■試合をしても比嘉にはメリットが皆無。そんな試合を何故強行したのか?
 また本郷陽一氏の記事*3に戻ります。
 <部分要約引用>具志堅会長が比嘉のことをもっと良く知っていればこの事態は避けられたかもしれない。また現役時代の価値観を今の時代のボクサーに重ね合わせたことで未来ある22歳のボクサーが犠牲になった。16連続KOの日本記録更新も無敗記録もなくなった。わざわざ負け覚悟で試合をやる意義は一体どこにあったのだろうか。<引用終わり>
 どこにあったのだろうか?ではなく、「意義なんてどこにもない。なんで試合を強行したんだバカ野郎」とどうして強く書かなかったのかはさておき、今回の事件で一番解せないのは。そもそもなんで試合をしたのか?ということです。
 体重超過をしてしまえば、もうどんな形で勝っても必ずケチがつく。勝つためにズルをしたクソ野郎と言われてしまう。今回のような試合をするのが無理なコンディションで仮に奇跡の逆転KOというようなことになれば、識者が「あのコンディションでも勝ってしまうなんて、比嘉は本当に凄い!」という評価を下したとしても、勝つために体重超過・インチキをしたんだろ?と絶対そういう風に悪く言われてしまう。日本新記録がかかっていたのならば尚更そう。記録更新したいがためにズルをしたと必ず勘ぐられて非難をする声が上がって、選手としてのイメージ・評判を下げることは避けられない。
 勝ったらケチを付けられ、負けたら記録も消えて無敗レコードも途切れて、選手としての価値を大きく下げてしまう。となれば、もう残された選択肢は「棄権する」の一択しかない。他にあるはずがない。何故試合をしたのか本当に理解できない。

●せっかく面白いスポーツと認知されたボクシング人気に冷水を浴びせる愚行
 前々回書きましたが、ネリケースでもないので体重超過というのはさほど問題にならない。問題なのは、そもそもコンディションを作れなかったということ。試合をできる万全な状態ではないことです。ボクシングはいかに戦うコンディションを作ってくるかということが大きな要素を占める競技です。昔書いたと思いますが、コンディション作り・減量に失敗した王者が見るも無残に敗れ去る試合を続けて見て、リングでの技量ではなく、結局試合前の体作り次第になっている。事前のコンディションで結果が決まってしまうボクシングってなんかつまんないスポーツ・格闘技だなぁと思っていました。一昔前はチャンピオンレベルの選手が大体4~5試合もすると、どこかで必ず調整に失敗してヘロヘロになって敗れるというパターンばかりでしたからね。チャンピオンになかなかなれないし、なってもすぐ負けて引退するボクサーが殆どでした。
 リングの上で面白い試合をする、高いレベルを見せるボクサーがいなければ、客は観に来ることはないしボクシング界が盛り上がることもない。技量がそもそも低い・下手くそというのならば、それが現実なのですから仕方ないにせよ、コンディションを作ってこれない、それで実力の半分も発揮できずに負けるなんていうのは論外。さんざん強い日本人王者!!と煽っておいてあっさりKO負けほど興ざめすることはないですから。
 前回書いたことですが、選手の健康面という視点からも、タイトな試合スケジューリングや過度な減量はNGなわけですが、もう一つボクシング人気を大きく下げてしまうという点・興行面からも論外なわけですね。

●取るべき手を何一つ取らなかった無責任具志堅
 比嘉の評価に加えてボクシングという競技の評価をも下げてしまう。二重の意味でもう試合をキャンセルするしか手は残されていない。対戦相手に失礼極まりないことですが、こういう事態になってしまったら試合をキャンセルして謝るしかない。キャンセル料・迷惑料をいくらか払って帰ってもらうしかない。
 下手したら試合不履行でベルト剥奪になるかもしれませんが、試合の一ヶ月前には判断が早すぎるにしても、一週間前からどんなに遅くても数日前にはこのペースだともう無理だということはわかるわけですから、その時点でもうキャンセルを申し出るべきだった。選手のことを考えたら、もうやれるわけないんですから、急激な減量及びその失敗で体調を崩したことを理由に、入院するほどの状態ではないにせよ、とにかく嘘でもいいから入院させて、キャンセルして処分を待つべきだった。もうここにきたらそうするしかない。何故そうせずに試合を実行したのか?
 試合不履行・興行キャンセルということになれば、具志堅ジムは処分を受ける。しかし、全責任は会長である私にあると言っている通り、氏が処分を受ければいいだけの話なぜ具志堅氏は自分が処分を受ける事件の顛末を選ばなかったのか?これがわからない。そうしていれば、体重超過ではなく、無理なスケジュールを組んだ&興行能力の欠如でボクシング界の信用を傷つけた云々の非難は具志堅氏に来ても、選手である比嘉には来なかったはず。
 無理な減量を会長に強要された選手として、比嘉を被害者として守り切ることが出来て、何らかの処分はあっても今回のような処分、無期限資格停止という重い処分だけは避けられたはず*4。事前に怪我や事故で興行をキャンセルというか延長するという事例はいくらでもありますから、スケジュールがタイトになっても延期してロサリオと再戦するとか、入院の結果、この階級ではもう無理とベルト返上の道を選ぶ(階級をあげる)とか、比嘉を守るためにいくらでも手を打つことは可能だったはずなんです。ですから一体何をやっているのか具志堅は!ということになって、具志堅氏は異常であると言わざるをえないわけです

●選手を守るためには、最悪体重超過という選択だってある(ない)
 選択肢として幾つものオプションを用意しておかなくてはいけない。それこそネリケースも一つの選択肢です。ネリがやったことは許すべからざる暴挙であることは確かですが、亀田大毅と試合をしたソリスが再計量でも1kgオーバーしたときのように、もうこれ以上体重を作れないとなったら自身の利益を守るために体重を意図的に作らないのも一つの手段。
 勿論、比嘉の階級では一つ上のロマゴンのファイトマネーが7000万行かないことを見ても、日本で記録を伸ばす・防衛回数を重ねる・スポンサー企業を探す、CMに出る・テレビ中継付きの試合をする…―ということのほうが遥かに稼げる。ロマゴンが目じゃないくらいのファイトマネーも手に入るので、日本市場での価値を暴落させるようなネリケースは比嘉にとっていかにボクサーの価値を高めるレコード更新をしても無意味です(例外はありますが)。
 ネリのように勝つために最善手を打つという意味以外にも、これ以上体重を落とすと試合をしても負けるだけor試合をキャンセルするしかないとなったら、殆どのボクサーは意図的に減量を放棄する。現在のボクシング界ではズルをした卑怯者が得をするようになっているのならば尚更です。相手に損失を与えても自分が損をしないようにするのは、こういう世界ならば当然。
 道徳・倫理的にも許しがたいことですが、それこそヒールとなって比嘉選手の利益を守ることも選択肢としてあることはある。悪のプロモーター具志堅を演じて、後々比嘉と袂を分かって、実は比嘉はイヤイヤ仕方なくやらされていたんだというような図式を作ってやるとか、一時的に比嘉を腐れネリ野郎としつつも、のちのちそういう風に救ってやるという絵だってある。
 エンターテイメント的には面白くて、見てみたいとは思いますが、そういうことを見事に演じる演技力も、ビジョンも、興行師としての腹芸をこなす実力もないでしょうから、まあ無理としても、何れにせよいくつもオプションを用意してどんなことがあっても比嘉が損をしない・選手としての評判・価値を守る事が出来る対策を事前に用意しておくべきだった。あらゆる不測の事態に応じて適切な対応が取れるように、策を練っておくべきだった。ところが彼には一つも危機管理としての体重を作れない場合のオプションがなかった。故にプロモーターとして失格なわけですね。最悪の場合、ネリのように体重オーバーしてボッコボコにしてヒールとなるという発想すらなかったと思いますからね。前述通り日本でそんなことやってはダメなことですが、そういう発想・対策を考えておくことはプロモーターとしての仕事・責務です。そういう事ができない以上、この仕事からは手を引くべきでしょう

●王者戴冠試合でのブーメラン発言「タイトルマッチできちんと体を作ってこられないなんてありえない」
 そもそも具志堅氏は比嘉がベルトを取った試合、記念すべき戴冠の試合で、王者サイドが体重超過でベルト剥奪という事態になった時「タイトルマッチでこんなことがあってはいけないよ!」と激怒した経緯を持った人です*5*6。ルールに厳しい・ルール遵守が当然と考えている人間ということは、当然そのルールを守るためのノウハウに熟知しているはずです。どうすればルールを守れるのか知り尽くしているのならば、どんな想定外の事態が起こってもまず体重リミットを守れるという自信がある。だからこその「体重超過許すまじ!」発言のはず。
 そう思わせておいてからの、今回の体重超過ですからそういう当たり前の事も知らない・出来ない無知無能ということですね。それとも気分次第で思いついたことをそのまま発言してしまう危険なタイプか…。どちらでもいいですが、何れにせよ責任ある立場を任せることは出来ません。舌の根も乾かぬうちにこういう失態を引き起こすべきですから、やはり責任をとってジム会長の職を退くべきでしょう。

●続、見えないガラスの天井の話―レジェンド闇協定
 本郷氏の文末には「本当の敗者は誰だったのだろう」とありますが、そんな回りくどい言い方をせずにハッキリ「本当の敗者は具志堅であり、比嘉ではない。比嘉を処分することはありえない。具志堅こそ処分すべき」と主張すべきだったでしょう。まあ、こういう書き方をするということは前回書いたように、そういうある種の抑圧・空気、見えないガラスの天井がボクシング界にあるのでしょうが。 
 下衆の勘繰りになりますし、本当にそうであるなんて微塵も思いませんが、それこそレジェンド級のボクサー達は自分たちの記録が破られないように、ボクシング界での地位を守るために協定・カルテルでも結んでいるとしか思えませんよね。野球でのO氏の圧力のようにG氏やH氏の圧力として、わざと新記録の実現が不可能なような展開に持っていっていると言われかねない出来事ですよね。仮にG氏とH氏の名前を取って、GH協定・カルテルとでもしましょうか。その見えない不文律が作動したと言われてもおかしくない立て続きの新記録樹立の失敗(というか失態)ですからね。
 山中が13試合目の防衛記録を達成してもそこで引退させるつもりだったというのも不自然と言われれば不自然ですからね。普通そこまで行ったらどんなに衰えても記録のチャレンジ自体だけは絶対させるものですからね。ありえない話ですが、浜田氏が危険な挑戦者・ネリを選んで具志堅氏の最多防衛記録を守った。その代償に具志堅氏はお返しとして比嘉をコンディション不良の状態に追い込んで、浜田氏の最多KO記録を破らせないように仕組んだという図式を想像してしまいます。GH取引ですね。
 まあ、流石にそんなことを本気で主張するはずもなく、結論は二人共ただのバカ・指導者やプロモーターとして異常に手腕・才覚がないだけの無能ゆえにもたらされた結果なのでしょうけどね。ボクシング界で責任あるウォッチャーの立場にある人達には、試論としてそれくらいのことは言ってほしいものです。ボクシング界に歪んだ構造・不健康な空気を許さないためにもね。

●比嘉処分前の思慮のない具志堅氏の放言
 具志堅氏はラジオ放送で処分前であるにもかかわらず次のようなことを放言していました。具志堅用高会長、比嘉大吾の計量失敗にラジオ生放送で「やっちゃいけないことをやっちゃった」と謝罪 : スポーツ報知
 引き続き部分要約しますが、曰く「本人に2度と起こらないように教育をしなくちゃいけない。試合に勝つ前に自分に勝たなきゃいけない。まだ22歳で、いきなりチャンピオンになってずっと走っちゃった。食べちゃいけないお菓子を食べちゃう」。
 何を吐かしてやがるんだ…てめえは…。まるで比嘉本人が思い上がっていたから失敗した。そしてその比嘉を教育できなかったことが今回の減量失敗であるかのように語っている…。もうこんなの完全にアウト・ダメでしょう、これは。教育されるのはあなたのほうであって、比嘉の方ではない。
 そもそも適切に試合中止の手続きを行えなかったことのほうが大問題で、それをしなかった・そういうことをどうやって行うか知らなかったあなたの手腕こそ教育されるべき領域にある。一体何を言ってるのか?まるで反省をしていない…。ぜんっぜんことの重大さと問題の本質を理解していないんですよ、この人は。
 フライ級でやらせたことが諸悪の根源、なのにもかかわらず期間が問題でフライ級でやれたと思うという発言を試合直後にしているように。恐ろしいほどの無知・無理解。こういう談話を見て分かる通り、彼は比嘉の転級を認めようとしない異常を通り越して最早危険人物といえる程の存在になった。この発言が処分前の期間であることを見れば、狂人性・危険性は言うまでもない。下手なことを喋れば、比嘉の処分に反映される。比嘉の処分を重くしてしまう悪影響を与えかねない時期にこの発言…。

●責任を取る&比嘉をかばうために辞職・処分をいち早く願い出るべきだった
 何よりも自分に責任があるというのならば、その責任を取るために自分からジムの会長を辞める・プロモート業から手を引く・ボクシング界から手を引くということを言い出さなくてはいけなかった。そうやって責任は自分が取るので比嘉の処分は無しにしてほしいと懇願しなくてはいけない。亀田大毅して…もとい、切腹してお家のお取り潰しを避けなくてはいけない。そういう事態なのに一体何をやっているのか…。言ってることとやってることがまるで違う。精神分裂病や虚言癖でなければ、もう根本的に分かってないとしか言いようがありませんね。

■比嘉再起のために配慮されたJBCの処分
 比嘉の再起は当たり前、被害者なんですから。むしろ手厚くケアしてやるべき。ただし、具志堅テメーはダメだという話なのに、問題の本質がまるで分かっていない人が多すぎですね。比嘉への重い処分で相撲協会は見習えなんていう意見もあったくらいですからね。JBCという組織を少しでも知っていればそんなセリフは絶対出てこないでしょうに。本当は加害者じゃないの?と疑いがある貴ノ岩のケア・配慮に同情的で、本当は被害者である比嘉に配慮・ケアが足りないぞ!と言うどころか、資格停止処分を見てよくやったなんて言っている世論の一つを見ると、ああやっぱり分かってない人って多いんだなぁという気持ちになりますね。

●比嘉を具志堅から守ろうとする配慮を含んだ処分
 見かけ上は無期限資格停止という重い処分に見えますが、今回の処分は比嘉に対する温情・救済処置が含まれた要素が
ある処分です。
 無期限停止処分も引退に揺れる元王者・比嘉大吾に異例の停止解除条項 | THE PAGE(ザ・ページ) ―また本郷氏の文章になります。比嘉がパニック状態に陥ったこと&入院。ボクシングをもう辞めると話していること。1年と期間を区切ってしまうと比嘉が無理してしまうので、健康状態を見ながら解除を決める温情措置だと指摘しています。そして本郷氏自身は比嘉への処分は最低でも1年は解けないだろうとしていますね。
 個人的には6ヶ月を過ぎて本人の体調や意志で処分は解けるんじゃないかなと思っています。JBCもうっすら具志堅がバカだというニュアンスをにおわせているので、半年だと流石に早すぎるので9ヶ月くらいで再起という感じがしますけどね。
 具志堅の異常性に気づいたJBCがとうとう直接動いて、比嘉という一選手をローカルコミッションが保護をするという英断を下した。もしJBCがこの処置を下さずに、一年後処分が解けて再起という事態になった時、この危険人物はよっぽどのことでもない限りフライ級での試合を強要したでしょうからね。JBCよくやった!と大いに褒めてやりたいところですね。
 前回論じたように、ライセンス制度の導入・指導者資格制度の導入で選手を守ることだったり、具志堅氏への追放や資格停止処分(ジム会長が選手に対して今回のようなパワハラをした場合の厳罰化&防止策も欲しいですね)。テレビ局や試合実施についての規制など全然十分なものとは言い難いですが、比嘉への配慮がある点では、今回のJBCの処分は70点くらいは与えてもいい処置ではないかと思います。どうせJBCのようなうんこ組織は、具志堅を処罰せずに、比嘉だけ処分するという凶行をやると思っていましたから。

●新ルール・階級上げ規定
 で、JBCはこういう体重超過への防止策として、階級上げ指令を盛り込むようにしたわけですね。比嘉は次からはフライ級禁止になりました。
 山中のところで書く予定だったんですが、そもそも無理やり10kgも12kgも落とすから失敗するんですよ。落とす体重量が少なければ少ないほど失敗する確率は下がりますからね。
 昔、そもそも普段から計量を義務付けて本来の体重から4~6kgまでと基準を作って過度な減量させるなと書いた覚えがありますが、そうすればいいだけなんです。それが無理だとしても、一度でも減量を失敗すれば次からはその階級ではやらせない。失敗するくらいの量を落としているから、そういうことになる。だからもうその階級での試合を禁止するというのは一番わかり易い罰則。これはいい処分だと思いましたね。
 また日頃からチェックして過度な減量をしているボクサーは健康診断などを受けさせて内臓や筋肉への負担を調べて赤信号が灯ったら禁止or強制転級させるべきでしょうね。普段のスパーなどで減量しないほうが明らかに動きが良いなら是正勧告を出すとかでも良いですね。まあ、でも興行の都合上見たいカード・面白い試合ビッグマッチというのはありますから、そのためには例外規定付き・厳重な監視のもとで結局減量しまくりでの試合が行われるんでしょうけどね。まあ少しでも無茶苦茶なケース・ルールの悪用をへらすためにいろいろ試行錯誤するしかないでしょうね。

●新基準で生まれる問題・疑問
 また、試合当日に前日より「12%以上の体重増」、または「8%以上の体重増が2回」があると、次戦で階級を上げるようにJBCが選手に命じるという新制度を導入するようですが、うーんこれはどうかなぁ?というところ。悪くはないんですけど、海外選手はどうするんでしょうか?日本の興行で日本の選手がこの規則をきっちり守ってくるのは問題ないでしょうけど、日本に来る選手はそんなこと知ったこっちゃないよという事態になりませんかね?JBCがそういう海外選手に対して要注意選手として、ネリのように追放処分にするというのならば、日本独自の新基準づくりという点でいいとは思いますが、世界基準に出来なければ日本の選手だけが不利益を被るということになりはしないでしょうか…。前日計量でその規定を守っても試合当日には結局+8kg・10kg~ということになるだけのような…?
 またそういう基準だと厳しいと日本人選手が日本を捨ててしまう危険性も考えておいたほうがいいと思いますが。まあ軽量級は心配ないですけどね。内山のようなスーパースター候補がフェザー・ライトで出てしまった時どうするのか?ちょっと不安がありますね。

●3%で中止ではなく、違反した選手の再増量禁止に、事前測定によるペナルティのほうが良いのでは?
 次に、体重超過があった場合、陣営間の合意での試合を認めてきたが、今後は前日計量で制限体重より3%以上重い場合、認めないようにすると。うーん、これはどうかな?という数字ですね。フライ級だと大体1.5キロオーバーでバンタム級だと大体1.6キロですからねぇ。件の山中ケースでは試合を認めてしまうことになる。こういう規定ではあまり意味がないと思います。むしろ体重超過の場合、そこからの増量を禁止する。減量を守ったほうが得をするように守った側より戻せる体重は-2kg=一階級分体重を少なくして試合に挑むとかそういう制度のほうがいいと思いますけどね。
 また、あまり論じられていはいないのですけど、両方とも体重を作ってこないというケースも当然考えられる。その時にどうするのか?フライ級の試合で双方ともバンタム級の体重だったらどうするか?お互い条件は変わらない、一応フェアだがそれはどうするのか?それでも試合を強制キャンセルするのか?
 1週間前・3日前に数字・基準を設けて、それをオーバーしたら、相手に不利益を与えないために守った方はリミットを500gオーバーしてもいいとか、ポイントで+1ポイント与えるとか、罰金とかそういうものの方が体重超過防止策として有効なのでは?と思いますね。

■具志堅がフライ級にこだわり続けた謎
 最後におまけとして、どうしてなんのメリットもないフライ級にこだわり続けたのか、具志堅がアホ以外に説明がつかなかったのですが、気がついたのでそんな話をして終わりたいと思います。
 具志堅が比嘉のフライ級にこだわり続けたのは、同じジムに江藤光喜*7選手が在籍しているからでしょうね。彼が一つ上のスーパーフライ級なんですね。世界を狙える選手がもうひとり具志堅ジムにいて、同じジムからもう一人世界チャンピオンを輩出できる可能性があったからなんでしょうね。「あれ?確か具志堅ジムでから、比嘉の前になんとか3兄弟の選手がチャンピオンになってなかったっけ?それで亀田と試合するとか言ってなかったっけ?」と思ったら、この江藤選手がフライでWBA暫定(JBC非公認)を取ったという話でしたね。
 で、その後江藤はスーパーフライに上げてクアドラスとのWBCタイトルに挑戦して敗れていて、そこから4連勝してもう一度返り咲きを狙っていると。そんな状況で比嘉がスーパーフライにあげてしまうと、間違いなく比嘉がタイトルを取って、残り3つのどれかを狙わなくてはいけないという非常に厳しいことになる。仮に江藤がタイトルを取れたとしたら、同じジムに同階級のチャンピオンが2人という異常事態になる。当然2人の統一戦ができないという問題が発生してくる。そういう背景があったんでしょうね。
 比嘉の体格・体重ではバンタムの方が良いんでしょうが、彼の場合身長・リーチがない。161センチと163センチの豆タンク体型。一個上のスーパーフライではロマゴンが階級の壁にあたって苦しんでいるように、比嘉もおそらくスーパーフライが限界(ちなみに比嘉を敗ったロサレスはロマゴンの遠い親戚)。比嘉のほうがロマゴンより体格・フィジカル的な強さがあるのでまあこの階級は大丈夫でしょう。更にバンタムに上げても国内での防衛戦限定でリーチのない相手を選ぶなど苦手なタイプを避ければ長くやれるかと思います。批判されるでしょうけどね。バンタムに階級上げで本来のパワーがさらに発揮!ということにでもなれば面白いんですけどね~。厳しいでしょうねぇ…。そうなってほしいんですけどね。ロマゴンの敗戦を見た具志堅は少しでもフライ級でやらせようとしたというところですかね。少しでも早くSフライにあげれば、自身の防衛記録を破ることもあり得る若さと強さなんですからそれでも理解できない暴挙ですけどね。
 それはさておき、Sフライ江藤&フライ比嘉というWチャンピオンで行きたいと欲張ったんでしょうね。比嘉をSフライにあげて、王者にしてすぐバンタムに上げて返上したタイトルを決定戦で江藤に取らせるとか出来ればそうしたんでしょうけど不可能ですからね。比嘉が絶対王者になれる階級(&バンタムでは不安要素が大きい)であるSフライで一試合して即転級は考えにくいですから。
 であることを考えると、Sフライに一つあげて返上した比嘉のタイトルを王座決定戦で江藤に取らせるでいいのでは?*8と思ったら、身長172センチのリーチ177センチか…。よくSフライで試合やってるなぁ…。手ながチャンピオン佐藤洋太と殆ど体格変わらないですね(佐藤はリーチ179センチですが)。しかし、いずれにせよこの体格でもSフライでチャンピオンになれないならおとなしく諦めて引退するかバンタムでやるしかない。こんなサイズの選手をフライ級でやらせていたっていったいどんだけ減量させていたんでしょうか…。
 明らかに体格差のあるクアドラスに4ポイント以上で判定負けならもう無理じゃないですかねぇ?比嘉が復帰する前になんとか王者になるか、そうでなければおとなしくあげる。そして比嘉がSフライでやり続けて5年位経っていよいよ返上バンタム戦線に殴り込み!というタイミングで王座決定戦で王者狙いしかないでしょうね。でも88年生まれの30歳だからそれは無理でしょうな…。もっと早いうちからバンタムでやっていれば良いんでしょうけど、いまさら体格的な優位があまりないバンタムに適応は出来ないんじゃないかなぁ?見たことないからわかりませんけど。引退前にジム移籍で最後の餞に比嘉に挑んで沖縄対決をやらせてあげたら良いんじゃないですかね?同郷対決で盛り上げれば面白い気がしますが。
 ああそうか、減量して無理やり本来の階級ではない下の階級で試合をしてるので、本来の階級でやる実力がない選手・卑怯な減量ボクサーかと思ったら、具志堅が強要している可能性もあるんですね…。フライ級なら世界戦を組むことはたやすい。が、しかしバンタムになると東南アジア以外の中南米系の選手が増えてくるので少しタイトルマッチを組むことが難しくなるという話を見かけました。もし、具志堅ジムが弱小で金もコネもない結果、バンタムで世界戦をそう簡単に組むことが出来ない結果が江藤の過度な減量であるのなら…。そして本来バンタムでこそ江藤の真の実力が発揮されるのだとしたら…。今回のルールにより江藤は多分Sフライでやり続けることは出来ないでしょう、体型的に再計量で大幅に身体を戻しているでしょうからね。今回の事件がきっかけでバンタムでの江藤の飛躍というものがあれば、また日本のジム制度の歪んだ面が暴かれるので面白いですね(江藤の写真を見たんですけど計量の後にしてもガリガリ過ぎますからね。バンタムで身体・フィジカルトレーニングを徹底して本来の実力が発揮されるパターンもあるかも)。というか、具志堅は日本人選手としては最高のボクサーと言われる一人なのに、金もコネもなくて世界戦を満足にできないような存在なのか…?
 いずれにせよジムに王者2人誕生させたい!と欲張った結果ということですね。なんでもかんでもほしがる欲張り王者のフルコースセット願望がもたらした悲劇ですね。これで今回の比嘉の体重超過事件の話はおしまい。かぶる話も多くて、編集の仕方が悪いですね。誰が読むんだって話(笑)。計画性もなくダラダラ書いてるからこのザマです(^ ^;)。

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*1:

*2:ちなみに具志堅氏が全くプラス要素がない、メリットのないダメ人間とまでは言えないことも確かです。なんといっても最多防衛記録を持っていて、天真爛漫な天然キャラでテレビに出続けて、元ボクサーとしては抜群の知名度を誇るからです。その氏の興行となれば当然メディアに取り上げられる機会が増えて、大衆の目に触れる確率がぐっと上がりますから、そういうメリットは勿論あります。前回書いたように長嶋監督のようなものですね。采配面ではマイナス要素があっても、興行面ではそれを遥かに上回るプラス要素・人気と集客、そしてそれに伴う興行収益をもたらしてくれるという性質がありますからね。

*3:“棄権”負け比嘉は当日計量後に体調が急変。試合は中止にすべきだった?! | THE PAGE(ザ・ページ)

*4:後述する通り重くならない、停止期間が長引かない可能性も勿論あります。問題になるのは、名目とは言え無期限資格停止という処分を受けたことで傷ついた比嘉の名声・評判面ですね

*5:ボクシング比嘉の相手再計量、3キロ戻した程度で具志堅会長もホッ― スポニチ Sponichi Annex 格闘技  この記事にある通り、相手は意図的な体重超過をして最強挑戦者比嘉を卑怯な手で返り討ちにしようとしたわけではなく、減量失敗。きちんとルールを守ろうとしたわけですね。
 というか意図的なら、あとちょっとの200gオーバーなんて半端な違反はしないでしょうからね。ここまできたらむしろ200g落としてベルトを守れる道を選ばないほうが逆に不自然な数値ですからね。相当きつかったんでしょう。そういうボクサーに対して怒りをぶちまけておきながらの今回の900gオーバーですから言い逃れできないでしょう。この時点で比嘉の完成度がそれほど高くなく、相手王者のほうが強いのでは?という戦前評を見れば尚更です。今回のロサレスのように自身が得をしておきながらこの発言ですからね…。何をか言わんや。
 それはそれとして、この記事でポイントは再計量でのリミットは+4.5kgまでということになってはいるものの、これも非公式な約束で拘束力はないというもの。問題になるのはここでしょうね。ネリ・山中戦で両者が共に試合当日で+7kgしていたように、リミットを守った選手でも違反しなくてもこれくらい増やしてしまうのが現状でしょうから、違反してなおかつ大幅な体重増を認めてはいけない。こういうことを体験していたのにもかかわらず、体重超過の場合は試合を中止する・興行を中止するための手段を確保しておかなかったことはありえないわけですね。+3kgだったから目くじら立てず、「よかった×2」で済む話ではなくて、それこそ8kgも10kgも大幅に増える可能性がある。その場合に備えて対策を打っておかなくてはいけない。負けた後に卑怯だなんて言っても試合が成立した後ではもう通りませんからね。
 そういうことを具志堅氏含めて日本のジム会長は誰もやっていないのが現状でしょう。問題視する所、本質はむしろそこにあるわけです。戦う前の戦術としてルール違反・反則を許さないという基本ができていないことこそが真の問題なのです。世界のボクシングの常識は勝つためにならば多少の反則・ダーティーな行為は許される―ということになっているのですから、その常識に則った適切な対応をとらなくてはならない。とって当たり前なのです。その当たり前のことがあまりにも出来ていなさすぎるんです。

*6:日本初汚点! 計量失格「比嘉大吾」の“嘲笑”ブーメラン | デイリー新潮 もう一つ、王者戴冠をした試合の件で指摘したいことがありました。この試合で体重超過王者を倒して比嘉は王者になったわけですが、比嘉はその王者と同じ結末を迎えることになりました。比嘉大吾は悪くない!と彼を支援する話を書いてきましたが、自身も減量がキツイ立場でありながら、こういう態度・発言。これは頂けない。こういう発言はしてはいけない。試合前の舌戦・煽りとかならまだしも後日談的に話すのはダメ。かなり時間が経ってから実はあの時~とネタとして話すのならばともかく、こういう話は本人の耳に入ったら傷つく類の話題でしょう。それこそ同じ立場で全身の毛を剃ってパンツも脱いでこない比嘉が言えたものではない。今後、アンチから「比嘉は自分がバカにしたエルナンデスよりもちんこがちっちゃくて恥ずかしいからパンツすら脱がなかったんだろう」―と通り名としてアンチから「比嘉<ちんこちっちゃい>大吾」と言われてもやむをえないでしょう。
 こういう軽率な発言が出てしまうのはそもそも比嘉本人にも危機感がない証拠。彼は彼でこういう劣悪環境から如何に脱するかを考慮して策を練らなくてはならなかったわけですからね。ボクサーがボクシングだけやってればいいという恵まれた環境にないわけです、今のボクシング界では。こういう状況下でいかにして自身や他のボクサーの権利を守るかしっかり考えないといけない立場。ボクサーとしての労働環境改善を、トップボクサーとして考えないといけない立場。それこそ村田・井上などに並ぶ存在になりかねない選手なのですから、そういう面での自覚が欲しいですね、彼には。

*7:江藤光喜 - Wikipedia

*8:もしかしたら有望な若手がいて、その選手がフライ級で世界タイトル狙えるくらいまで比嘉にタイトル守らせて、その時が来たら比嘉がSフライにあげて、その選手にタイトル禅譲させたかったのかもしれませんが